料理訓練をするという話。その2
「ここだな」
「うん。 明らかにここだ」
「漂う空気が違う……」
俺、雷、久保先生の三人は、家庭科室前へとやって来ていた。
いや、悪魔の錬金部屋と言った方が近いかもしれない。
「じゃあ……潜入ミッションに行ってくる」
潜入するのは俺である。
潜入するに当たって、三人でババ抜きをしたのだが、結果的に俺が敗北を収めた。
今の俺は完全装備だ。それこそ、RPG勇者の最終防具のような。
手袋、マスク、何気ないメガネ、ブレザーの下にはシャツ+体操服+ウインドブレーカー。
できる限りのことはしたつもりだ。
「生きて帰ってこいよ、相棒!」
「ああ、頑張るよ!」
「……腹壊す程度だろ」
ガラガラと、扉を開け、魔境に俺は飛び込む。
◇◆◇
「ふんふんふーん♫」
鼻歌混じりに、夢はボウルの中の材料をかき混ぜる。
中身は……ひ・み・つ♡
正面では、永海が難しい顔で唸っていた。
「……むぅ」
「ん? どうしたの?」
「型をどれにしようかと迷っているのよ」
永海の前の机には、銀色の型が並べられていた。
クマ、ウサギ、ウシ、キリンなど様々。
「くまたんは捨てられないし、うさちゃんも……ああ、決められないわ!」
永海って、意外と可愛いものが好きなのよね。
そこのギャップがまた天然で可愛いと夢は思った。
「ガラガラ」
反射的に扉の方を見る二人。
「よ、よお……やってるか?」
そこには、優が立っていた。
◇◆◇
「よ、よお……やってるか?」
「うん! もうすぐ……」
「焼けたわよ」
最悪のタイミングだ。オーブンという名の地獄門からモンスターが解き放たれる……!
「じゃじゃーん! か・ん・せ・い♡」
オーブンから出てきたのは動物の形をした、クッキーという名の物体。
「……最高傑作だ」
「最高傑作ね……!」
何が最高傑作だよ!見た感じ、バリバリ炭じゃねぇかよ!!
「試食……する?」
夢はクッキーという名の炭を自分でくわえて、俺に近寄ってくる。
「……んっ」
「…………」
いかん。見惚れてしまった。
頬を紅潮させながら唇を寄せてくる姿には誰だってドキドキするだろ?
「……?」
顔を横に傾ける。
食べないの?という意味だろうか。
食べる食べない以前に、炭に辿り着くまでに鼻先が接触してしまうのが目に見えている。
彼女がいる俺は絶対にしてはいけないことだ。
「…………」
上目遣いで見つめてくる夢。
実に愛らしい。そして、なんか可愛い。
俺も男だ。よし。ここは一つ、やってやる!
「はむ」
「……ぇっ!?」
優しく鼻先が触れ合う。
夢はなぜか炭をくわえたままなので、二人で一つの炭をくわえているという状況。
「もぐもぐ」
端から少しずつ食べていく。
夢も、俺と同じく端から食べている。
あと3cm……2cm……1cm……!
そこで、夢が呟いた。
「このまま、しちゃう?」
永海は、教室に荷物を取りに行った。
雷と先生は家庭科室外、離れた場所にいる。
咲と香織は材料調達で不在。
部屋には俺たち二人きり。
フラグってやつが立ってんの?ゲームみたい。
いや待て。俺には彼女がいるだろ?
しちゃったら浮気?男として終わる?
まだ中2だぞ?流石にまずいのではないか?
「どうする? 彼女以外の子とあれこれなんて、よくある話だよ?」
よくある話……。でも、俺は……。
「キスは……出来ない」
「優は賢いね。 すごい一途だね」
「それは、ありがとう」
「……それでも、私は……」
ゆらり、ゆらりと歩み寄ってくる。
足取りは定まらず、はぁはぁという呼吸も耳に届く。
「優が……」
「……!?」
唇にあたたかな感触。
「優が……きだよ」