おいしいお肉
まるで巨大な大聖堂のような会場は、これから行われる晩餐会を前にざわついていた。広い会場には細く、そしてとてつもなく長いテーブルがいくつも並べて置かれ、中央に据えられたテーブルの上座にはこの星の王と王妃が並んで座り、テーブルの王の右手側にはこの星の政治を司る代表者たちが、その反対側に彼らに向かい合うように座っているのは遥々地球よりやって来た外交使節団の面々であった。両者は一見すると違いを見つけるのが難しいくらいに似た姿をしていて、わずかにこの星の人々の方がすらりとした細身で長身であり、肌の色は透き通るような白色をしていた。身に纏っていた衣服のデザイン様式がかけ離れたものでなければ見分けるのは困難であっただろう。その両側に部屋いっぱいに並べられたテーブルの席でも、数え切れぬほどの人数の、この星の選ばれし招待客が祝宴の開始を心待ちに歓談に興じている。
「本日は遠いところを遥々お越しいただきましてありがとうございました」
この星の行政府の長を務めるバニカが、対面に座る使節団のリーダーであるサガワに感謝を伝えた。その言葉は流暢な英語であった。聞くところによれば、彼らは地球との交信に成功した1年前の日から言語の習得に励み、わずかな期間でそれを使いこなせるようになったという。その事実を知った地球人は彼らの知性の高さに驚き、真摯で謙虚な人柄に心を打たれたものだ。
「こちらこそ、こんな素晴らしい歓迎の場を設けていただき心から感謝しております」
サガワは故郷である日本のしきたりで、うやうやしく頭を下げた。バニカの姿は地球人の美意識からしてもとても美しく、彼女と目が合うたびにドキドキと心に動揺が生じていることを気取られぬよう必死で平静を装っていた。
「ところで、あなたたちの星、地球には、ええと……あなたたちと異なる姿をした生物……動物でしたか、がいるそうですわね」
「はい、動物のほかにも魚や、それに植物などもおりますが……え、こちらにはもしかして」
「はい。お気づきかもしれませんが、この星には私たちしかおりません。もうずっと長い間、私たちが文明を持った時点ですでに私たちしかいなかったようです。地層の深い所からは異なる姿形をした生き物の痕跡も出てくることもありますが、すべて遥か昔にいなくなってしまいました」
「ほう、植物もですか」
「植物というものが、どんな生物なのか分かりませんが、とにかく私たち以外には何物も存在していませんわ」
「それは、さぞやお寂しい事だったでしょう。では我々が初めて出会う他種ということになりますね。これからよろしくお願いします」
「もちろんです。ところで……これも小耳に挟んだのですが……あなた達の星では、その……」
バニカは眉をひそめ何かを言い淀んでいた。その悩まし気な表情に心を奪われそうになりながら、サガワは笑顔で促した。
「なんでしょう。なんなりとお気軽にお聞きください」
「では率直にお聞きします。あなた達はその動物をお食べになるとか」
「ええ、もちろん食べますよ。動物の他に魚や植物も」
「もしお気を悪くされたらごめんなさい。私たちの感覚では、そのような異形の生物を食べるなんて、考えただけで……うぷ」
自分は何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと、サガワがキョトンとした表情で彼女を見つめていると、数多くの扉が一斉に開き、そこから大勢の給仕たちが現れた。彼らはカートを押しながらテーブルの上に皿を並べていき、客たちのざわめきは一層大きくなる。サガワの前にも皿が置かれ、それはガラスのようにも金属のようにも見える七色に輝くドーム状のふたで封じられていた。全ての客の前に皿が置かれると、給仕は客と客の間に位置取り、両手でふたの取っ手をつかむと一斉にそれを持ち上げた。会場内にわあと歓声が上がる。皿の上には地球でいう血の滴るような分厚いステーキが横たわり、もくもくと湯気をあげていた。
「今日はこの星でも最上級の食材を用意しましたの。どうぞ召し上がって下さい」
バニカはすこぶるの笑顔で料理を勧めた。サガワが隣を見ると、ふたりの会話に聞き耳を立てていた副長が困った顔でこちらを見ていた。サガワは副長の困り顔とバニカの笑顔を見た。そして皿の上の美味そうな肉を眺めながら心の中で深くため息をついた。