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俺が世界を救うには  作者: 小山 優
2/7

女神様と祭り code2254

この星には、魔王と勇者がいたらしい。

 それはもう、二千年あまり昔のことだ。

 この世界を恐怖のどん底に陥れた魔王を、神から天啓を受けた勇者が倒し、世界に平和と安寧をもたらした。

 そんな、あまりにもありふれた物語が、かつてこの星で実際にあった。

 様々な大陸や文明の遺跡からその証拠となる文書や石板が発掘されており、どうやら魔王や勇者様とやらはこの世界にたしかにいたようだ。

 誕生や生地には諸説あるが、勇者は村の英霊を祀る催しに出ているときに、勇者に選ばれたらしい。今ではその勇者を讃える祭りを各地の様々な宗教施設で行い、いつかこの世が再び混沌の世になったときはそこで勇者が選ばれるといわれている。

 無論、勇者になる~と夢見るのは、たいていの者が一度は通った道で、大晦日に行われるその祭りには親子連れ、恋人、独り者、様々な人間が参加する。(といっても、ただの夏祭りとなんら変わりはない)

 もし、本当に勇者に選ばれるのなら、それは凄いことであるし、夢を見ても見ていなくとも、誰しもがそれを受け入れるだろう。

 だからこそ俺は迷っていた。

「あいつらどこいったんだよ…」

道に。


 場所は近くの神社で、時間は祭が最も盛り上がる頃合い。

迷っていたのは道。文字通り、読んで時の如く道。通路であり進路であり方向である道だ。間違っても人生の道ではないし、人道でも畜生道でも餓鬼道でもない。

学生、イイノ タカヒロは道に迷っていた。

「勇者だか魔王様だか知らないけど、こんな混雑させるなら、ただ迷惑なだけだ」

 人混みを掻き分けながら、独りごちる。

 ああそうだ、と携帯電話を取りだし、連れ合いを呼び出す。

『はいもしも~し』

「タカラ、今どこ?」

通話先に問いかけ、しかし何も返ってこない。

「…タカラ? 大じょう――」

「ナッバ!! 後ろだ~!」

突如として、背中に誰かが抱きつく衝撃が。そしてそのあとに少し柔らかい感触。

「…タカラ」

「フッフッフ。相手の攻撃ぐらいちゃんと読まなきゃだよ~」

後ろから抱きついてきたのは、一人の少女。名前はミゾグチ タカラ。茶色が少し入った長い地毛が良く似合う、活発そうな美人だ。

自分との関係は、幼馴染みで―

「ったくもう…」

タカラの頭に手を乗せ、優しく撫でてやる。

「えへへー」

―恋人だ。


「どこいってたの? たこ焼き買いに行くにしては時間掛かり過ぎじゃない?」

「迷ってたんだ。誰かさんが待ち合わせ場所から動くから」

「うー、スミマセン…」

 …反則だ。

 真面目にしょぼくれているタカラが可愛らしすぎて、それ以上なにか言う気がなくなる。

「許す」

 一言だけ言って、また頭に手を置く。

 それが狙いだったらしく、相手は嬉しそうに微笑む。

「なかなかラブラブエーンド少女マンガチックなところを見せつけてくれるじゃないか、タカ」

――そこに現れたのは、見る人が息をのみそうな、派手なイケメンだった。

「…お前には見られたくなかった」

「何を言う。十年来の親友の恋慕を見守るのが幼馴染みの仕事であろう。そ・れ・に、公共の場でイチャイチャしてて何も言われない訳がないだろう。やーい恥ずかしいバカップルめ!!」

 それは幼馴染みの仕事ではなくストーカーの所業だろう。

 目の前の男は、トウドウ ユキヒト。大会社の跡取り息子で、頭も良く顔も運動神経もいい。誰もが羨む完璧超人だ。(もっとも、それを損なって余りある分に性格が悪いがあるのだが)

「…その前に、ユキ。どちらさんだその女性は」

「ん、ああこいつか」

 自分が指したのは、ユキがその肩に手を回し、幾らか情熱的にユキに肩を寄せる派手な、そして出るとこがかなり出ている肉感的な美人だ。

「なに、俺の連れ合いという奴だ。気にするな」

ナハハと笑いながら、その女性を自分に抱き寄せている。

「…あれ、ユキくん。先週の子と違うんじゃない?」

「ふむ、若い身空の恋は一気に燃えるだけという話だ」

横からとんだタカラの質問に、全く動ぜずユキが答える。

「お前、そういう性癖は…」

「残念ながら、俺におかしな性癖は存在しない。ただちょっと面白いことが大好きで飽きっぽく、大きいもの大好きの健全な思春期男子だということだ」

ええい黙れ。お前がおかしいのは性格と口調だけで十分だ!

「それに、俺は割りと一途だ。生涯で二股三股などかけたことなどないと断言できる。HAHAHAHA」

ああコラ。公衆の面前で、胸に手を置くんじゃない。

 ふっ、と横を見ると、タカラが自分の小さい胸に手を置いて、ため息ひとつ。

「…がんばるね、私。成長期はまだ終わってないはずだから」

「何をがんばる気だ!? しやんでいい!」

思わず声を出して叱咤してしまう。

周りの喧騒は、ただの背景のように感じられて、綺麗な思い出に色を付けるようだった。


「あれ…タカくん。なんだろアレ?」

 祭りからの帰り道。タカラが見つけたのは、森の奥でうっすらと光る青い光。

 周りは準田舎の山道。祭りが行われた神社から百メートルほど離れ、もう少し行けば市街地の端に出るような場所だった。

「人…か? 懐中電灯にしちゃはっきりしてる。蛍の時期でもないし…」

 青い光がフラフラと木々の間を舞っている。

「そんなに気になるのなら…」

 後ろからついてきていたユキが、道路のガードレールに手を掛ける。

「自分で確かめればいいことだろう」

「…それもそうか。不審者か遭難者だったら困るしな。俺が見てくるから、ユキはタカラと一緒にいてくれ」

 ふむ、と、例の派手な美人とは途中で別れたらしいユキが返事をする。「お前、もう…」「肉欲だけの人間はつまらないのでな。俺はもっと面白い女かと思っていたのだが…」そうだここに精神病院を建てよう。

 そこまで草は茂ってないものの、足元は暗く、かなり歩きづらかった。

「すいませーん。誰かいますか?」

光りの方へ問いかけると、

「…なっ、逃げた!?」

光が一目散に自分から逃げていく。真っ当な人間が声を掛けられたぐらいで逃げるものか。

「ユキ! 警察に通報! 不審者確定!」

 振り返ると、状況を察したらしいユキが、返事と共にケータイを取り出す姿が見えた。

自分は目の前の不審者を追うために走り出す。

「待て!」

無意味とはわかっててもそう叫び、暗闇の中をかなり突き進んだところで――

「――え?」

――スッ…

崖から落ちた。

まず脳裏をよぎったのが、この町は川の堆積作用で出来た扇状地であること。

 次は、この山にはその扇状地を作った川の支流が流れていて、岩を浸食してるんだから崖を作っていること。

 最後は、どうやってあの不審者がこの崖を渡ったのか疑問だったこと。

人生の思い出なんてこれっぽっちも浮かばなくて、走馬灯なんか嘘っぱちだった。

崖に落ちていく最中、見上げた空では祭の明かりで幾分か地味になった星を、薄そうな雲がところどころ隠していて、なんの情緒もなかった。

ああ俺。普通に死ぬんだ。

もっと人間って、劇的に死ぬもんだと思っていた。病気であれ、寿命であれ、戦争であってもだ。

 ドラマみたいな死があるんだと思っていた。

――ああそういや、一昨日のドラマの最終回はありえなかったな。あんな人の死に方で視聴者が満足すると思っているのだろうか。

 結局最後までどうでもいいことを考えていて、夜空が水面に変わった辺りで意識がなくなった。


 それなら、私が劇的な死をあなたにプレゼントしてあげる!

 誰もが語り継ぐ死を! 大きな大きな、特別な死を!



 水面。

 そこに雫が一滴落ちる。

 ポチャン。

 二滴。

 ポチャン、ポチャン。

――たくさん。

 耳をつんざくような轟音が鳴り響き、辺りがただ音に包まれる。

 目覚めろ。目覚めるべきだ。目覚めなければならない。目覚めよう。目覚めることができる。目覚めるかもしれない。

「起きなさい!」


「――!? ッハイ!?」

 その言葉で、自分の『居場所』をようやく把握する。

 ただ暗い、黒い空間。

 そこに、時折波紋が表れ、消える。

「ここは…?」

 自分は一体どうなったんだ? たしか崖から落ちて…。

 ガケ? なんでガケに?

 祭に行って、マツリ? そうだ、幼馴染みと恋人と、オサナナジミ? コイビト?

 何かが消えていく。自分の大切なものが欠けて――ジブン?

 ああいや待て。落ち着くんだ。

 とりあえず、俺は溺れて死んだ。そのはずなんだ。

 アレ? 『シヌ』ってナンだっけ?

 ナニ? ナニガ? ナゼ? ナニナニナニナニ――

「勝手に精神離脱なんてやってるんじゃない! こっちも暇じゃないの!」

――帰還。

 自分が忘れそうになっていたものが戻ってくる。

 タカヒロ。タカラ。ユキヒト。オッケー、何にも忘れてない。

「死人の真似事してないで、私の話を聞きなさい!」

 そこで、やっとその声に返事をする。

「えーと、どちら様でしょうか?」

「あ、初対面の人には敬語か。最近の人にしては礼儀正しいわ。でも今重要なのはそこじゃないの」

 暗闇の向こうから、どこか暖かい声が聞こえる。声の主の姿は見えない。

「端的に用件を言うわね」

 すっ、と静けさがやってくる。

「あなたに――」

 何故か思い出すのは祭の伝承。聖なる夜に、偉大な救世主が生まれる。

「勇者を――」

子供のころの小さな幻想は、今、

「――倒す魔王になってほしいの」

脆くも崩れ去った。



「…え?」

自分が一瞬何を言われたかわからなかった。

そもそも、魔王は誰かに任命されてなるものなのか。お願いされてなるものなのか。

「だから、あなたには魔王になって世界を滅ぼしてほしいの」

ただ呆然。見えない相手に俺は何を言われているのか。

「あの、いや、本当、ちょっと待って。訳がわからない。あんたは誰なんです? 」

 状況把握が全くできない。魔王? 勇者を倒す? 何の話だ。

「一つずつ言うしかないのね…」

 何故かため息が聞こえる。

「私の名前は、未來。再生と存続の女神よ」

 女神――ああそうだ。勇者は祭りの日に、女神によって祝福された。

「じゃあ、魔王についてね。進化の袋小路、生物の自然淘汰、細胞の突然変異については理解できてる?」

 とりあえず頷く。進化の袋小路は、その生物が進化する限界まで辿り着いた状態のこと。自然淘汰は、生物が食物連鎖の中で、弱い種が絶滅し、より環境に適合した種が残り、洗練されること。突然変異はそのままだ。

「じゃあ簡単ね。現在の人類は進化の袋小路にいるの。これといった外敵もいなければ、戦争もない。必要がなければ自然と進化も進歩もなくなるわ」

 平和でいいじゃないか。かれこれ二百年近く戦争も起きていない。「いっそのこと、外宇宙にでも出て異星人とかに会ってくれればいいんだけど…」「え…?」「何も言ってないワヨー」

「それを打開するためには、外敵を用意し、生態系での自然淘汰――早い話が弱いヒトを虐殺して、より強いヒトを残さないといけないの」

 例えるのなら、液体の上澄みを選び、それを増やし、また上澄みをとるということか。

「で、そこに今まで起こってきた、細胞の突然変異が加われば、人類はより良い種となるわけ」

「じゃあそこに用意される外敵が…」

「魔王よ。察しがいいわね」

 ふふん、とどこかで微笑む声がする。

「…どうしてそれが必要なんだ。今までだって、人は自分で進化してきたんだろ」

「あら、じゃあ、今残っている勇者と魔王の伝承はなんなのかしら? あなた達は何度も進化の袋小路に差し掛かり、何度も絶滅の危機に追いやられ、進化した。他ならぬ魔王のおかげでね。勇者はただのリセットボタンでしかない。魔王と勇者は、人が生存していく中で幾度となく繰り返された絶望と救世でしかないの」

 押し黙る。

「…二つ質問させてくれ」

「許してあげる。いいなさい」

「…なんで俺なんだ? 魔王になる奴なら、もっと他に良いやつがいるんじゃないか? 時間的、立地的問題があっても、それこそユキでもいいし、俺より体力も頭も良いやつはいるはずだ。二つ目は、なんで魔王が要る? どうして女神様がそんなことをするんだ? そんなの、神様が人に天啓だの恩恵だのを授けて進化させればいいし、最悪神様が魔王の立ち位置にいればいいだけのことだ。それに、神様が、人類を繁栄させて何の利益が出るんだ。無駄じゃないか」

 ふーむ、とわざとらしく悩んだ声が。

「あなたを選んだ理由は三つ。一つは、あなたの言うとおり、立地的、時間的条件。人類が進化の袋小路にちょうど入り込んだ時期でもあるし、私がいた場所にちょうどあなたが来た。二つ目は、能力的にあなたが特別だったから。魔王に筋力も知力もいらないの。そんなものはお供の魔物でどうにかなるし、性格的な問題よ。何が重要かは察しなさい」

 優柔不断で汎用的、かつ身寄りがなくて傲慢じゃないといったところか。

「そして三つ目が、」

 ゴクリと唾を飲む。

「あなたには断れないからよ」

 え、と呟きが出る。

「なんでかって、知りたい? 私は再生と存続の女神。果たして何を再生させて存続させると思う?」

 あ、と気づく。

「ヒトの命…」

「そそ。人類を含めた生物すべての命を再生させ、存続させる。環境保護団体の完璧バージョンだと思ってくれればいいわ。じゃあ、あなたはどうなったかわかってる?」

 その言葉で、記憶が蘇る。

 足から地面が零れ落ち、自分の周りには重力を遮るものがない感覚。

「そして、再生したものをもう一度壊すぐらい、私にとっちゃ簡単なわけですよ」

 そうつまりは、

「選びなさい。死ぬか、滅ぼすか」

「嫌だ」

 選択を迫られたと同時に即答する。

「わーお。断固拒絶されたー。悲しー。女神様泣いちゃうかもー」

 棒読みでどの口が言うか。

「理由を聞こうか」

「そもそも、人類の滅亡なんか知ったこっちゃない。どのみち俺は死んだんなら、それでゲームオーバーにするべきだ。それに、自分が死ぬのが怖くて世界滅ぼしましたー、なんて、そんな格好悪いことできるか」

 多分、幼馴染には笑われ、恋人には悲しい顔をされるだろう。

「ふーん。そういうタイプか。嫌いじゃないよ」

 どこか、ニコリと笑う、でも悲しそうな顔が想像できた。

「でもそれじゅあこっちも強硬な手段に出るしかない」

 次に、冷徹な笑顔が浮かんだ。

「本当は、古典的に拷問でもしようかと思ってたんだけど――」

 ポキリ、と何かが折れる音。

 視線を下して、

「―――――ッッッッアアアアアアアアァァァ!!!!!!」

ねじれた自分の足を見つけた。

「いやあ、川に落ちた途端に、岩で首の骨が折れててさー」

 グギリ、と頭ごと視線が動く。痛みを通り越して冷たい衝撃が脳髄を駆ける。

「―――――ッッ!!!??」

「しかも急流に呑まれるは、岩盤で体中打つはでもう、骨も内臓もグチョグチョだったわけだよ」

 音もなしに腹がへこむ。声帯も肺も潰れたようで、声すらでない。

「ま、そんな苦痛を体験した人に拷問なんて意味ないわけだ」

気づくと、体は元に戻り、痛みもどこかにいっていた。あとにあるのは嫌な緊張だけ。

「で、私はどうしたかって言うとだね」

ふわりと虚空にひとつの像が浮かぶ。

「――タカラちゃんだっけ? なかなか可愛いじゃない」

 濡れた「俺」にすがりつく、タカラの姿だった。

「お前…」

「ライブ映像よ。溺れたあなたを探してたみたい。一晩中探し続けて、いい彼女じゃない」

自分で自分の体を見ているとかなりの違和感がある。

「性格悪いな…」

「それはどうも」

そこで像が消える。

「じゃあ、魔王様。お仕事お願いしますね」

そして、次に表れたのは、銀の髪の、神々しい女性。

「よい終焉を!」

虚空から聞こえていた声がその女性から聞こえ、自分の意識がなくなった。



「タカくん!! 起きてよタカくん!!」

遠いところでタカラの呼ぶ声がする。

「ふざけるなタカ!! こんなところで死ねると思ってるのか!!」

ユキヒトの叫ぶ声。知るかそんなの。

「タカくん!!」

うるさい。俺は眠たいんだ。

「タカ!!」

うるさい。静かにしてくれ。


急に視界が明るくなり、朧気に、目の前の様子が見えてくる。

「…タカラ? ユキヒト…?」

何故か目を潤ませた二人がせがむように見つめている。

「タカくん!!」

だが、タカラの顔が明るくなる。

「タカ!!」

 ユキヒトの憎いが綺麗な顔が珍しく慌てていて、少し面白い。

その顔が近づいてきて…

「…あと五分…」

もう一度意識がなくなった。



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