第拾鉢章 団結の力
黄鞠と胡桃子のチュートリアルマッチの開催はあっという間に全校生徒間に広まった。チュートリアルマッチというものは過去に数回あった。
新入生に魔法戦がどのようなものかを実際に見て説明させる。そういう意味では実に有意義なイベントだと言える。しかし、そういうのは得てして成績優秀な上級生がやるべきことであって今回は新入生同士のマッチング。しかも対戦相手が因縁浅からぬ相手では、このマッチング自体に意味があると邪推するものがいてもおかしくない。
しかも邪推も何も名推理である。調子に乗ってる男を叩き潰す見世物。見せしめ、ドリームマッチ、出来レース。変態人間の屑男子の尊厳を踏みにじり、立ち直れないほどの心の傷を与えてほしいという過激でドロドロのマグマみたいなドロドロした感情を持つ女子はいたし、そう過激な感情でなくとも心情的には男子に負けてほしい、胡桃子に勝ってほしいという女子が大多数だった。
そしてその風潮はクラスの中で最も大きい集団意識となって、一つのドラマを生み出すことになる。
翌日も胡桃子と燕は多目的ホールで訓練に明け暮れていた。実戦は覚えることが多い。一週間でも足りないレベルである。燕は99%胡桃子が負けることはないと思っているが、一つだけ懸念材料がある。
燕は昨日の段ボールの正体が音無だったと確信している。しかし、あの場には段ボールが二つあった。
つまり音無のほかに誰かがいたのだ。そんなことをする人物はただ一人、音無の席の隣のちっちゃい子。
胡桃子の実力が高いところで自分を見下ろしているというのならば、あの子は別次元で見下ろしている。それほど別格の存在なのだ。あの子の存在が無ければ胡桃子は勝利確実、万が一にも胡桃子は負けない。しかし、あのちっちゃい子の存在は万が一を生み出す可能性を持っているような気がしてならなかった。
胡桃子は『何もここまでしなくても』と言っていたが、その控え目な考え方では 足元を掬われかねない。このまま具体的な指針がないまま訓練しても意味があるのかどうかは分からない。でも、何もやらないよりはマシだろう。
そう思っていた時だった。
「おー、やってるやってる」
多目的ホールの扉から堂々と入ってきたのは、1年A組のクラスメイト達だった。それも取り分け男子の敗北を切に願っているクラスメイトのグループの一部だった。全部で6人いる。
「何しに来たの?」
燕が聞いた。
「何って、決まってるじゃん。私たちにも何かできることないかなって思ったんだよ」
「そうだよ、水臭いじゃん。言ってくれればみんな協力したのに」
胡桃子と燕にとって、それは極めて対応に困ることだった。ここに来た人たちは動機はどうあれ、善意でここに来たのだ。しかし、この問題は当事者二人と事情を知る一人の極めて個人的な問題なのだ。
第三者は中立であるべきなのだが、だからといってむざむざ帰れと突き返すのも気が引けてしまう。
「あのさ、私と妙ちゃんは魔法の実戦経験ないけど他の4人は実戦経験あるし、アドバイスだったり、練習に付き合えると思うからさ」
「そうだよ! 私は実戦には付き合えないけど、きっと何かできることがあるし、何でもするから!」
だが、これは渡りに船なのかもしれない。このまま二人で続けていても、自分はすぐにバテてしまうし、得るものがあるのかも分からない。であるならば助力を求めることは意味がある。
燕はそう考えた。それに連日の特訓で燕は疲れていた。多少なりとも休息が欲しかった。判断は胡桃子に任せよう。と言っても、胡桃子の性格なら絶対に他人の厚意を無下にはしないので結果は分かっているのだが。
燕は胡桃子の方を見る。アイコンタクトで『任せる』と言ったつもりだ。
「えーと、じゃあお願いします」
胡桃子は提案を了承した。
そして、メンバーを変えての実戦訓練を行う。クォーツの内容はカスタマイズなし、中学時代全員がほぼ同じ内容で使っていたセッティングで戦闘訓練を行った。軽い気持ちで実戦に励んだ4人は揃いも揃って、胡桃子の人間性能を思い知ることになる。
約40分後、実戦経験のある4人合わせて40分、一人10分で皆グロッキーになっていた。現時点の授業では初歩の初歩の魔法の訓練しかしていない。それには当然それ相応の理由がある。
魔法戦はリアルタイムで進む。だからこそ焦って、魔力の消費量はアバウトになりがちである。そんなアバウトな魔力の使い方をしていてはすぐにバテるのは当たり前。消費MP2で済む魔法に100も使っていたら、限界はすぐに来てしまう。
それを防ぐために、初歩をみっちり固めるのだ。それをベースに必要最低限の魔力で済ませるテクニックを身に着ける。そのテクニック自体は落ち着いてやれば誰でもできるテクニックではある。しかし、実際動きながらでは難易度が上がる。魔法戦のスタートラインがあるとするならばまずはこれ。
つまり、魔法による強化を維持してグラウンド20周も走れないようなやつには魔法戦を行う資格なんてないということだ。
そういう持久力の部分がまだ未熟な4人が取ることが出来る戦略はおのずと一つだけ。魔力を垂れ流してもいいから、速攻で勝負を決めること。それしか4人がとれる戦略はないし、実際にそうせざるをえなかった。
だが、胡桃子はその攻撃を一撃も貰うことがなかった。四人一人一人が最初から全力全開で挑んだのにも関わらずだ。当然、胡桃子と戦った4人とて魔法戦の経験値としては胡桃子とほぼ同様である。なのにも関わらずこれほどの実力の差がある。
それが持ちうる才能の差であると、4人が直感的に思ってしまうのも無理はない。しかしいくら怖すぎる女の子の社会であっても、それが嫉妬や羨望という敵意になることはなかった。本来であればあったのかもしれないが、今回は状況が違う。
共通の敵がいたからだ。明確なる共通の敵がいるのならば、それは心強い味方。余りにも憎い敵をボロボロのボロ雑巾にしてくれる救世主。その圧倒的な実力は心情的にも少年漫画の主人公のようだった。
「すごい!すごいよ!! これだったら絶対に勝てるよ!」
「本当だよ。チュートリアルマッチに選ばれるくらいだから凄いのかなとは思っていたけど、本当にすごい!」
戦闘を見ていた戦闘経験のない二人が胡桃子に駆け寄った。浴びせられる賞賛の言葉、圧倒的な実力を見せつけられた4人も賞賛と期待の言葉を向ける。それから6人は打倒男子に向けての助力を惜しまなかった。やっていることが何であれ、それが褒められた目的でないにしろ同じ目標に一緒に何かをやるということは一体感を生む。打算でもなんでもなく、ただただ一緒に何かをやっていることが楽しく思えてくる。
そこに大きな仲間意識が生まれていた。時にはこうしたほうがいいんじゃないか? という的確なアドバイスをすることもあった。そこに友情が生まれていた。皆が一つになる女の子の綺麗な友情。友との絆がこれ以上なく実感できて、心の底から楽しいと思えるひと時を皆が共有していた。
そして、このうねりはまだ終わりではなかった。
……女の子のふわふわした宙に浮くような友情物語が幕を開けたことなど露知らず、その頃、音無 黄鞠は宙に浮いていた。というより吹き飛んでいた。
決して自分の意思ではない。空を自由に飛びたいなんて一言も言っていないが、シグえもんのせいで吹き飛んでいたのだ。人は翼がなくたって飛べる。タケコプターもいらない。強いて問題があるとするならば、蝋の翼をもがれたおっさんのごとく落ちていくだけであることだった。




