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俺が世界を救うには  作者: 小山 優
6/7

女神と神  code----

泣いていた。

滴る涙が地べたに落ち、地面に波紋を作る。

「ダメ、泣いちゃ…。私よりも、あの人達の方がつらいんだもの」

女神、未來は泣いていた。

そこは、なにもない空間。地平線だけが景色として広がり、全てのものが灰色に染まっている。

『ありがとう』

また、言われてしまった。

彼にも、その前の彼にも、その前の前の彼にも。これまで全ての彼に、隠していた感情を見破られてしまった。

しかもどうして『ありがとう』なんて言うのか。私は、自分を魔王にした原因で、憎いはずなのに。

いっそ、私を最低最悪な奴だと言って、憎んでくれれば、恨んでくれれば、私はこんな悲しい気持ちにならなくてすむのに。

なんで、あんな人達を魔王にしてしまうのだろう。

現実主義なのに優しくて、一緒に笑い合える友のいるお人好し。

そんな人じゃないと、魔王を務められない。私の願いを断れなくて、現実的に世界を救ってくれる人じゃないと。

ダメだ。また涙が落ちてしまう。こんなところを人に見られたら、笑われてしまうじゃないか。

気化も蒸発も存在しないこの空間では、流れた涙がただたまり続ける。

いけない。水溜まりを作ってしまう。

そう気にして、水溜まりができていないことを不思議に思う。

あ、と気付く。

床は、地平線の向こうまで水で、涙でおおわれている。これでは水溜まりなんてできない。元々水面なのだから。

そうか、自分はこんなに涙を流したのか。

大昔に散った、優しい少年達のことを思い出して、また頬を滴る滴が一滴。

「――邪魔するぜ」

その時、永い沈黙が破られる。

ただなにもない空間。灰色の虚空に、黒い穴が開いて、一人の男が出てくる。

「久し振り」

「…神登さん、でしたか」

彼の名は神登。肩書きは…

「おいおい、最高神に向かってその挨拶はないだろう」

神。唯一無二、絶対権限、最高神格である神。

自分はあくまで、「再生と存続の女神」だ。最高神ではない。

「何のようですか? 私は今、誰とも話したくないのですが」

「知るかそんなの。こちとら業務監査に来ただけだっつの」

頭を掻き、面倒臭そうにそういう神登。

「心配しなくても、ちゃんとしています。あとは歴史や書物を捏造するだけです」

自分は、「世界」に通じる穴を開き、操作を始める。

「…私達はどうしてこんなことをしているんでしょうか?」

欠伸をしていた神登に問いかける。

「それは、『どういう理由で』か? それとも『どういう経緯』か?」

「どっちもです。私は何のためにこんな馬鹿げた虐殺を起こしているんですか。何故こんなことをすることになったんですか」

そう返すと、ため息がひとつ。

「それは、俺に『人類のための必要な犠牲だ』と気休めを言って慰めて欲しいのか」

「――誰もそんなこと――!」

「じゃあ、『俺達が存在するため』と言って貶してやればいいのか?」

押し黙る。

私達神様が存在するためには、誰かが私達のことを崇めていないといけない。ようは『人思う、故に神有り』。

人が拠り所とするために神様がいるのであって、その人なくして神は存在意義を持たない。

そのために、神は人を助ける。自分を助けるために人を助けるのだ。

「経緯の方は、俺がお前にそれを命じた。そのために、俺はお前を生み出した。簡単なことだろ?」

 あの時のことはよくおぼえている。何千年前(もしかしたら何万年前)、この世界に唐突に生み落とされ、目の前の男に命令された。

冷たく笑うその顔を睨めつける。

「何故私に命じた!? あなたがやればいいじゃない!」

その襟首を掴む。

「そうしたら、私はこんな思いをしなかった。ただ死んでいく人達を見ることもなかった! そうしたら――」

「最初の魔王は女だった」

突如として、神登が言った言葉の意味がわからなかった。

「はじめは、他の方法を探そうとした。神託を授けた。危機を救ってやった。洪水を引き起こした。だけどダメだった。結局、そんな方法で人は進化しなかった」

――私は、『命じられ』て、魔王と勇者の茶番をプロデュースした。

「下の世界に降りて、自分から歴史を変えようとした。知識を生み出し、教え、広めた。だけど、全てうまくいかなかった。人は堕落し、滅亡に近づいてしまう」

――なら、私が『命じられ』る前は、人類はどうやって生き残っていたのか。私が生み出される前は、誰が、少年達を泣かせていたのか。

「そんなとき、俺は一人の女に出会った」

――あるいは、誰がそのことで泣いていたのか。

「そいつは、強くて、優しくて、面倒見のいい、綺麗な女だった。そいつは、下界に降りていた俺に世話を焼いて、一緒に過ごしてくれた。永らく独りでいた俺が、『アイ』と呼ばれるものを見つけるのに、そう時間は変わらなかった」

 目の前の男の顔が、いつの間にか哀しげなものになっている。

「だがある日、その女が命の危機に際した。女を貫いた矢は、命を確実に奪っていた。しかし、俺は思い付いた。女を、命の理から外れたものに、人でないものにしてしまえば、生き永らえさせることができるのではないか」

――その『だれか』は、私よりも先にこの世界にいた人で。

「そして、魔王が生まれた。その後、世界の理を知った女は、自分の身を犠牲にして救うことを考え、実行した」

泣いていた。

 悲しそうに流れた涙が、ポチャリと音を立てて水面に落ちる。

「耐えられなかった。これ以上、大切な誰かを失うことに」

神、神登は泣いていた。

相手の言葉を理解した時、水面に膝をついていた。

「…一体、誰が悪いんでしょうか。誰の所為で私たちはこんな目にあってるんでしょうか…?」

 震える声で呟く。

「恨むなら、運命と、そいつから逃げた俺を恨め。お前は何も悪くない」

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