第参章 レスホーム高校生
強化テントの中は予想以上に広かったし、まだ肌寒い季節でも防寒機能はしっかりとしていた。だが広いといっても引っ越し用の荷物の段ボールで殆どスペースを占領されてしまった。
文明の利器に慣れた現代人にとって、この生活は辛いものがある。なんで俺がレスホームのような生活を強いられなければいけないのか本当に解せない。
現代社会の闇に片足を突っ込んだような現状に憎悪がこみあげてくる中、唐突に俺のテントの前に誰かがやってきた。
わざわざ腫物に近づいてくるようなやつなんか石動先生か寮の管理人さん(いい人だった)くらいだろう。石動先生かなと思ったら違うようだ。
黄鞠は食事のため、焚火で飯盒炊爨をしていた。簡易ガスコンロなんて文明の利器は支給されなかったのだ。米はあっても、電気がない。そんな状況での苦肉の策だった。
そこらへんで拾ってきた木材をつぎ足しながら火の番をしていた黄鞠の下に、女子生徒が3人ほどやってきたのだ。そしてその女子生徒の中で最も長身で凛々しい表情の女子が口を開いた。
「お前が今年、入学してくる男子生徒か?」
「え、どちら様ですか?」
「今年入学してくる男子生徒かと聞いている」
「む、そうですけど」
「私はこの学園の生徒で寮長を務めている三年の遠山 志津だ」
「はぁ、それで何か用ですか?」
「単刀直入に言わせてもらう。私たちを含め寮生及び女子生徒の多数はお前の入学を認めていない」
「はぁ、そうですか、それで俺にどうしろと言うんですか?」
「簡単なこと、元々ここは女子高なのだから男子が入学すること自体が異常なのだ。大きな問題が起こる前に自分から身を引いてほしい」
「つまり、俺に学園を去れと言いたいんですね」
「単刀直入と言いながら回りくどい言い方をしてしまったが、その通りだ」
俺に向かって敵意をむき出しにしてくる遠山先輩だが、その主張は正しい。きっとこの先輩は女子高なのに不純な動機で入学をしてきた男子生徒とかそういう風に思われているに違いない。
それはそうだろう。当然すぎてぐうの音も出ない。しかし、俺にも言い分がある。何の申し開きも言えないのでは、問題はこじれるばかりだ。
だから、俺は渾身の思いを込めて主張した。
「それが、それが出来れば苦労なんてしていない!!」
黄鞠は今迄誰にもぶちまけることのできなかったこの思いをせっかくだからぶちまけることにする。
「な、何を言っているのだ」
「どうもこうもありません、あなたの言っていることは正しい。女子高に男子生徒が入ってくるなんてどう考えてもおかしいし、俺だってそんな罰ゲームみたいなことやらされたくありません」
「では、なぜ入学してきたのだ!そもそもお前がここに来ようとしなければこんな問題は起こっていないだろう!」
「知りませんよ。俺の入学は一週間前にいきなり決まったんです。公立高校の推薦までもらっていたのにそんなものキャンセルされて半ば無理矢理連れてこられて、挙句の果てには俺の名前が女みたいな名前だったからという理由で女子高に入れられるという大チョンボ。しかも、入学取り消しを申請してもあのクソ婆は聞き入れずに何を血迷ったのか特例を認めやがった。どうしてこうなったのか俺が聞きたいくらいですよ!」
黄鞠は今までの不満を思いきりぶちまける勢いで長台詞を完走した。
とりあえず伝えたいことは、俺の意志でここにやってきたわけではないし、この決定に一番文句があるのは俺だし、ぶっちゃけおうちかえりたい。
その話を聞いた志津はたじろいだ。この嫌がりっぷりを見る限り明らかに自分の意志でないことは明らかだった。府に落ちない部分はあるが、あたかも学園を去りたがっている様子を見るにやむにやまれぬ事情を抱えているようだと感じたのだ。
「ちょっと、今の話は本当ですか?」
取り巻きの一人、眼鏡をかけた女子生徒が口をはさむ。
「と、申し遅れました。私は二年の生徒会副会長の神山 朔夜です」
「あ、私はおまけの沖田 直だよ」
自分からおまけと言っていくのか。もう一人の女子生徒も眼鏡をかけた女子だったが、二人と違ってとりわけ肩書はないようだ。
「実は私たちも連日抗議を行っているのですが、なぜか聞き入れようとしないのです。貴方による権力の類の圧力がかかっているとも疑ったのですが」
そいつはとんだ陰謀論だぜ。多分、別の陰謀だと思うんですけど。
「権力とか言いますけど、うちの両親普通の一般家庭のサラリーマンと専業主婦ですよ。そんなもんとは無縁ですよ、無縁」
黄鞠は寧ろ権力に押しつぶされた側の人間だと推測した。
「……どうやら私たちは貴方のことを誤解していたようですね」
朔夜も志津同様考え込む。
「そうそう、私なんて男子一人女子全員のハーレムパラダイスをもくろんでいたのかと思ったよ」
やっぱりそう思いますよねえ、俺が女子だったらそう思う。直の歯に衣着せぬ物言いは全女子生徒の考えを代弁しているようだった。嫌だよー。
「あのだな、さっきから一つ気になっていることがあるのだが」
志津にはさっきから疑問に思っていることがあった。
「なぜ飯盒炊爨なんてしてるんだ?もっと言えば後ろのテントも気になって仕方がない」
「ああ、これですか。女子寮の入寮が許可されなかったので、強化テントが俺の仮住まいだと言われました。簡易ガスコンロも支給されなかったので食事は飯盒炊爨です。っともうすぐご飯が炊ける時間ですね。テントから缶詰もってこなきゃ」
黄鞠は飯盒を取ってから、バケツに汲んであった水で焚火の火を消した。志津の敵意は完全に消え失せていた。特に割りばしと缶詰とペットボトルに入ってる水をテントの中から持ち出した姿を見ていると、寧ろかわいそうに思えてくる。
「不憫だな」
遠山志津の素直な感想である。
「不憫ですね、ちょっと同情します」
神山朔夜の素直な感想である。
「……昨日私が作ったカレーの残りがあるから、後で持ってきてやろう。」
そのやさしさが目に染みる。女子はみんな敵だと思ってたけど、話の分かる人はいる。地獄に仏とはこのことだ。
「事情は分かり……いえあまり分かっていませんが、そもそも貴方は咎められるべきではないようですね」
やはり人類皆兄妹、話せば分かってくれるのかもしれないと、かすかな希望を感じた。
「ですが、この学園には男子というだけで毛嫌いする女子もいます。というか殆どがそうだと思います。きっとどんな事情があってもいい感情はむけられないでしょう」
話せば分かってくれるかもといったが、そんなことはないらしい。黄鞠のかすかな希望は10秒と経たないうちに否定されてしまった。というか学園のトップの外道うんK婆がその筆頭なのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
あーもーやだー。
「ふむ、わかった。私たちの方でも抗議を続けてみる」
「頑張ってください!俺を退学処分に出来るかは皆さん一人一人の声にかかっています。是非俺を退学させてください、お願いします」
「そう聞くとおかしな要求だな」
そうですね。
「と、まだ名前を聞いていなかったな」
「音無 黄鞠です。これからよろしくおね……よろしくお願いしなくていいようにお願いします」
彼女たちを卑下するわけではないが、願わくばもう二度と出会わなくてもいいような状況こそが黄鞠の一番の願いだった。
「音無、黄鞠か、なるほどな」
きっと今、女の名前なのに何だ男かと思ったに違いない。
「女の名前なのに、なんだ男か」
それなのにあえて口に出す女がいた。可愛いけどどこか腐臭がする女子、沖田 直だった。
音無 黄鞠はキマリという名前で大きく分けて二種類ネタにされ続けてきた。日ごろから他者を省みない卑劣な名前ネタを言われ続けた黄鞠は名前ネタを振られると反射的に反応してしまう体になっていた。
「黄鞠が男の名前で何で悪いんだ!俺は男だよ!……はっ」
この手のネタを振られると、条件反射的に乗ってしまうというのは全国の女の名前なのに男全員が同じはずである。
「殴らないんですか?」
「暴力はいけないからね」
ヂェリドなら殴っていたよ。
「何ですか、今の茶番は?」
朔夜は呆れていた。
「あと、もう一つ聞きたいことがあるのですが。ここ最近女子寮に不審な着ぐるみを見たという目撃情報がありまして」
「ああ、それは多分俺です。女子寮に男子が堂々と入っていくのも気が引けたので着ぐるみを被れば多少マシになるかなと思いまして」
黄鞠はテントの中から○ビー君の着ぐるみ(上だけ)を持ってくる。その口回りが赤でべったりの人頃しそうな着ぐるみを見た朔夜が言った。
「その着ぐるみでは明らかに逆効果です!一部の生徒がやけに怯えるから一体なんだと思いましたよ」
「ええー?いい着ぐるみじゃないですか。」
「口についているその血糊が無ければまだマシだが、夜そんな着ぐるみに出くわしたら私だってトラウマになる」
志津は若干引いていた。
「これは○ビー君ですね。どこに売ってたんですか?」
「まあでも、性別で差別的な目で見られるよりはマシじゃないですか?」
「マシなのはお前だけだ。寮長として皆には言っておくからその着ぐるみはやめてくれ」
うーん、いい考えだと思ったんだけど。ソチもんのほうがよかったかな?
まあ、考えておこう。
そんなこんなあって、三人は帰っていった。その後すぐに遠山先輩からカレーを頂いた、そのカレーは美味しかったが何故だか少ししょっぱかった。
あと、俺の入学に対する連日の猛抗議は徒労に終わったらしいっすよ。
氏ね!