ブラジル土産の謎
「なぁ次郎、ブラジルってそんなにいい国か?」
船引太郎警部の妙な質問に弟の次郎は困惑した。
「突然なんです?」
「いいから答えろ。ブラジルはそんなにいい国か?」
訳の分からぬままに次郎はとりあえず質問に答える。
「まぁ……人によるんじゃないですか?
僕は格別行きたいとは思いませんけどサッカーファンならスポーツ観光にいいかもしれません。
近年のサッカービジネスは欧州の一人勝ち状態でかつては強豪で知られた南米リーグも選手を引き抜かれて
往年の強さを失っていますがサポーターの熱狂的な応援は今も健在だそうですよ」
「ふぅむ、サッカーねぇ……」
ドリンクバーのアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら太郎は唸る。
「突然どうしたんです、仕事人間の兄さんがブラジルだなんて。サンバでも踊りたくなりましたか」
「これも仕事だ。いや仕事の後始末というべきか。
1週間前に空港近くで起きた強盗殺人を覚えているか」
「………兄さん、今日っていつも捜査に協力してる僕へのねぎらいとして夕食を奢ってくれるって話でしたよね。
そこでまた事件の話を切り出すのは騙し討ちというか」
「まだ注文した飯も来てねぇだろうが。細かいこと言わずに付き合え」
こうなった兄への反論はするだけ無駄だと長年の付き合いでよく分かっている。
次郎はわざとらしくため息をついてから先週のニュースの記憶を掘り起こした。
「珍しい事件だったから覚えていますよ。
空港から自宅へ帰る最中の被害者のフェラーリに半グレが後ろから追突して強盗を働いたんですよね。
でもあの事件なら解決済みでは?
現場近くにいたパトロール警官が犯行を目撃、ナイフで襲いかかってきた犯人を射殺したはずです」
「お前の言う通りこの事件の捜査はもう終わってる。
現行犯で犯人も明確、その犯人の半グレにしても死んじまってるから事情聴取のしようもなしだ。
だがこの事件、どうにも腑に落ちないところが多い」
「というと?」
「犯人が空港帰りの被害者を襲ったところまではいいとしよう。
フェラーリは誰もが知ってる高級車だからな。
海外から戻ってきた金持ちならスーツケースの中に金目の土産が入ってるはずと考えるのもまぁ分かる。
実際には被害者の前田光秀は車狂いの雑貨屋店主でフェラーリもローンで買ったものだったけどな。
気になるのは犯人がわざわざ前田のことを殺してるってところだ」
「普通に考えるなら口封じですよね。
金品目的の強盗でそこまでするケースは日本じゃ稀ですが犯人と前田が顔見知りだったならありえます」
「犯人と前田の接点は見つかってないが仮に顔見知りだとしてもおかしいことに変わりない。
検死の結果によると前田は追突された衝撃で意識を失っていた可能性が高いそうだ。
しかも犯人は目出し帽を被っていた」
「顔を見られたので殺した線は薄いと。確かに妙ですね」
「もう一つ妙なのがブラジルだ。被害者はこの半年で6回もブラジルに行っている。
月1ペースだぞ、流石におかしいだろ」
「現地に日系ブラジル人の親戚がいるとか?」
「調べたがそういう事実はなかった」
「それなら仕事では?雑貨屋なら現地の商品を仕入れたりもするでしょう」
「確かに被害者のスーツケースにはTシャツが10枚ほど密封パックされてたが
ブランド物でもないTシャツをそれっぽっち仕入れても採算が取れねぇだろ。100枚だって無理だ」
「日本から見てブラジルは地球の裏側ですからねぇ。
往復するだけで軽く20万はかかるはずですよ」
ここで注文していたハンバーグステーキとビーフカレーが届き二人の会話は中断された。
高級志向のファミレスだけあってハンバーグの肉質はしっかりしている。
人気探偵Vtuberとして公務員である兄の10倍以上の年収を稼いでいる次郎だが
生来の性格と職業病からモニターの前を離れるのが億劫でちゃんとした外食をする機会は少ない。
普段の冷凍&レトルト食品よりワンランク上の味を堪能していると
既にカレーをペロリと平らげてチキンステーキを追加注文した兄が捜査会議の再開を目線で要求してくる。
「えーと、それで何でしたっけ」
「被害者がブラジルへ何度も行く理由が分からないって話だ」
「そうでした。兄さんはまだ分からないんですか?」
暗に自分はもう分かったことを告げる弟の頭の回転の速さに舌を巻きつつ
それをすぐに明かさずもったいつける意地の悪さに船引警部は渋面を作る。
まったく、名探偵ってやつはみんなこうなのか。
「デザートも奢ってやるから早く真相を教えろ」
「仕事ですよ。前田光秀は仕事のためにブラジルへ行っていたんです」
「はぁ!?その線は無理だと飯が来る前にお前も認めただろうが」
「僕が言ったのは往復するだけで20万はかかる旅費をブランド物でもないTシャツを売ってペイさせるのは無理だってことです」
「同じことじゃねぇか」
「売るのがTシャツでなければペイするし、命を奪われる理由にもなるんですよ。
遺品はまだ警察で保管されてますよね?
スーツケースの中にあったTシャツを鑑定すればコカインが検出されるはずです」
「コカイン!?」
「衣類に薬物を染み込ませて運んでから密輸先で抽出する。
南米の麻薬カルテルの得意技です
最新の検査装置には通用しないはずですが犯罪の世界も日進月歩ですからねぇ。
密封パックかTシャツ、あるいはその両方に検査をパスするための仕掛けがあるのかもしれません。
あるいは技師を買収して一部のセンサーをごまかしているのか。
いずれにしろ調べておいて損はないと思いますよ。
もっとも僕の推理が当たっているなら担当するのは兄さんたち捜査一課ではなく組織犯罪対策課でしょうけど」
「犯人の半グレは単独の強盗犯ではなく組織の命令を受けたヒットマンだったってことか」
「通常この手の密輸は何度も同じ人間は使わないんですよ。
当局にマークされる可能性が増しますからね。
高級車のローン返済に苦しんでいた前田は当初1回限りの裏バイトとして仕事を引き受けたが
麻薬ビジネスの儲けの大きさに欲がくらんで自分で直に取引しようと目論んだ。
それが貴重な密輸ルートを危険に晒す組織の逆鱗に触れる行為だと考えもせずに」
「そして消されたか。筋は通るな。
実は前田は数ヶ月前に店と自宅を担保にかなりの額の借金をしてるんだ。
車道楽か雑貨屋の経営に使う金だと思っていたがコカインの仕入れに使ったのかもしれん。
そうなると前田の家にあった意味不明のメモのことも真剣に考えてみないとならんな。
次郎、これなんだが………」
画面を見せようと差し出す兄の携帯を次郎は両手を前に出して遮った。
「はいストップ。話の続きはデザートを食べてからにしましょうよ。
急がなくてもメモは逃げたりしませんよ。
それにドラマにもなったベストセラー小説のタイトルにもこうあるでしょう?」
船引太郎は次に弟が何を言うのか見当がついた。
テーブルに置かれたチョコレートパフェを前に兄弟の言葉が見事に重なる。
「「謎解きはディナーのあとで」」




