第17章 偵察
その夜、黄鞠とシグノは偵察しに来ていた。目的地は学校の本館とは独立している多目的ホールにあった。
本来であれば黄鞠とて、無駄にできる時間はない。その経験の差を埋めるために付け焼刃でも魔法戦の訓練をしておくべきであることは明白である。
しかし、黄鞠は敵情視察を優先した。相手の実力ややり方を知るほうが優先だと判断したからである。多目的ホールの入り口の窓からこっそりと様子を観察する。多目的ホールは広い上に観客スペースまで完備されている。そのお金のかかっていそうな広大なフィールドで細矢と三条がスパーリングをしていた。
遠くから見るに、三条がスピード感のある攻撃で細矢に殴りかかりそれを細矢が受け流している。
一見、一方が攻撃し一方が防御に徹するごく普通の訓練のように見えるが、シグノの目にはその時点で圧倒的な差があることが分かっていた。
「あれがキマリの相手なの? これはめんどくさい相手かもなの」
「そうなのか? 一目見てわかる感じなのか?」
「わかるの。一見ただのスパーリングだけど、実戦ならもう勝負はついてるの。クルミコは反撃をしていないだけで、いくらでもカウンターのチャンスがあるの」
「うそでしょ? 何で何で何で?」
黄鞠はどこにそんな絶望的な差があるのか全く分かってなかった。
「魔法にはありとあらゆる仕様が存在するの。その中には永続的に魔法を使い続けている間には他の魔法を使えない原則があるの。下級の魔法は殆ど気にしなくてもいいけど、上級の魔法とかだと永続的に使わなきゃいけない場合があるの。大体の場合は多少のタイムロスの発生だけど、最も重要な例外があるの。それは防御呪文なの。防御呪文も例にもれず永続的に使っている間には他の呪文が使えない、でも防御呪文は永続的使用が前提なの」
防御の呪文は初歩の初歩の魔法でも習った。しかし、少し調べてみたらこの防御呪文は重要らしい。相手のあらゆる攻撃手段への回答になるからだ。
「ただずーっと防御呪文を張り続けているわけにもいかないの。防御呪文を張り続けている時間は他の呪文の詠唱は出来ても、起動できないの。自分が攻撃に転じたいときには必ず防御を解かないと攻めに転じられないの。ずーっと防御してたらそのうち防御を割られておしまいなの」
では相手に反撃の隙を与えさせず、怒涛の攻撃を仕掛けてガードを強要すればいいのか?それは一理あるが、現実には反撃の隙を与えないほどの怒涛の攻撃は魔力の消耗も大きいので調子に乗ってたら魔力が尽きてゲームオーバーなんてこともあるらしい。ケースバイケースだと魔法戦のwikiに書いてあった気がする。
で、それが今の細矢の圧倒的な実力があるとどうやって推し量れるのか、これが全く分からない。
「防御魔法で相手の攻撃を受けて隙を見つけて、防御魔法を解いて攻めに転じるのは基本中の基本だけど、一瞬のうちに反撃できるテクニックが存在するの。通称モーメントガード、俗称は直ガ、ギリギリガードって言われてるの」
格闘ゲームをそこそこやる黄鞠は直ガという単語にピンときた。直ガ、ギリギリガードとは特定の格闘ゲームに存在する仕様の一つで相手の攻撃に合わせてガードをすることにより硬直が短くなり反撃に転じやすくなるテクニックである。
「……もうなんとなく分かったけど、あれそんなことやってるの?」
「ご丁寧にやってるの。相手の攻撃に合わせて一瞬だけガードを展開するの。タイミングをミスったり待たれたり、反撃をつぶされたりすると大惨事だけど、永続的に魔法を使う必要がない分あっさり攻めに転じたりすることが出来るのあまり強力な攻撃には使えないテクニックだけど、中近距離の殴り合いになったら有効な戦術なの」
三条の攻撃は悉く弾かれている。言われてみればはっきりとわかる。あれでは反撃し放題だ。そういう訓練だからただ反撃しようとしないだけである。魔法戦には直ガがあると説明があったが、直ガを格闘ゲームで例えたのでおまけにもう一つ、魔法戦にはアドガも存在する。アドガ、正式名称アドバンシングガード。特定の格闘ゲームに存在する仕様の一つでガード中に攻撃していた相手を押し返すことが出来るシステムがある。魔法戦にも似たようなものがあり、こっちではインパクトガードという。ただインパクトガードはそのまま相手を吹き飛ばしたり、体勢を崩させることが出来るため、用途や役割の面では格闘ゲームにおけるアドガに比べて非常に広く重要である。
これはもう授業で習った。
直ガからフレーム単位で割り込むタイミングを熟知して割り込むとか、そういうことではないとは思うが感覚的にはそういう感じだろう。直ガに合わせてアドガで体制を崩したり、距離を取ってしまえばいくらでも反撃に転じることが出来る状況なのだ。
「でも、これだけじゃ直ガがうまいってだけじゃないのか? 要は直ガしても反撃できない状況にすればいいんでしょ」
距離とって遠距離攻撃ばっかりすれば直ガして割り込んでもこっちのガードが間に合うし、ガード破るほどの火力をもってすれば直ガだろうが意味なし。
そもそも直ガが得意な相手なら相手の土俵で戦うこともない。なんで真っ白に光ってるインファイターにインファイト仕掛けなきゃいけないんですか。
「まぁ、それもそうなの。これだけじゃよくわからないの、もっと観察するの」
やがてスパーリングが終わる。三条はすっかりバテバテでも細矢は全く動じていない。完全に場を支配していましたね。三条は考え付くであろうあらゆるパターンで攻めたのだろうが、結局一打も決定的な打撃を入れていない。
「確かに凄そうな気がする。三条だって中学は魔法特別科だったはずなのに、こうも差がでるなんて」
「大丈夫なの」
シグえもんはそう言い切った。頼りになるなあ。
「確かに、あの防御的な技術はすごいかもしれないけど、付け入る隙なんていくらでもあるの。エンは付け入る隙を知らないだけなの。こんな言葉があるの、『魔法戦は容赦がないほうが勝つ』」とシグノが物騒な話をしているそのとき、三条がふとこちらを向いた。
まずい!
突然こっちを向いた三条に反応しきれなかった。顔は見られてないかもしれないが、そもそも隠れてチラチラ見てくるような後ろめたい存在は俺くらいのものだろう。姿を多少見られただけで、俺の存在が疑われる可能性が存在する。
黄鞠とシグノは咄嗟に頭を隠す。しかし、勘の鋭い三条が放置してくれるわけもなく、走ってくる足音が容赦なく近づいてくる。
「まずい、ばれたの! 用意していた段ボールを被ってやりすごすの!!」
シグノはそう提案するが、黄鞠はそれを否定する。
「駄目だ! こんなところにポツンと段ボールがあったらどう考えても怪しまれる!!」
「じゃあ、どうするの!」
「こうするんだよ!」
三条 燕は昔から感が鋭かった。昨日だって誰かに見られている気がしていた。何となくだが気配を感じ取れるのだ。その正体は羽藤先生だったが、今回は違う。
今、窓に小さい影が二つ見えた気がする。その影はすぐに消えた。多分、見つかったと思って隠れたに違いない。羽藤先生なら見つかったら隠れない。昨日がそうだった。
だが、今回は隠れた。後ろめたいことがある人物のはずだ。そして、覗いてメリットがあって後ろめたいやつ。そんなやつは一人しかいない。
燕は走った。
「燕ちゃん、どうかしたの?」
そういう胡桃子を無視して怪しい影がいた場所に向かって走る。隠れる時間など与えるものか。燕はホールの扉を勢いよく開ける。
外は暗くはあったが、ホールから漏れる光と電灯の光がある。この時間では遠くまでは逃げられない。その筈なのに、周囲を見渡しても人影はない。
左右を見渡すが、いつもの風景。下を見る。燕はそこで何かを見つけた。
……ホールの外に置かれたとてつもない違和感がそこにあった。明らかに怪しげな段ボールが二つ並んでいる。大きめの段ボールで人が隠れることが出来そうだった。
自然の息吹を感じる草と土の真上にバリバリの人工物、自然の息吹もへったくれもないオブジェクトが二つもある。
激烈に怪しい。
「……音無、そこにいるのは分かっているから出てきなさい」
燕は段ボールに向かってそう言った。しかし段ボールは何も答えてくれない。
「音無、5秒数える間に出てこなかったら蹴るわよ」
だが、段ボールは沈黙を貫く。
「5,4,3,2,1」
燕は段ボールを蹴り飛ばした。
「……あれ?誰もいない」
段ボールの中には誰もいません。
「やられた」
激烈に怪しい段ボールはブラフだった。不審な場所にある段ボールには誰かが隠れているという固定観念を逆手に取ってしめしめ逃げ去ったのだ。
そう推察した。
しかし、燕は肝心なことに気が付いていなかった。燕の推察通り、短時間でその場から逃げ去れば必ず姿を見られてしまう。だが、その姿を見ていないということはどこかに隠れていなければおかしい。段ボールに隠れていないにしろ、どこか近くに隠れていなければ説明がつかないのだ。
だが結局、燕はホールに戻っていった。段ボールが強烈な目くらましになった。人間は答えにたどり着いたと確信した瞬間に最も隙が出来るものだ。
では、ちらちら見ていた二人はいったいどこに隠れたというのか?実は段ボールのそのすぐ横に一本の木が立っていたのだ。元々、そこにあった木な訳だからそれ自体には何の不自然もない。奴らは蛇のように木の上でじっとしていた。段ボールという不自然なオブジェクトに注意をそらされた燕は結局上にいるという発想にたどり着けなかったのだ。
完璧な作戦だったのか?否、黄鞠たちも重要なことに気が付いていなかった。
「……とっさに隠れたはいいけど、これじゃ俺たちがチラチラ見ていた事はばれたかもしれないな」
これでは相手は手の内を見せないように警戒する可能性が高い。根本的に駄目じゃん、この作戦。
「まあいいの。肝心なことは全然わかってないけどこれ以上偵察に時間をかけてもいいことないの」
貴重な訓練の時間を割いてまで偵察に来ている現状で、これ以上偵察に時間を費やした場合魔法戦のスタートラインに立てない可能性が存在する。そもそも細矢は元々出来る子だったからこそ、このマッチングが成立したに違いない。俺を完膚なきまでに叩き潰すため、学園長の隙の生じぬこの徹底である。
「でも、無駄じゃなかったの。クルミコのスタイルは多分、相手に合わせて最適なカードを切っていくスタイルなの。ありとあらゆる戦略、戦術を落ち着いて潰していくある意味もっともセンスが要求されるスタイルだと思うの」
「……なるほどね」
「キマリ、どうするつもりなの?」
「うーん……」
黄鞠は少し考え込む。そもそも現状、俺には足りないものが多すぎる。そんな現状で勝てる可能性のある戦略はあるのだろうか?
シグノは言った。
魔法戦は容赦のないほうが勝つ。どんな無茶苦茶な戦略でも勝ったほうが偉い。
「俺は――
黄鞠はシグノに自分の戦略を話す。
――という戦術でいこうと思うんだけど、どう?」
その戦術を聞いたシグノは悪そうに微笑む。
「ふーん、ふーーーーん、なるほどなの。その戦略は現状において最も正解に近いの」
シグノは満足げな表情だった。
「キマリは心構えという意味では、最高の才能を持っているのかもしれないの。なら、私が6日間でキマリが使い物になるように強くしてあげるの」
そうして、キマリにとって最も過酷で辛い6日間が幕を開けた。




