今夜野宿になりました
俺達はカブに乗っていた。
運転は俺。
荷台の箱と俺の間に無理矢理じいちゃんが座っている。
…さっきから腕が筋肉痛でプルプル震えている…。
「…じいさん、方向はこっちで合ってるのか?」
「OKOK!しばらくはずっと真っ直ぐだから!」
ハイカラなじいちゃんだ…。
しっかし…さっきから景色が荒野一辺倒なもんだから、時たま千里眼を使用しているのだが…。
「…ほんっとに何も無いな。」
2kmの探索範囲は黄土色一色。
かれこれ1時間はこんな調子だ。
しかもカブに乗っているとはいえ、ご丁寧に舗装された道なんて物は無い。
稀にアスファルトの残骸を見かけることがあったが、そんなもんむしろ邪魔でしかない。
そんな状態なので、時速15〜20km程の速度しか出せていなかった。
…実はカブの引き上げに結構時間がかかってしまったせいで、もう日が傾いてきている。
「じいさん、家までは結構距離あるのか?あんまり遠いようなら、そろそろ安全な場所で野宿の準備でもしないと危険だと思うんだが…。」
「う〜ん、後2〜3時間位なんだけどなぁ。このカブ、ライトがぶっ壊れてるから夜は走れないんだよなぁ。…分かった。もう少し進んだら左に進んでくれ。」
しばらく走り、じいちゃんの指示があったので左に曲がる。
そこから20分程走った所に、鉄柵に囲まれた鉄塔が見えた。
鉄塔のふもとに着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「…よ〜し、到っ着っと。」
じいちゃんが足を引き摺りながらカブを降りる。
…やっぱここが今夜の野営地なのか…。
盛大に傾きサビた鉄塔の周囲には、2mちょっと程の鉄柵が張り巡らされていた。
入り口らしき所には南京錠がぶら下がっていたが、じいちゃんがものの30秒程で開けてしまった。
「しっかし疲れたなぁ。今夜はさっさと寝ちまおうぜ。」
「…じいさん、腹は減ってないか?俺食いもん持ってるんだけど、良かったら食う?」
正直、腹が減っているのは俺の方だ。
だからと言って目の前に人がいるのに、自分だけ食事を摂るのも気がひけた。
俺は通勤カバンに詰め込んでいたコンビニ袋から寄ってしまった弁当を取り出し、一つをじいちゃんに差し出した。
「…。」
「…?どうしたじいさん?別に変な物は入って…。」
「何コレ!?超美味そうなんだけど!!」
俺が話し終わる前に、じいちゃんは弁当をかっさらって手づかみで食べ始めた。
…ちなみに、じいちゃんが食べているのはロースとんかつ弁当。
夕食用にしようと思ってた方の弁当だ。
俺は残ったもう一つの弁当、唐揚げ弁当を割り箸を使って食べ始める。
いや、分かってるよ。
朝から唐揚げ弁当食う気だったのか?って思ってるんでしょ?
ツッコミたいのも理解できるよ。
ただ、空腹が限界の時ってさ、目移りしちゃって食いきれない量の弁当買っちゃったりするよね?
…会社帰りの俺がまさにその状態だったんだけど、今回ばかりはあの時の俺を褒めてあげたい気分だ。
「…美味っ!!」
どうやら現代のロースとんかつはじいちゃんの口に合ったらしい。
「そっちの小袋のソースをかけるともっとイケるよ。」
じいちゃんも凄い勢いで弁当を食っていたが、俺もかなりがっついてしまった。
今晩の食事は、5分程で終了した。
消化に悪そうだ。
食事を終えると、じいちゃんは鉄塔に備え付けられた配電盤みたいなものをいじる。
次の瞬間、突然の強烈な光に俺は目を背けた。
じいちゃんが操作したのは、鉄塔から鉄柵の内側を照らすスポットライトだったようだ。
どういう原理か知らないが、この鉄塔の照明や電源は200年を経ても生きているらしい。
俺が「こんな明るくして変なのが集まってこないのか?」と聞くと、不思議そうな顔で答える。
「夜行性の怪物は光が苦手だから夜に行動するんだぞ?んで、朝も夜もいるような怪物にはこの鉄柵は超えられねぇよ。」
そう言うとじいちゃんは横になり、気が付いたら寝ていた。
…俺も寝るか…。
適当な場所に横になって、寝ているじいちゃんの背中に目をやる。
…あ、そういえば。
千里眼を自分に使ったらステータスが見えたんだった。
…あれって他人にも有効なのか?
【ヤスデ】
人間 77歳
生命力/26
力/29
体力/27
知力/30
敏捷/18
運/22
(状態:左足捻挫)
(遺伝子異常有り)
…普通に見れたわ。
そうか、今度からは怪しい奴にはまず千里眼を試してみよう。
それにしてもじいちゃん…ヤスデって名前なのか?
虫じゃん。
しかもキモイ系の。
ご丁寧に怪我の状態まで表示されてるし。
…遺伝子異常ってのは、例のキマイラボムってやつの影響か?
見た目にはごく普通のじいちゃんなんだがな…って、ステータス高いな!
何このハイスペックじいちゃん!
これは…このじいちゃんが高性能なのか、俺がクソ性能なのか…。
…まあいいや、もっと他の人とも比べないと何とも言えないしな。
きっとこのじいちゃんが高性能なんだ…。
…そうであってくれ…。
…しっかし、疲れた…。
いい加減俺も寝るか…。
あ、カバンの中に手帳が入ってたから、アレに簡単な日記でもつけよう。
俺は今日一日を振り返り、おおざっぱな日記を書いて、地面に寝転んだ。