婚約者の幼馴染
婚約者とのお茶会で、幼馴染の令嬢を紹介された話。
半年前、わたくしキャサリン・ウォルシュは、同格の子爵家の嫡男と婚約を結んだ。
婚約はいずれ両親が決めることだと漠然と考えていたが、いざ現実となると、自分が大人になった気がして胸が高鳴ったのを覚えている。
兄には三年前から婚約者がいて、仲良く過ごしている。わたくしにもとても優しい方で、結婚式はまだ先だけれど「お義姉様」と呼ばせていただいている。
父と母も、お互い愛情を持っているのが娘のわたくしから見てもわかるくらい。
だからわたくしも婚約者と良い関係を築けたらーーと考えていたのだけれど。
これは一体どういうことなのかしら?
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婚約者同士の交流のお茶会は互いの家で行っていて、今日は婚約者のお屋敷にお邪魔している。
整えられた庭に設けられた席が 3 つ。婚約者のヘンリー・ヒル様と、見知らぬご令嬢がいた。
「ご機嫌よう、ヘンリー様」
「やあ。ようこそ、キャサリン」
ヘンリー様は笑顔で挨拶して下さったけれど、立ち上がる気配がない。わたくしも笑顔のまま立っているしかない。
「…コホン」
ここまで案内してくれたヒル家の執事のわざとらしい咳払いで、ようやくヘンリー様が気づき、慌てて立ち上がって椅子を引いてくれた。
紳士的な振る舞いができる方だと思っていたのに、少し残念…。
「キャサリン、こちら僕の幼馴染のエミリー。仲良くしてくれると嬉しい」
「こんにちは!」
「初めまして。キャサリン・ウォルシュです」
ヘンリー様とエミリー様が仲良く話しているのを見ながら、用意された紅茶を口にする。お二人とも楽しそうだけれど、どうしたらいいのかしら…。
心なしか、ヒル家の執事も控えている使用人達も少し表情が固い。
先月、ヒル夫妻から「来月から領地の視察に行く」とご挨拶があったから、今日はご不在のはず。ご両親がいらっしゃらないから、ヘンリー様が独断でエミリー様を招き入れたのかしら。この半年間、お目にかからなかった方だし。
エミリー様が延々と話し続ける上に、こちらに話題を振ってもくれないので、何も言えない。わたくし、ここにいる意味があるのかしら…。
「あの、ヘンリー様。エミリー様をきちんとご紹介いただけますか?」
ようやく二人の会話が途切れたところで、口を挟んだ。
「え? 最初に紹介しただろう?」
「『幼馴染』だけではわかりませんわ。エミリー様の家名と、ヒル子爵家との関係を詳しく教えていただけます?」
「ああ、すまない。エミリーはガーデン男爵家の令嬢だ。我が家とガーデン家は領地が隣なんだよ。幼い頃から、エミリーは僕の大切な存在でね」
ヘンリー様の言葉が答えになっていなくて、溜息を吐きそうになる。
「いえ、わたくしとガーデン様が仲良くしなければならない理由が知りたいのです」
家名がわかったので、エミリー様を「ガーデン様」と正しく言い直す。男爵家とはいえ失礼だったわ。
「キャサリン様、わたしのことが気に入らないの?」
「そうではなくて…」
傷ついたとばかりに瞳を潤ませるエミリー様の態度に、溜息を飲み込む。
「ヒル夫人から、婚姻後に親交を持つべき家については伺っています。ガーデン男爵家は含まれておりませんでしたので」
涙目のエミリー様がピシリと固まった。
「え、いや、キャサリンだって家の利益と関係なく友人はいるだろう? だからエミリーともそうなって欲しくて」
「わたくしの個人的な交友関係については確かにその通りです。ですが、それはわたくしが決めることでは?」
「だからエミリーとも仲良くして欲しいんだ」
「何故ですか?」
「えっ?」
ヘンリー様まで固まってしまったわ。
「あの、今日は婚約者同士の交流会ですよね?」
「あ、ああ、そうだね」
「本来ならば、わたくしとヘンリー様、二人の茶会のはずです。事前の説明もなく同席している女性を『幼馴染』と曖昧な表現で紹介され、特別な理由もなく『仲良くして欲しい』と言われても困ります」
「それは…」
「やっぱりわたしのことが気に入らないんじゃない!」
「わたくし、初対面できちんと挨拶できない方に好感を抱くことも、仲良くなりたいと思うこともありませんわ」
「…っ!!」
二人とも黙ってしまった。仲良くして欲しいというなら、最初からそれなりの対応をしてくれたらよかったのに。
「でも! キャサリン様はヘンリーが好きで、ヘンリーと結婚したいんでしょう?! なら、ヘンリーの言うことを聞くべきだわ!!」
激昂したエミリー様に、今度こそ溜息を吐いてしまった。ああ、淑女失格だわ。
「わたくし達の婚約は、政略を前提としたものです」
「何それ?! ヘンリーが好きじゃないってこと?!」
「婚約してからまだ半年しか経っておりませんので、明確な好意があるかと聞かれると…。ヘンリー様にお会いしたのも、婚約が成立したときが初めてですし」
「つまり好きじゃないのね?! 婚約者なのに酷いじゃない!」
「今は好きだという気持ちがなくても、お手紙や茶会を通して仲を深めていきたいと思っていました。ヘンリー様も同じお考えだと思っていましたが、違うのですか?」
「そうなの? だったら婚約しなくてもよかったじゃない」
「ちょっと待って、エミリー。それは親が決めたことだから…」
エミリー様はヘンリー様がお好きなのかしら? だからって、こんなに怒らなくてもいいと思うけれど…。
「キャサリン、君と僕との婚約は確かに政略だ。この婚約がなくなったらキャサリンだって困るだろう? だから、僕の言うことを聞いてくれないかな?」
なんとかエミリー様を宥めたヘンリー様が居住まいを正して言ってきた内容に驚く。ご両親から婚約の内容を聞いていないのかしら? いえ、そんなはずはない。
「困りません」
「え? 婚約がなくなったら、君の嫁入り先がなくなるんだよ?」
「確かにそうですが、子爵男爵などの下位貴族の数は多いです。婚約を結ぶのも高位貴族とは違って遅いですよね。わたくし達もそうでしたし」
「そうだけど…。でも、我が家とウォルシュ家との事業だってある」
「確かに、事業提携のお話はあります」
「ほら! そうだろう?」
得意満面に言われても…。
「ヒル子爵領で取れる果物を我が家の技術で加工できないかというお話だったので、両親は子供の婚約までは必要ないと言ったそうです。ですがヒル子爵家としては、これを機に領の特産品を広めたい思惑があって、婚約に至ったと説明を受けました」
「え…」
「婚約の契約書にも目を通しましたが、書類の内容と説明されたことに齟齬はありませんでした。
ヘンリー様はどういうご理解だったのですか?」
「婚約がなくなれば、君も君の家も困るかと…」
「困るから、わたくしがなんでも言うことを聞くと思ったのですか?」
「う…」
「それで何故ガーデン様と仲良くして欲しいと言われるのかわかりませんが、今の時点ではお断りします、としか申し上げられません」
「…」
「ちょっとヘンリー! どういうことよ?!」
「いや、僕だって知らなかったんだ!!」
顔を真っ赤にしたエミリー様が立ち上がり、ヘンリー様に食ってかかっている。
本当に何がしたいのかしら、この方達。
もう今日はお暇したい…。建設的なお話はできそうにないし、わたくしも念の為、お父様に確認を取らなくては。
ちら、と控えている使用人に視線をやると、そっと椅子を引いてくれた。
「ではヘンリー様、ガーデン様も。本日はこれで失礼します」
立ち上がり一礼して、場を辞すご挨拶をする。
「えっ? ちょっと…!」
ヘンリー様が何か言いかけたみたいだけれど、エミリー様の大声で聞こえなかった。うん、聞こえなかったわ。帰りましょう。
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後日、ウォルシュ子爵家とヒル子爵家で話し合いが行われ、キャサリンとヘンリーの婚約は白紙となった。事業提携は契約内容を見直し、規模を縮小しつつも結ばれることになる。
エミリーは嫁ぎ先がなかなか決まらずに焦っていたそうだ。騎士爵の男性との縁談が持ち込まれ、それよりは貴族の妻もしくは愛人がいいと目論み、幼馴染のヘンリーを狙ったらしい。
ヘンリーもエミリーの甘言にのせられ、キャサリンにエミリーを受け入れさせようとしたが、まだ恋も芽生えず愛も育っていなかったキャサリンには全く意味がなかった。
なお、このことは本人には知らされていないので、未だにキャサリンの中ではヘンリーとエミリーは「理解できない二人」という認識になっている。
キャサリンはヘンリーとの婚約が白紙になった後、商会の跡継ぎの男性と婚約した。ウォルシュ家の技術で産み出された商品を広く流通させたいと考えていたキャサリンには、ぴったりの婚約であった。
両親はキャサリンに嫁いでからも貴族でいて欲しかった為、ヒル子爵家との縁を結んだのだが、相手の嫡男がここまで愚かだったとは想定外で、ひどく落胆。キャサリンが家の利益が大きい商会との婚約を願ったのを、快く認めた。
より家に貢献できる婚約を結んで幸せなキャサリンにとって、その後ヘンリーとエミリーがどうなったのかは与り知らぬことである。




