第ご章 伝説の医師を召喚するシグノ
数日後、授業が始まった。授業は普通の授業に加えて魔法の実技の授業がちらほら入るらしい。今日はその実技の最初の授業だった。思えば俺、魔法を使える才能があるんだよな。
そう思うと黄鞠はちょっと期待した。魔法初デビューが今日かもしれないのだ。
運動用のジャージに着替えてグラウンドに出る。体育の授業は2クラス合同の授業である。黄鞠を含めたクラスメイトが集合場所に待機していると、担当の教員であろう先生が現れた。
若い先生だ。褐色で短髪巨乳の健康美人だった。高身長で引き締まった身体はまさに体育教師と言うに相応しい。
「さぁーて、皆集まってるかー。点呼とるぞー!」
先生の号令とともに女子特有の慌ただしさは静まる。
「まずは自己紹介からだな。実技担当の羽藤 軌緒だ、よろしく。まず背の低い順番に並べ、あと男は最前列な」
一番前に来させられた黄鞠の隣はクラスでも隣の席のシグノ アンシェストだった。身長的に当然といえば当然の話だ。シグノは見た目は子供、頭脳は高校生並なのだ。
整列から一通り、横並びや二列の整列の説明があった後どんなことをやらされるのかと思ったが授業の始めだしハードなメニューはないと思っていた。
「それじゃあ、準備体操の後お前らには校庭を20周走ってもらう」
しかし、激烈にハードだった。
男子の黄鞠でもそう思うのだから、一部の女子達からはどよめきが上がる。
「リタイアは自由だ、走れないと思ったらコースから外れて休んでもらって構わないぞ」
校庭が一周200メートルだとすると、ざっと4キロ。もう辛い。この授業魔法の授業じゃないのか?魔法って結構体力勝負なんですかね。かくしてマラソンが始まった。
黄鞠は自分のペースで走ることにしていたが、やはり基本的な体力差があるのか女子特有のペース配分なのか、結局先頭で走ることになった。
黄鞠と並走しているのは、なぜかいつも隣にいる体格が小動物系女子のシグノ アンシェストだけだった。
4~5周目あたりまではリタイアする者はいなかったがそれ以降からはちらほらとリタイアする者が出てきた。平均的な女子であればそんなものだろう。
黄鞠は自分に甘く大分ペースを落として走ったのだが、それでも10週目を超えたあたりから他の女子との周回遅れが目立ってきた。それでもなお、黄鞠の隣にいた女子はペースを落とさなかった。15週目を走った時点で結構辛くなってきたが、黄鞠には走り切れる確信はあった。
その時点で黄鞠の他に走っている者はほとんどいなかったが、後ろを振り返るとそれでも10人くらいは走っていた。その中には細矢の姿も確認できた。
細矢はすぐ後ろを走っていたが、黄鞠が振り返るとにっこり笑って軽く手を振った。結構余裕なんですね。ぼくはちへどはきそうです。
ついでに隣を走っていたシグノは顔色一つ変えていなかった。これじゃあ俺の方が疲れているように見えるぞ。
こんな小さい身体のどこにそんな体力があるのかは正直疑問だった。まるで魔法でも使っているんじゃないかって思うほどだった。
そして、黄鞠たち他数名は何とか20周を走り切った。
「ハァ、ハァ、ハァー」
凄い疲れた。手を膝に当てて息を整えずにはいられない。
クソきつかったにも関わらず、隣を走っていたシグノは平気そうな顔をしていた。マジっすか?
というより、走り切れなかった人たちはみんな総じてグロッキーだが走り切った人は皆俺よりも平然としていた。どう考えても俺より体力なさそうなシグノやなんと細矢まで走り切っていた。
完走組で満身創痍なのは俺だけとかこれどうなってんだ。
「凄く疲れたの」
隣で同じペースを保っていたシグノがそう言った。
「俺より、ハァ、平気そうに見えるの、ハァ、きのせいか?」
「当然なの、私は裏技を使ったの。というより走り切った中で裏技を使わず正攻法で走ったのはキマリだけなの」
は?裏技使ったってそれどういうことなの?と聞きたかったが、もう喋るも辛かったので聞かなかった。
「さーて、完走できたのは、ひいふう、7人か。まあそんなものか」
羽藤先生が集合の合図を出す。
「20周は辛かったか?でも走り切ったやつはいるな。当然普通に走ったら20周なんてとてもじゃないが走れないだろう」
「はぁ、ふう、ふう」
ようやく息が整ってきた。先生は何か言っていたようだが、何を言っていたのかは聞いていなかった。なにかいいましたか?
「……普通に走り切ったのもいるみたいだな。まあそれは置いといて、お前たちはこれから魔法の実技の教練に入る。魔法をある程度使えれば20周を走り切ることは十分可能だ。これを一つの目標として持っていてほしい。普通科からの新入生は分からないだろうが実は今回の持久走では大体の生徒が魔法による強化を維持しながら走っていた。基本的に魔法を使った持久力の強化はテクニックだ。魔法を冷静に安定して維持できるようになれば、普通なら3週でリタイアするようなやつでも20周走れるようになるぞ」
え、なんすかそれ。真面目に走った僕ばかみたいじゃないか。シグノは裏技とか言っていた、いったいどんな魔法を使ったのやらと思っていたが本当に魔法を使っているとは驚きだった。
「……まぁ、ここに魔法を使わずとも20周走ったのもいるみたいだな」
そういって、羽藤先生が黄鞠の背中をパンパン叩く。
「流石は男の子!私はそういうのも嫌いじゃないぞ。体力はつけておくに越したことはことはない。魔法を使う場合でも身体を鍛えておくことは決して無駄にはならないからな」
褒められたのはうれしかったのですが、次の時間に襲ってくるマラソン後特有の劇的な疲労感を考えたら途中でリタイアしたほうがよかったと思いました。
その後の授業は石動先生の授業でしたが、ほとんどの生徒が机の上で氏んでいました。シグノは隣で花提灯を作っていたし、俺は俺で血走った眼で黒板をにらみつけながらなんとかシャーペンを走らせました。
なお、石動先生は『軌緒ちゃん…やっぱり初めての授業でも容赦ないんだ。』とある程度納得していた。
昼休み、黄鞠はテント生活ゆえに自分で弁当を作って持ってくることを試みることもできないため必然的に出来合いの昼食をとらざるをえなった。
なんと、この学校には学食が存在する。スペースは結構あるが、昼休みにはほとんどの席が埋まる。
ただ、そんな女子だけの密集空間にいては黄鞠の精神が氏んでしまうため、結局売店や出張のパン屋を頼ることになる。校外に出てコンビニで調達することはできなくはないが行き返りだけですごく手間なのでそこは妥協することにする。
黄鞠はパンを調達しに行くため席を立った。
「待つの」
隣の女子に呼び止められた。
「何か用か?」
「売店に行くの?」
「いや、出張のパン屋の所だ」
そっちにした理由は売店と比較して混んでなさそうだから。まあ後にどっちもどっちだということが分かったので、日によって人の少ないほうに行くようになる。それはまた別のお話。
「私にもパンを買ってきて欲しいの。しょっぱいパン3つと甘いパン2つと炭酸飲料かウーロン茶」
コイツ俺をパシる気かよ、このやろー。そう思ったが、なんとシグノは胸ポケットから英世を2体召喚する。
「釣りはあげるの、自分の分も買うといいの」
「お前、結構食うのな。しかも英世2体をポンと渡してくる辺りでちょっと経済感覚を疑うぞ」
「私の家は金持ちなの。結構有名な家名だからググれば出てくるの。ブルジョワは金を払ってでも動きたくないの」
マジかよ。
ちょっと半信半疑だが何となく庶民ぽくないやつだとは思っていた。今度ググって確認してやろうと思ったが、そもそも俺ググれないことに気付いたら少し悲しくなった。
黄鞠はパンを買いに行った。学校のパン売り場はいつでも激戦地区だと思っていたし、実際にそれっぽくあったが黄鞠が来るとなぜかみんなが道を開けてくれた。
その様子はまるで磁石の同極同士が反発しあうかのような避けっぷりであった。きっと俺にはみんなとは違うオーラみたいのがあって、それにおののいたに違いない。
……
氏ね!
「やきそばパン、カツサンド、コロッケパン二つずつとあんぱん、シュガートースト、アップルパイ、ポケモンパンください」
袋に大量のパン、そして缶ウーロン茶と缶アイスティーを抱えて教室に戻ってきた。
「意外と早く戻ってきたの」
「みんな道を開けてくれたからな」
「あっ……ふーんなの」
「ほらよ、ウーロン茶とパン5個だ」
「みせるの」
シグノはチラチラと買ってきたパンを品定めする。
「やきそばパンとカツサンドとコロッケパンとあんぱんとシュガートーストとポケモンパンよこすの」
「ん?今6つ言わなかったか」
「ポケモンパンは別腹なの」
「そんな別腹聞いたことは聞いたことがないぞ、いいけどさ」
6つも食えるのかと思っていたが、もっきゅもっきゅと次々と平らげて難なく完食した。意外とよく食べる子なのね。
そして、食うだけ食って寝始めた。
よく食べてよく寝る子、他の女子と比べて群れない上に身勝手で我が道を行く人間だった。こういうのを天才肌というんですかね?黄鞠はそのことを疑問に感じたが、より疑問に感じたことはよく食べてよく寝るこの女子の身長はなぜこんなにも低いのかということだった。
遺伝かな?