【4】持つべきものは共犯的隣人―2
「ふーん。窓を閉めようとしたら、桜の花びらが降ってきて、入れ替わっていた、ね。」
201号室前の廊下は、夕暮れ特有の涼風を運んでいた。部屋で少女・椎那の着替えをする間に、雅樹は隼から一連の話を聞いたところだった。
「共犯者」は、ちらりと扉を一瞥してから、窓の外へ視線を泳がす。自称マッドサイエンティスト一条雅樹がこの非科学的超常現象をなんと捉えるかは微妙であった。
それでも、高等学校からの編入組である隼は、「割と話の合う数少ない友人」である彼を巻き込むことが得策と考えていた。三人寄れば文殊の知恵ともいうことばもある。彼の着想はいつも面白いし、隼と異なり「持ち上がり組」なので学内情報網も広い。ひとことでいうと、逸材、なのである。咄嗟の事だったとはいえ、間違った選択ではあるまい。
「……ま、言いたいことは分かるぜ。俺だって、当事者じゃなければ、ありえないって笑い飛ばしてたかもしんねーし。でもよ」
目の前で「椎那」が入れ替わった。それは、事実としか言いようがなかった。
言葉を選びかねたのか言葉を途中で切る隼の横顔を見て、白衣の少年は、んーっと背伸びをした。
「いや、ありえないってわけでもないかもしれない。たとえばアインシュタインが相対性理論を発表して以来、時間の概念は常に論議の的になっているのも事実なわけで。興味深いよ」
意外なことに、一条雅樹は科学的に現象を見ていた。
しかしアインシュタインって。話が飛びそうな気がしなくもない。
「例えばさ、今の量子力学では『人間を含むすべてのミクロ物質は、可能性を含んだまま重なり合って多重に存在している波動』だといわれてるのだけど。
エヴェレットの『多世界解釈』によると、量子力学的観測においては、波動関数の収縮を想定せず、すべての解に対応した世界があるといわれている。これは量子力学の数式上で考えると、人間を含むすべての物質――つまり宇宙は、あらゆる可能性を秘めた電子の塊の波動であり、可能性の分だけ『平行世界』が存在する、という事を意味してるらしい」
案の定、専門的な話になってきた。だがとりあえず、雅樹が『科学的』な超常現象として捉えている事だけは、隼にも分かった。
「ってことは、その量子力学的見地ってやつからも、椎那の入れ替わった可能性のある世界が存在するであろうってこと?」
「そう。たとえば2000年、アメリカの大手ネット掲示板に、2036年からやってきたと自称する男が書き込みを行った例がある。彼のタイムトラベル理論やマシンの操縦メカニズムなどの説明は詳細であり理論上可能だけど現代科学では不可能な領域だった。それに彼は予定の任務を果たしたと書き残して4か月後に姿を消したらしいんだけど。その後、予言のいくつかは実際に起きているんだ。例えばアメリカ狂牛病問題とか、ローマ法王の崩御とかね。」
「……つまり、実際にタイムトラベラーがいたってことか?」
それがどうつながるんだろう、隼は整理しきれず大雑把にまとめた。雅樹はニヤリと笑う。
「ある意味ね。でもってここからが本題。彼がいうには、タイムトラベルとは、無数に存在する、時間軸の異なる世界線・いわゆる平行世界を渡ることをいうらしい。エヴェレットの『多世界解釈』論では、タイムパラドックスの問題が指摘されているけれど、彼の説は、この解釈論を基本としつつも、その似て異なる平行世界同士の交差は、世界線の『分岐』にのみに起こるから、本人の元の世界には影響を与えない、としている。例えば平行世界の両親や自分を殺したとしても、元の世界の自分は消滅しない。」
「要するに、中の子(女・椎那)の行動は、アイツ(男・椎那)には影響しない。でもってその世界線が交差している時ならば帰れるってこと?」
「ああ。潮汐力が地球の重力に影響を与えているから、その分岐は一定期間しかないらしいだけど」
「潮の満ち引きにって、輝夜姫かよ」
「あの……、もしかして私、帰れないかもしれないということですか」
振り返ると、201号室の扉が少し開き、野球帽に長い髪を押し込んだ、ジャージ姿の椎那が不安そうにこちらを見ていた。
※とりあえず、ここで一区切り。(消えたり増えたりするかもしれません。)
※理系の方が登場したので(*ノノ)少しそれっぽいことを書きましたが、読み飛ばしても問題ない内容です。 (年号は書いてよかったかな。一部別設定も入ってます。)
※展開は、このあと続くとしたら、現状予想では以下のとおりです。
【5】注文の多い輝夜姫な佳人
【6】最後の頼みは逢魔が時の御客人
【7】きっとどこかに平行世界の同居人(終幕)
(ずっと前の草案では、【6】もなく理系話もなく、サクッと終幕を迎えてた気がします……。)
ほんのり可愛い物語にならないのがデフォルトな201号室ですが、この先は多少春らしくなる、筈……です。多分。