オマケも本編
視界が白一色に塗りつぶされ、全身を一瞬、妙な浮遊感に包まれた。
…そして、気がつくと俺は崖っぷちに立っていた。
サスペンスドラマだったらいきなりクライマックスである。
足元が崩れないか慎重に確認しながら、そっと崖下を覗き込むと、落ちたらまず助からないくらいの絶望的な高さだった。
…あの神様、いきなり殺す気か!
前世にプレイしたゲームで、開始直後に一歩後退すると死ぬ鬼畜ゲームがあったなぁ…なんてどうでもいいことを考えながら、恐る恐る崖下の様子を観察する。
驚いたことに、そこには結構な数のビルが建っていた。
崩れたり倒壊している物も多いが、200年の時が経っている事を考えれば当然だ。
そんな事よりも、建物があるって事は何か使える物資があるかもしれない。
運が良ければいきなり人が住んでいるアタリの開始地点かもしれない。
…さっきは殺す気かとか言っちゃってゴメンね神様。
問題は…どうやって崖の下に下りるかだ。
俺の荷物は会社の通勤に使っていたビジネスバッグと、朝夕の食事やら飲料、お菓子が入ったコンビニ袋。
もちろん、都合良くロープを持ってたりはしない。
考えていても仕方ないので、俺は崖に沿って歩き始めた。
もしかしたら、下りられる道でも見つかるかもしれないし。
…あ!忘れるところだった!
まずは神様からもらったPSIを確認しとかなくちゃだった。
使い方は…。
わからん。
全くわからん。
え?マジか?
勝手に使い方も分かるもんだと思ってたんだけど…。
…こんな事なら、ちゃんと使い方を聞いておけば良かった…。
なんか勢いで来ちゃったけど、色々と準備を忘れてそうな気がするな…。
後になって後悔しそうだ…。
ただ、俺がもらったPSIは今後の生死に直結する能力だ。
意地でも使えるようにならないと、俺は早々に死ぬ事になる。
俺はその場で足を止めると、思いつく限り色々と試してみることにした。
「…え〜と、発動!」
…。
「目覚めよ!俺の力!!」
……。
「…透視!千里眼!!クレヤボヤンス!!!」
…あかんやん。
うんともすんとも言わねえ。
…あぁ、ちなみに言い忘れたけど、俺が神様からもらったPSIはクレヤボヤンスという。
透視とか千里眼といった能力だ。
なんでサイコキネシスとかパイロキネシスみたいな攻撃に転用できるPSIにしなかったのか、とお思いだろう。
俺だって少しは考えたさ。
迫り来る強敵を炎で焼き尽くして、「…燃えたろ?」とかドヤ顔で言ってみたかったさ。
ここがRPGの世界だったなら、俺は迷わずパイロキネシスあたりを貰っただろうね。
ただ、ここは終末の世界なのである。
はっきり言って何が起こるか分からない。
ゲーム感覚でいて、炎が効かない敵でも現れたら即、死ぬ。
PSIを持っているのが俺だけじゃないって所も恐ろしい。
…こんなチート能力を転生者でもないのに素で使うヤツがいるんだもんなぁ…。
それに、神様の見せたPSIリストには無かったけど、能力封じの能力だって存在するかもしれんし。
というワケで、俺の基本スタンスは「逃げる」一択となりました。
俺が強敵相手にバトルする展開を期待していた皆様、ご了承下さい。
…つーか、そもそもどんな化物が存在するのかも不明なんだから、しばらくはどんな相手であれ逃げるのが正解だと思うんだ、俺は。
せめて少しは情報を得ないとね。
で、逃げるのに特化した能力の中でも、俺の選んだクレヤボヤンスは特別なのだ。
なんせ相手に見つかる前にこっちが見つけてしまえば、そもそも争いがおきない。
相手に見つかる前に俺が全力で逃げるからね。
できるだけ安全に生活することを重視した結果、クレヤボヤンス一択だったのだ。
まぁ、他にも多少期待してる部分はあるんだけどね…。
さて、こんなことを考えている間も、俺はPSIを発動しようと色々試していた。
力んでみたり、息んでみたり、両手を天にかざしてみたり…。
「…できねえな。」
かれこれ一時間はこんな調子でやっている。
セリフ系は思いつく限り試し終わってしまったので、ポーズや俺自身の意気込み?みたいな方向で試している。
くっそめんどいな…。
本当に、なんで俺は使い方を聞いてこなかったんだろう…。
「…ってアレ?なにこの指輪…?」
グ○シのポーズをした時、自分の右手の小指に見慣れない指輪がはまっていることに気付いた。
銀色のシンプルなデザインの指輪だ。
…よく一時間も気がつかなかったな、俺…。
指輪を意識しながら心の中で「千里眼」と念じると、すんなりPSIが使えてしまった。
【サイコリング】
PSI「クレヤボヤンス」が付与された装飾具。
また、きっかけがあれば他のPSIを習得する可能性がある。
地球上に存在しない金属で作られている。
…おお。インパ○だ。
千里眼って鑑定系なの?だとすると俺の予定が大幅に狂うんですけど。
今度は千里眼を使用しつつ、対象を自分の体と意識してみる。
【西郷信人】
人間 25歳
生命力/11
力/5
体力/6
知力/6
敏捷/5
運/5
PSI/クレヤボヤンス
〈西郷くんへ〉
なんかRPGっぽい異世界を期待してたみたいだったんで、せめて千里眼でステータス風画面だけでも見れるようにしてみました。それでは、楽しい終末を!
…最後の一文はステータス画面の中に手書きで書かれていた。
悪ノリしすぎだろ神様…。
…いや、ここは素直にありがとうと思っとくべき所か。
PSIにオマケ能力までくれたんだから。
よくある転生系主人公が必死に育てるスキルの筆頭だもんな、鑑定。
しかし…、これでハッキリしてしまったな…。
力5。
これがこの世界でどれくらいの能力値なのかは分からないが、決して高い数値ではないだろう。
今の俺には戦闘能力は無いと考えて間違いない。
敵性生物に見つかったら即アウト。
本格的に逃避行が決定した。
そうと分かれば早速と、自分の周囲一帯に千里眼を使うイメージをする。
すると、自分を中心に上空から見下ろしているような映像が視界に重なった。
…うわぁ、見辛い…。
左右の目で別々の物を見ているような感じというか…。
あ、目をつぶればいいのか。
…正確にはわからないけど、俺を中心に2km位見えてるのかな?
辺りには崖と崖下のビル街跡が見えるだけで、他は荒れ地といったところか。
…?
視界の隅っこギリギリ辺りの地面に、何かラインのようなものが見える…。
これは…?崖に向かって垂直に延びてるな…。
…早速迂回するべきか?
…いやいや、こっちには直線距離で約1kmのアドバンテージがあるのだ。
もう少しだけ近づいて、もう一度千里眼を使おう。
で、何があるのか、何がいるのかを確認してからでも十分見つからずに逃げられる…よね?
…大丈夫だよね?
何がいるのか確認しない方が、かえって危険になる可能性だってある。
…慎重になりすぎるということも無いだろう。
俺は自分にそう言い聞かせながら、数歩だけ前進し、もう一度千里眼を使った。
…見えた…!
見えたけど…。
俺が見たのは、崖に垂直に続く一本のラインと、崖下にできたちょっとした段差のような崖。
そして、その崖に転がるバイクの様な乗り物と、倒れている人影だった。