第六章 女怖すぎ
魔法を使うためにはあるプロセスを踏む必要がある。
石動先生の魔法学の授業で一番初めに習ったことだ。
「まず、魔法を使うためには素質が必要です。人間には身体に流れる気というものが存在しますが、その気を魔法に転用できるかできないかというのは個人差があります。言ってしまえば才能ですね。この才能は基本的には先天性です。後天性の才能というのもちらほらとありますが、そこらのことは全然解明されてませんね。」
では才能の有無はどこで決まるのか?
「魔法の才能というのは遺伝するものだといわれています。勿論全く才能のない両親から天才的な才能を持つ子供が生まれる例もあります。鳶が鷹を生むというやつです。隔世遺伝だとかいろいろな説が提唱されていますがそれでも珍しいことですね。高校入学と同時に魔法関連の学校へ入学した人たちはそれに該当します。」
つまり黄鞠は鳶が生んだ鷹ということになる。石動先生の魔法学の授業をまとめると両親が適正を持っていると適性を持った子供が生まれる。しかし両親のどちらかのみが適性を持っている場合、適性を持った子供は生まれにくい。両親のどちらも適性がない場合には前述の場合より生まれにくいが確変あり。
ここらへんに魔法は血筋と言われる所以があり、適性者の絶対数が増えにくい要因である。
ただし、両親に適性があろうがなかろうが、その子供が適性を持っていた場合その兄弟は適性を持っている。
「そして、適性のある人の8割くらいはそのままでは魔法を使えません。身体が魔法の使い方を知らないといいますか、身体に魔力という銃弾があってもその発射口がありません。なので、ここにいる皆さん全員が霊子反応剤、見た目から通称バリウムとか霊子バリウム呼ばれているお薬を飲んでいるはずです。あ、でもテストのときにバリウムって書いたら減点しますから書かないでくださいね。」
検査の時に確かに飲んだ記憶がある。バリウムはクソまずいらしいが、霊子バリウムはのむヨーグルトだった。
「そして霊子バリウムを飲んだあとには魔力を引き出せるようになります。その後フィールドインストールという手順を踏むことで魔法が使えるようになります。フィールドインストーラーとは記憶媒体の一種でこれに魔力を流し込むことでその空間内で魔法が使えるようになるアイテムです。基本的に私たちの使っている言語では世界に干渉することはできませんが、その空間内に私たちの言語を世界が分かるような言語に変換するシステムを構築することがフィールドインストールという作業となります。」
これはなんとなくコンピュータのプログラム言語に似ている。コンピュータの内部処理は0と1の二つで構成される。0と1だけでは人間が理解することなど不可能。だからプログラム言語という言葉に翻訳するのだ。
ついでにこの学校の敷地内はフィールドインストールが施されているので、魔法のコマンドさえ知っていれば結構あっさり魔法使えるらしいっすよ。
「魔法の使い方ですが、とりあえず基礎の基礎の魔法であれば詠唱したい呪文を唱えて集中すれば魔法は
使えますよ。コツとかあまりいらないですね。」
魔法は使えるものの、余分な力を入れすぎるとすぐ疲れるらしいのでそういう手の抜き方はある程度経験を積まなければいけない。魔法はテクニックだと羽藤先生が言っていたが、そういうことらしい。
魔法は結構あっさり使えた。
初歩の初歩の呪文は、その呪文を唱えて集中するだけでできた。フィールドインストールされている空間では小難しい変換プロセスを代替してくれる。
余りにも簡単なのでクラスの全員があっさり使えたくらいだ。こんなに簡単だったらサルでも使えそうな気がする。そういえばシグノは俺に才能があるといっていた。だが、これほど簡単なら何をもって才能といったのか分かんねえな。
学園生活は限りなく最悪に近い居心地だった。住めば都という慣用句があるが、多分そんなことはないだろう。いつまでたっても地獄は地獄 ヘルヘル。
だがシグノという孤高のカリスマぼっちが隣にいたので、奇跡的にぼっちになることはなかった。女子同士のしがらみや男子という偏見よりも、自分が気に入るか気に入らないかで人づきあいを決定づける身勝手な性格だからだろう。
毎日パンをパシらされていたが、毎日お釣りが手元に残るのだから全く嫌な気分にならなかった。やっぱり世の中は金だ。
そして学園生活一週間後の昼休みに俺は缶ジュースを買いに来ていた。
「アイスティーっと。」
玄関の自販機でアイスティーとコーラを買っていると、ひょっこりとあらわれる人影があった。
出てきたのは、同じクラスの女子。未だに敵か味方か判断しあぐねている人物。一応元同級生の細矢だった。ついでに黄鞠のクラスの敵味方中立の割合は黄鞠目線で目算するとで29:1:5だった。
ほぼ四面楚歌である。
「あ、あはは、偶然だね。音無君もジュース買いに来たんだ。」
「まあな、じゃあ俺教室帰るから。」
シグノがお腹を空かせて待っているだろうし。
「あ、待ってよ。」
細矢はすぐにアイスティーを買って、足早に去ろうとする俺についてくる。
「何だ何だ俺に用でもあるのか?」
「え、えと、そうだ!部活動どこに入るか決めたのかと思って。」
部活動か。確かに放課後には新入生を勧誘しようと上級生たちが営業していたな。しかし、俺には無縁な話だった。
「帰宅部だな、それ以外に俺の受け入れ先なさそうだし。」
「ええー、でも帰宅部は認められていないと思ったんだけど。」
確かにこの学園では何かしらの部活動をやらなければいけないという校則がある。だが、その校則を破ったところでペナルティはないと思う。
「別に罰則はないだろ。」
「そりゃあ、そうかもしれないけど。」
「俺は他の生徒とは違う特別な人間だから帰宅部でも許されるのだ。」
主に性別がね。
「まあ確かに女子だけの部活に入るのはちょっとあれかもしれないけど。」
「ちょっとって問題じゃないだろ。」
「え、えーと、じゃあさ中学の時は何か部活とかやってたの?」
「中学の時は一応空手部だった。部員は俺ともう一人女子がいるだけの部活だったけど。」
「えええええ、女子と二人きりだったの!?」
「如何わしい言い方をするんじゃない。大会には出たことはないけど結構真面目にやってたんだぞ。もう一人も結構強かった。毎日のように技をかけたし、かけられたからな。今思うと空手というより総合格闘技だった。」
「女の子相手に技をかけたりかけられたりしたの!?」
「だから如何わしい言い方をするんじゃない。やらなきゃやられるし寝技とか固め技なんか力じゃ抜け出せないんだからな。」
「へええ、そうなんだー。でも私は男子と一緒にやるなんてちょっと怖いかも。」
「まあ普通に考えてそうかもしれない、相手は妹だったしな。」
「いも……うと?ああ、妹さんがいるんだー。そっかーなるほどー。どんな妹さんなの?」
「ああ、写真が……携帯の電池がなかった。見た目は俺の女バージョンって言えばいいのか?成績もよかったし女子にしては身長も高い。ついたあだ名は『兄より優れた妹』だった。」
確かに妹は成績学年トップだが、俺だって大体20位以内には入っていた。運動能力は女子と男子で比べるのはどうかと思う。妹は確かに運動能力も戦闘能力も高かったが、男女の体力差はそう埋まらない。
性格面を自分で評価することはできないので人づてに聞いた話によれば、俺は『基本的に善人』で妹は『完璧』らしい。
そんなんじゃ五十歩百歩だってはっきりしてんだよね。
結局、細矢は教室まで付いてきた。まあ同じクラスだから行先も同じか。
教室の手前、俺は思わず立ち止まった。
「わぷっ。」
急に立ち止ったので、後ろにいた細矢がぶつかってしまった。
「あうう、急に立ち止まらないで…って。」
教室では誰とも群れようとしないシグノの席に女子が集まっているのが見えた。何かイヤーなムードだ、胃が痛くなりそうな険悪な雰囲気だった。
「わかる?私はねシグノさんのためを思って言っているの。」
クラスメイトの女子、名前は覚えていないのでアルファベットでA,B,C,D,Eとしよう。Aがシグノに向かって何かを言っている。
当のシグノはぺったんと顔を机の上に乗せて、話を聞いていた。俺は教室の扉からこっそりと様子を覗いた。あと、隣の細矢もこっそりとその様子を覗いていた。
「余計なお世話なの。」
「っ!あんな男と関わってたら、絶対不幸になるよ。あの男子には変な噂がたくさん流れてるし。」
Aが声を荒げる。
「噂は噂なの。」
「ねえ、シグノさん。私たちとあの男子どっちが信用できると思う?」
Bが窘めるように言った。
「ソースが噂で他人をどうこう言ってる人たちを何をどうしたら信用できるのか逆に聞きたいの。」
「へぇ、じゃあ私たちよりあの男子が信用できる理由があるって言うんだ。」
「話を聞いてみれば悪人じゃないってわかるの。」
「それ騙されてるよ。女子高に無理矢理入ってくるようなやつが悪人でないわけないじゃない!」
「キマリは入学の取り消しを申請したって言ってたの。」
「そんなのウソに決まってるでしょ!男子なんだから!」
「はあ、もうわかったの。でも私の人間関係は私が決めるの。キマリが悪人だったときは私の責任なの。」
うえええ、嫌な光景を見てしまった。好き勝手言いやがって、こんのクソビッチどもが!!
女は怖いなー。
それと同時にシグノの身勝手で孤高のカリスマぼっちの真骨頂を垣間見た俺は感動していた。
やだ、かっこいい。
黄鞠は空気を読んで、堂々と教室に入った。
女子Dがすぐさま黄鞠の存在に気付く。それを皆に伝えると何食わぬ顔で自分の席に帰っていった。
女怖すぎ。
これって俺に対して嫌がらせとか飛んできませんかね?それほどの恐怖を感じさせる空気だった。
まあ、別に失うものは何もないからいざとなったら暴力に訴えればいっかー。黄鞠はあまり深く考えないことにした。
「ほら、パンと飲み物だ。」
「今のやりとり聞いてたの?」
シグノはコーラとたこ焼きパンとカツサンドと卵サンドとメロンパンと三食パンとチョココロネをとる。
「ばっちり聞いちまった、女ってあんな怖い生き物だったのね。」
俺もアイスティーを開けて一口飲む。
「そういう傾向があるだけなの。全員がそうではないの。もきゅもきゅ」
「でもお前大丈夫か?あんなに立場悪くして、矛先がこっち向いたらどうするのさ。」
「心配いらないの。いざとなったら全員ぶっ飛ばすの。もきゅもきゅ」
結構、物騒な考えを持っているみたいだった。しかもシグノならそれをやってのけてしまいそうな気がしてならなかった。
「くるみこちゃん遅いよ!どこいってたの。」
「あっ、ごめんね。ちょっといろいろあって。」
いそいそと入ってきた細矢はAのグループらしかった。
直感的に細矢は悪いやつではない。
今、黄鞠はそう思っている。しかし、やはり黄鞠は細矢を信用することができなかった。これも直感だが、自分に対して秘めたる感情があるような気がしてならなかった。しかも、今の女子の行動を見てしまったからより一層女子という生物を全般を信用することが出来なかったのだ。
願わくば、これから平和な日々を送ることが出来ますように。
だが、俺の学園生活に平和は訪れなぁいことは必然だった。別に感傷的なプロローグやモノローグのつもりで言っているつもりはない。
だって常識的にどう考えても問題が起こらないわけないじゃない。
そして、黄鞠にとって最悪な出来事はその日のうちに起こることになる。