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俺が世界を救うには  作者: 小山 優
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人と滅亡 code2685

 人類は敗れた。

 突如として現れた魔王に、現代兵器は役に立たず、ただ死体の山を築くのみ。

 魔王の側は、どこからか現れた魔物でその戦力を増やし、勢いを盛んにしていく。

 人の誰もが思った。

 もう、世界は自分達のものではないのだと。



 神様は、いや女神様は残酷だった。

「人はあきらめない…! 例え、万の同胞が死のうとも、億の友が消えようとも、お前たちを倒す!」

 ここは、かつて人類が科学を極めた都市のひとつ。無論、そこでも魔王と人との戦いが行われ、ヒトは負けた。

「俺たちはいつかお前を倒す。絶対に、絶対に。絶対に!!」

 目の前の男は、まだ若い青年将校。殺すような目つきでこちらを睨んでくる。

「…やってみるがいい」

 しかし、その男の腕をもげ、脚も焦げている。

「いいだろう人間! お前たちがいつか我々魔物を倒す日が来るのなら、我はそれを阻止しよう。やり遂げてみるがいい!」

 その男を見て、嘆く。

 あくまで自分たちは悪役で。主人公はこの男なのだろうと。

 後世に伝えられるのは、ヒトでありながら滅亡を起こさなければならなかった悲しい魔王の物語ではなく、志半ばで倒れた英雄の不幸なのか、と。

「貴様らと踊ってやる! 人間共!」

 そして、その男の頭を吹き飛ばした。血しぶきが、流れる間もなく、炭になる。

「…」

 後ろを振り向き、大事な妻と親友の顔を見やる。

 魔王になってはや四百年。自分たちの姿は、角が生え、翼が生え、そして紋章と外殻が生まれ、見た目通りに魔物となった。

 タカラは、胸がないのは前からだが、幾分か扇情的な甲殻が体の随所を覆い、目に紋章が走り、牙になった八重歯が可愛らしい。

 ユキヒトの方は、右半身に甲殻が集中し、身軽な、そして翼のある魔物へと変貌した。

 自分の体は、頭に左右対称の二本の黒い角が生え、翼があり、鎧をまとうような恰好をしている。

 老いることはなく、それもまた自分たちがヒトとかけ離れていることを表していた。

「タカくん。おつかれさま。キャラ作りのイメージ戦略も疲れるね」

 どことなく悲しそうな表情のタカラは、自分の頬に口づけをする。

「見せつけてくれるな」

 そういうユキは、数人のサキュバスを侍らせ、ハーレムを形成しているのだが。

「やっぱりお前の性癖はおかしい」

「ふん、面白ければいいんだ」

 どこか拗ねたように言うユキヒト。

「――父上! 任務は終了でしょうか!」

 そう飛び込んできたのは、自分とタカラの子供。名前はユウキ。翼の生えた魔物で、魔王軍の筆頭幹部だ。

「ああ。終わった。他の部隊もつれて本拠地へ戻ってくれ。この大陸の攻勢は終わった。海を渡る準備をするまで休養だ」

 返事をし、ユウキが去っていく。

 世界はまだ半分残っていた。



「ユキヒト!」

 陰気な地下施設は、炎が舞う一方で液体水素が鉄を凍らせ、さながら映画の一場面のようだった。

「ユキくん!」

 腹部には、極太の刃が刺さっていた。

「俺にかまうな! さっさと行け!」

 タカラとタカヒロに叫び、自分は目の前の敵に集中する。

「あとから追いつく。だから先に行け!」

 自分は、ユキヒトはそう叫び、刃に手を掛ける。

 横目で見た二人は、戸惑いながらも先に進んでくれた。

 ここは、かつての実験場。施設の中には囚われた魔物もおり、それを助けるための作戦だった。

「だが、こんなことになるとはな…グっ」

 目の前でその剣を握っているのは、魔物のものとは違った鎧をきた正体不明の重騎士。人の味方であるらしいが、理性は感じられない。

「全く…俺もここでリタイアか」

 あのハーレムをなくすのは惜しいし、これ以上タカヒロ達と面白い冒険をするチャンスもなくなる。自分の命より、そっちのほうが重要だった。

「なら、せめて、お前を道連れにして地獄へ落ちるかな…」

 その大剣に手を掛け、自爆しようかと思っていたとき――

 泣いていた。誰が。二人ともが。

 自分の目から涙が零れ落ち、床に就いた時は蒸発する。

 ああ、俺は死ぬのが怖いのか。やはり人の子。感情は普通に持ち合わせていた。

 しかし、泣いていたのは、目の前の狂戦士も同じだった。

「理性のない、ただの戦闘狂じゃなかったのか…?」

 そこで思い出したのは、はるか遠い昔の記憶。

 親父の会社で、人造人間だか、洗脳兵士だかのサイボーグを作り、戦わせる計画。

 ああ、お前もこの茶番に付き合わされた被害者なのか。

 目の前の狂戦士は、泣きながらも剣を突き立ててくる。

「予定変更だ」

 自爆のためのエネルギーを、今度は氷結に変える。

「一緒に逝ってやるよ」

 剣を中心に、氷が展開される。

 それは剣を包み、相手を包み、自分を包み…。やがては部屋を氷で埋め尽くした。

 タカヒロを最後まで補佐できないことだけが無念だが、タカラもいる。簡単にはくじけないだろう。

 寒さで皮膚が壊死し、意識が遠くなる。

 なあタカヒロ。こんな茶番、はやく終わらせてやれ。



「軍医! すぐに治療を!」

「ハイっ!」

 タカが魔王軍の医者に命令し、治療を始めさせる。

「タカ…くん」

 恋人の腕の中の自分は、体の諸所に傷を負い、満身創痍の出で立ちだ。

 作戦行動中に敵に包囲され、重傷を負った私を、タカが救いだし、何とか魔王城まで戻ってきていた。

 まるで王子様とお姫様みたい、と心の底で嬉しがる。

「喋るな!」

 それでも、傷は着実に私から生命を奪っていた。

「タカくん、あのね…私、ね…」

 自分が喉から捻りだした声は、あまりにも小さくて、聞き取りづらかっただろう。だけど、きっと届いていた。

「最後まで、タカ君と…一緒に旅ができて…楽しかったよ」

 だって、タカくんの顔が、すごく悲しそうだったから。

「私、知ってるよ…。タカくんが本当はこんなことしたくなかったこととか、夜一人で部屋で泣いてることとか」

 一言いうたびに自分から命が抜けていき、気を抜いたら一瞬で地の底に落ちてしまいそうになる。だけど、もう少しだけ、私の恋人とお話しさせて。

「ユキくんや、他の仲間がいなくなる度に部屋に籠って泣いて…。私はそんなタカくんが好きになったんだから、ね」

 タカが、冷たくなった私の手を強く握りしめてくれる。

「でもね、そんなに悲しまなくていいんだよ。ユキくんも、他の皆も、死んだんじゃないの。みんな、タカくんの隣にいてくれてるんだよ」

 泣き出しそうな、でも絶対に泣きはしない顔の少年が、私の顔を引き寄せ、突然キスをする。

 舌を絡めても、自分からは冷たい感触しか送れない。だけど、これまでのどんなキスより、熱い、愛の籠ったキスをする。

 その口が離れたとき、タカくんの顔には優しさの籠った悲しさが浮かんでいた。私は驚いた顔を一瞬作った後、もう一度軽く口づけをする。

「ありがと。私の、優しくて悲しい王子様」

 嬉しそうな哀しそうな、愛しい王子様の目が、私の最期の記憶になった。

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