第一六章 勝利のカギはわからん殺し
細矢 胡桃子は学園長の提案を受けるのか即答できなかった。理由はいくつかある。一番の理由ではないが、その理由の一つは彼女が基本的に暴力沙汰を好まない性格であったこと、とりわけ黄鞠と争うことには抵抗があった。
しかし、最終的に胡桃子はこの提案を承諾した。経緯はどうであれ、彼と向き合って話を出来るきっかけが欲しかったこと、そしてルームメイトの後押しだった。
拳で語るなんてことはあまり実感できそうにはないが、それでも何もせずにはいられなかった。
胡桃子は学園長からメモリークォーツを受け取っていた。中学生の頃は学校からの貸し出し品で訓練していたが、今回からは自分で魔法のセットを行わなければいけない。そして学園長は胡桃子に多目的ホールの個人的利用を許可されていた。戦うはずのフィールドに慣れされることが名目だった。
ついでにこのことを黄鞠は知らないし、黄鞠に多目的ホールの使用許可は出ていない。胡桃子、いや学園長の勝利を盤石にするための依怙贔屓だった。胡桃子と燕は多目的ホールにて実戦の訓練を行っていた。二人とも魔法特別科からの進学者であり、多少なりとも実戦の経験はあった。メモリークォーツを使った実戦のセオリー、形式、仕様の理解度は二人とも同じ程度であったといえる。
しかし、4ラウンドにも及ぶスパーリングを終えた後、三条 燕はとてつもない量の汗をかき、肩で息をしていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
それとは対照的に胡桃子は殆ど汗をかいていない。息切れもしていなかった。
「あ……あの燕ちゃん大丈夫?」
胡桃子はそう燕に声をかける。しかし、今の燕にはその答えに返答する余裕すら持ち合わせていなかった。スパーリングを終えたあと、燕は自分と胡桃子の差を実感していた。レベルが違いすぎる。自分とは同い年、魔法特別科からの進学者で条件なんて殆ど差なんてない。なのに、どうしてこうも差が出たのか。
これが分からない。
燕は思わず地面に倒れこみ、大の字に仰向けになる。胡桃子がスポーツドリンクを持ちながら、こちらを見下ろしている。その光景は燕に胡桃子は自分よりも遥かに高みにいることを実感させられた。
具体的に言えば、燕がありとあらゆる方法で攻撃を試みるが、その全てを防がれる。避けられる。相殺される。だからといって防御に徹すれば上級の魔法で吹き飛ばされる。
全ての攻撃が通用しない。自分の次の一手を驚くほど冷静に推測し、回答を投げつける。状況の判断力がおかしい。もし胡桃子にそれ相応の経験値があれば納得できる。でも、経験値はなんて五十歩百歩のはずなのである。これは決して経験のなせる業ではない。
「ハァー、ハァー」
胡桃子がスポーツドリンクを燕に手渡す。ペットボトルのスポーツドリンクをラッパ飲みでのどを潤す。
熱に浮かされた身体に冷たいスポーツドリンクが身体を巡る。
よし、少し落ち着いた。
「……ハァ、胡桃子、あなた、化け物?」
思わずそう聞いてしまった。私のいた中学校にも私よりも飛び抜けた才能を持っていた人物はいた。しかし、胡桃子のそれは少し違ったように思える。
「化け物なんて、そんなことないよ!!」
胡桃子は何かに飛び抜けているという感じがない。もしかすると飛び抜けた才能を持っているのかもしれないけれど、胡桃子はそれを見せていない。
ただ、なんというか、そう。
胡桃子にはセンスがある、戦闘におけるセンス。漠然とした意見だが自分でも言い得て妙であった。
「でも、胡桃子戦闘になると人が変わるよね」
「だから、そんなことないって!!……いやよく言われるけど」
燕は不意に思ってしまった。これじゃあ、胡桃子の勝ちじゃないか。戦闘経験のない音無には決して勝ち目のない勝負だ。それほどまでに胡桃子は強かったのだ。
細矢 胡桃子は学園長の提案を受けるのか最後まで迷った。その一番の理由がある。そしてそれは学園長が黄鞠に仕掛けた最後のして最強の罠、細矢 胡桃子は中学時代からの魔法戦闘技術において天性だと言われていた。
中学三年から始まった実技訓練は約一年間のみだったが、それの関する成績は並み居る女子を寄せ付けないトップの成績だったのだ。曲がりなりにもそのような評価を貰った自分が、黄鞠と模擬戦闘を行うということは一方的な蹂躙になってしまう可能性が高い。場合によっては、黄鞠に自分の受けた傷以上の傷を背負わせることになるのかもしれない。
胡桃子は学園長のハンディキャップの申請をした。学園長はこれに了承し、これで対等とは言えないもののある程度平等な戦いになると思った。
それでも多少の自負はあった。少なくとも対等な条件で戦いに臨むなら自分の勝ちは揺らがないだろうと
確信すらあった。それこそが胡桃子が最後までこの提案を受けるか受けざるか迷った最大の理由であり、学園長が自分の勝利を確信する最大の理由だったのだ。
ついでに、学園長はそんなハンディキャップマッチを始めからやる気などなく、寧ろ黄鞠にハンデを負わせるつもりだったことなど胡桃子が知る由もなかった。
翌日、実技の授業の時間は初歩の初歩の魔法についてだった。実技の訓練はとりあえずこれ。初歩の初歩の魔法は量が多い。仕様を理解すること、そして力の使い方。とりわけ落ち着いて力の使い方を学ぶことが重要らしいっすよ。
その途中で羽藤先生が黄鞠を呼んだ。
「音無、ちょっといいかー?」
「何ですか?」
「ちょっと、教官室に来てもらえるか?」
羽藤先生に導かれて体育教官室に足を運ぶ。その表情は気まずそうな表情だった。
「えーとだな、音無はあれだろ。その模擬戦闘のチュートリアルマッチをするらしいじゃないか」
何の話かと思えばその話か。羽藤先生は俺がそれらのルール等について知らないと思っているのでわざわざ教えてくれようとしているのだろう。
「……これ、学園長に黙ってろって言われたんだけどな、あまりにもフェアじゃないから教えておきたい
ことがあるんだよ」
「メモリークォーツのことですか?」
羽藤先生が驚愕の表情を見せる。
「……ああ、知ってたのか。そうか石動先生に教えてもらったのか」
「いやそうじゃないですけど、いい友達を持ったもので」
羽藤先生はああ、なるほどといった表情だ。
「じゃあ、私から言うことはないか。そうだ、一つだけいいこと教えようか。実は音無の対戦相手、細矢は多目的ホールの使用を学園長に許可されていてな。私もこっそり見てみたんだが」
え、何だそれは? 俺も実際に戦場となる舞台で練習とかしたいんですけど。
「あいつはとんでもないぞ」
羽藤先生がそう告げる。
「そんなにですか?」
「ああ」
普段の細矢からはそんなこと全くもって想像できない。だが、わざわざ学園長に逆らってまで情報をくれた羽藤先生が嘘をつく理由も存在しない。実はこの実技の授業中、俺は細矢の方をチラチラ見ていたのだ。理由は敵を知るため。しかし、卒なくこなしていたというくらいにしか印象に残らず実力を推し量れない。
「どんな風にとんでもないんですか?」
「一言でいえば相手が良く見えている。実戦向きな感覚してるんだろうな。とても新入生とは思えないが、まぁ出来る奴ってのはクラスに一人くらいいるもんだけどな」
「そうですか、わざわざありがとうございます」
「お、あまり動じてないな」
「初めからフェアな勝負じゃないとわかっていますからね、でも何を使おうが勝ちます」
そっちがその気ならだ。
強大な相手にはジャイアントキリングして当たり前なのは物語の中だけ。実際は経験値や努力が全ての場合が多い。積み上げてきたものがすべてなのだ。今の俺に積み上げてきたものはない。だから勝てる手段を最短で突き抜ける以外に俺に勝つ可能性はない。格闘ゲーム初心者が初心者だけど少し練習したみたいな相手に勝つには、延々とハメ技を練習すればいいのだ。
俺はハメ技でも何でも使って勝ーつ! そのつもりだった。
「……そうか、まあ頑張れ」
「ついでに先生ならどうやって勝ちますか?」
「一言でいえば分からん殺し。これに尽きる」
平然とそう言い放つ先生をみて、黄鞠は畏敬と敬愛の念を覚えた。意外と羽藤先生の思考回路は黄鞠のそれと似ているのかもしれない。というか魔法戦における強さの秘訣は帰納的にそうなるのかもしれない。
「俺、先生のこと見直しました」
「……私は努力だとか積み上げてきたものが無意味になるとは思っていない。だが、魔法戦は考え方次第で戦いの結果が簡単に覆る。そういう世界なんだ。だから音無にも万が一勝つ可能性は残っている。音無はそういう意味で実践的な考えを持っているのかもしれないな。ただ最低限のモラルとルールは守れよ」
黄鞠は羽藤先生の言葉を胸に刻む。最低限のモラルとルールというのは、盤外戦術とかそういうものだろう。まともにやっても勝てないので、場に立たせないように夜暗いところで闇討ちとか、毒を盛るとかそういうやつ。
だが、それをやったら疑われるのは俺しかいないので結局その作戦は出来ない。
試合のルールの中でインチキスレスレの行動をしろ、と先生は言っているのだ。ついでに、この後石動先生からも同じようなことを言われた。この学校の数少ない良心である。




