魔王と勇者 code3052
城の中に爆発音が響く。
最下層の方から聞こえたその音は、徐々に発生場所が近くなってきている。
でも今、そんなことは気にならなかった。
「ユウキ…」
自分の腕の中には、ボロボロの体で、今にも事切れてしまいそうなユウキの姿があった。
「父、さん…。申し訳ありません…。自分が弱かったばかりに…」
ユウキが負った攻撃は、その体から魔力を絞り出し、ひび割れた皮膚を作り出している。
「いいんだ。お前はよく頑張った。ただ、運命に逆らえなかっただけだ」
ガサガサになった手を握り、暖めてやる。
「父、さん…」
「頑張った。もう休め」
そこまで言ってやると、悔しそうな、しかし安心したような顔を浮かべ、ユウキの瞳から光がなくなる。ついで、肌が砂のように崩れ落ち、やがて塵埃となって消える。
「一人、か…」
顔を上げてあたりを見回し、あるのはただ広い空間。
誰もいなくなった魔王城の大広間。
自分の前方、大扉から赤い絨毯が伸び、床の大理石には円形の世界地図が。それを囲むように装飾を凝らした個性あふれる椅子が約三十並び、その先のステップの上には魔王の玉座が置かれている。まるでどこかのゲームのようだ。
かつては、タカラやユキタカ、子供達、女神が産み出した魔物、魔法で人から魔族になった者達が様々な作戦立案や内政策を飛び交やせた議論の場には、誰の影もない。
「私がいますよ」
階下の爆音をバックに響いたのは、いつかの綺麗な声。
振り替えると、玉座の後ろ、大きな鏡には、銀髪の女神が写っていた。
「なあ女神」
「なんでしょうか魔王様」
快活そうな声が、逆に虚しい。
「どうして、タカラやユキタカは死なないといけなかったのか、教えてほしい」
「そんなことですか。前々から言っている通り、人類のためですよ」
魔王が人類を窮地に追い込めたなら、人はそこから抜け出そうとする。つまり生物的な進化だ。
「進化できたなら、その状況から救ってあげなければなりません。種の緊張状態は長く続かない方がいいですから」
そして、その救世主が勇者。旧人類よりも幾らか進歩した遺伝子を持つ、新しい人類。
だけど…
「俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだ」
「どういうことでしょう」
鏡に映った像が首をかしげる。
「どうして、死ななければいけなかったのか。俺達は人類を追い詰めた後に、人知れず消えるだけでよかったんじゃないか」
傾げた顔が困惑している。
「人類が新しいステージに進んだことを象徴するために、旧いものを…。いえ、端的に言いましょう」
女神が一度言葉を切り、何かを決めた顔をする。
「ただそれが運命だっただけです」
爆音のかわりに、下級の魔物と戦う音が聞こえてくる。
「運命、か…」
玉座を憐れむように撫で、視線を反対側の大扉に向ける。
「そろそろか」
「そうですね、頑張ってください」
素っ気なさそうな声が自分を送る。
「ありがとう」
その素っ気ない声に、そう返すと、女神はまた困惑する。
「どうして『ありがとう』なんですか。私はあなたをこんな運命に押しやった張本人で、私がいなければあなたは平穏に過ごせたのに。しかも、私はそのことを謝ろうともしないんですよ」
必死に理由を並べる女神が、変に子供らしく見える。
「本当に、俺達をこんな境遇に追い詰めて何も思ってないなら、『絶対に死なないで』なんて言わないし、独りでこれから殺される俺のところになんて来ない。まして『頑張ってください』なんて言うはずがない。そんな自分を憎んでほしい言い訳もしないだろうしな。そして何より、」
大きな姿見を撫でる。
「そんな悲しそうな顔で大泣きしていない」
――そこには、涙や鼻水で髪の毛や化粧や唇をグショグショにしたミライがいた。
「え、嘘。そんな…。ダメ、泣いちゃ…」
その涙を拭おうとするが、逆にグショグショが広がる。
「今まで俺達を見守っていてくれてありがとう。あんたがいなかったら、俺の大切な人はいなくならなかった。だけど、その大切な人の大切さもわからなかった。ありがとう」
必死に涙を拭おうとするが、止めどなく流れる水滴は鏡の床に湿りをもたらす。
「じゃあ、さようなら」
――鏡を叩き割る。
割った瞬間、ミライが何かを叫んだように見えたが、気にしない。気にしてやらない。
そんなに憎んでほしいなら、これは罰だ。俺が死ぬところを見ずに精々長生きしろ。
心で言って、俺もつくづくツンデレだ、と苦笑いする。
「魔王! 覚悟しろ!」
ちょうど、大扉を破壊してはいってきたのは、救世主・勇者の一行。総勢五人。手に持つ得物は、それぞれ剣や杖も弓に槍だ。
人類は、どうやら機械化した兵器をあきらめ、それに伴って文化も中世に逆戻りした。そのため、勇者の武器は剣や弓、槍が基本である。
「よく来たな、勇者。我が下僕達を倒して、よく我が元へたどり着いた」
玉座の前に、まるで勇者を見下すように立つ。
「黙れ! 一体お前のせいでどれだけの人間が死んだと思っている!?」
ああ知っているとも。最初の攻撃以来、七十億と八千万余りの命を奪い、三十億五千余を飢えさせ、二百の国を亡ぼした。その中で、二十の幹部が敵に討たれ、五人は病に倒れ、二つの体は人に囚われた。
俺は、自分が殺した命の数を覚えているし、お前達に殺された家族を憶えている。
「ああ、我は多くの人間を殺した。だが、それがどうだと言うのだ」
ただ、悔しい。目の前の救世主達が、この壮絶な生存競争で踊らされただけであるということが。
「なら問おう、勇者。お前はこれまで何人の魔物を、魔族を殺した?」
勇者が戸惑う。その顔が女神に似ていて、少し面白かった
「お前達が殺した魔族にも、家族があり、生き様があり、幸せと悲しみがあったはずだ」
だからつい、いらない質問をした。
「お前は、何の罪もない生物から、命を奪って、何も感じなかったのか?」
この言葉に嘘偽りはない。魔物は既に生態系の一部に組み込まれており、動物のカテゴリーとして存在している。困っているのは人間だけだ。それで魔王を殺すなら、それはヒトのエゴでしかない。
勇者の顔が、自戒と困惑、そして恐れに染まる。
「俺は…、俺は…」
「――黙ってくれるかな? 魔王」
――ドンッ
勇者が自問自答の声が上げたと同時に、その横にいた女魔術師が火球を放った。
火は鏡のあった場所を吹き飛ばし、外の曇った空を覗かせた。
「そんなことはどうだっていいの。だって、あなたは私達の敵。それ以外の何ものでもないの」
魔法は、女神が言うところによると、一時的に人に与えた魔王への対抗手段らしい。曰く、そうでもしないと俺を殺せないそうだ。
「…お前」
「いいんだよ、あなたは何も考えなくて。私が守ってあげる」
魔術師が勇者に微笑み掛ける。ふっ、と昔の記憶が出てきて、こういうのをヤンデレと言っていたのを思い出す。
「…まあ、それもそうか。我とお前達の関係はシンプルなものだ」
独り言の気分で、その実周りに聞こえるほどの声で話す。
「我がお前達を殺そうとし、お前達はそれに抗う。ただそれだけのことだ」
それが、俺の前の魔王もその前の魔王も行ってきた仕来たり。それこそが既に生態系あるいは歴史の一部となっている。そしてその中で人が進化し、現在も生き残っている。ただそれだけのこと。
「殺してみろ人間。我は魔王。お前達の家族を、友を、恋人を葬ってきた悪魔だ!」
宣言すると同時に、勇者の後ろにいた弓士男が矢を放った。その矢が自分の肩に刺さり、僅かに血を飛ばす。
その男の顔は、激昂して怒り狂っていた。
ああお前は、家族と恋人と友を失くしたのか。
その虚しく怒る顔に、謝罪と共に言葉を送りたい。
俺も同じだ、と。
「余所見してるんじゃないッ!!」
物思いに耽っていたところで、大剣が脇腹に刺さっていた。
その大剣を握っていたのは、長めの髪を首の後ろで結んだ巨漢――といっても、人間なので背丈は俺の半分ほどだ――で、もっと深く突き立てようと、剣に力を入れている。たしか、勇者の後ろに控えていた奴だ。
ここまで近づける程度には俊敏らしい。人にしては恐るべき速さだ。だが、
「弱い!」
その剣を引き抜き、巨漢を吹き飛ばす。如何せん、ヒトとマモノでは力が違い過ぎた。
手に持った剣を見て、折ろうとするが、それが使い古されて、大切に扱われていたことに気付く。
「弱いな人間」
剣を放り投げる。部屋にカランカランと金属音が響く。
こんな斬撃、ユキヒトが受けた紅蓮の大剣に比べれば――
「こんのッ!!」
次いで、身軽な装備のシーフ女が横から詰め寄り、武器の一つである槍を突き出す。
「…毒槍か」
それを後ろに引いて避け、突っ込まれた力を利用し、そのまま女を壁に投げつける。
そんな毒は、タカラが被った猛毒に比べれば――
「ッラァァ!」
勇者が剣を――伝説のうんたらとか勇者のなんたら云う剣を――振り上げ、俺の頭上に落とす。
さすが勇者というのか。体躯はさっきのシーフよりも小さいのに、俺よりも高く跳び、巨漢の倍の力で切り付けてきた。
それを白刃どりする。
「ッ、なにッ!?」
速度も速かったが、魔物の比ではない。
手首を捻り、勢い余った勇者を、自分の後ろに放り投げる。その交差間際に腹に拳骨を決める。
こんな太刀筋、ユウキが負ったムスッペルソードの斬撃に比べたら――
「みんな離れて!!」
隙が出来た俺に、魔術師が火球を放つ。右手でそれを受けるが、どうということはない。
アリエスが受けた業火に比べれば――
「いくぞ!!」
「了解!!」
そこに、両脇からシーフと巨漢が剣を振るい、正面からは幾本もの矢が、後ろからは勇者が切り付けてくる。
「……効かんな」
矢を叩き落とし、両脇の剣を掴み、後ろに向かって蹴りを放つ。
レオが飛び込んだ機甲師団の数に比べれば――
「こんっのぉぉぉぉぉ!」
その時、正面から、魔術師の放った炎と氷と雷と毒が。
リブラが罹った不治の病に比べれば――
後ろからは勇者の剣が。
ケイロンが喰らった核に比べれば――
次は火矢。
アルゴのミサイルに比べれば――
キャンサーの――
ジェミニの――
――俺の大事な家族が受けた苦しみに比べれば、どうというものじゃない。
戦闘が一瞬止まり、気付けば、自分の装甲は剥がれ落ち、体の所々から血が流れ、ボロボロの姿になっていた。
それは勇者達も同じようで、全員が満身創痍、立っているのがやっとの状態だった。
「…これで終わりにする」
そう呟き、右手に魔力を集中する。
これで全てを終わりにしよう。俺の役目を終わらせる。
勇者の方は、俺が何をしたいかわかったらしく、仲間達と顔を見合わせる。
「俺達が魔王の邪魔をして、勇者さんたちは攻撃の準備を!」
巨漢がそう叫び、ついでシーフ・巨漢・弓士の三人が飛び込んでくる。
最期くらい格好良くやらせて欲しいのに、囮とチマチマ戦わせる気か。
三人が軽快に放ってくる攻撃を、左手でいなし、なんとか堪える。
「貴様らなんぞに、やられてたまるか!!」
どうか、俺が死んだ後の世界を導いてやってくれ。
「我は魔王。絶対不滅の帝王だ!」
お願いだから、人類が進化の袋小路に入らないような世の中にしてくれ。
「貴様ら程度、本当ならば指の一本で殺してやるものを!」
二度と、大切な人達を失って、それでも戦い続けないといけない男の子を作らないように――
「…これで終わりだ。魔王」
ああ、終わりだとも。
ふっ、と三人が自分から離れているのに気付く。
前方を見れば、例の伝説の剣とやらに光球を宿した勇者と魔術師の姿が。
「さよなら、魔王」
――その剣を降り下ろす。
光の束が降り注ぎ、自分の体を包み込む。
途端に、体が粉のように消えていく。
終わる。やっと死ねる。
耐えれない悲しい時間が終わる嬉しさと一緒に出てきたのは、寂しさ。
――どうして俺は一人なんだろうか。
ユキヒト、タカラ、ユウキ、レオ、リブラ、ケイロン、アルゴ、キャンサー、ジェミニ―――仲間達が死ぬとき、傍には自分が居た。だけど、自分は…
一人、独り。
周りには敵しかおらず、ただ孤独な死。
「どうして俺は一人なんだろうか。どうして、どうして――」
『ううん、あなたは一人じゃないよ』
光の先から聞こえてきたのは、いつかの優しい母のような声。
『お前の隣にいるのが俺達の仕事だ』
悪ガキの声がからかうように言い、
『あなたのお役にたつのが本望ですから』
尊敬のこもった声が響く。
他にも、いつかどこかで聞いた声が耳に届いて――
「ああ、俺は独りじゃない」
その光の先に、手を伸ばした――