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第1回

「ふえーっ、疲れたあ…。寒うっ…」

 12月7日の冬の寒い夜、バイト先のゲームセンターから帰宅した川口利成は、玄関から家の中に入るやいなやドッカと腰を下ろした。冷え込んだ部屋の中、凍える身体が自然と彼の両手を擦らせる。

 ところが彼はストーブのスイッチをオンにするよりもまずTVの電源を入れた。そしていつものニュースキャスターの顔が映ったチャンネルを、何も映らないガーッとノイズ音のする画像に切り替えると、自分の足元にあるゲーム機の電源スイッチを足の親指で押していた。TV画面から機械的な音楽が流れてきて、利成がスタートするのを待ち受ける。すると彼は服も着替えず、胡坐を掻いて、食い入るようにTVに向かった。手にはゲーム機のコントローラーが握られ、彼は虚構世界の住人に早変わりしていた。もはや12月の寒さなど微塵も感じていないようだった。

 ご覧の通り、彼の趣味はTVゲーム、いや趣味といっては多少の語弊がある。彼にとってTVゲームは生きがいにも等しかった。食費を削ってでもゲームソフトは買い漁っていた。友達はいないこともないが、人間以上にゲームが友人という男だった。

 ゲームをしながら利成は、帰りがけに買ってきたであろう紙の袋を手にして、その中身を取り出した。それはゲーム雑誌だった。パラパラと紙面をめくりだした彼の手があるページで不意に止まる。そしてTV画面そっちのけで雑誌記事に釘づけになった。

「な、なにいっ!?」

 他に誰もいない部屋に彼の声が響く。

「マジかよ、『ファイナルドラゴン3』今月発売するなんて…」

 それは一般的社会観念から見ると大したことではないのだが、彼にとっては一大事だった。師走、それも年末年始が近くなると、ゲーム会社はこぞって大作を発売する。トライアングル社の放つ超大作『ファイナルドラゴン』シリーズは過去2作とも百万本以上の売り上げを記録している怪物ソフトで、その第3作目が出ることは半年程前から告知されていたが、発売日が突如12月24日に決定したのだ。

 利成が困っているのは、今月彼は既に3本のソフトを買っており、なお購入予定が6本もあり、金銭状況がリミットギリギリであることだった。そこへ絶対に買うと決めていた『ファイナルドラゴン3』がいきなり発売されるというので、彼としては身を切られるような思いであった。

 利成は現在R教大学の3年生で、長野県の田舎町から東京へ出てきて一人暮らしをしていた。実家は細々と零細農家を営んでおり、とても利成が豊かな生活を送れる程の仕送りをする余裕はなかった。そのため彼は、自ら率先してアルバイトをして生活費を稼いでいた。もちろんその金の大半はゲームに消えていたが。

「うーん、こうなったら『バカッパクエスト』を辞めるか…、いやそれだったら『大津城240万石』か…、くそーっ!」

 利成は購入計画の狂いにイラ立ち、己れの頭を掻きむしった。両手に引っ張られて抜け落ちた毛髪が絡み付く。この男にとってゲームは人生そのものに近かった。『人生ゲーム』というゲームが以前流行ったが、その言葉だけ捉えればそれは彼に相応しい冠と言えた。女性がきらびやかなアクセサリー等に執着するのと一緒で、彼のゲームへの情熱は凄まじいものがあった。今まで欲しいと思ったゲームソフトは全て発売日に購入し、3〜4日間家に閉じ篭もって連日連夜徹夜を重ね、全精力を傾けてそのゲームをクリアする。その間食事はまるで非常食のように買い込まれたカップラーメンや菓子が中心となる。ゲームクリア後には脱け殻のようになり、顔はゲッソリとして、疲れで爆睡してしまうといった有様であった。

 2時間近く考え込み、利成はようやく計画を完成させた(その間も手は抜け目なくゲームを動かしていた)。彼は最終的に『バカッパクエスト』というロールプレイングゲームを切り捨てることにした。この日は深夜2時という、彼にしては珍しく早い時間にゲームを切り上げ、眠りに就いた。

 翌朝、利成は9時に目を覚まし、パジャマから洋服に素早く着替えて玄関前の自転車に乗り込むと一目散に駆け出した。目的地はゲームショップである。それは『ファイナルドラゴン3』を予約する為だった。ところが近隣の店に着いてみて、利成は目を丸くした。なんと長蛇の列が『ファイナルドラゴン3』の予約の為に出来上がっていたのだ。とりあえずその列に加わる利成。行列を構成する奴らは皆口々に『ファイナルドラゴン3』の噂をしていた。

「凄えグラフィックだよな!生きている人間みたいだし」

「ゲームシステムも今までにないタイプのものになるらしいぜ」

「それよりバトル画面見たかよ!迫力あったよなあ」

 ゲームについての会話が交わされる中、一人で順番を待っていた利成は「そんなこと俺だって知っているぜ」と内心では得意顔になっていた。別に知っていようが知るまいがどうということはないのだが、ゲームに関しては異様に負けず嫌いな一面を垣間見せるのが彼の特徴だった。  

 30分も並ぶと少しずつだが人の波が前の方に流れていった。ところがそれからしばらくすると店員が店内から出てきて、人数を数えるような素振りを見せ始めた。そして利成の前の人間のところで立ち止まり、

「皆様、朝早くからお並び頂きまして大変ご苦労さまでございます。申し訳ありませんがこちらの方で『ファイナルドラゴン3』の予約の方は締め切りとさせていただきます。大変申し訳ありません。今後ともウチの店をよろしくお願い致します」

 と挨拶をした。定員より後方に並んでいた人間は、皆文句を吐き捨てパラパラと散っていく。収まりのつかないのは利成である。彼は店内に戻ろうとする店員を捕まえた。

「ちょっと!あと一人くらいどうにかならないんですか?」

「申し訳ありません。先程申した通りでございます。ウチが取れるのは先着100名様でして、あなたの前の方で定員に達してしまったのでございます」

「どうしてもダメ?」

「はい、大変申し訳ございません」

 何度も頭を下げる店員を見て、利成はさすがに観念して自転車に乗り次に近い店へダッシュした。しかし結果は同じだった。予約は一杯で入る余地はなかった。それはどこの店へ行っても同様で、彼はこの日一日中あちこちとゲームを扱っている店を回ったが、その全てが予約が一杯でついに予約することが出来なかった。

「ちくしょう…」

 夕闇の中、淋しく帰途を自転車で行く利成は哀愁を漂わせていた。どうにもならない状況に怒りと悲しみが同居していた。何かを殴りたい気分でもあり、その場で泣きたい気分でもあった。たかがゲームということなかれ。彼にとってはそれ程重要なことなのだ。

 とはいえ予約は出来なくても、まだ『ファイナルドラゴン3』が発売日当日に買えなくなった訳ではなかった。わざと予約を受け付けずに当日売りをするような店があるので、利成の望みはまだ断たれてはいないのだ。ただ予約状況から見て、相当に早くから並ぶ必要がありそうだった。

 家に戻り、ゲームを始めた利成はイライラしっ放しだった。こんな時はゲームもうまくいかず、まるでバカにされてでもいるかのようである。ムシャクシャしてきた彼は寝ることにした。布団を敷いて、電気を消して、毛布に包まって目を閉じる。だが興奮してなかなか寝付くことが出来ない。寝よう寝ようと意識すればする程、頭は冴えて『ファイナルドラゴン3』のことが思い出されてくる。どうにもならないので利成は『どきどきメモリアル』という恋愛ゲームの女性主人公キャラクターとHすることを妄想して、自慰行為を繰り返して、その倦怠感から自然と眠りに就いた。


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