→逃げる
アエオンの町を出て3時間。
旅の出だしは順調だった。
途中、千里眼に何度か敵影があったが、堂々と迂回した。
別に誰に見られているわけでもない。
今回は一人旅なのだ。
今日の予定としては、一度崖下まで降りて偵察、あわよくば探索。
暗くなる前に鉄塔のところまで逃げ帰り、本格的な探索は明日行う。
…あの鉄塔は、アエオンの人々が狩りの時なんかの緊急避難に使っているらしく、配電盤なんかはヤスデじいちゃんが直したらしい。
じいちゃんは自前の道具で錠を開けられるし、アエオンには何個か合鍵があったので、今回の旅に一つ借り受けた。
そんなこんな考えていたら、いつの間にか崖に着いていた。
崖沿いにカブを走らせ、じいちゃんと出会った所から500m程進んだ所に、崖下へと続く緩やかな坂が見えてきた。
俺は坂の入り口で念のため千里眼をかけた。
…反応は…あるな。
ビルの影で動く何かが、確認できるだけで3つ。
ただ、坂の方角からは死角になっている。
…物音をたてなければ、いけるか?
…とか思ったが、どう考えても崖下に降りるのは危険すぎるよなぁ。
そこで、本格的な探索は明日にして、今日は崖下の安全を確保することにする。
『プップーーーーッ!!』
…俺は崖の上から、カブのホーンを鳴らした。
続いて千里眼を使うと、ビルの影にいた何か達がこちらに気付き、一斉に坂道まで走ってくるのが見えた。
…ああ、すっげぇ嫌だなぁ。
俺はできるだけ戦いを避けていきたいのだが、今回のような場合は仕方ないか。
カブに跨がったまま、通勤バッグからスリングショットを取り出す。
…一応、練習はした。
予想以上の破壊力に驚いたが、今回の作戦にはむしろありがたい。
…坂の下に、一着でたどり着いた奴が登ってくる。
動きの素早い、小型犬サイズの醜悪な顔つきのネズミっぽい生物だ。
【ドブスター】
動物 2ヶ月
生命力/5
力/4
体力/4
知力/2
敏捷/18
運/9
手に持ったスリングショットに球を番え、狙いを定めて…放った。
ブチュッ!と音をたてて、左側の前足に当たる。
バランスを崩したネズミは、そのまま崖下へと落ちて行った。
ホッとしたのも束の間、すでに第二陣が到着していた。
今度は…ネックレスが2匹。
俺は迷わず肛門に狙いを定め、撃つ。
最初の一発はかすった程度、続けて放った二発目が肛門に命中した。
当たった奴はその場に転げ回り、苦悶の表情…は顔が無いからわからないが、苦しそうにもがいている。
もがいている方を飛び越し、もう一匹が俺に迫る。
距離にしてわずか10m程、俺は急いでバックパックのシャベルを取り外し…。
バコーーン!!
大きく振りかぶったシャベルが、間の抜けた音を響かせながら空中のネックレスにヒットした。
横に向かって吹き飛ばされた奴は…、崖下のビル側面にぶつかり、その衝撃で崩れてきた瓦礫に埋もれていった。
…ぅゎ、シャベルっょぃ…。
初戦闘だったけど、中々上手くパターンに入ったな。
当初の予定通り、遠距離からスリングショットで狙撃、至近距離ではシャベルで殴る、刺す、切る。
…おっと、いかんいかん。
まだ完全には終わってなかったんだ。
肛門に鉄球がINしてもがいているネックレスに歩み寄り、頭上からシャベルを振り下ろす。
「あとは…崖下に落ちたドブスはどうなったかな?」
そう思って崖下を覗き込もうとした、その時。
崖下から一直線に飛んで来た何かが、俺の胸に直撃した。
「っ…!!!」
声も出ない。
呼吸も。
それ程の衝撃だった。
その場に倒れそうになるが、なんとか踏ん張り、隣のカブのハンドルを握る。
そのままカブの上に倒れ込むように跨がると、エンジンをかけて半ば引き摺られながらカブを走らせる。
…何かヤバいのがいる。
少しでもこの場から離れなければ。
…無茶苦茶にカブに引き回され、握力の限界が来た所で地面に放り出された。
…追っ手は…来ていないな…。
本気で危なかった…。
胸元に手をあててみると、プロテクターにヒビが入っていた。
…なんだったんだ?何が飛んで来た?
30分程経ち、多少の身動きがとれるようになると、傍らに転がるカブを起こして再び跨がる。
…撤退だ。
とりあえず今日の所は鉄塔まで戻って野宿し、どうするかは明日決めよう。
…初戦で調子にのってしまった。
いくらESPを持っているとはいえ、所詮は非戦闘系スキルだ。
もっと慎重にいくべきだった。
…反省点ばかりが頭をよぎる。
その後、なんとか鉄塔まで逃げ帰り、軽い食事を済ませた後。
寝る前にステータスチェックをしていて、俺は変な声が出そうになった。
【西郷信人】
(ノブ)(おじさん)
人間 25歳
生命力/5
力/7
体力/6
知力/6
敏捷/5
運/5
PSI/クレヤボヤンス
〈西郷くんへ〉
どうやらPSIを持つ敵性生物に出会ったみたいだね。
折角送り込んだ君だから特別サービスして、大ヒントをあげちゃおう。
君は敵性生物のPSIで攻撃を受けた。
これが「きっかけ」だね。
あとは…そうだな。
君のPSIを上手く活用して、倒してみようか?
…それでは、楽しい終末を!