大問2:『鉄と皇』
その日、僕は副官から味方敗北の報せを受けた。
「老人の軍が、『彼』に叩きのめされて負けたそうです」
「あ~あ……撃破(=戦闘不能状態)?それとも後退しただけかい?」
「後者です。『彼』の部下に追撃は受けてるみたいですが、何せ追撃用の主力をあなたが足止めしてるわけですからね」
「なら、ギリギリセーフかなぁ……。まぁ、足止めされたのはこっちも同じなんだけど」
まだ、負けが決まったわけではないらしい。むしろこちらの方に勝ちの目がある。とはいえ、痛い損害には代わりない。『僕』は即断を下す。
「ふー、やれやれ。老人にも困った物だよ。これじゃここに留まる意味もないじゃないか。」
「どうされるので?」
「決まってるじゃないか。さっさと後退するよ」
「せっかく『彼』の一番勇猛な部下に勝利して占領したこの地を……放棄ですか?」
「仕方ないよ。こっちだって撃破はできてないから、このままじゃ東西に挟まれてしまう。『彼』の部下も撤退戦では神がかった力を出す男だし、もうタイムリミットさ」
『僕』は木製の椅子に腰かけると、いつもの様に地図と睨めっこを始める。命を懸けた睨めっこだ。
「いつだったか、『彼』のやたら強い部下……名前は忘れたが、略奪が生き甲斐の何とかって公爵。あいつと戦った時より更にしんどいな」
「あれは激戦でしたねぇ。貴方様が鉄壁の山城を造り上げて、消耗戦に持ち込んだおかげで勝てましたっけ」
「……あいつは今回、敵の中にいるのかい?」
「軍の中にはいないそうですよ。結構な年ですからねぇ、彼」
ホッと一息つく。あんな怪物と何回も戦をしたら身が持たない。
だが、今。『僕』は生涯で間違いなく最大の怪物と……そう『君』と戦争をしているのだ。『君』の全盛期は過ぎているとはいえ、勝負は紙一重。どちらがミスをするかで決まる。
「知っているかい。『僕』と『彼』は、同じ年に生まれたのだよ」
「えっ、そうなんですか!? それはまた……凄い年ですね」
「『彼』が生まれたという意味では、そりゃあ凄い年だろうさ。でも『僕』の様な凡庸な男が生まれたって意味では、決して大した年ではない」
「あのですね。あなたが偉人でなかったら、歴史上ほとんどの人物が偉人じゃなくなりますよ?」
「はっはっは。褒め言葉として受け取っておくよ」
副官はそう言ってくれるが、『君』と『僕』とでは生まれ持った星が違う。10回戦えば、9回は僕が負けるかもしれない。
その一回の勝利を最初に手繰り寄せるため、『僕』は必死で地図を見るのだ。
「結論は出ましたか?」
「やはり何度見ても間違いはない。『この村』だ。老人からの返答は?」
副官はニヤリと笑うと、老人からの返答を『僕』に告げた。
「直ぐに向かう、と」
「なるほどな。老いてなお武将というわけか」
僕は思い切り伸びをした。競走馬上がりの自慢の愛馬に跨ると、各軍団に進軍の旨を伝えに行く。これがまた3カ国に跨った軍なのだから、我ながらこの1年努力したものだと思う。今じゃトライリンガルだよ。
しかしそれも、『君』の今迄の功績からしたら、きっと些細な物なのだろう。『君』は自国で法律を作り、制度を造り替え、戦争に勝ち続け一時的とはいえ国民を貧困から救っている。
軍人としては言うまでもなく超一流だが、政治家としても一流だった。周りを固める優秀な外務大臣と警察大臣もいたしね。
そして『君』はそれを……その改革を世界中で行おうと考えた。恐らく、僕達の国でもだ。
その支配だけは認めるわけには行かない。僕達の国は、僕達で動かすものだ。
「後退の準備が整いました」
「よし、老人との連絡を怠るなよ。出発だ」
そりゃあ『僕』は恐らく『君』の様な事はできまいよ。政治家としては、とても『君』に敵う気はしないね。それでも『僕』は、軍人として人事を尽くした。あとはあの場所で耐えきって、天命を待つだけだ。
どれだけ才能に差があろうとも、どんな猛攻を受けようとも、『僕』は最後まで諦めずに耐える。その時に老人が間に合ってくれれば……我々の勝ちだ。
そう、『君』を止められるのは、『僕』しかいない。
『あの場所』で会おう。『君』と『僕』の、最初で最後の戦いだ。
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問1:『君』=『彼』とは誰の事か?
問2:『この村』=『あの場所』とはどこか?
問3:『僕』とは誰の事か?