第2章 学園長の卑劣な罠
男子禁制の女子たちの学び舎、大きい敷地の大きい校舎の中に一際セレブリティ溢れる空間がある。学園長室、いわゆる学校で最も偉い人物の城である。俺はそこに案内されていた。
半ば強制的に入らされたこの学校が、よりにもよって男子禁制の女子高であったのだ。そんなことが起こったって言うなら、責任者出て来いというしかないじゃない。俺は結局1時間近く学園長室で待たされた。
一時間後、おそらく責任者であろう初老の女性とここまで案内してくれたおそらく教師であろう女性が入ってきた。
「ふう、全く厄介なことになりましたね、これだから男という生き物は。」
初老の女性が開口一番口にした台詞がそれだった。今この婆何か言ったか?
「さてそれではなぜこのようなことになったのか、結論から言います。真に遺憾ながら書類不備のようですね」
そうでしょうねえ。俺には大体そんな理由じゃないかと目星がついていた。ついでに言えば、起こるはずのないことが起こってしまった理由についても大体目星がついていた。
「一つはこの入学が急に決まったことであること、もう一つはあなたの名前が女性みたいな名前であったことです、音無 黄鞠さん」
音無 黄鞠、それが俺の名前だ。
基本的には女性に間違われる。時には、能無し角なし面汚しと罵られたこともある。今までの人生結構名前で損してきた俺の目星は当たっていた。
名前の由来は両親の名前からとったという至極シンプルなものだが、時を経るごとにその名前が別の意味合いを持つことがある。それによって被る被害など、それこそだれにもわからない。
俺の気持ちを分かってくれるのは全国の『公太郎』君ぐらいのものだろう。全国の『公太郎』君はきっと俺と同じように名前を弄られたに違いない。現に同級生だった公太郎君はネズミが大嫌いだったし、ヒマワリが死ぬほど嫌いだった。
ともあれ経験則から鑑みれば、大体そんな理由しか思い浮かばないしやっぱりそうだった。何度も言うが俺は半ば強制的にこの学園の入学が決まった。有無を言わさずの急な話だった。
このあり得ないほど初歩的なミスを咎められるべきは明らかにこの学園の関係者である。にも関わらず悪びれた様子も無く謝罪の一つもなく淡々と話す婆にカチンときた。ただ間違いは誰にでもあるわけでここから先の対応がしっかり貰えればこちらに文句はなかった。
「それで、俺はこれからどうなるんですか?当然入学は取り消しですよね。俺としては以前から公立高校の特待生枠の入学が決まっていたので、そちらに行けるように取り計らってもらえればいいんですけど」
俺の推薦入学を(おそらく)権力で握りつぶしたのであろうから、これくらいの温情措置は当然だ。
「何を勝手に話を進めているのですか?これだから男という生き物は」
だからこの婆何か言ったか?
「誠に不本意ではありますが、特例を認めこの学園の入学を許可します」
婆がそういった。当然、俺はそんな答えが帰ってくるなんて思ってもいなかった。
「は?不本意なら入学取り消しでいいですけど」
寧ろ取り消してもらわなければお互いに困るはずだ。何の罰ゲームじゃこりゃ。
「黙りなさい、私が特例を認めるといっているのです。これ以上の問答を不要です。石動先生、あとはよろしくお願いします」
問答無用、門前払い、こちらの主張を欠片も聞こうとしないその態度に流石の俺も激怒した。
「おい、ふざけるな。そんなもんが通ると思ってんのか。女子高に男子が入れるわけないだろ」
女子高に一人だけ男子生徒が入学するという妄想じみたシチュエーションだが、現実にこの状況を好意的に受け入れる男子生徒は絶対にいない。俺は今しかできないことを全力でやるとか、高校でしかできないことをして一生の思い出になるような高校生活を送ろうとかそんな青春万歳な願望はこれっぽっちもない。
テキトーに過ごして、せめて思い出したくもない高校生活にならなければそれでいいと思ってる。
しかし、ここに入学すること=思い出したくもない高校生活になることは容易に予想がついてしまう。これについては絶対に阻止しなければならない。マストだマスト。
俺は女子生徒に対して特別な嫌悪感はないが、団結して気に入らないものを排除しようとする生物だということは知っている。そりゃ俺が特別女性に好かれやすいとか、入学先の女子が極めてフランクな知り合いとかそういう下地があればまだいいかもしれない。
いや、やっぱりそんな下地があっても絶対やだ。当然ながら俺にはそんな下地もないし女子と話すの得意か苦手かでいったら苦手だ。世の中には意外と何とかなるとか楽観的な言葉があるが、それは絶対に間違っている。何とかならなそうなものは何とかならないのだ。
「ま、まあまあ、音無君も落ち着いてください。じゃあ学園長先生失礼します」
険悪かつ一触即発の雰囲気を感じ取った若い先生が半ば強引に話を切り、俺を学園長室の外へ引っ張り出した。
「何だあの態度は!自分のミスに悪びれもしてねえじゃねーか!あのクソババア今すぐ金属バット片手に学園長室に乗り込んであの鼻っ面と頭蓋骨と背骨をたたき折ってやる!」
「あわわわわ、滅多なことを言ってはいけません」
「あんな態度を取られたら誰だって怒ります。何が書類不備だ、女みたいな名前だ。全部あの婆の責任じゃねーか」
俺は激情のままに先生に当たってしまう。
「ううう、それはそうなんですけど学園長先生は男性に対してあまリ良い感情を持っていないので」
この反応を見るにこの先生はあのクソ婆よりは話しのわかるいい人なのだと思った。なのにも関わらず、俺という面倒事を押し付けられながら文句ひとつ言えない損な役回りの先生を見ていたらこの人に当たるのはかわいそうだと思ってしまう。
俺は怒りを鎮め、落ち着いて話をしようと決めた。
「……すいません、先生に文句を言っても仕方がないですね。でも、なぜですか?普通は特例を認めて入学なんてありえないと思いますけど」
それについてはまったく理解できない。だからこそ、この真意が分からないと気持ち悪くて仕方がない。
「う、うーん。それは私にもわからないんですよね。私だって、音無君の言っている通りだと思っていますから。」
まともな人だ。俺はこんな無茶苦茶な目にあって味方なんていないと思っていたが、おれこのひとならしんようできるよ。何か苦労人っぽいし、口ほどにもなさそうで応援したい。
「あっと、自己紹介が遅れましたね。私は教務兼生徒指導担当の石動 雛です」
「ああ、ご丁寧にどうも。俺のことは知ってるかもしれませんが改めて、音無 黄鞠です」
「あの一つ確認したいことがあるんですけれど」
「はい?なんでしょうか」
「俺、結局寮生活になるんですか?さすがにまずいと思うんですけど」
至極当然の質問だったが、その質問で先生の笑顔が固まったのが確認できた。まるでそのことは出来る限り隠していたかったとかそういう感じの表情である。ああ、嫌な予感がする。
「ええと、あのーその、その疑問は当然だと思います。でもあのなんといいますか」
その反応の歯切れの悪さは、きっと俺にとって良くないことだと確信していた。俺が入寮するはずだったのは二人部屋だった。つまりルームメイトがいたということだ。
ルームメイトになるはずだった女子の立場からしてみれば、ルームメイトは男と言われてはたまったものではないだろう。
つまりそういうことなんじゃねーの?
「すみません、寮はもう一人部屋が空いていない上に寮への立ち入りは許可されませんでした」
「ああ、まあそれは妥当といえば妥当ですね。じゃあ俺はこれからどこで生活すればいいんですか?」
「えと、あのその、寮への立ち入りは禁止でなおかつ代わりとなる居住施設は見つからなかったので暫定的ではありますが強化テントを用意したそうです」
そういう先生の口調はとてもばつが悪そうな声だった。当然だ。寮に住ませるわけにはいかない。分かる。
当然だ。で、今先生はなんといった?
「書類不備で女子高に男子を入学させたにも関わらず、寮には立ち入り禁止、挙句の果てにテント生活をしろと?」
ここは女尊男卑の世界です?俺はわなわなと震えた。
「ふーーーざーーーけーーーーるーーーなーーーー!!!あんのクソ婆、今すぐ金属バットでその頭を陥没させてくれるわ!!」
俺は激昂のあまり学園長室に殴り込みをかけに引き返そうとする。
「あわわわわわわ、おお落ち着いてください―――」
怒りのあまりクソ婆を頃しに行こうとする俺を石動先生は必死に抑える。
俺がどれだけ怒りを露わにしても、多分石動先生の胃にダメージを与えるだけなのだろう。そう思うと怒るに怒れない。俺は怒りを鎮めるとともに、いつか学園を去るときあの外道クソ婆を血の海に沈めることを決意するのだった。
結局、俺は外道クソ婆の書類不備のしわ寄せでテント生活を強いられることなった。訴えれば絶対勝てる。
とりあえず暫定的な処置だといっていたが、遅くて一週間以内にこの生活が改善されなければ逃げて教育委員会に訴えて、この現状をネットに書いてこの学園を炎上させてやる心づもりだった。
唯一の良心、石動先生は自分の住んでいる教員用の寮に居候させてくれると言ってくれたが、それでも正直問題あるだろうし何よりこれ以上先生の胃にダメージを与えるのは不憫でならなかった。
俺は女子寮からそこそこ離れた場所に設置されたテントで生活をすることになった。トイレや風呂の利用は条件付きで女子寮のを利用できることになった。風呂に関しては共同浴場の使用時間である夜10時を過ぎた後の11時から11時30分まで使用できる。トイレについてはさすがに制限されなかったが、正直堂々と女子寮に侵入するのは気が引けたので○ビー君の着ぐるみ(頭だけ)を着けていくことにした。
口元がべったりと赤に染まった可愛らしい着ぐるみなので、きっと女子にも人気があると思う。変な噂が立っているかもしれないが、俺がそれを知ることはない。
みじめな思いをするたびに、俺はいつか使うであろう金属バットを握り締めて精神を安定させた。この恨みハラサデオクベキカ。
ついでに男子が入学してくるとか俺の存在を隠し通すことなど不可能で(当たり前)連日俺の入学を取り消すように猛抗議が行われていた。
当然だ、もっとやってくれ。