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『大雨の帰宅路』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/14

いつもの帰り道のはずだった。


その日は、朝から雨が降っていた。


最初は、いつもの雨だと思っていた。


多少強いけれど、仕事が終われば普通に帰れる。


自宅までは、いつもなら一時間半。


混んでいても、二時間もあれば着く。


まさか、その帰宅に八時間もかかることになるなんて、家を出たときの私は知る由もなかった。


仕事を終え、いつもの国道を走り始めた。


雨は、さらに激しくなっていた。


ワイパーを一番速くしても、前が見えにくい。


そして、突然――


空が真っ白になった。


直後、地面から突き上げるような轟音が響いた。


「落ちた……」


思わずアクセルから足を離した。


雷は遠くで鳴っているような音ではなかった。


明らかに近い。


何度も空が光り、そのたびに数秒も置かずに轟音が響く。


また光った。


今度は、すぐ近く。


車の中まで振動したように感じた。


怖かった。


それでも、止まる場所もない。


前へ進むしかなかった。


しばらく走ると、道路の様子がおかしくなった。


前方に、何台もの車が止まっている。


渋滞かと思った。


けれど、近づいてみて、その理由が分かった。


道路が水没していた。


雨水は道路を覆い、どこからが路肩なのかも分からない。


さらに、その先には放置された車が何台もあった。


動かなくなったのだろう。


車線を塞ぐように止まっている車。


ハザードを点滅させたままの車。


その光景を見て、ようやく事態の深刻さを実感した。


これは、ただの大雨じゃない。


災害だ。


その瞬間にも、空が光った。


ドンッ――!


また近くで雷が落ちた。


一瞬、車内まで真っ白になった。


心臓が跳ね上がる。


こんな状況で、この先へ進んでいいのか。


そう思った。


けれど、後ろにも車が連なっている。


前にも進めない。


横道を見ても、どこへ抜けられるのか分からない。


しかも、この先に別の道はない。


迂回路らしい迂回路もない。


しばらく動かない車列の中で、スマートフォンの地図を確認した。


雨は降り続いている。


雷も鳴り続けている。


そして、道路は少しずつ水に覆われていく。


このままここにいるのも怖い。


私は、国道を諦めることにした。


そこから、長い長い帰宅への道のりが始まった。


知らない道へ入り、また行き止まり。


別の道へ回れば、そこも放置車両で通行不可。


地図アプリの通行止めの表示を見つけ、迂回路をまわる。


また別の道を探す。


その間にも、雷が何度も落ちる。


空が光る。


雷が雨雲の中に何本もの光の線を一瞬でえがく。


轟音。


光と共に身体に感じる、ビリビリとした感覚。


怖い。


近くで落ちるたびに、車の中で体が強張る。


道路脇の側溝や歩道の境目すらもう見えない。


水がどこまで深いのかも分からない。


高いところへ、高いところへと迂回した。


暗い雨の中、雷が落ちるたびに周囲の景色が一瞬だけ昼間のように浮かび上がる。


その一瞬だけ見える水浸しの道路が、かえって怖かった。


何度も地図を確認した。


何度も、


「こっちなら行けるかもしれない」


と思って進む。


そして、そのたびに思い知らされる。


普段なら何気なく通っている道が、簡単に通れなくなった。


当たり前に帰れると思っていた家が、遠い。


途中で何度も、


「今日、本当に帰れるのかな」


と思った。


疲れていた。


怖かった。


それでも、車を止めるわけにはいかない。


少しずつ、少しずつ、自宅に近づいていく。


いつもなら一時間半ほどの道のり。


それが、この日は八時間。


八時間かけて、ようやく家にたどり着いた。


車を降りた瞬間、力が抜けた。


玄関を開ける。


見慣れた家の中。


いつもなら何とも思わない景色なのに、その日は妙に安心した。


「帰ってこられた……」


ただ、それだけだった。


いつもの一時間半が、八時間になった。


大雨も、冠水も、動かなくなった車も、そして何度もすぐ近くに落ちた雷も。


全部が重なった、長い八時間だった。


空が真っ白になって、直後に響く轟音。


水に覆われた道路。


動かなくなった車。


そして、いつまで経っても見えなかった自宅までの帰宅路。


あの日、初めて思った。


「家に帰れる」ということは、当たり前じゃない。


無事に帰ってこられた。


それだけで、十分だ。

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