魔境
「このまま順調に進んで行くと、昼過ぎ頃に『魔境』に入ります。」
ラクエンの町を出て二日目の朝。
朝食後のコーヒーもどきを飲んでいると、食器を片付け終わったベータが突然言い放った言葉だ。
「…なんだ?その『魔境』ってのは?」
「世界に何十カ所か存在する、キマイラボムの爆心地の事でございます。キマイラによる影響下にあった時間が圧倒的に長い為、未だ強力な怪物が多く徘徊しております。」
「…ああ、たま〜に普段居ないようなメチャクチャ強い怪物が出ると、みんな『魔境から来た怪物にちがいない』って話してましたっけ。…魔境って結構離れてたんですねぇ。」
「アエオンの近隣にも魔境は存在しております。そちらは比較的小規模な物のようですが。」
「そうなんですか?じゃあみんなが言ってたのはきっとソッチですね。」
チョウチョが納得したように頷くと、カップに口をつける。
キマイラボムの爆心地、か…。
今まで出くわした怪物よりもヤバい奴等が居るって、大丈夫なのかソレ?
「迂回は無理なのか?」
「可能ですが、ゴリアテの速度や我々の戦力を考えると突っ切ってしまった方が合理的でしょう。時間にして5時間程で通過する計算ですので。」
『オデ、速い!兄貴達、強い!な、何も怖く、ないんだなぁ!』
…思ってたより短時間で抜けられるのね。
この前の火炎放射器もあるし、そんなに心配しなくても平気なのかな。
「これから向かう『魔境グンマ』には、小さいながら複数の集落が」
「ごめんベータ、今何て言った?」
「…?私、何か変な事でも言ったでしょうか?」
言ったよ?
今『魔境グンマ』とか言ったよね?
…転移前の俺の実家が群馬だったんだが。
何?今実家、魔境になってんの?
「…ベータ、さっき『魔境グンマ』とか言わなかったか?」
「…ああ、違いますよサイゴーさま。私が言ったのは『魔境ガ(・)ンマ』でございます。キマイラボムの影響かは分かりませんが何故か放射能汚染が確認されている地域ですので、おそらくガンマ線が名前の由来と思われますが。」
「…ああ、そう。ガンマね…グンマじゃなくてガンマなのね…。」
…紛らわしいわ!
ただでさえグンマーとか言われて秘境扱いされてたから、とうとう来る所まで来ちゃったのかと思ったわ!
「あ、いえ、群馬は群馬ですよ?魔境はサイゴーさまの時代で言う所の群馬県の南部でございます。ちなみに今居るここも既に群馬でございますね。」
「やっぱ群馬なのかよっ!!…じゃあ由来もソレだよっ!!」
時代を経て秘境から魔境にクラスアップしてたよ群馬!!
しかも放射能汚染とか本格的にポストアポカリプス要素が出てきたと思ったらの群馬だよ!!
…その上バッチリ実家が魔境の範囲内だったわ!
…俺、魔境出身だったわ!
…。
…なんつーか…某有名映画の主人公の気分だ…。
なんてこった…ここは群馬だったのか…。
「…ノブさん?何をさっきから一人で百面相してるんですか?」
「…いや…何でもないんだ…。それより、さっきベータが放射能がどうとか言ってたけど、そんな所通って大丈夫なのか?」
「ああ、それはですね…」
『おっオデにはガッ、ガガイ、ガイガ…』
「…ゴリアテちゃんにはガイガーカウンターが付けてありますから、ちゃんと危険なエリアは避けますよ。」
…抜かり無いのね。
その辺は流石ベータとチョウチョだ。
次は是非トイレを付けて欲しい。
「…話を戻してよろしいでしょうか?魔境ガンマには小さな集落があるようです。どうも略奪者から逃げ延びた人々が隠れ住んでいるみたいですね。…今回は寄りませんが。」
「そんな危険な場所によくもまあ…ってか、そうか。危険だから略奪者も近寄らないって事か。」
「おそらくそんな所でしょう。」
難儀な話だな…。
アレか、毒をもって毒をってヤツか。
…まぁ、今回は俺に出来る事は無いな。
話に区切りがついた所で、俺はコーヒーもどきを飲み干した。
「…よし!そろそろ行ってみるか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴリアテは順調に進んで行く。
拡張千里眼で索敵しながらの道のりなので戦闘も少ない。
時々素早いヤツや飛ぶヤツがゴリアテを追って来たが、火炎放射器の威嚇にきびすを返して逃げて行った。
そう、ここまでは本当に順調な道のりだった。
完全に嵐の前の静けさですね。
ありがとうございました!
ゴリアテが緩い傾斜を下り始めた頃、チョウチョが声をあげる。
「ノブさん、この先に怪物の反応が多数あります!それと…人の反応も!十中八九襲われてますよコレ!」
…ホラ来た。
順調すぎると思ったらコレだ。
「…ゴリアテ!出来るだけ急いで現地に向かってくれ!チョウチョとベータは戦闘準備!」
…正直、面倒事は御免だが、こんな場所で襲われている人を放って行くのも後味が悪いしな。
プロテクターを身につけ、状況が分からないので一応、シャベルとショットガンを準備する。
ショットシェルの予備を腰のポーチに詰め込んでいると、遥か遠くに蠢く影が見え始めた。
「お、見えて来…………。」
俺の目に映ったそれは。
縞模様の巨大な猫のような生物の姿だった。
…。
何かの見間違えだろうか?
200年経っていようが、ここは日本だ。
あんな動物が居る筈が無い。
きっと巨大な猫か何かだろう。
…あ、そうだ。
こんな時こそ千里眼じゃあないか。
俺の目は騙せても千里眼は騙せないぞ!
【ガイガータイガー】
動物 3歳
生命力/41
力 /39
体力 /25
知力 /10
敏捷 /42
運 /16
特殊:熱線
はい虎でした。
ほんとにホントに虎でした。
…。
ああっ!そうかっ!
サファリ◯ークだ!
群馬にはサファリ◯ークがあったんだった!
…え、それってかなりヤバくないですか…?
猫とかネズミですら凶暴な怪物になってたのに、サファリ◯ークの猛獣とか怪物化してたら手がつけられないんじゃあ…。
ましてやあの虎、何匹居るんだよ…。
繁殖力高杉だろアイツ等…。
よく見れば粉々に粉砕された荷車のような物が転がっている。
…こりゃあもう手遅れかも…。
俺が生存者を諦めたその時、何かが割れるような乾いた音が響いた。
壷を地面に叩き付けたような、固い何かが砕けるような音。
続いて虎の群れの中心辺りから、何かが空中に舞い上がる。
…それが頭部の無い虎の姿だと理解したのは、地面に落ちて来てからだった。
「い…一体何が起こってるんでしょうか…?」
「…仲間割れ…とかじゃ無ければ…。」
虎以外であそこに居るのは、ただ一人。
襲われてた人だ。
あの数の虎の怪物を相手に、たった一人で戦っているんだ。
「…ゴリアテ!旋回でもドリフトでもして群れにケツを向けろ!…チョウチョ!火炎放射器でビビらせてやれ!」
『まっ、まかせるんだなぁ!』
虎の群れをかすめる様にゴリアテが突っ込む!
車体前方に取り付けられたカウキャッチャーが、逃げ遅れた虎の体を空中へと舞い上げる。
そのまま車体を急旋回させたゴリアテが、火炎放射器のノズルを群れへと向けた。
「…いきますよ!」
チョウチョの声を合図に、2台の火炎放射器が文字通り火を噴いた。
突然炎に毛皮を炙られ、怯む虎達。
「行くぞベータ!」
「かしこまりました。」
この隙を逃すまいと、俺とベータはゴリアテを飛び出した。
ショットガンと電撃で襲い来る敵を捌きつつ、群れの中心へと向かう。
…居た!
驚いた事に生存者は、虎達に囲まれているにも関わらず未だ無傷だった。
仲間が無惨にも宙に打ち上げられたのがショックだったのか、虎達は距離をとったまま生存者を警戒している様子だ。
虎達の囲いの一部にショットガンを打ち込み、道を開かせる。
俺とベータはその隙間を駆け抜け、やっと生存者の元へと辿り着いた。
「おいアンタ!大丈夫か!?」
周囲を取り囲む虎達へと銃口を向けたまま、背後の生存者に声をかけた。
「…何だか知らんが、助かった。この数相手じゃあ流石に食われるしかないかと、諦めかけていた所だったんだ。」
生存者の言葉にチラリと目を向けると、その見た目の違和感に思わず二度見してしまった。
生存者は…スーツを着た中年男性だった。
200年前に普通によく見た、サラリーマンのソレだ。
その中年サラリーマンが、刀のような物を両手で構えて立っていたのだ。
刀を持ったサラリーマン。
この世界に転移して来てから色々とヘンテコな物は見てきたので、この程度では俺の違和感が仕事していない。
二度見した理由は、ついでにかけた千里眼の内容だった。
なんじゃこりゃ…コレ、マジで言ってんのか…?
「…おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。…すまん、ちょっと考え事してた。」
「…本当に大丈夫なんだろうな…?」
「とりあえずお話は後にいたしましょう。今はなんとか隙を作って、ゴリアテ…我々の車まで逃げなければ。」
「…積荷は諦めるしかなさそうだな…。」
男が足元に転がる食料品と思われる荷物を見つめて呟いた。
俺達を囲んでいた虎達の包囲網が、じりじりと狭まってくる。
…そして、唐突に。
合図も無しに数匹の虎達が、俺達に向かって襲いかかった。
あえて書かずとも分かると思いますが群馬在住です。