CHA-RA
「う〜ん…、やっぱバイクと…人だなぁ…。」
俺は先程の場所から更に人影に近づいて千里眼を使用していた。
使ってみて分かったのだが、どうも千里眼ってのは中心の俺から近ければ近いほど拡大倍率が上げられるらしい。
最初はありんこ程度にしか見えなかった人影も、今は服装まではっきりと認識できている。
しかし…事故なのかなぁ、この状況は。
普通ならすぐに救助に向かうところなんだが、ここは終末の世界。
…しかも俺はバイクにはねられて死んでいる。
正直気が乗らない。
…つーか絶対無いと思うけど、俺を轢いた珍走団じゃねえだろうな…。
200年も前の話だけど、神様の手違いとかで一緒に転移しちゃったとか…。
迷いながらも俺は更に現場へと近づいていく。
千里眼を使うと、当然倍率は更に上がる。
「…カブだ…。」
転がっていたバイクはカブだった。
原付の。
まさか200年後の世界にもカブが走っているとは…。
いや、流石カブと言うべきか…?
そして…倒れている人影は、どうやら老人のようだった。
工場の作業着みたいな服に、ゴテゴテしたプロテクターみたいな物を着込んでいるようだ。
「…う〜ん…お年寄りなら…近付いても大丈夫かな?」
とか言いながらも、俺はもう助ける気で駆け寄っていた。
自分で言うのも何だが、俺は前世ではおじいちゃんっ子だったのだ。
25歳になっても毎年じいちゃんの家に顔を出していたし、月に一度は電話のやり取りもしていた。
そんな自分のじいちゃんの姿が、倒れている老人に重なって見えてしまったんだから仕方が無い。
「…お〜い!じいさん、大丈夫か〜!?」
たどり着いた崖の上から叫ぶが、反応が無い。
…やっぱ死んでるのかな…?
ここで俺がノコノコと崖下に下りちまうのが一番マズいだろう。
まだあのじいちゃんが絶対に安全とは言えないんだ。
…嫌な考え方だけど、事故を装った強盗の可能性だって有るからな。
きっとそんな世の中なんだろうし。
「じいさ〜ん!!生きてるか〜!!」
何度目かの呼びかけに、ピクリと反応があった。
「…う…。」
「良かった!生きてたか!」
老人はゆっくりと上体を起こすと、辺りを見回す。
しばらくボーッとしていたが、だんだんと状況を理解してきたようだ。
「…あ〜、ヤッベ。やっちまったわ。」
200年後の世界に来て。
俺が初めて出会った人物の第一声は、チャラかった。
「マジかよ…カブごと落ちちまった…。俺もボケたか…。」
何だろう…。
見た目は普通に老人なんだけど…喋り方とのギャップが酷い…。
しかし今は状況が状況だ。
俺は崖上からチャライじいちゃんに声をかけた。
「そこから上まで登って来れそうか?」
じいちゃんはこっちを見てギョッとしたような表情を浮かべるが、しばらく見つめ合った後、話しだした。
「…ダメっぽいわ。左足が超痛い。マジで悪ぃんだけど、ロープ投げるから引っ張り上げてもらえない?」
そう言うとじいちゃんは、カブの荷台に括り付けられた箱からロープを取り出す。
そして手頃な石にロープを縛り付け、こちらに向かって放り投げた。
「手際が良いな…。まぁ良いや、ちょっと待ってて!」
辺りを見回すが木は一本も生えて無かったので、大岩にロープを縛り付ける。
「準備ができたら引っ張るぞ〜!」
「…OK!やってくれ!」
俺は腰を低くして一気に…引っ張る!
重っ!!
じいちゃん重すぎだろ!!
あの枯れ枝のような体のドコにこの重量が…って…。
「…じいさん!流石にバイクごとは無理っ!!」
「あ、やっぱ?」
…しれっとカブにロープ結んでやがった。
渋々ロープをほどき、自分の体に結び直すじいちゃん。
再度引っ張ると、少しずつではあるが引き上げることができた。
…良かった。
俺、力5だから。
もしかすると無理かもと、少し不安だったんだよね。
それから10分程かけて、なんとかじいちゃんを崖の上まで引っ張り上げることに成功した。
…腕がパンパンになった。
見るがいい、これが力5の実力だ。
「やぁ〜、マジ助かったわ!サンキュー若者!」
「ハァ、ハァ…。い、いいえ。困った時は、お、お互い様…ですから…。」
息切れも凄い。
営業職だったとはいえ、サラリーマンの体力なんてこんなものか。
「いやぁ〜、疲れてる所悪ぃんだけどさ、家まで送ってってもらえるかな?ホラ、俺足やっちゃってるんで。」
…。
「あ、流石におぶって行ってくれとか言わねぇから!ホラこれ!」
そう言って自分の腰を指差すじいちゃん。
そこには結ばれたロープが…二本…だと…!?
「今度は俺も手伝うからさ!もうひと頑張りしようぜ!!」
…本日二度目の引き上げ作業は、俺の了承を得る事無く決定していた…。