【3】持つべきものは共犯的隣人―1
「さてと。ぼちぼち対処を考えるか」
マグカップを片付ける頃にはさすがに落ち着いてきて、彼女は「椎那」のデスクチェアに、隼は自分のベッドに腰を掛けて向き合った。
「そうですね。早く帰る方法を探さないと……!」
「ん?あ、まぁ、それが勿論一番の課題なんだけどさ」
真摯な眼差しで窓の外に思いを募らす少女に、少し肩を落とす隼。
「いや、その。なんだ。とりあえず、着替えない?奴のジャージとかにさ」
と言った瞬間、ハッと少女の息を吐く音が聞こえたかと思うと、その表情がみるみる険しくなった。無駄に緊迫した空気が部屋を満たしていく。
「は?『とりあえず』の意味が解りません。なぜココで着替えなんて……?」
じりっとスカートの裾を両手で伸ばし足を隠そうとする。隼はその仕草にギョッとした。彼女の顔には、明らかに警戒の二文字が浮かんでいる。
咄嗟に「え、何故って」といいかけたが、空気の異常な重さに閉口した。なにか違うほうに曲解してないか。
たとえ、椎那(男)曰く【自己中な隼】であっても、流石にその意味をくみ取った。いや寧ろ、そういう意味でもズボン履くべきじゃないか。似て意なる平行世界の住人といえども、同居人には変わりないのならば、いってしまってもいいのかもしれない台詞だが。目の前の逢ったばかりの【同年代の女性】に対して、隼は言葉を窮した。
――ったく、同居人相手に何意識してんだ、勘弁してくれよ。と心中で毒吐く隼であった。
一方、少女・椎那は、言葉の先を紡がず、うんざりした顔で横を向く少年を観察して、肩の力を少し抜いた。
――そういえばこの人。こう見えても、あの隼美ちゃんなのよね。
少女・椎那の知る同居人は、マイペースで、いつも椎那を振り回すけれど、他人を卑怯に騙したり陥れたりするタイプではない。それに訊けば説明をくれるし、話せば耳を傾けてくれないわけでもないし、理に適えば割とすんなり納得もしてくれるヒトだった。ならば理詰めを試してみるのもよいかもしれない。
互いの思惑と共に不自然な沈黙が流れていたが、やがて少女が「だって……」と続けた。
「だって、この部屋から出なければ必要ないじゃないですか?ましてや、すぐ帰れるかもしれないのですから……」
少女・椎那は、遠慮気味に、でもバッサリ少年の案を切り捨て、自分の課題に話を戻そうとした。隼は頭を掻いた。無駄にこういうところは一緒か。あの頑固な同居人の姿が目に浮かんだ。
「まぁ、そうなんだけどさ。ここって一応男子寮な訳で。部屋を出なくても、さ……」
「よぉー隼、いるんだろー」
「!!!!」
言っている傍からドアが開いた。そう、来訪者問題もあったんだ。
「ってあれ?これどういうシチュエーション?」
「ほら、な!誰が来るか分かんねぇし。男子寮に女子なんて懲罰対象なわけよ!これで【退学】なんて展開になったら笑えないしな?!」
――笑えない、つうか、もう、ここは押し切るしかない!
突然現れた長身で白衣姿の来訪者と、ひきつった笑いで冷静を装う(つもりが失敗している)隼を見比べ、目を見開いたままだった少女も我に返り「あ……そうよね」と生返事をして口元を手で隠し考える姿勢をとった。
☆ ☆ ☆
さて、ノートPCを小脇に抱えた白衣の来訪者は、1つ年上の同級生・マッドサイエンティスト一条雅樹であった。口端に刻んだ笑みと好奇心に満ちた瞳は、彼の探求心の広さを物語っていた。
「あー悪い悪い。まさか隼にそんな甲斐性が(まさか部屋に女連れ込むなんて)」
言外の言葉まで聞き取れてしまうから、余計焦らざるをえない。
「頼むから背を向けて帰ろうとしないでくれ、友よ。見たからには共犯だぜ!!」
踵を返そうとする来訪者の白衣を引っ張り、部屋に連れ込むと隼はドアを閉めた。日頃あまりみせない友人の狼狽ぶりに、雅樹は後ろ髪をひかれたのか、ちらりと屋内を見た。
女性禁制の男子寮に少女がいる、これは確かに由々しき事態である。
「……共犯って、それなりに面白いネタなんだろうな」
「そりゃー、まぁ。ちとファンタジーだけど?」
へぇ?ファンタジー、と雅樹はニヤリと笑った。
……持つべきものは良き隣人、良き共犯者である。