表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

正体不明の敵のサイレントインベージョンに日本の対抗策とは?

 いよいよ侵略行為が明るみになり、政府の中心にまで入り込んだ侵略者たち、どのように彼らを排除し、敵基地本部を叩くのか。そして彼らの目的とは?


第七章  市役所攻防戦



 緊急のニュース速報が、日本国中に流された。。


「ここで緊急速報をお届けします。つい先ほど総理大臣が緊急記者会見をし、突如、緊急事態宣言を発令されました。なお、内容は次の通り、まず、マスク関連法すべてを撤廃する。併せて、宣言発令と同時にマスク規制の全面解除、国民の皆様にはただちにマスクを外すよう指示されました。繰り返します。総理大臣による緊急事態宣言がされました、ただちに国民の皆さんはマスクを外すようにと・・・え? ・・・はい? ・・・私もですか? ・・・えっと、いや・・・。その・・・」


 アナウンサーは逃げようとしたが、スタッフに捕まり、無理やりマスクを取られると、その顔に驚いたスタッフがドン引きする中、苦しんで倒れた。


 このような感じで、テレビ、ネット、SNS等でもマスクの即時全面解除が首相の名前でもって発表された。


 街中の男女のカップルも、

「へえ、マスク取っていいんだって」

 そう言って、女はマスク取るが男は一向に取らない。

「何してんの、あんたも取りなよ」

 ふざけるように男のマスクを女は取るが、そこにあったのは人の顏ではなかった。

「きゃあああーっ! いやぁっ! いやあああーっ! 」

 悲鳴を上げるが、男はその中で、苦しそうに倒れ込み、動かなくなった。


 同様な事態が東京の至る所で起きて行く。

 悲鳴が飛び交い、一気に民衆はパニック状態になる。




 問題の武蔵山市役所では、正面口に陸上自衛隊、特殊作戦群第4中隊150名が待機していた。

 本来、200名の中隊であるが、50名ほど奴らに浸食されていた。

 特殊作戦群第4中隊は市街地制圧戦に特化した部隊である。

 指揮所のテントが設置され、隊長が無線を使っている。

「こちらアルファ1、これより武蔵山市役所に突入する、送れ」

「こちらベータ、通用口確保完了、送れ」

「よし、アルファ1突入開始」

「こちらアルファ1、市役所内、誰もいません。無人ですっ! 」

「こちらベータ、そんなわけはない。包囲前には職員併せて最低でも1000人近く中にいたのは確認できている、送れ」

「どこにも逃げ道はないはずだ。良く探せ。送れ」

「各階くまなく探索したが、完全に無人です。送れ」


 隊長は、無線を離してから、頭を抱えた。

「そんなバカな。どこに消えた」

 確かに千人くらいの人間が市役所庁舎内にいたことは確認できている。その中で、どれくらいが人間で、どれくらいが奴らかまでは確認できないが、確かに居たはずなのに、忽然と消えたのだ。

「ん? ・・・くそっ!ちくしょうーっ! ・・・総員退避―っ! 」

 突然、モニターからの音声に無線を戻す。

「どうしたぁ? 」

「館内に有毒ガス発生っ! やられました。トラップです」

「ええいっ! 一旦、退避っ! 総員に防護マスクの着用の後、再突入する」

 中隊各隊員は一旦屋外に退避し、防護マスクの着用を終えて、庁舎に再突入した。

「アルファ2、突入再開! 館内、依然無人。民間人及び敵も確認できません。送れ」

 市役所庁舎はSRC造地上5階建、総延床面積でも10,000㎡もある。

 1階正面玄関から突入し、1階から順に各フロアーをくまなく捜索して行く。

 1階から2階までは問題なく進み、残るはその上、3階、4階は市議会議場や議員会館、最上階5階に市長室がある。


 隊長も中の人間が全員忽然と消えるはずも無く、庁舎の隣に市民ホールがあるが、そこへの移動は地上でしかできない。そうなると最も怪しいのは市議会議場と5階の会議室など大人数を収容可能な空間がある。

「3階到達。これより議場に入る。送れ」

 緊張が走るが、見つけてしまえばたとえ大人数でも対処は十分可能だ。とにかく、拘束しマスクさえ剥いでしまえばいいのだ。

 武器の所持も考えられなくもないが、その点においても全く問題ない。

 唯一の問題点は、人間と奴らの区別がマスク越しではできないことだった。

「・・・こちらアルファ2。議場内も無人です」

「ガスはどうか? 」

「ここにもガスが充満してます。こりゃもう、館内全部と言っていいでしょう。 送れ」


 まあ、館内一円ガスによる攻撃をしてきている以上、人間がいても困るのだが、だとすると、本当に館内に大勢いた者たちはどこに消えたというのだろうか。


 その時、突如、小銃の発砲音が響いた。無線からだけでなく庁舎の外からでも聞こえて来た。しかも、一か所だけでなく数か所から一斉にである。

「ぐわああっ! 」

 無線から、誰か被弾したのか、至る所から悲鳴が聞こえて来る。

「背後から敵襲っ! ・・・いや? 味方? ・・・おま・・・」

 館内において銃撃戦が始まったが、敵がどこから撃って来ているのかがわからない。どう考えても味方の方から襲撃されているようだ。

「おいっ! どうした? 応答しろっ! 」

 館内は混乱し、まともに状況の把握もままならない。

 敵はいつのまにか、味方に紛れ込んでいたようだ。

「・・・マスクだ・・・。奴らそれでガスを」

 そう、誰もいない館内にガスを放出させたのは、単なる罠ではなかった。本当の目的は、防護マスクを装着させることで敵味方の区別をしづらくさせて、隊員に紛れて攻撃することにあったのだ。

「3名負傷! 敵が数名、同装備で紛れています。識別困難っ! 」

 次々に被害報告が伝えられる。

「隊員は全員マスクチェック済のはずだ・・・。奴ら、どっから紛れ込んだ? 」

 庁舎内の人間が消えたと思ったら、今度はどこからともなく湧き出て来る。

「アルファ2、敵兵の対処に当たれ。ベータ、裏口から突入開始。どこかに隠し部屋か抜け道が存在すると思われる。探し出せ」


 体はいくらでも用意できるとすると、奴らは自衛隊に入り込んだ狙いは武器弾薬と装備品の奪取か。 

 いや、隊員と言えど、装備品等は持ち出せない。おそらく装備品をコピーしたのだろう。どちらに

してもマスク同士では識別ができない。しかも、奴らは抜け道を巧妙に使って出たり入ったりを繰り返し攪乱して、攻撃をしてきている。


「増員もできんな。下手に死傷者を増やす事になる。・・・撤退させろ」

 隊長も頭を抱えた。手の内打ちようがない。

 ガスが消えて、マスク無しで庁舎内に入る以外ないが、当然、そうなれば、奴らは引っ込みただの無人となるだけだ。

 隊員たちが、その時に抜け穴の捜索にかかっていても、いつまたガスが放出されるかわからない。これでは、いつまで経っても堂々巡りの繰り返しだ。

「くそっ! 」

 無線機のマイクを叩きつけた。


 明らかに奴らにとって本丸はこの武蔵山市役所であることは間違いないだろう。だからこそ、必死に抵抗している。

 しかし、未だに奴らの対処法はわかっても、如何ほどの科学技術力を有しているのか、大量の人間をどこに収容しているのか、この市役所のどこに抜け道があるのか、とにかく不明な点が多すぎる。

 奴らの狙いすら、正直定かではない。

「すべてにおいて、後手後手だ」

 こういう事態を奴らは十分考えていたのだろう。

 準備が周到だ。

「勝てるのか? 」

 

 そんなところへ、指令テントに多田と若葉が隊員に伴われ、登場。

「お困りですね、隊長さん。うちの子はどうですぅ~。かなりお役に立つと思いますよぉ~、今ならお安くしときますよ、旦那ぁ~」

 空気も読まず隊長に向けていやらしい売り込みする多田を若葉は容赦なくはたく。

「いやらしい売り込みすんなっ! タダばばあっ! 」

「オオタだよっ! 誰がただのババアじゃっ! 」

 さすが、士官クラスの隊長となると落ち着いたもので、

「こちらは? 」

と冷静に対応した。尋ねられた隊員が、

「小野田一尉より、こちらの伊藤若葉さんを是非使って欲しいとの事です」

「・・・小野田が」

「私、マスク越しでも識別できます。理由は言っても信じてもらえませんが」

「まあ、あの小野田の推薦であれば、そんな所だろう。モニター越しでも識別可能ですか? 」

「・・・自信はありません。肉眼で見るのが一番正確かと・・・」

「・・・わかりました。あなたは一市民です。危険な前線にはお連れできません。折角のお申し出ですが」

「じゃ、モニター越しでもやってみます」

「お言葉ですが伊藤さん。それが正確でないとすれば、下手すれば仲間を誤って撃つことになりかねない。無傷で制圧できても、マスクを剥いでしまえば、ガスに晒すことになる」

「・・・じゃあ、どうすんのよ? 」

 多田が口を開いた。

「八方塞がりで手の打ちようがないんじゃないの? 藁にもすがりたい状況で、何、綺麗ごと言ってんのよ。この状況でただ突っ込んでも、無駄に兵力削られるだけなんでしょ。強がりも綺麗事も抜きにして、作戦成功を優先すべきじゃないの? 」

 隊長は、少し黙って、

「我々がついて警護します。ただ、それでも守り切れるか保証できません。それでもご協力願いますか? 」

 隊長は、非常に短い時間の中で、不測の事態となった場合の責任をすべて負う覚悟で、より確実な方法を選択した。

 若葉を優先して、不確実なモニター越しを選択して隊員を危険に晒すより、若葉を危険な場所に晒しても確実性を取ったということだ。

 ただ、科学的な根拠どころか納得できる説明もなく口だけで奴らを識別できるということを、鵜呑みにする隊長の判断は正しいのかという問題もある。

 そこはもう、小野田の推薦ということ一つで信用したのだ。

 自衛隊内で、小野田という男がどのように思われ、どのように信用されているか、ということに尽きる。

「構いません」

 若葉は隊長の問いに間髪入れずに即答した。

「いいでしょう。では、付いて来て下さい」

 隊長はそう言うと、

「俺も出る」

 と隊員たちに言った。



 

 隊長らの警護の下、若葉が周囲をゆっくりと回りながら見て、庁舎正面玄関より突入する。撤退後、再び無人となっているはずである。

 正面玄関で待機していた5個小隊が先行し、隊長と若葉らは、その一番後ろで小隊の動き全体を見るようにする。

 1階の探索を終え、2階へと上がる。

 各小隊は、一定距離を開け、ばらけずに一列に進む。

 つまり、常に各小隊の背後を監視できるようにして、紛れ込むことを防いだ。

 そうなると最も取り付きやすい小隊は最後列の小隊である。


 2階から3階へと上がる階段に差し掛かった時、後ろに付いた自衛官に若葉が反応して隊長にサインを送った。

 隊長は隊員に手で指示を送る。

 しばらく警戒して進みつつ、最後尾の自衛官の背後に隊員がそれとなく回り込んで、突如小銃を使って、両手含めて羽交い絞めにして、すかさず隊長がマスクを剥ぎ取る。

 すると、取られた自衛官は苦しみだして倒れた。

「ニセモノ? 」

 若葉が少し心配そうに言った。

「待て、ガスによるものかもしれん。顔を確認しろ」

 隊長の指示に、隊員が確認すると、

「間違いありません」


 若葉の目はマスク越しでも確実に奴らを視認できることが証明できた。

 あとは手筈通り、見通しの効くホール内で小隊を散開させた。

 わざと紛れ込みやすい状況を作るのだ。

「よく見ててください。このままでもイタチごっこになる。奴らがどこから出て来たかも見極めて下さい」

 隊長からはそう言われ、「はい」とは答えてはみたものの、そこまではさすがに厳しい。この目は結構集中を要するのだ。そんなところまで気が回らない。


 しかし、出るわ出るわ。ここまで来るとほぼシューティングゲームの敵キャラのように、至る所から湧き出て来る。

 若葉は隠れて見つつ、サインを隊長に送り、隊長が小隊に指示を出す。

 奴らは当然ながら、どこかで監視している。そうでなければ、このような芸当ができるはずがない。

 館内にある監視カメラ等は通用口を押さえた部隊が当然守衛室を押さえて監視カメラもモニターも確保したが、すでにデータも消されて稼働していなかった。

 つまり、全く違う監視システムが稼働しているのだろう。

 それを使って、常に奴らは見ている。

 そうなると、若葉の存在を知られるわけにはいかない。若葉の指示によって排除されていることに気付かれてはいけなかった。

「今で5体目か。これで最後と思いたいもんだ。どうです? 奴らの出所、何かわかりました? 」

「・・・正直、あれだけバラついて出て来られると、見当もつきません。まるでゴキブリですよ。どんな所からでも出て来るんですから」

「ゴキブリか・・・。言い得て妙・・・てところですね。ふと気配を感じて部屋の隅っこ見ると、奴らいるんですよね」

「・・・隅っこ? 」

 若葉がピンと来た。と同時に若葉の言葉を聞いて隊長も同じく気づいた。

 ホールは庁舎中央にある。ということはそれに通じる左右の棟内廊下に繋がるいずれかの場所に奴らしか使えない抜け道があるということになる。

 しかし、最初の突入時において、最低でも2階まではくまなく探索し、各部屋全てを確認済みである。どこにも、そんな抜け道となる出入口は確認できなかった。

 肉眼で見えない何かを使っている。もしくは、現代の技術で考えれば、光学迷彩によるカモフラージュの可能性もある。

「くそ。各隊、これより1階と2階において4方向に分け、再探索を行う。光学迷彩を使っているかもしれん。各員、視認だけに頼るな。送れ」

 

 若葉は、ずっと考えていた。

 何かが引っ掛かっていた。これまで、この市役所に入ってから、一点だけ妙に感じていたところがあった。いや、この市役所で感じていたことではなく、どうやら後々になって気になったことだった。

「あのっ、隊長さん。皆さんを一旦1階に下ろしてくれませんか? 」

「は? 」

「1階、2階で併せて4方向にばらけると、また紛れ込んでしまいます。私もさすがにそこまで見れません。確実な出所を見つけるまでは、私の視界の中に居といて下さい」

「それは確かにわかります。いいでしょう、そうしましょう。・・・各員、指示を変更する。全員1階正面ホールにて待機。・・・これでいいですか? 何か、思いついたんですか? 」

「まだ、確証とは言えませんが、ヒントらしいことは掴めました」

「・・・現段階でどこだと? 」

 1階への移動中に隊長は若葉に尋ねた。

「多分ですけど、かなり前からあいつらはその抜け穴みたいなものを使って、人目に付かずに出入りしていたと思うんです。まだ、この庁舎に普通に人間も多く出入りしていた頃から」

「はぁ」

「となると、特にこんな1階とか2階とかは人の出入りも激しいでしょ。端っこでも関係する窓口があるから人もいっぱい歩いてるだろうし、さすがに出入りするにも人目が付きやすいし、いきなり人が出てきたらそれこそおかしいでしょ」

「はぁ、ま、確かに」

「人目も付かずに、人の出入りがあっても特に気にならないところ。それに、奴らの肉人形だと内臓が無いって言うでしょ」

「はい。だから、やたら軽いということです」

「それもそうかもしれないですけど、要する内臓が無いということは、飲み食いは必要ないって事ですよね」

(さっきから、何を回りくどい事を・・・)

 何気に隊長も答えが分かって来たが、付き合うことにした。

「ということは、排泄も必要ないはずなのに・・・」

 若葉が言っていたのは、二度目の庁舎訪問時、佐藤の正体に気が付いてトイレに駆け込み、追って多田も来た後に、佐藤が何気にトイレに入って来たことだった。当然、彼女のその後の対応から考えて、若葉たちがいることを知って入って来たわけではないのはわかる。しかも、言うだけ言って、用も足さずにトイレを後にしている。

 いや、そもそも用を足す必要も無いのに、何しにトイレに来たのだろうか、ということだ。

 いよいよ長いので、隊長が結論を言った。

「つまり、トイレが怪しいと言う事ですな。・・・確かに、人の出入りが気にならない上に一人だけになる。監視カメラも個室にはないとすると、出て来るにしても、且つ、人を拉致するにしても打ってつ

けですな」

 1階ホールに集められた部隊と合流する間にも、3人紛れ込んで来たが、これをすぐに排除し、総員揃って、以前、若葉が駆け込んだ女子トイレに向かった。

 すると、その間においては紛れ込むことも無くなった。


 数名の警護と共に、若葉が女子トイレに入った。

 隊員がまず女子トイレ内の個室を手前から警戒しつつ、一つずつ確認していく。一番奥まで確認するが、特に変わった様子は見受けられず、何の変哲もない洋式トイレがある普通のトイレである。

「光学迷彩の可能性もある。何に入って確認しろ」

 小隊長が指示した。隊員は細心の注意と警戒を怠ることなく、ゆっくりと一番奥の個室に入って行く。体全体が入って、銃口で四方の壁を突っつき確認するが、特に変わった様子はない。

 順次、各個室を確認するが、特に変わって所を発見できなかった。

「おかしいな。絶対ここにあると思ったのに・・・」

 彼女の目で見ても、特におかしなところはない。

「すみません。最後、私が確認してもいいですか? 」

「わかりました。ただ、気を付けて下さい。異常を確認したら、すぐに言って下さい」

 隊員一名を警護に付けて、若葉が一つ一つ見て回った。

 確かに特に変わった様子はない。

 一番怪しいと思った、一番奥の個室に入った。

「やっぱり、気にし過ぎだったか」

 あの時は、やはり若葉たちの様子を見に来たのだろう。

 そう思って、ふと内開きになっているドアに手を掛けて、一旦、閉めてみようと思った瞬間、ドアの内側に異様なものが見えた。

 黒い靄のようなものが姿を現し、その靄の中に隊員たちと同じ格好の防護マスクを付けた奴がいるのが見えた。

 咄嗟にすかさず閉めかけたドアを全開に戻して必死に押さえつけた。

「いたぁっ! ありましたぁっ! ドアの内側ですっ! 」

「何っ? おいっ! 」

 隊員が、他のドアの内側をチェックする。

 若葉の警護担当の隊員が若葉をどかして、ドアの内側に回り来んだ。

「どうだ? 」

 隊長が声をかけると、各個室に入った隊員たちが出て来て、

「異常ありません」と口々に答えた。

 若葉の警護隊員も普通に出て来て、

「こちらも異常ありません」と答えた。

(は? )

 若葉は当然そう思った。

 異常が無いわけがない。この目で見たのだ。こいつは噓をついている。

「そうか・・・。くそ、外したか」

 隊長がそう言って、全員がトイレを出ようと踵を返したその瞬間に、若葉の警護担当の隊員が素早く銃口を若葉の顔に向けた。

(こいつ、やっぱりすり替わっている。てことは、今入った隊員みんなっ? )

とそんなことを気にかけている場合じゃない。コンマ数秒の事ではあるが、そんなことを考えてる間、銃口は自分に向き、今まさに引き金が引かれる瞬間だった。こういう時は決まってスローモーションに見えると霊たちからも聞いていたが本当だった。ここから順に走馬灯が見えるらしい。


(あ、死んだ)


 まさか、女子トイレみたいな所で銃で頭を吹っ飛ばされて死ぬなんて想像もしなかったが、持って生まれた能力のせいで、それなりに危なっかしい連中とも多少関わったせいか、結局、その能力が原因で殺されてしまう羽目になるとは・・・。

 覚悟は決まらなくても、もうすぐそこに望まぬ死が来ている。

 せめてと思い、目をつぶった。

 銃声がした。

 一発じゃなく、何発も。

 ああ、あたしなんか一発で死ぬんだから、そんなに執拗に撃たなくたっていいじゃない。そんなに恨み買うようなことした?

 と思っていたが、ようやく気が付いた。

 そう、思っていたことにである。死んでいたら、思うことも無い。

 若葉は、ようやく目を開けた。


 目の前に居たはずのなりすまし隊員はトイレの壁にもたれかかり、丁度今、隊員によってマスクを剥がされていた。

 他の個室に入ったなりすまし隊員たちもトイレの床にマスクを剥がされ倒れていた。

(あ、生きてた・・・)

と感動したのもつかの間、すぐに隊員たちに引っ張って行かれ、

「退避―っ! 」

 隊長の声と共に、総員が女子トイレを出て、最後に出る数名の隊員が手榴弾を数個投げ入れて退出した。

 隊長や隊員たちに無理伏せさせられると、


「ドカーンッ! 」


という激しい爆発音がして、塵やほこりが混じった煙が立ち込めた。

「大丈夫ですかっ? 怪我は有りませんかっ? 」

 なんか、死を覚悟した後に、若くて筋骨隆々の男たちに囲まれ、抱きかかえられ、抱き寄せられたりすると、今まで人を避けて生きて来たから、こんな経験が無かったりする。なんとなく、ご褒美のような至福の時と感じてしまって、少し顔を赤らめつつ、

「は、はい・・・」

と照れながら答えてしまった。

 そんな若葉はさておき、隊長は、即座に叫んだ。

「1階と2階のトイレを即破壊、封鎖しろっ! 」

 総員各小隊が分かれて、1階のもう一方のトイレ、そして2階と順繰り、破壊して封鎖した。

 敵にも若葉の正体がバレてしまった。

 出入り口の存在までバレてしまったとなると、3階・4階・5階の制圧ともなると、総力戦となるだろう。

 各トイレを封鎖して、人員を割いてしまうと、残数ではさすがに心もとない。前線に若葉を据えて、進んで行くのは大将首を先陣に出すのと同じで、愚策中の愚策と言えるが、若葉以外にマスク越しに奴らを見分ける方法が無い。

 それに抜け穴についても、同じだ。肉眼では、その穴を視認できない。これも若葉にしか見えないのだ。

 しかし、これ以上、民間人である若葉を前線に立たせるわけにはいかない。

「なんとか、我々でも見分ける方法を見つけなければ、何かないですか? 」

「そう言われても・・・。その質問って、どうやったら、霊が見えますかって質問されているのと同じですから」

「は? ・・・あの、おっしゃってる意味がよく分かりませんが」

(だよねぇ~)

 それとこれとは別なんだろうなと思った。

「肉眼じゃ見えない・・・か・・・」

 ふと考えて見た。偽の加工写真や動画があふれているが、一応中にも本物の心霊写真や動画が存在している。

 霊に聞いてみても正直なんで映っているのか分からないと言うし、自分にしてみれば普通に見えるものなので、理屈について考えたことも無かったが、どうやら、カメラのレンズや何らかの科学的もし

くは性質的なことで、カメラだと映りやすいのかもしれない。

 若葉は、もう一度、本物と思える映像の特徴を考えて見た。

「肉眼じゃ見えません。なんか・・・、何でもいいです。例えば赤外線でも、暗視カメラとか」

「赤外線・・・? ・・・! 」

 隊長は何か思いついたようだ。

「そうだっ! 熱だっ! 奴ら内臓が無い。てことは、筋肉の集中する所は熱が高いが、内臓の集中する胴体は熱が低い。さらに、頭部は空っぽだ。本来、ほぼ熱が無い。しかし、通信を受ける端末だ

けは熱を帯びる。総員、赤外線ゴーグルを装着。これで、奴らを見分けられるっ! 」

「あ、でも、穴は・・・? 」

「理屈で考えれば見えますよ」

 隊長は暗視ゴーグルに切り替えて、改めてトイレ内にある穴を見た。

「やはりな。うっすらだが靄が見える。こちら、アルファ、目視では確認できない抜け道を発見できる。総員、赤外線ゴーグルを着用」

(ああ、なるほど、理屈は分からないが、これで私抜きでも戦えるってことか)


 もう少しイケてるマッチョマンたちに囲まれたかったが、隊長にしても素人の女に前線でウロチョロされるとさすがに迷惑だろうから、とりあえず、ここでお役御免ってことで解放されるなら、それはそれで良かったと思おう。



 市役所の攻防戦はまだ途中であるが、対抗策ができたことで、自衛隊が優位に立てるかもしれない。

 ただ、総力戦となると、近接戦闘においてマスクを剥ぐ以外、有効に奴らを無力化できないとなると、未だやや不利とも言える。

 銃火器等々、すでに奴らに相当コピーされている。

 ただ、不思議なのは実弾の方だ。

 さすがに実弾ばかりは、コピーという訳にもいかないだろうが、一体どこで手に入れているのだろうか。使用済みの薬莢すら一発残さず拾って再利用する貧乏な自衛隊から、相当数の実弾を盗み出すなどいくら隊員に成りすましても無理な話だ。

 しかも、使用銃器に合った弾丸など、外国からは手に入らない。


 謎は随時、明らかになって行った。




第八章  対策室



 首相官邸には、対策室が設置され、首相を中心に姿の見えぬ侵略者たちに対して国家の存立危機事態と認定し自衛隊の防衛出動を命じた。この対策本部を作戦本部とし、事態の収束を図る。


「なんだと? それは本当か? 」

 各セクションごとにもたらされた情報がどれも、そんな言葉を発するに値する驚くべき情報がもたらされていた。

「総理っ! 奴らの所持する銃弾の取得先が分かりました」

 国内の製造メーカーに例の「なりすまし」が紛れており、要するにそこから密かに横流しがされていたようである。それだけでなく、仕入と発注を請け負っていた問屋に、自衛隊内の補給担当もなりすましにやられていたことがわかり、相当量の弾が奴らの手に渡っているのが分かった。

「ちょっと、管理が杜撰過ぎやせんか・・・」

 そうぼやきたくなる位だった。


 さらに、防衛大臣にもたらされた新たな情報は、小野田たち別動隊からであった。

 またしても、

「なんだと? それは本当か? 」

 と言ってしまうほどの驚くべき情報だった。

「安岡君? どうした? 」

 もう何があっても怒らないよ、と言いたげに首相は尋ねた。

「・・・総理・・・。拉致された被害者の所在と奴らの本拠地と呼べる場所の特定に成功したようです」

「なんだってっ? よし、これで手の打ちようがあるっ! どこだねっ? 」

 本部内の空気が、かなり上がった。

 が、肝心の防衛大臣の方は、やや汗をかいていて、顔色も良くない。

「・・・それがその・・・、位置情報からしますと、北緯37度14分、西経115度48分30秒になりまして」

「もったいぶるなっ! それではわからんっ! 」

 首相も少しイラついたようで、声を荒げた。

「おいっ、そりゃあ、お前、日本じゃねえだろ? 」

 どかっと座って黙って聞いていた財前財務大臣がいきなり声を掛けた。

 官僚たちの中でも緯度を知ってる人間たちからは早速、どよめきが起こっている。


「財前さん? わかるのか? どこか? 」

 首相も、周囲のリアクションを見て、おそらく喜ばしくない情報だと思い始めたらしい。

「はい、財前大臣のおっしゃる通り、日本ではありません」

「では、どこだっ! 」

 閣僚の一人も声を荒げた。

「アメリカ合衆国ネバダ州リンカーン郡レイチェル、アメリカ空軍基地エリア51の地下施設です」

 安村防衛大臣は声を震わせ答えた。

 ほぼ、閣僚の全員が、

「何ぃぃぃーっ! 」と叫んだ。


 これを聞いてテンション高く喜ぶのは、「ムー」や「矢追純一」好きのオタクくらいで、そういうのとは無縁と言っていい、この本部内の政治家、官僚たちは、これがシャレにならないような事だと理

解している。

「本当か? ・・・間違いないんだな? 」

「こちらからも何度も確認しましたが、間違いないそうです。一部米軍関係者やCIA職員、ペンタゴンにも確認を取ったそうです」

「認めやがったのか? 奴らっ? 」

 財前もさすがのことに席を立った。

「ええ、認めざるを得ないでしょうね。何せ、そもそもは奴らから取った言質ですから」

「で、どうすんだい? 米国は? この落とし前をどうつけてくれるって? 」

 財前がいつになく安村防衛大臣に迫った。

 財前の勢いに気押されてしまった安村も、のけ反りつつも答えた。

「それが・・・、そのっ・・・」

「ああっ?! 」

 もう財前のすごい圧が安村に迫っている。

「奴らと米国との間で結ばれた協定によると、その地下施設は技術提供の変わりとして奴らに租借したものであるから、米国は一切関与していないと」

「な、なんだとぉっ! 」

「つ、つまり、当事者国はあくまで日本であり、事件も日本国内で発生していること、そしてその相手方は地球外生命体である可能性から、米国としても安全保障条約の適用範囲外だとっ」

「ふざけんなぁーっ! 」

 財前は安村の胸倉を掴んで、思いっきり持ち上げた。

 財前はもう80近い老齢である。どこにそんな力があるのか知らないが、とにかく、ここまで激高した財前を見たのは一同も初めてであった。

 締め上げた手をふっと離すと、安村はその場に尻もちをついて咳き込んだ。財前は間髪入れずに、今度は外務大臣に向かって怒鳴る様に言った。

「下川ぁ―っ! 」

 下川外務大臣は女性大臣である。もうこの段階で気を失いそうだった。

「はっ、はいーっ! 」

「ボサッとしねえで、国務長官のバカ野郎に今すぐコンタクト取れっ! 何が何でも米国を動かせっ! 何でもかんでもこっちがてめえらのケツ拭きをやると思ったら大間違いだっ! なめんのも大概にしろってな! 」

「は・・・はいっ! 」

「んでっ! 島田ぁーっ! 」

 次に激高する相手の名を叫んだが、はじめ誰の事か皆わからなかったが、この中で島田と言う名前は一人しかいない。

「は・・・はいっ! 」

 あまりの勢いについ返事をしてしまった。

 そう、首相だ。島田内閣総理大臣である。

 呼び捨てだった。

「てめえも、ボーっとしてんじゃねえっ! さっさと大統領にホットラインだっ! そっちがその気ならこっちにも考えがあるっって言ってやれっ! どうせ、閣僚のほとんどを奴らに攫われて、内閣総辞職は決定的だっ! 今なら何にも怖くねえっ! 言いたい放題言ってやれっ! 」

「はいぃーっ! 」

 首相も外相も追い立てられるように慌てて出て行った。

「ふぅ~・・・、さてと、安村」

「は、はい」

 財前はようやく気が収まったのか、また落ち着いて席に着くと、

「総理が、マスク解禁を宣言したのに、国民が一切マスクを取らねえって報告があったんだがよ」

「はい・・・。それは聞いてます。なんでも、言うこと聞いて、マスク取ったのは皮肉にも高齢者層でしたが、それもごく少数だったとか。ほとんどはマスクの解除宣言すらまとも伝わっていないようです」

「どう見る? 」

「は? 」

「テレビが既にオワコン? っていうのは聞いてたが、まさかここまで影響力がねえとは想定してなかったよ。おかげで、想定していたパニックも一時的でほぼ起こることなく、国民の中でも、俺たちが何してんのかさっぱり分かってねえと来たもんだ」

「奴ら、SNSで情報操作してますね。マスク解除宣言の会見映像をフェイクだと言って、すぐにフェイク動画を逆に流して誘導してます。ほとんどの国民は、その情報に踊らされて、マスク解禁すら知りません」

「奴らいつから、この計画を練っていたのかね? 」

「わかりませんが、小野田君や山本君たちの話だと、太古の昔からこの地球にいて人類の進化にも関わって来たと言ってますからね」

「勝てると思うか? 言って見りゃ神様みてえなもんだろ? そんな奴らに、この国だけで? 」

「・・・財前さん」

「いや、すまん。言ってみただけだ。奴らだって、これまでの動きを見れば、正直、穴だらけだ。全知全能の神様ってわけでもねえ。それに、本気でこの国乗っ取ろうって気があるのかすら疑問だ」

「・・・と申しますと? 」

「分かんねえのか? 奴らネットにいるんだろ? 本気で国盗りするなら簡単じゃねえか。なぜそうしねえ? 」

「サイバー攻撃ですか、でも、現に」

「ちゃちなSNSの情報操作じゃねえ。もっとできるだろ。〝ロスケ〟や〝シナ〟でももう少しドギツイ事するぜ」

「・・・確かに。国盗りじゃないってことですか? 」

「奴ら、本当か嘘か知らねえが、体が欲しいって言ってたんだろ? 」

「はい。山本君たちが訊いた時には、確かにそう言ったと」

「・・・案外、本音かもしれねえな」

「は? 」

「ただ体が欲しいってわけでもなさそうだがな」

「・・・はぁ・・・」

「で、一応サイバー攻撃に対する防衛策は用意してんだよな? 」

「はい、それなら「市ヶ谷」に」

「・・・ああ、新たに再編成された「サイバー防衛隊」だっけ? 人員まだ足りてねえんじゃないのか? 」

「相手が相手だけに、より精鋭を揃えてますが、小野田君と山本君から推薦を受けて、民間人ですが一人」

「一人ぃっ? ダメだろ。もっと集めろ。それこそ〝北〟やら〝シナ〟やらからしょっちゅう攻撃されてんので手一杯なんだろ。この際、ここで集めて優秀な奴を引き抜け」

「それがその・・・、その人一人で十分だと、逆に邪魔だから要らないと言われまして」

「邪魔? どこのどいつだ? 」

「隊員たちに聞くと、その世界では知らない人間はいないと言われる伝説の凄腕ホワイトハッカーらしいんです。今回の奴らの本拠地を突き止めたのも、CIAやペンタゴンにも確認を取ったのが、その彼なんです。・・・あの、ハンドルネームで〝DM〟って聞いたことあります? 」

「そっちは、俺は門外漢だ。知ってるわけねえだろ。なんだ? ダイレクトメールってことか? 」

「いいえ、何の略かは不明でして、「デビルマン」とか「デビル・メーカー」とか「ドラゴン・モンスター」とか呼び方も人それぞれでして」

「なんだ、その中二病みたいな名前はよ」

「本当にご存じないです? 小野田君も山本君も財前さんなら知ってると言ってたんですが」

「知らん」

「名前、大江って言うんですけど」

「あんっ・・・大江? 小野田と山本か・・・、あっ、あの大江かっ! 」

「やはり、ご存じでしたか」

「・・・そうか、あの大江か、なら納得だ。〝D・M〟ね。なるほど、そりゃ謎のままだろ」

「では、信用できると? 」

「ああ、人格と性癖はクセが強いが、腕前は間違いない。天才だ」



 噂の〝D・M〟こと大江は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地サイバー防衛隊本部にいた。

 何か手持無沙汰そうにしていたが、周囲のサーバー防衛隊の自衛隊員たちは異常に忙しそうにモニターに目が釘づけられ、カタカタとキーボード気ぜわしく叩く音が鳴り響いている。

 あちこちで、警報音が鳴っている。

 どうやら、日常的に他国とはいえほぼ特定した数か国からの執拗なサイバー攻撃の対応にてんやわんやのようだ。あちこちで防壁を突破されていた。

 大江は、それをずっと眺めつつ、一昔前の自分のいた会社の雰囲気とよく似た光景だと思っていた。

 IT系の会社だったが、ワンマン過ぎて、常にオーバーワークを強要されて、社員たちは、ここにいる自衛隊員たちと大して変わらず、昼夜問わず只管キーボードを叩きまくっていた。

 要するにブラック企業って奴だった。

(懐かしいな)

 そんなことを考えていると、通信が入った。

 山本からだった。

「山本さん。どうしたの? 」

「どうしたの? ってちゃんと仕事してる? 場所の特定だけで仕事終わってないからね。むしろ、こっからなんだから」

「よく分かってるよ。よく分かった上で言うけど、もう帰っていい? もういい加減、桜子さんから虫を見るような目で罵詈雑言浴びせかけられて暴力の限りを尽くされたいんだけど」

「帰るな、変態。もう少し、じらした方が帰ってからの当たりが強くなるし、彼女だって今頑張ってストレス貯めてんだから我慢しろ。ていうか、帰るな、仕事しろ。それで、どうなの? 」

「ちゃんと仕事してるよ。北朝鮮とか中国とかロシアとか、方々から攻撃受けてる中でしれっと混じって仕掛けて来てる。全部、迎撃してるよ」

「そうなんだ。さすがね。じゃあ、サイバー部隊は大助かりね。普段は忙しそうにしてるから」

「いや、今も対応でわちゃわちゃしてるよ」

「え、なんで? 」

「そりゃ、僕は奴らの攻撃に対応するのが任務なんでしょ。他は知らないよ」

「は? 」

「大丈夫だよ。他のは大したことないから。さすが、奴らは違うね。インターネットそのものと言った方がいいから、攻撃のスピードが段違いだよ。僕がいなかったら、10分も経たずに日本のシステム

は全部奴らが占領してる」

「あなたにそこまで言わせるのもすごいけど、それを普通に言って、凌いでるあんたも相変わらず変態ね」

「別に。単に奴らが使ってるのが僕の開発したハッキングシステムだっただけだよ。だから、逆に僕だけだけ対処できるだけ、防壁は完璧だから破られる心配はないよ。ただ、その内、手を変えて来るだろうけど」

「手を変える? 」

「例えると、ハッキングは鍵をこじ開ける作業なんだよ。ピッキングしたり、針金を穴に突っ込んでサムターン回したり」

「はぁ」

「僕のは、そういうの無しで、鍵が鍵穴に合わせて変形していくような物で、どんな複雑な鍵穴もすぐに開けられる代物だよ」

「なんか・・・すごいのね」

「だから、鍵穴に合わせて鍵が変更した瞬間に自動的に鍵穴を変更するようにした。そうすると、いつまで経ってもイタチごっこになる」

「でも、それじゃ必要な時にこっちが触れないんじゃないの? 」

「そこは、大丈夫。ドアの内側はサムターンひねるだけでいけるから」

「はぁ・・・、ドアに例えられてるから、簡単そうに聞こえてるけど、実際は複雑すぎて玄人でも理解が難しそう」

「で、何? 用はそれだけじゃないでしょ? 」

 山本が少し黙った。

「この通信は僕の造った特別製だ。奴らでも傍受は不可能だから、大丈夫だよ」

「官邸の方が、少しおかしいのよ。多分、米国側の動きで、毎度おなじみの機能不全を起こしてるんじゃないかと思うの。少し、そっちの様子を確認できない? 」

「なるほどね。おおよそアメリカ側の対応は予想がつくからね。わかった暇だから、当ってみるよ」

「ありがとうっ! 変態っ! 本当に気持ち悪いっ! 今度、自衛隊の新兵器レールガンの的にしてやるから、バラバラに吹っ飛べ」

 酷い言いように、この変態は身悶えながら恍惚の表情を浮かべて、

「ありがとうーっ! 」

と叫んで、喜んだ。

 伝説の凄腕ホワイトハッカー、天才、神として称された彼のハンドルネーム〝D・M〟とは、「ドM」のDMだったことは、一部の人間しか知らない。



 その頃、首相官邸では、首相と閣僚以下官僚、自衛隊制服組他、関係各省の官僚たちが揃って、対策本部で会議の最中である。

 しかし、空気は重く、長く沈黙が続いていた。

「・・・つまりは、決死隊を組織しろという事ですか? 」

 幕僚長が呟くように言った。

「しかも、民間人中心の、ということですか? 」

 首相は、ずっと机に両肘をつき、手を合わせて項垂れていたが、特にその顔を上げることなく、質問に短く答えた。

「そうだ」

 財前は元から苦々しい顔がさらに眉間にしわが寄っている。

「島田さんよぉ・・・。米国の譲歩はたったそれっぽっちなのかい? 」

「・・・いえ。協力というより、これは米国側からの一方的な通知と言った方がいいかもしれませんが、地上にあるエリア51空軍基地を早晩放棄するとの事です」

「放棄? 空軍基地を? 」


 すると、突然、この対策本部の会議室内に音声が響き渡った。

「すみません。その件で、ちょっといいですか? 」

 大江の声だ。

「なんだ、おい? なんだ、これは? 」

 閣僚たちが、動揺して官僚に怒鳴ったが、官僚も訳が分からず、狼狽えていた。

「・・・大江か? 」

「・・・大江? 」

 財前財務大臣が問いかけたことを安村防衛大臣が繰り返した。

「どうもぅ、皆さーんっ、サイバー防衛隊に民間で参加させてもらってる大江です。先にご報告申し上げますと、これまでも奴らによる極めて高度で執拗なサイバー攻撃に対して全て防御しておりますので、ご安心下さい」

「は? サイバー攻撃を受けていたのか? 」

「はい。ずっと」

 室内がどよめいた。

 安村防衛大臣が幕僚長以下制服組を見たが、制服組も首を振ったり、傾げたりしている。

「いや、大江君。サイバー防衛隊からはそのような報告は受けていないのだが」

「そらそうでしょ。僕意外知らないですから」

「なっ・・・、なぜ報告しないっ」

 閣僚の一人が怒鳴ったが、

「いや、だから今報告しましたよ」

「いや、そういう事じゃなくてだねぇ」

「もういいっ! それより、大江よ、続きを言え」

 財前が制した。

「ありがとうございます。財前閣下。本題は、こっちなんです。要は、かなり高度な奴らのサイバー攻撃を防ぐために、必要な防衛措置を取らねばならず、安全保障の観点から、すみませんけど、この国の全ての主要なシステムを一旦、僕が乗っ取らせて頂きました」

 しばらく、会議室の全員が、大江の言った事をすぐに理解できなかったのか、2,3秒沈黙があった後、一斉に声を揃えて叫んだ。

「はぁぁぁっ?! 」


 官僚たちは、一斉に各種システムへのアクセスを試みたが、

「ダメです。こちらからは操作できませんっ! 」

「おいっ! 貴様っ! どういうつもりだっ! 」

 激高する官僚たちや閣僚たち、会議室内は怒号で騒然となった。

「どういうつもりって、今、説明したでしょ」

 大江の言う事すら、まともに聞こえないくらい。室内は半ばパニック状態になっている。

「やかましいっ! 落ち着けっ! てめえらぁっ! 」

 財前の凄まじい大声の一括で、場内は再び静まり返った。

「・・・大江」

 財前はゆっくりと名を呼ぶと、

「はい」

「・・・ご苦労。助かった」

 そう言って、続けて言った。

「話を続けろ」

 財前の言葉で、大江の取った手段が適切であったと認めたことになり、一同は落ち着きを取り戻した。

 閣僚や官僚の悪い癖で、不測の事態となると必ず全員が責任逃れに走り、結果、混乱状態になる。誰かが冷静に責任を取って対処するとわかると、途端に冷静に戻る。

「ありがとうございまーす」

 なんだろう、こういう空気に対して、妙に緊張感を欠いた対応をされると余計にイラっとしてしまう。まして、日本のトップに等しい面々が揃い踏みのこの場でなら猶更だろう。

 普通なら、また吠えたいところだが、この中で一番重鎮の財前が黙っている以上、落ち着いて聞いてないと仕方がない。

「米国からの回答で、総理も言い難そうにしてらっしゃるから、僕から説明しますが、その前に、一旦、これまでの情報を取り纏めませんか」

 大江の提案に対して、

「そんなことをしている猶予があるのかね? 君は米国からの申し出も知っているのだろう? 」

 ようやく、首相が口を開いた。

「はい。分かっている上で提案してます」

「わかった。ならいい」

 首相は言葉少なに言うだけだ。

「じゃ、とりあえず、入ってもらっていいですか? 」

「誰にだ? 」

 閣僚の一人が言ったが、大江はそんなことに答えもせずに、

「じゃ、入って」

 そう言うと、会議室へ松木と柴田、小野田、山本が入って来た。

「おいっ。彼らは何だ? 民間人じゃないかっ? 」

 そう言う閣僚たちを、財前が睨みつけて制止した。

「こいつらが入って来るってことは、確かに大方は知った上でってこったろ。いいじゃねえか、話が早い」

「さすが財前閣下、理解が早くて助かります」

「君たち、ここに来ると言うことは、どういうことをしてもらうかわかっているんだね? 」

 首相が松木たちに向かって言った。

「・・・総理、よく分かっております。ですので、この際、我々が考えた拉致被害者救出作戦を聞いてもらえますか」

 小野田が代表して答えた。

「・・・あるのか? 」

「あります」

「じゃ、とりあえず、奴らについておさらいしましょうか」

 大江が取り仕切り、情報を整理しだした。


 要点は次の通りだろう。

・奴らは、約二万年前から地球に来ている宇宙人。

・母星を失い、数万年もの長い間宇宙空間を彷徨う中で、肉体を捨て、生存していた全ての民の脳内の情報をデータ化させた。

・地球に飛来し、人間に進化と文明の発達を促して来た。

・失われた肉体を補うために一時的に活動できるアンドロンドとして作られたのが有名なグレイやリトルグレイ。

・その目的は、失われた肉体の復活の為。

・肉体は、複製しても、生きてる人間の脳を書き換えても、前の人間の情報が残るから完全に個人のデータが落とせない。

・家畜を攫いの肉を一部切り取ったり、血を抜き取ったりするキャトルミューティレーションや人間を攫って、血を抜いたり、人体に何かを埋め込んだりするアブダクション等の長年の研究の結果、脳の無い肉人形を通信端末で動かせることに成功した。

・肉人形には、内臓器官等はなく、骨と筋肉とそれを動かす神経だけ。よって、痛みも無く、銃撃による無力化は不可能。手足の欠損、またはマスクに装着された端末を破壊するか、マスク自体をはぎ取る以外ない。つまりは、主には近接戦闘のみでしか対処不可能。

・マスクを剥ぎ取っても、再度装着すれば、再び動き出す。

・マスクについた端末も単なる通信端末で本体ではない。

・奴らのデータを保存したハードは元の星から乗って来た母船内にあり、近年までは月の裏側にいた。現在は所在不明。その母船を叩かない限り、敵の殲滅は不可能。

・地球上における奴らの本拠地は、アメリカ合衆国のエリア51空軍基地の地下施設。

・肉人形に取って代わられた拉致被害者もそこに収容させられている可能性が高い。

・日本における拠点は、武蔵山市役所庁舎。

・エリア51と武蔵山市役所とで行き来できる方法がある。

・奴らとアメリカ合衆国は、ロズウェル以来、技術協力と引き換えにエリア51の地下施設の租借権を与える協定が結ばれている。

・地下施設にUFO等が格納されている可能性あり、もしかしたら母船も。

・協力によりもたらされた技術の一つ、インターネットにより、彼らはデータの存在でも世界中に行き来が可能になり、情報収集、人類との交信も可能となった。逆にネットを介した情報操作やシステムへの侵入も容易に可能。

・近年、アメリカとの関係が芳しくなく、他国との接触も行っている。その中には、間違いなく中国も含まれている。


「彼らの証言や今現在確認できている事実をまとめるとこんな感じです」

 会議室の面々も改めて情報の整理をしてみると、

「なんだろうな。改めてこう見ると、情報が荒唐無稽過ぎてよくわからんな」

 閣僚の一人がぼやいた。おそらく大多数が同じ感想だろう。

「そうですか。無茶苦茶分かりやすいですけど」

 そう言ったのは当然、松木だった。「ムー」オタクからすれば、全てが常識であり、当然の帰結なのだろう。

「何かわかりませんか? 」

「何がだ? 」

「お気づきじゃないです? 」

 ざわつくものの、大江の問いかけに答える者はいない。

「ああ、じゃあいいです。とにかく、そういうことなら、情報の精査が必要です。今必要な情報だけをピックアップすれば、取れ得る策が見えて来ます」

「取れ得る策・・・か」

 財前が言った。

 すると、山本が前に出て、

「はい。話をまとめますと、マスクはあくまで受信機で、体も量産可能です。つまり、オリジナルのデータを保存している母船を叩かなければ、意味がありません」

「いや、それはわかる。まさしく防衛の為にも敵基地攻撃をしないと無駄ということだろ? 」

 首相がそう言うと、安村防衛大臣が、

「だから、その敵基地が問題だと言っているんだ。攻撃目標がそもそも米軍の空軍基地の地下なんだぞ。易々と攻撃できんだろ」

「そうだな。そもそも本来の攻撃対象は母船じゃないのかね。その母船がエリア51にあるとも限らんのだろ」

 安村の意見に、閣僚も乗っかって偉そうに言って来た。

 松木が山本に続けて、前に出た。 

「奴らはそれこそ、有史以来ずっと人類に構ってきた奴らです。攻撃するにしても手の内は全部読まれてると思った方がいい。正面からなら、まず無駄でしょう」

「それ見ろ。どこまで行っても八方塞がりだ」

「そこで、有益な情報があります」

「有益? 」

「武蔵山市役所の制圧作戦は経過についてどこまで報告を受けてます? 」

 大江が尋ねた。

「いや、それなら、1階と2階の制圧は完了し、今は3階を」

「報告はそれだけですか? さっきのまとめでも出て来てるでしょう」

「なんだ? 」

 質問に答えた幕僚長が、もう一度、思い返してみると、

「マスク越しの奴らの見分け方が分かった」

「いや、それも大事ですけどもっと大事な事です」

「・・・ええ? ・・・あ、抜け穴も確認できた? 」

「そう、それ! 」

 幕僚長は、大江以下小野田、山本、松木、柴田全員から指摘を受け、目を丸くしていた。これが、それほど重要な情報とは思っていなかったようだ。現場におらず、実際それを見ていない人間が言葉だけで話を聞いても、それは理解できないだろう。正直、半分聞き流していた。

「だから、その抜け穴が一体どうしたと言うんだ? 」

 また閣僚の一人がツッコんだ。


「この情報の優位性をまだお気づきでないんですか? 」

 小野田がついに口を開いて、前に出て来た。

「これは、いわゆる「どこでもドア」なんですよ」

 頭でっかちの人間が揃い踏みの中で、これを言われても誰一人ピンと来る人間はいない。

「小野田君、君はいきなり何を言っとるんだ? ふざけていいところではないんだぞ」

「一向にふざけていません。大真面目に言ってます。抜け穴と言ってますが、これを改めて、あえて「ゲート」と呼称しましょう。このゲートの先にあるのは、エリア51地下施設と思われます」

「はぁっ? 」

 全員の頭の上に?が浮かんでいた。

「よくお考え下さい。市役所突入時、約千人近い人間が中にいることが確認されてましたが、突入後には忽然と消えています。当然、外部への出入り口については、すべて封鎖していました」

「いや、だから、その抜け道が発見されたと言う報告だったのだろう。なにもそこまで飛躍した話じゃないだろう」

「いわゆる抜け穴とか、抜け道とか、可視化できる物理的に存在する物ではありません」

「違うのかっ? 」

 いつまでも理解できなくて話が前に進まないのにイライラしたのか、大江が割って入った。

「単刀直入に言うと、人体も使える物質転移装置ということです。ワープホールって奴です。以上です、小野田さん続けて」

 場内の至る所で、失笑が聞こえて来た。

「バカバカしい。いくらなんでもワープとは・・・、アニメの見過ぎだよ。だいたい、いきなり宇宙人だのなんだの、冗談にも程がある。さすがにもう付いて行けんよ。そもそもこれはどっかのバカが引き

起こした何かの茶番じゃないのかね。百歩譲っても、どこかの国の新手のテロと思うのが、もっとも現実的だろ」

 状況も事態も現状すら付いて行けなくなり、途端に起こった正常化バイアスは、会議室全体に蔓延した。

 しばらく、沈黙が続いた後、突然、各省庁の官僚たちのパソコンからアラームが鳴り始めた。

「なんだ? どうした? 」

「わかりません。データベースにいきなり大量のバグが発生して、システムがストップしてます」

「こっちもですっ! 」

 経産省、厚労省、国交省と次々に官僚たちが言い始めた。

「どういうことだっ? 大江君っ! 」

 安村防衛大臣が、焦って大江に問いかけた。

「・・・もういいです。わかりました。この国は僕の手で滅ぼすことにしました」

「なにっ! 何を言ってるんだっ! 」

「さっき言いましたよね。この国の主要なシステムは全部僕が押さえたって。僕の手なら、多分、一日もかからずにこの国亡ぼせますよ」

「バ・・・バカなこと言うなっ! 」

「こんな連中が上にいて、ふんずり返っているから、この国はどんどん衰退してるんですよ。技術の発展も可能性も信じず、自国の一番の商品の価値もまともに見れない。考えているのは、常に自分の

利益や省の予算だけ、そんなんだから、奴らに易々と侵略を許すことになったんですよ。どうせ、奴らに獲られるくらいなら、さっさと壊した方がいいでしょ」

「本気かっ? 本気で言っているのかっ! 」

 またしても、パニックに陥る室内。

「大江っ! やめろっ! わかったから、やめろ」

 財前が叫んだ。

「やめろーっ! 」

 今、叫んだのは財前ではない。

 首相だった。

「もういい。やめろっ! ・・・もう十分だ。・・・財前さん、撤退しよう。彼らと話し合いの場を設けて、できる限りの条件を飲んで、拉致被害者を解放してもらおう。もうそれでいい」

 首相の突然の言葉に、会議室内は一気に波が引いたように静まり返った。

「おい。島田さんよ。そりゃ、本気で言ってんのか? おいおい、どうした? まさか、マスク解除宣言を国民殆どに無視されて拗ねちまったのか? 」

 いきなり首相の弱気発言に、さすがの財前も面食らったようだった。

「違います。もう、耐えられない。もういいでしょ、それで。みんな、国民だってそれで納得しますよ、きっと」

「するわけねえだろ。一体、どれだけの人間が奴らに捕まってると思ってんだ。閣僚だっているんだぞ。それに奴らと手を組んでるのが、中国やロシアだって可能性も十分ある。それで、譲歩して、奴

らの要求を飲んだら、その先どうなるかぐらい想像つかねえわけでもねえだろ」

「だったら、勝てるんですか? 奴らに、そのワープゾーンとかまで使えるって言うなら、科学力においても、技術的にも我々が逆立ちしたって敵わないんじゃないですか。しかも、米国だって、我々に協力的じゃない。あいつらだって、保身の為に核を落として証拠隠滅しようとしてる。もう時間がない。拉致被害者諸共、全部無くなることになる」

 首相の後半の話を聞いて、その場にいた全員が息を呑んだ。

「え・・・、核を・・・落とす? ・・・どこに? 」

「エリア51にだよ」

 黙っていた大江が言った。

「何? 」

 全員が一様にざわついた。

「核実験と言う名目で、エリア51に戦術核を落とすつもりなんだよ、米国は。だから、今、空軍基地は、基地を放棄するとして、総員に緊急退避命令が出ている」

「いやいや、ちょっと待て。そんなことになってても、奴らには筒抜けなんじゃないのか? 」

「そりゃ、地上で慌ててバタバタ動いてりゃ、普通でも気付くだろうよ」

 財前が悟ったかのように落ち着いて返した。

「じゃあ、なんで? 落とす時には奴らは逃げ出してるに決まってる。やっても効果なんかないぞ」

「・・・首相が言ったように、もしかして、本当にただの証拠隠滅の為だけにするのか? 」

「いや待てっ! そこには拉致被害者がいるんじゃないのかっ? 彼らはどうなるっ」

「まさか、全員母船に乗せるという訳にもいかんだろ」

 会議室内の全員が一気に血の気が引いた。

「総理。あんた、それを知ってて尚、そんなことを言ってんのか。つまり、あんたは数万人規模と思われる拉致被害者をみすみす下らないアメリカの自己都合で見殺しにすると、そう言ってるんですか」

「ふざけるなっ! あの中には、俺の同期もいるんだぞっ! 」

「俺もだっ! 」

「私の友達もいるっ! 」

 いきなり空気がまた変わった。

 一気に首相に対する、罵詈雑言が浴びせられた。

「ああ~っ、うらやましいっ! それ僕に言ってぇ~っ! 」

 突然、大江の気色悪い悶え声が場内に響き渡って、騒然とした空気は気持ち悪さに一気に引き、図らずも再び落ち着きを取り戻した。

「あの・・・」

 大江の性癖をよく知っている山本は、この空気をどう考えたらいいのか迷っていた。都合よく使っていいものか、恐る恐る財前に向けて問いかけてみた。

「・・・すまなかったな。取り乱した。おい、お前ら、全員一旦座れ、だいたい、こいつらは、このどうしようもない事態を解決する作戦を提案しに来たんだ。さっさと説明を聞かねえと、時間がねえんだ」

 財前が、改めて仕切ってくれたおかげもあって、一同、落ち着いて席についたが、先程とは目の色が違っていた。全員、本気で話を聞いてくれる姿勢となっている。


「続けろ小野田。そのワープホールやらがエリア51に繋がっているのは間違いないんだろうな? 」

 財前は落ち着いた口調でゆっくりと小野田に訊いた。

「間違いないかは、実際突入しないことにはわかりませんが、状況から考えても、そう考えるのが妥当と思います」

「武蔵山市役所庁舎は、あくまで人間の狩場と思って頂いていいでしょう」

 小野田に続けて山本が説明した。

「狩場・・・? いやな表現だ。つまり、市役所に来た人間をことごとくそのワープホールを使って拉致しているのか? 」

 安村防衛大臣が言った。

「ホールの場所が男女トイレの個室にあったことから考えても、そう考えていいと思います」

 山本がそう答えると、財前が、

「ただ、千人位の人間を忽然と消えるにゃ、穴が小さすぎやせんか。それじゃ一気には無理だろ」

と指摘した。

 どうやらこの言葉を待っていたようだった。小野田は答えた。

「その通りです、閣下。もっと大きなホールが庁舎内にあるはずなのです」

「なるほど、1,2階は制圧したとして、千人規模を一気にとなると、可能性が最も高いのは3階にある市会議場か」

 幕僚長も納得した。

 すると、大江が、

「おっと、ちょうど入って来たようだ。回線繋げますよ」

 そう言うと、特殊作戦群第4中隊の隊長からの通信音声が流れて来た。


「こちら、Aチーム。武蔵山市役所の全棟制圧を完了した。繰り返す、目標の制圧を完了した。送れ」

 場内では、「おおー」という声が響き渡った。

「ご苦労。よくやった。次の指示があるまで、状況を維持、各自、厳に警戒を怠るな。繰り返す、次の命令まで状況を維持、厳重警戒に徹し、待機。送れ」

「了解。終わり」

 通信が切られる。

「さて、ここからは奴らに聞かれるから、別回線に切り替えるよ。現場の伊藤さん、多田さん? 」

 大江はなんか嬉々としてる。

「なんだ、テレビ中継みたいだな」

 閣僚の一人が、ぼやいた。山本が申し訳なさそうにフォローした。

「すみません。大江君特性の通信端末で、よそから傍受できない物なんです」

「へぇ~。そりゃ凄いな」 

「はいはーい。こちら、現場の多田でーすっ! いや、すごいことになってますっ! 新兵器の効果絶大でしたぁー」

「なんかますます中継感がすごいな。今にも満開の桜でも映されそうな勢いだ」

 もうツッコミが止まらない。現場の緊張感が全く伝わって来ない。


「それはそうと、なんだ? 新兵器って? 」

 幕僚長が言った。そんな新兵器と呼べるものは装備していないはずだ。

「ああ、それは僕がお願いして持って行ってもらったんだ。別に新兵器ってわけじゃないよ。一定範囲の通信を妨害する通信機能抑止装置、いわゆるジャマーを使ったんだよ」

「・・・! ああっ! そうかっ」

 場内にいた総務省の官僚が立ち上がって叫んだ。

「なんだっ? どうした? そんなもん、あるのか? 」

 閣僚の一人が、訊くと、

「ありますよ。普通に。違法性の高いものできせい対象ですが、その気になったら、秋葉原行けばいくらでも手に入ります」

「そうです。よく考えて見れば、簡単な話です。奴らはマスクに付けられた通信端末を使って動いているのです。その端末の周波数さえ分かれば、わざわざ、奴らと近接戦闘に及んでマスクをはぎ取らなくても、一網打尽にできると言う事です」

 小野田がそう言うと、場内はまるで勝ったかのように湧きあがった。

「しかし、それではこちらの通信もできないんじゃないかね? 」

 幕僚長が言った。

「その通りです。しかし、我々には目もあり口もあり、耳もあります。一時的に通信不能となっても、現場では特に困りません。まず、敵勢力の制圧を優先するなら、間違いなく効果的です」

「それで、制圧完了まで、報告が無かったのか・・・」

 幕僚長と防衛大臣が納得した。

「ただし、さすがにやたら使えば、こちら側も孤立してしまう可能性があります。使用に関しては、あくまで限定的な範囲の運用が望ましいでしょう」

「一筋の光明が見えてきたわけか・・・」

 財前も少し希望が見えて来たのか、椅子の背もたれにようやくもたれかかった。

「さて、多田さんっ! 伊藤さんいる? 」

 大江が現場の多田に声を掛けた。

「いるわよ。ちょっと待って・・・」

 その後、若葉が代わって出た。

「伊藤です」

「伊藤さん。ホールの状況教えて」

「あ、はい」

「なんで? わざわざ、彼女に訊くんだ? 」

 また閣僚の一人がツッコんだ。これに柴田が、

「いや、うちの伊藤は、特別でしてね。見えないもんが見えるんですよ」

「はぁ? 」

 説明になっていない説明に、面倒くさくなった松木が、

「いや、それ後で説明します」

 話は若葉の報告に戻る。

「1階と2階のトイレの穴は、見つけた後しばらくしたら塞がってしまいましたけど、3階の議会にあった大きい穴は今も開いたままです。ジャマー? あれ設置してからも、穴から出ては来ましたけど、入って来るなり皆バタバタ倒れて行って、今はもう誰も出て来ません」

「わかった。ありがとう」

 一旦、通信が切られた。

「・・・? どういうことかね? 」

 安村が尋ねた。

「各個撃退されて通信途絶されたら、単にマスクを取られたか何かと思うでしょうけど、一斉に途絶されたら、さすがに何事かと思うでしょう。確認しようにもできないとなったら、実際見に行かないといけない。ところが、見に行った途端にまた途絶するんですから、奴らにとっては状況が全く分からないわけです」

 小野田が冷静に答えると、

「なるほど。・・・では、ホールが閉じないのは? 」

 その質問にすかさず大江が答えた。

「それが僕が確認したかったことなんです。ホールを閉じるには、こちらの通信状態が影響することがこれで分かりました。ジャマーがあれば、奴らはホールを閉じることができない」

「おおおーっ! 」

 場内はさらに盛り上がった。

「大多数いる被害者救出を速やかに行うためには、あの市役所の議場の穴は一番最適です。これを死守しつつ、これより、一気に敵本拠地に侵入し、速やかに被害者を救出。その後、敵残存勢力を一掃し、本拠地を制圧しますっ! 」

 小野田が勢いを込めて発した言葉によって、一気に場の空気は最高潮に達した。

「うおおおおーっ! 」


「・・・核は? 米国の発射する核はどうすんだ? 」

 財前が落ち着いた口調で言った途端、全員、止まった。

「・・・そうだった。それがあった」

「猶予を貰うしかないですね。作戦完了まで」

 大江が言った。

「だよな。だとしたら、もう一回、奴さんと交渉してもらわなきゃならねえ。聞いてっか、島田さん」

 財前が、首相に振った。

 首相はあれ以降、一言も言葉も発することなく椅子に座って項垂れていた。

「・・・わかりました。やれるだけやりますよ」

「・・・島田さんよ。この国のリーダーってのは、別に人事やって自分の力を誇示することでも、方々から金を集めてふんずり返る事でもねえ。それができてりゃ、後は世論に阿る事でもねえんだよ。やれ

ることを只管やって。この国を守って、一歩でも前に進めることがリーダーの本当の仕事だ。お花畑の理想主義に付き合う必要はねえんだ」

 財前がそう諭すように言うと、首相は自嘲するように笑い。

「財前さん、その代表のように思われてる貴方にそんなことを言われるとはね」

「そりゃ、これをやるにも力はいる。綺麗事だけじゃできねえからな。大体の奴らは、この力を持とうとあくせく頑張ってるうちに本来やるべき事を忘れちまうからな。ただ、俺はまだ、忘れちゃいねえよ」

「・・・そういうことにしときます。どうせ、これが私の最後の仕事だ。最後くらいやりきりましょう」

「頼んだ。・・・おい、外務大臣、いるんだろ? 」

「あ・・・、はい」

 結局、会議中、何の存在感も示せていない外務大臣が返事した。

「あんたも、宜しく頼む」

「はい」

 首相と外相は秘書官や外務官僚たちと会議室を出た。


「さて、安村、幕僚長。作戦を速やかに実行してくれ」

 財前は再び席について言ったが、

「よろしいですか? 」

 と幕僚長が意見具申を求めて来た。

「いいよ」

 財前が答えると、

「敵基地に対し、即突入するにはリスクが高すぎます。敵基地の情報が余りも無さすぎる。このまま正面から突入するのは無謀すぎます」

「・・・ま、尤もだ」

 財前も幕僚長の意見には納得せざる得ない。

 とはいっても、敵基地の構造や規模、配置図などは当然ない。

 米国すらそこまでの情報は得ていないだろう。そうでなければ、いきなり戦略核を撃ち込むような強引な手段は取らないだろう。

 敵基地内にどんなお宝眠っているかもしれないのに、それごと全部吹っ飛ばすということは、何も分かっていないからこそ、突入して行くリスクの高さが伺える。相手と半世紀以上付き合って来ている米国ですらそうであるのに、多少、戦えるだけの方法が見つかったとしても、やはり無謀な作戦である事は間違いない。

「その点ですが・・・」

 小野田が口を開いた。

「我々は正面から突入するとは一言も言っておりません」

「は? 」

 そう言われて、幕僚長も目を丸くした。

「敵に正面から突入すると見せて、集中させた上で、搦手から少しずつ侵入して敵内部の状況を把握しつつ、本丸を突く。作戦の概要はこうなります」

 小野田の説明でもまだ理解できない。

「搦手? 搦手とはどういうことだ? 」

 それについては大江が答えた。

「お気づきじゃないです? 狩場は何も武蔵山市役所だけじゃないですよ」

「え? 」

 山本が続けた。

「なりすましの被害で多かったところを重点的に捜索させました。ちなみに警視庁でも、陸自の市ヶ谷、習志野各駐屯地に防衛省でも、市役所同様、館内トイレにホールが確認できました」

「ええっ! 」

「驚かれることは無いでしょ。考えて見れば当然です。他、各省庁、国会議事堂内に議員宿舎、この首相官邸内にも発見できてます」

 一同、騒然となった。

「い・・・いつの間に・・・」

 これはいつの間にそんなものができたのか、という質問じゃなく、どうやら、いつの間にそんなことを調べていたのか、ということだろう。

「NHK始め各種民放テレビ局内などの各種メディアも恐らく同様に仕掛けられていることでしょう」

 防衛大臣は、そこでハタと気が付いたようだ。

「じゃ、まさか? 」

「はい、その全てにジャマーを設置し、ホールを固定しました」

 山本がそう言った後、小野田が続けて、

「既に職員、隊員全て、なりすましの排除は完了済みです。出入りは無い分、奴らも我々が確保していることに気付いていない穴もあるでしょう」

「そこから、それぞれ侵入して行くということか・・・」

 防衛大臣も、手際の良さに驚いた。

「各ルートから小隊が侵入し、内部の情報を共有し合って、情報を取り纏め、被害者たちの位置を確認します。位置特定後、正面ゲート、つまり市役所議場のホールから侵入し、最短の救出ルートを確保し、速やかに被害者を誘導、救出させます」

「なるほど」

 説明を受けた全員が納得した。

「つきましては、敵勢力に遭遇し、戦闘となる場合はジャマーの使用をしてもらいますが、その場合、こちら側の通信も不能となります。よって、大江氏の造った妨害を受けない通信器具がありますが、

時間の都合上、数に限りがありますので各小隊長にのみ装着を願います。また、これには同様に発信機も内蔵され、小型のカメラもも付いてます。これにより、各侵入経路の位置情報と映像を元に解析

し、敵本拠地の全体を図形化して予測します」


 場内はもう溜息しか出て来ない。

 何から何まで至れり尽くせり、その全てがたった一人の民間人によって立案・実行さると思うと恐ろしくもある。

「幕僚長っ! 」

 小野田の要請に、幕僚長も、

「わかった。人員は一個大隊規模が適切かと思われます。今、出てる特戦第4中隊に加えて、市ヶ谷から第2中隊と普通科連隊も出動させます」

 続けて警察庁長官からも、

「では突入部隊に、うちのSATも出動させます。共同作戦で」

 安村防衛大臣は、これを受け、

「とにかく、連携を取るにも時間がない。最低限のルールを決めて、各地の配置を速やかに決めてくれ。時間がない」

と指示した。

「了解しました。おいっ! 」

 慌ただしく陸自の制服組が動き出すと共に、警察庁も警視庁に連絡を取り合い、動き出した。

 安村防衛大臣は、統合幕僚長と話した後、財前の傍に立ち、

「これより本作戦を、「イザナギ作戦」と呼称します。総理が不在につき、副総理の財前閣下に作戦実行の許可を求めます」

 財前は、毅然と答えた。

「いいだろう。これを許可する。即実行準備にかかれ」

 安村防衛大臣と統合幕僚長が頭を下げ敬礼し、

「本作戦開始時刻は、これより2時間後、一二〇〇(ひとふたまるまる)とする」

「おい、とりあえずっ、ジャマーをかき集めろっ! 」

「警察で押収した奴でも何でも持って来いっ! 」

「総務省でも倉庫にあるだろっ! 全部出せっ! 」

「あ、俺、秋葉原、行ってきますっ! 」

 そこにいた各省官僚職員たちも一斉に動き出した。


 財前は、立ち上がり小野田、山本、松木、柴田の前にまで歩み寄ると、

「で、お前さんたちはどうするんだい? 」

と尋ねた。

「ええ、ここまで関わったからには最後までお付き合いしないわけにはいかないですからね。当然、付いて行く以上は、まあ、お役には立ちますよ」

 松木が答えた。

「そりゃあいい。これまでの経緯でも十分に役に立ってくれてる。そこで、君たち4人と小野田、山本くんで別動隊を引き続きやってもらうことにするか」

「・・・はぁ、まぁ、お気を使っていただきありがとうございます」

 反対されるのかな、と思っていた松木だったが、案外すんなりと受け入れられたことに少し不安になった。

「ん? 何? 独占密着したいんだろ? 従軍を認めてやるって言ってんだ、喜べ。命がけの仕事をしてこそ、ジャーナリストってもんだろ。どうせ、今だって隠れて撮ってんだろ? なぁ、パツ金の兄ちゃん? 」

柴田がドキッと動揺する。

「え? なんで? 」

「お前、この前と違って、キョロキョロしてずうっと黙りこくってたろ、すぐに分かる。それとも、ここで断って、国家機密を知ってしまったことを後悔したいか? 」

 松木も、それでビクッとして、

「!・・・有無も言わさずかよ」

「お前らに、少しお願いしたくてな。このまま、アメ公にいいようにされるのは、どうも気に入らなくてな。少々、嫌がらせをしたくてよ」

「は? 」




第九章  決戦


 

 佐藤が目を覚ますと、手術台みたいなところに固定されていた。

 周囲には何やら物騒な機械みたいなものがあり、大量に血がついて、固まってもいないで、滴っている。

 手術台の上に照明があって、かなり明るく眩しい。

 室内は床も壁も真っ白い立方体で四隅は丸くなっている。

 全体的に白いせいもあって、照明の光で目がくらみそうだ。

 状況が呑み込めずに、思い返してみても加藤と会って話をしたところから記憶が無く、気が付いたらこの状態だった。

「え? 何? なんなの? これっ! いやっ」

 眼が開き辛い中、光の隅にぼんやりと加藤と数人のマスクが立っている。

 マスクたちは機械の操作盤みたいなものを操作し始めると、手術台周りに付いた物騒な機械が動き出した。

 そこへ加藤が声を掛けた。

「佐藤君、申し訳ないが、我々はこの拠点を廃棄することになった。君含めて約2万3400人の方たちには大変申し訳ないが、次の所は収容人数がかなり限られてるんだよ。時間の許す限り、できるだ

けサンプルを取り出したいんだ、抵抗しないでくれたまえ」

 言っていることが全く理解できない。事態を飲み込めない。自分はこんな所に括り付けられて一体何をされようとしてるのか。状況的に考えても、決して良い事はされないことくらいはわかる。

「え? 何を言ってるんですか? 何の話をしてるんですか? わかりませんっ! とにかく、何しようとしてるんですかっ? やめて下さいっ! 今すぐ、これを外してぇーっ! 」

「心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと君の内臓を全部もらうだけだ。脳はきちんと保存する。念のために脳内の情報もバックアップして保存しておくから」

 加藤のやさしい口調とは全く不似合いな佐藤の周りの物騒な機械がウィイイインというかなり嫌な音を立てて、佐藤の体に近づいて来てる。しかも、嫌なのが、あの優しい口調の中で、一言も痛くないとは言ってないことだ。

「いや、いやっ! やめてっ! いやぁーっ! 」

 そこへ、

(ドゴーンッ!! )

 というド派手な音と共に部屋に現れたのは、六人ずらっと横並びになったマスクを付けたヒーローコスプレの連中だった。

「なっ? 何者だ? 」

 いきなりの登場に、さすがの加藤も動揺しているようだ。

 いや、どちらかというと、その恰好の意味が分からず動揺しているのかもしれない。

「また加藤がいやがった。柴田ぁーっ、カメラを止めんなよ、こんな特ダネ二度と撮れねえからな」

「言われなくても撮りますよ」

 マスクマンの二人が言った。どうやら、松木と柴田だ。

「え?その声ってまさか、松木さんっ? 」

 全員、マスクを取って、素顔を晒した。

 右から、若葉、松木、山本、小野田、多田、柴田の順で並んでいる。小野田だけが何故かまだポーズをとっていた。 

「佐藤さん、助けに来たよ」

「し・・・柴田さん・・・」

 小野田がポーズを解除したが、今度は加藤をかっこつけて指差すと、

「加藤、貴様らの野望もここまでだっ! 拉致した人たちは、全て救出させてもらうぞっ! 」

 指名を受けた加藤は、特に小野田の小芝居に付き合うつもりも無く、落ち着いた口調で返した。

「なぜ、あなたらがここにいる? ここは」

「アメリカ合衆国ネバダ州リンカーン郡レイチェル、」

 山本が言うと、続けて松木が、

「アメリカ空軍基地エリア51の地下施設だろ」

 なぜか二人も妙にかっこつけた口調で言った。

「だからなぜ、ここに来ているのだっ? 一体どうやってっ? 」

「まどろっこしいわね。来る方法は一つに決まってんでしょうよ」

 山本が早々にかっこつけから離脱した。

「バカなことを言うな。あれがお前たちに見えるわけないだろ。」

「それが分かるんだよな。一人だけ見えるやつがいるんだよ。なあ? 若葉」

 松木も普通に戻った。

「すみません。私、視えるんです。貴方たちが使ってるワープゲート」

 若葉は特にいつもと変わらない。

「警察から注意しとくけど、開けっ放しはダメよ。急いでたかもしれないけどちゃんと戸締りしとかないと、不用心過ぎよ」

「拉致被害者が収容されてる地下格納庫と居住区はすでにほぼ制圧した。今自衛隊員の先導でお前らのワープホール使って脱出中だ」

 小野田だけはまだ小芝居が続いているのか、いちいち言い回しが大仰なのが鼻につく。

「あのっ! 口上はそのくらいにして早くこれを止めてっ! 」

 佐藤に迫る機械は、いよいよあと少しまで迫っていた。

「何しに来たか知らないが、ご苦労な事だ」 

 多くのマスクたちが各々小銃を持って、ぞろぞろと入って来た。

「ヒーローらしく、少しくらい大立ち回りできない? 」

 小野田は本当にヒーローをしたかったようだ。

「言ってる暇ないのっ! 人命優先よ。ここまで集まったら十分」

 山本が、ジャマーを出して、スイッチを押すと、加藤含めマスクマンたちが全員、その場で倒れ込んだ。

「あー、本当にあっけない」

 残念がる小野田を尻目に、山本は佐藤を見るが、

「あの、これまだ動いてるんですけどっ! 」

 佐藤に迫る機械はまだ止まっていない。

「ええっ! やっぱり機械だけは止まらないか。どっかにスイッチとかないっ! 探してっ! 」

「ないない、この部屋、何にもないっすよっ! 」

 柴田、松木もくまなく探すが、何もない。

「ねえ? こいつら体無いんだから、そもそもマニュアル操作なんて必要ないから、探しても無いんじゃない? 」

 一人落ち着いて指摘するだけの多田。

「言ってねえで、考えろっ! 」

 松木が言ってるうちに、もう機械の内、カッターの刃が佐藤の服を切り出している。

「いやぁーっ! 早くっ! 早く止めてぇーっ! 」

 佐藤はなんとか体をよじらせようとするが固定されていて、どうにもならない。

 そんな中、若葉が、

「できるの? じゃ、お願い。止めて」

 と何か独り言を言うと、

 ギギギギッと機械が妙な音を立てたと思うと、急に止まり、佐藤の拘束も解かれた。

「ありがとう」

 そう言う若葉だが、助けられた佐藤も、小野田ら他全員、若葉が明らかに何かに頼んで機械を止めた事はわかったがこれをどう言っていいか分からず、掛ける言葉に困っていた。

「何? 」

 一同の視線を感じて、若葉が怪訝そうに訊くと、

「あの・・・、伊藤ちゃん、今のは? 」

 代表して柴田が訊いた。

「電気機器中心のポルターガイストが得意な奴がいたから、頼んだだけよ」

「あ、そうなんだ」

「おい、若葉。なんか、お前今回やけに気合入ってないか? 」

 松木が恐る恐る訊いてみた。

「今まで、なんの役にも立たなくて、人生の足を引っ張りまくってたこの能力が、初めて役に立てられるんですよ。しかも、国家の危機にっ! そりゃ、気合も入りますよ」

「訊くが、お前、このために一体〝何人〟連れて来た? 」

「国家存亡の危機ですよ。総力戦です。声を掛けたら、みんな暇してるんで、被害者さんも含め、東京中の霊がごそっと集まってくれました」

「ああ、そう・・・」

 多田、小野田は当然として、さすがの松木も柴田も引いている。

 ただ一人、若葉推しの山本だけ、目を輝かせつつ、悶えそうな感情を必死に抑えている。

「ああ、軍団長を買って出てくれた平将門さん、松木さんに挨拶したいって」

 と、誰もいない左を差して紹介した。

 すると松木の右手が勝手に動いて、上下に揺れた。どうやら握手してもらっているようだ。

「皆さん、よろしくお願いしますって、うちの若葉がいつもお世話になってますって、もうお父さん見たじゃないですか、やめて下さいよ」

 と誰もいない左側を軽く叩いたりしている。

「あは・・・、アハハハ・・・、いえいえ、こちらこそ、いつもお世話になってますぅ。わざわざ、アメリカまでご足労頂きありがとうございますぅ~。今、神田明神は大変じゃないですかぁ」

 松木は、困惑を通り越してもう半分泣きそうになっている。

 他の面子も、気づかないうちに4、5歩後退していた。引いてしまっている中で、山本だけは、輝きを通り越して、目が潤んでいた。

(尊しっ! )

 もう両手は、顔の前でガッチリ合わされ合掌してしまっていた。


 ここでようやく、柴田が、

「あ・・・、ごめん。大丈夫? 佐藤さん」

 とようやく佐藤を気遣い、声を掛けたが、当の佐藤も、今まで若葉に引いてしまっていたので、ここで声を掛けられ、ようやく我を取り戻した。

「あ・・・、すみません。ありがとうございます」

「どういたしまして、と」

 通訳する若葉を松木が制した。

「すまん。若葉、しばらくいい」

 佐藤は、柴田に向かって、

「あの柴田さん、実はあたし・・・」

「その話はあと」

 言いかけたのを柴田は止めた。言いかけたことはどうせ5年前の事だろう。


「若葉、多田、母船とつながるゲートがあるはずだ。若葉、それを見つけて押さえろ」

「わかりましたけど、押さえろって言われても」

「俺たちが持ってる。ジャマーはここで使っちまった。補充しに戻る時間の余裕はない。軍団引き連れてるお前だけが頼りだ。しのごの言うな。行けったら行け。小野田さん、山本さん、こいつらと一緒にお願いします」

「わかりましたよっ! 行くわよ、タダっ! 」

「オオタだよっ! てか、なんで私? 」

「いいから行けっ! 」

「じゃあ、佐藤さんをお願いね。無事、救出ルートまで誘導してあげて」

「ジャマーを補充したら、すぐに追いつきます。位置情報だけお願いします」

「わかった」

 小野田、山本と共に若葉、多田はこの場を後にした。

 地下施設内は入り組んでいるが、位置情報とカメラの映像を元に大江が素早く内部の見取り図を更新してくれているおかげで、大分と分かりやすくなっていた。未開の部分をひたすら走って、データを更新して行く。

「もうほとんどの施設を押さえたはず、あとは、このでかそうな空間だけ・・・」

 そこへ山本に大江から通信が入った。

「はい。・・・何? 大江君? どうしたの? 」

「今、フロリダ沖の原潜から戦術核ミサイルが一発発射されるみたい」

「ん? 何それ? どういうこと? 」

「一度、大気圏まで上昇してから落下するロフテッド軌道の弾道ミサイル。たぶん、そこが地下だからだと思う。これなら多分、バンカーバスターレベルの効果が期待できるだろうから」

「そういうこと聞いてんじゃないのよっ! なんで、今の段階でそんなもん撃ち込もうとしてんのかを聞いてんのっ! 」

「たぶんそりゃ、財前さんの嫌がらせがバレてるからじゃない。世界配信で生中継してんでしょ。あの人から、絶対BANさせるなって言われたから、僕が守ってるけど」

「今、救出作戦中よ。2万人くらい退避させるのに、どれくらいかかると思ってんのよ」

「うん。たぶん間に合わないかもね」

「くっそっ! 」

 この事態を伝えると、余計パニックになりかねない。

 順調に救出作戦は進んでいる。

「理由は言わずに、なんとか救出を急がせて! あと、あんたは、どんな手を使っても・・・」

「発射を遅らせるんだね。ま、なんとかしてみるけど、期待しないでね。いくら僕でも無理な物は無理だから」

「わかったわよっ! とにかくベストを尽くしなさい」

 通信を切った。

「なんだ? 大江は何と言って来た? 」

 小野田が大江との通信内容が気になり声を掛けて来たが、すぐ近くには民間人の若葉と多田がいる。

 多田は言わずもがな、使命感に燃える若葉であってもパニックは必至だろう。まして厄介なのは、大多数の怨霊軍団を引き連れてる若葉がパニックを起こすと、それに伴う霊障がいかほどか想像もつかない。

 とか考えているうちに、山本はふと全く別の事が頭に浮かんだ。

(どうでもいいけど、幽霊でもワープホール通れたんだ)

 そんなことを考えていると、質問しても一向に返事がないので、小野田が、

「おいっ! 山本っ! 」

と怒鳴ると、ようやく、

「なんでもありません。救出も順調ですが、とにかく速やかに進めて退避を急げと言う事です。ホールがいつまで持つか分かりませんから」

「ああ、ま、そだな」

通路も突き当り、側面に大きな開閉扉がある。

扉の前に立つと、普通の自動ドアのようで、勝手に開いた。

扉の先は、異常に広く天井も高い円形のホールとなっていた。イメージ的には東京ドームがすっぽり収まる程の広さはあるだろうか。

それを見た多田の第一声は、

「ひっっろっ! 何ココ? 」

 小野田の第一声は、

「野球ができるな」

だった。山本は冷静に、

「これって、もしかしてUFOの発着場? 」

 このドーム状のホールの向こう側の壁面には、入って来た扉より数倍以上大きい開閉扉がある。どうやら、その先は格納庫のようだ。

 発見された被害者はあの格納庫内に収容されていた。

 数万人規模で収容されていたことを考えると、おそらくこのドームスペースも一時期、収容施設として使われていたのかもしれない。

 4人は天井を見た。やはり開閉できるようになっている。

「ここは、主に母船を下ろす発着場なのかもしれない」

「ていうことは、母船もちっちゃいUFOも全部ここにはないということか」

「ま、そりゃそうでしょうね。アメリカの動きは見え見えなんだから、本丸はさっさと動かすでしょう」

 とにかく、山本は少し安心した。

 今、必死に退避活動を行っている格納庫は目の前なのだ。

 万が一の場合、ここからなら確保している救出ルートまで一気に駆け抜けて行ける。

「小野田さん、山本さん、あれ」

 若葉が気付いて、指さした方向にマスクの男が立っている。

 何もない殺風景なホール内に唯一操作盤のような台があり、その男はそこに立っているが、こっちを見たまま、特にリアクションが無い。マスクをしているから表情がわからないが、顔の向きが、ちょいちょい入って来た自動ドアと思える開閉扉を見ていた。

 立ち姿だけでも何となく、驚いている様にも見えた。

 つまりは、もしかしたらあのドアは自動ドアではなく、本来、あそこから入って来れないのに入って来たことに驚いているといった感じなのだろうか。

「あの、伊藤さん? まさかと思うけど・・・」

「ああ、開けてくれたそうです」

「ああ、あっそ」

「あと、あいつの立っているところの左側、ワープゾーンができてます」

「ありがとう。何から何まで」

 山本は、これは本心から言った。今回の事態で、もし若葉がいなければ、正直ここまでできなかっただろう。

 彼女は、一生、若葉の推しを続けようと心底思っている。

 そこへ、小野田が突然、

「一ついいか」

「なんです? 」

 小野田が珍しく若葉に声を掛けて来たから、何事かと思ったら、

「皆、ワープホールって言い方をしてるんだが、俺がゲートと呼称したので、できればそっちを使って欲しい」

(今、ここで言う事かっ! 本当、めんどくせえ奴しかいねえなっ)

という思いを、山本は口に出さず舌打ち一つに集約させた。

「チッ! 」

「お前、今舌打ちしたなっ! 」


「君たちもしつこいな」

 マスクの男がようやく喋った。

 声は加藤と同じだ。

「その声・・・、あれ? 加藤? 」



 その頃、救出活動中の格納庫内はほぼ退避を終えていた。

 松木と柴田、そして救出された佐藤も、ようやくたどり着いた。

「あれ? これ、今位置図見たら、個々の施設の図面全部できてますよ。もしかして、俺たちめっちゃ遠回りして来たんじゃ」

 肩で息している柴田が、ゼーハー言いながらも喋ったが、松木はもう床に大の字になっている。

「ああ? なんか言ったか? ダメだ。歳には勝てん」

「救出、ほぼ完了したみたいっすね」

「ああ。佐藤さん、どうやら君が最後のようだ」

 そう佐藤に言ったが、ただ、その佐藤の様子がおかしい。

「さあ、どうしたの? 早く」

 佐藤は立ち止まって動かない。二人と比べて、肩で息するほど疲れているわけではない。正直、まだ全然走れそうなくらい、見た目では余裕そうに見える。しかし、動かない。

「あの・・・、これ世界配信されてるんですよね? ・・・加藤が宇宙人なんて知らなかったとはいえ、私はそれを推進してた責任者だったんです。ここに来て、実験台にされて亡くなられた方々もいます。さっきの手術台でいろいろ臓器取られて亡くなられた人だっていますっ!こんなことになって、私、どんな顔して戻ったらいいんですかっ! ・・・無理です。私、戻れません」


 松木は、それに答えず、ただ一言、

「柴田」

と言った。

 何を意味する言葉かは、柴田には伝わったらしく、

「止めませんよ、絶対」

とだけ柴田は答えた。


 おそらく、撮影を止めるな、と受け取った上での返事だろう。それにもう一つ、松木は彼女の説得を柴田に任せたという意味まで柴田は察した。これを受けて、柴田はゆっくり佐藤を見て、落ち着いた口調で彼女に言った。

「佐藤さん、君が責任感じてんのは筋違いだよ。君ははじめからこの計画に疑問を持って反対してたんだろ。だから、俺たちはこの計画の正体を突き止められたんだ。こりゃ、佐藤さん、君の手柄だ」

 柴田の言葉に佐藤はうつむきつつ、目線は下を向いて、柴田の顔を見ていない。

「そう言ってくれるのは本当に救われます。でも、みんながみんなそうじゃないでしょ。責任がないなんて開き直るつもりはないです。私も悪いのはわかってます。・・・でも、やっぱりこわいんです。人の目に晒されるのが、・・・ダメですか? これって逃げですか? 」

「そりゃ、顔盛りすぎて宇宙人みたいになってたあの頃の君なら、俺はいいって言うよ。でも、違うだろ。今は、自分が間違っていないと自信を持ってたから俺たちに堂々とマスク取って素顔を晒したんじゃないの? 君の思った通り間違ってなかったんだよ。だったら自信を持って、胸張っていいんだよ。君のおかげで日本は救われたんだっ! 俺たちがちゃんと伝えるから、俺がちゃんと君の顔を撮る、ちゃんと君の声も伝えるからっ! それでもぐちゃぐちゃ言われるんなら、俺がちゃんと一緒になって責任を取るっ! 」

 柴田は、下向く佐藤の視線に入ろうと下から見上げるような姿勢で、言い切った。必死になり過ぎて、最後の言葉の意味を深くも考えずに言ってしまったのかもしれない。聞こえようによっては、告

白してるようにも聞こえる。


「言うねぇ・・・」

 松木も、そう受け取ったようだ。

「・・・柴田さん」

 最後の言葉の解釈はともかく、どうやら気持ちは伝わったようだ。

 佐藤はようやく顔を上げ、柴田の顔を見た。

 真剣に自分をまっすぐ見る柴田の目、そして顔を見て、言ってくれた言葉が本気の言葉だと理解した。

「だから、堂々と、胸張って、しっかり前向いて、自信をもって言えっ! あんたが何者かってっ、ほらっ! 俺に向かって、高らかに言えっ! 」

 佐藤は一旦、松木にも視線を、彼の顔も見た。笑顔ではあるが、目は柴田と同じ目だ。

 佐藤は、一旦、目を伏せると深く息を吸い、吐いた。

 そして、カメラのある柴田の方に再び顔を上げた時、きゅっと顔は引き締まり、その目はまっすぐにカメラを見つめている。

「・・・私はっ! 佐藤詩織っ! 武蔵山市在住の26才っ!総務省勤務の国家公務員2種、ノンキャリの独身ですっ! このぺルソナプロジェクトの推進室にいて、武蔵山市のモニター都市については、

私が責任者をしておりましたっ! ただ、私は当初より、このプロジェクトに疑問と不信を感じておりました。そこで、ここにいるメディア関係の皆さんに協力してもらい。事態の全貌を明らかにしてもらったのです。私は、それが原因かわかりませんが、彼らに捕まりましたが、私の要請にいち早く答え、対応していただいた、こちらのスタッフの方々の尽力により、こうして無事救出頂きました。命がけでこの救出作戦を実行頂いた自衛隊の皆さん、警察の皆さん、本当にありがとうございます。そして、私と同様、拉致されなりすましの被害にあわれた皆様、・・・拉致された後、彼らによる実験によって命を落とされた方々も大勢いらっしゃいます。・・・私は、知らなかったとは言え、彼らの陰謀に加担していたことに変わりません。誠に、・・・誠に申し訳ありませんでしたっ! 」


 終盤は涙ぐみながらもそれでも視線を逸らすことなく、最後はしっかりと頭を下げた。


「よし、いいだろ。・・・立派だった」

「バッチリっ! OKっ! 」

 頭を下げていた佐藤が、顔を上げた。

 一切の迷いのない顔がそこにある。とはいえ、おそらくこの後には、相応の批判も避けられないだろう。しかし、彼女はそれも覚悟できている。その上で、今の顔になっている。

「ありがとうございますっ! 」


「じゃ、今度、食事でも・・・」

 どさくさに柴田は斬り込んで行ったが、

「それは・・・、ごめんなさいっ! 」

 速攻で佐藤は言うと、顔を伏せて走って、自衛隊員の誘導に従って、避難して行ってしまった。

「ええぇぇぇー・・・」

 あそこまで行ったら、間違いないと思ったのに、即答で断られてしまった。

「やるじゃねえか、柴田。男だねぇ」

 変に慰めることは言わない。

「全世界に俺が振られた瞬間、生配信しちゃいましたよ」

「大丈夫。お前の顔は映ってない」

「あー・・・、そっすね・・・」

「おら、行くぞ。若葉たち追って、最後の仕上げまできっちり収めるぞ」

「りっ!」

 松木と柴田は、誘導する自衛隊員にジャマーをもらい。若葉たちの下へ急いだ。


 しかし、佐藤が退避したのちに、小野田が呼称した「ゲート」がゆっくりと閉じ始めていた。



 ドーム状の広大な発着場では、マスクマンが操作盤の所で何かカチャカチャ操作をしている。

 手術室みたいなところで、多田が面倒くさがった言い訳に言ったことは確かに的を得ている。実体を持たない彼らにとってマニュアルの操作盤は必要ない。すべてを通信によって操作すれば事足りるのだ。いや、逆にそれしかできないのだ。

 にもかかわらず、今、こうして必要のないの無いはず操作盤で何やら設定をしている。

 それに加えて、そこでそれを行っているマスクマンが加藤に思えた。声が似ていたのもあるが、その口調や、佇まいも雰囲気も加藤そのものだった。

 しかし、加藤は、首相官邸でも、そして先ほどの手術室においても端末を外している。

「あなた、加藤? 」

 山本がそう尋ねた。

「加藤と尋ねられればそうだと答えはするが、正確に言えば、私は加藤であって加藤じゃない。我々には、個人と言う概念がもはや存在しない」

「は? 」

 4人が声を揃えて言った。

「肉体を捨て、個人の持つデータを記録し保存してから、全て記憶や情報を共有するようになった。それにより個人という概念が消えてしまった。我々は、「全は一、一は全」となったのだ。数万年に及ぶ長い時間を共存していくには必要なことだった」

「なるほど」


 聞けば納得できることだろう。

 個々の存在を認めると、当然、主義主張が異なれば、必ず争いも起こり得る。狭い母船の中では存続も危ぶまれるだろう。

 存続するという一つの目的を最優先に考えれば、肉体も個性も捨てざるを得なかった。

「前にも言ったが、これが君ら人類の目指す最終形態と言っていい」

 加藤は、何故か誇らしげに言った。

「ふざけるなっ! そんな不自由を誰が望むかっ! 」

 小野田がそう言うと、加藤は珍しく、大声で、まるで嘲けるように笑った。感情がここまで出るのは初めてだ。

「気づいていないのかっ! まったく・・・。フハハハハッ! おめでたいっ! 君らは、一歩一歩、確実にこちらに近づいている。自らが望んでだっ! 争いのない平和な世界っ! 差別のない平等な世

界! 人種も宗教も民族も対立することのない共存社会の実現。本気でそんな理想を実現しようとしている。口先だけの理想論とも知りながらだ。・・・実現しない理想論と鼻で笑っているうちはいい。し

かし、そのうち、強引にでも実現させる必要に迫られる時期が来るだろう。その時に、どちらを選択するだろうな」

 加藤は、来るべき未来を示唆するように言った。


「偉そうに・・・、何様のつもりよ。なんでもかんでも、上から目線で言って」

 山本は、そう吐き捨てたが、

「我々は、君たちを導いてきたのだよ。失敗して学んだ先人からの忠告は傾聴すべきだろう。そんな態度だから、碌な結末を迎えないのだよ」

 加藤がそう言うと、ゴゴゴゴゴッと音がして、天井の開閉ハッチが開いて、青空が見えた。

「あら、青天井。何? ここ」

 多田がそう言ったが、言うまでもなく先ほどから母船の発着場と言っている。

「ここは、我々の船の発着場だよ」

 もうわかっていることなのに、加藤と思しきマスクが改めて言ってくれた。

「ちょっと、逃げずに何カチャカチャやってんのっ?まだ、なんかする気っ? 」

 さっき自分が指摘したことなのに、そういう質問の仕方するのか? と、山本は思った。

「逃げる気なんでよね。そこにワープゲートができてる」

「え? 本当? 」

 多田、それもさっき若葉が言った。


「本当に見えるんだな。君は何か? 人外な者も見えるのか? 」

「子供の頃から嫌って言うほどね」

「・・・なるほど、君の目は赤外線を可視化できるらしい」

 そう言われると、若葉はちょっと黙り込んだ。

「何? どうしたのよ」

 黙ってしまった若葉に、多田が尋ねた。

「いや・・・、この能力を話して、初めて真顔で科学的な見解を言われたから、なんとなく感動しちゃって」

「・・・ごめん。その気持ちはちょっとわからない」

「君は、人外な存在以外にも、生きてる人間のオーラも見れるのではないか? 」

「はい。良くお分かりで」

 だんだん加藤のペ―スになってしまっている。

「それはオーラではないよ」

「は? 」

「色や形状が人それぞれに違って見えたりするんだろ。それによって、人の健康状態や精神状態も見えると」

「はぁ。その通りです」

「それは、人から発せられてる皮膚がスが可視化されているんだよ。特徴が合致している」

「えっ、そうなんですか? 」

 若葉は、目を輝かせて前に身を乗り出していた。

「君の目は、赤外線の遠近、強弱を調整できるんだろうね。だから、皮膚ガスや微弱電波、電磁波も見ることができる。人外と呼ばれる存在も、それに類する存在だ。見えるのも当然と言えるね」

「そうなんだっ! そうだったんだっ! うわあっありがとうございまーす」

 若葉は、今まで生きてきて全く理解もしてもらえず、自分でも全く分からなかったこのモヤモヤが吹き飛び、一筋の光明が見えたような気分になった。

 そこへ、 山本がツッコんだ。

「て、そんなこと言ってる場合じゃないのよっ。何やってのよ、若葉ちゃんっ! すっかりあいつ乗せられてっ」

「いや、でも、こんなにすっきりする答え貰ったの初めてで、つい。・・・あれ? 若葉ちゃん? 」

 山本はつい口を滑らせてしまった。若葉の隠れ「推し」とはバレたくない。

「いや、何? え? 」

 山本がその点で狼狽えてる間に、

「あのっ! これって普通の目に治せますっ? 」

 と隙をついて加藤に質問した。

「治す? 無理だろう。見たり聞いたり感じたりするのは、目だけの問題じゃない。実に珍しい稀有の存在だが、君の脳自体に有したスキルと言えるだろうからね」

「そ・・・そんなぁ」

 一拍おいて、加藤は少し興奮したかのように、

「それに、治すなどともったいない。君は、実に貴重なサンプルだ。ぜひ、持って帰りたい。君の脳を開いて、もっとその構造を知りたいっ! 」

 その一言を聞いて、若葉の今まで上がりまくっていたテンションは一気に下がり切った。

「そら見なさい。奴らも立派な人外ってことよ」

 山本が銃を構え、それに倣って小野田も加藤に銃口を向けた。

「ええ、折角いい理解者に出会えたと思ったのに、すごく残念です」

「大丈夫。理解者なら、もう周りにいっ いいるでしょ」

「・・・そうでした」


「銃を向けても意味がない事は分かっているだろう」

「悪いけど、ちょっと遊んでる暇ないのよっ! 」

「何かね? アメリカがこの基地に核でも撃ち込んだかね? 」

「え、ガチで? 」

 それを聞いた多田の血の気は一気に引いて行っている。

「ええ、そうよ」

「えええ~っ! 」

「ここから、核の落下を眺め待つことにしようじゃないか」

 加藤は開き切ったハッチの上に広がる空を見上げて言った。

 わざわざ、基地内部をむき出しにして、その落下を待とうと言うのだ。

「嫌よ、嫌、嫌ぁーっ、あんたみたいのと心中なんて御免だわっ! 」

「それは大丈夫だ。心中にはならない。私はただの受信機と肉人形だ。本体じゃない。死ぬのは君らだけだ」

「ちいっ! 」

 山本は舌打ちした。

「おい、そりゃ、マジか? 」

 折悪く、ちょうど松木と柴田がここに入って来ていた。

「おい、なんでだ? ここでのことは俺たちが配信してるだろう。それなのになんで撃ち込んだ」

「わかってるでしょう。配信してるから発射しちゃったのよ」

「なんでぇっ? だったら、あのまま退避してたのにっ! 言ってくれようっ」

 柴田はすでに半泣き状態になっている。

「さっき振られた所に、さらにこんな追い打ちはねえよぉ」

(振られた? )

 一瞬、小野田、山本、若葉、多田の4人の脳裏に浮かんだが、今はそこにツッコんでる場合ではない。

「今しがた、フロリダ沖の潜水艦から発射されたところだ」

 加藤は落ち着いた口調で言う。

「おいっ! なんとかなんねえのかっ? お前だって、ここを壊されたかねえだろ」

 松木が言ったが、当然ながら相手に通用しない。

「軌道変えることも出きりかもしれないが、いいのかね? どこに落とす? もう太平洋にまで軌道は変えられないから、陸地しかないが、ここ以外に被害が出てもいいのなら、やろう」

「納得した」

 松木は即答した。

「じゃあ、途中で爆破したらいいじゃないのっ! 」

 今度は多田が言ったが、

「いや、それはできるけど無理だ」

 加藤が言う前に小野田が言った。

「え? わかるんですか? 」

 山本が尋ねると、

「俺は自衛官だぞ。そりゃ、わかる」

「つまりは、ここで最後を心穏やかに待ったらいい」

 そう言うと、松木と柴田が入って来た扉が閉められた。

「え? 」

 驚いて、再びこじ開けようとするが、当然開かない。

 閉じ込められた。

「松木さん、ジャマー使いませんか? 」

 柴田が言ったが、小野田が答えた。

「無理だ。ここは広すぎる。奴までの距離を考えてもここでは効果が薄い」

 松木からジャマーをもらって、山本、小野田が加藤目掛けて走り出そうとすると、加藤が咄嗟に何かボタンを出して、彼らに向ける。

「無駄に突っ込んで来るのもよした方がいいと忠告しておく。下手をして私の機嫌を損ねると大きな代償を払うことになるよ」

山本、小野田は動きを止めた。

「そうそう、それでいい。時間まで少しお話をしよう。人間と膝をつきあわせて雑談するのは久しぶりだ。で、君は相当な量の電磁波を引き連れているね」

 加藤は、若葉に言った。加藤の興味は未だ若葉の能力にある。

「見えるの? あなたも」

「当然だ。科学的な根拠があれば、我々には見ることは可能だ。相当に濃縮された電磁波の塊だ。こんなものに囲まれて、よく平気でいられるものだ。人はこれを「呪い」とか「祟り」とか言うのだろう。理屈が分かれば、大量の電磁波に長時間晒されることで引き起こされる健康被害だということが分かる」

「これを理解してもらえるのは、すごく嬉しいけど、なんか腹が立つ。あなたには、ただの電磁波の塊にしか見えないのだろうけど、私にはちゃんと一人ひとりの姿も顔も見れる。ただの物や現象みたいに言われるのは納得いかない。なんだかんだあるけど、彼らは彼らなりの思いや願いや恨みや悲しみ、怒り、感情があって死んでもここに存在してるの。嫌な奴らだけど、そんな風に言われるのだけは、何か腹が立つ」


 だんだん若葉の毛が逆立って来た。

 力がどんどんと集約されていくように、若葉の周囲が薄く光り出していく。

「おおーっ、素晴らしい・・・」

 加藤は、それを見ると、恐れているというより、何か魅入られているようなように見えた。

「おい、何だ? 何する気だ? おい、若葉っ! 」

 松木も、こんな若葉は見たことが無い。いや、おそらく自分の能力に常にネガティブな感情を持っていた若葉なら、こんな力はなかっただろう。肯定され、認められ、自分自身もそれを受け入れ、迷惑な存在としか思っていなかった彼ら霊という存在も肯定したことで、その膨大なエネルギーを操れることができるようになったのだ。

「伊藤ちゃんっ! 」

 さすがの柴田を腰抜かしそうになっていた。

 凝縮されたエネルギーは、若葉の手、一点に集約されたようになり、手を中心に放電し始め、異様に光り輝きだした。

「すっ・・・すごい。ま・・・まるで、「かめはめ波」みたいだ」

 小野田が、つぶやいた。

 隣の山本に至っては、感動して涙がこぼれ落ちていた。

(神っ! 尊しっ! 一生ついてきますっ! 若葉ちゃんっ! )

 口にできない分、感情が表に出過ぎてしまった。

 多田はと言うと、いつの間にかそこにいなくなっているが、そもそも誰も多田に期待するものはないので、そんなことに気付く人間はいなかった。


 とは言え、今まさに、若葉から放たれようとしている。

 その威力は、誰も想定できない。放つ若葉でさえ、わからないだろう。

「くらええええーっ」

 渾身の気合を込めた一撃が、雷光のような光と共に若葉から放たれた。

「ぬおおおおーっ! 」

 その一撃は凄まじく、直撃した後、対象物の衣服は瞬く間にその衝撃によって消し飛んでいった。

 おそらくマスクをはぎ取るために放ったものだろうが、その威力は想定を遥かに凌ぐものだった。

 

 さらに、想定を遥かに凌いだことがあった。

 それは、


 その直撃した相手が、小野田だったこと。

 

 衣服を全て吹っ飛ばされたが、幸い一番重要な所は何とか残った。


 なぜ小野田に当たったのか。

 簡単な話で、若葉と加藤間の直線上にいたからだ。


 小野田の言い訳を言うなら、まさか本当に「かめはめ波」を撃つとは思ってなかった。

 小野田は後日言った。

幽波紋スタンドかと思ったら、幽波動砲だった」

 小野田がどうしても言いたかったみたいだが、特に何の意味もない言葉だった。

 逆に若葉は、この一撃を放って、

「次は、超電磁砲レールガンが撃てそう」と意気込んでいた。


 とにかく、若葉の渾身の一撃はただの誤射となって、敵に何のダメージも与えることなく終わった。

 しかし、味方にはダメージというより、この上なく迷惑な状態となってしまった。

「あ、小野田さん、きゃあああーっ! 」

 誤射したことを謝ることも、失敗したことを詫びる間もなく、目の間に立つ小野田の姿に問題があった。


 最後に残った守り抜いた一枚の下着が、赤フンだった。


「あらやだ。いいじゃない。」

 多田は、年の功とも言うべきか素直に喜んだが、うら若き乙女をまだ演じていたい若葉は、それなりのリアクションをしてしまった。

「やめろっ、触れるなっ、面倒くさいっ! 」

 見慣れているのか、以前にもそういう事があったのか、山本は、小野田の鍛え抜かれた見事な肉体にも赤フンにも触れて欲しくないようだった。

 松木と柴田はというと、

「おお、若葉、すごい・・・、おうっ?! 」

「おおうっ?! 」

 若葉の凄い一撃に驚いたが、次の瞬間に起こった衝撃が強く、その関心はそっちに移行していた。

 柴田のカメラが、うっかり小野田に向きかけるのを松木が必死に止める。

「柴田ぁーっ! 待てっ! 押さえたい気持ちはわかるっ! わかるが、ここは堪えろっ! ダメだ、コードに引っ掛かる。配信止められるっ! わかるだろ! 耐えろ! BANされるぞっ! 」

「うーっ! ううーっ! 」

 柴田は下唇を噛んで、興奮しつつ耐えようとしている。


「驚いた。電磁波を使った振動波を放つとは、すごい力だ。奇跡的な力だよ。発生源は彼女によるものではないが、あれだけ強力なものを体に通しても大丈夫とは、驚異的な体だ。素晴らしい肉体だ。それにもう一つは、それを喰らった貴方だ。あんなものをまともに喰らえば、肉体をも粉砕してもおかしくないのに、衣服だけで済むとは、これもまた恐るべき驚異の強靭な肉体の持ち主と言っていい。素晴らしいっ! ぜひ欲しいっ! 君たちはこれを前にしてなぜ、そんな対応なのだ? 」

「このやろう、面倒くさいとこ触れやがって」

 山本の言う面倒くさいというのは、小野田の性癖なのだろう。

 自身の肉体に絶大な自信を持つ者には、ありがちだが、小野田は、そもそも脱ぎたがりなのだ。しかも、肉体をより誇示したい、ナルシストの気がある。よって、赤フンなのだ。

「ふんっ! そうか、確かにお前のような者にも、この肉体のすばらしさが理解できるのだな。そうだっ! 人間、つまるところ、裸こそ最強だっ! 全てを晒してしまえば何も恐れるものはないっ!敵に付け入る隙すら与えないのだっ! 」

 失敗した若葉に気を使って、虚勢を張っているわけではない。彼は本心から自信満々に言っていた。

「ただ、脱ぎたいだけだし、見せたいだけだろ」

 山本はすでに分かっているので、ツッコむだけだ。

「何言ってんのよ。裸じゃないじゃない。全て晒してないじゃない。

大事なところは隠してるじゃないのよ」

 多田は、更に容赦なかった。

「何あおってんのよっ! やめてよっ! 」

 若葉は顔を覆いつつ、指の隙間から小野田の肉体の背後、特に尻のあたりを隠れ見つつ、恥ずかしそうに言った。

「この人、脱ぐわよ。そんなこと言ったら脱ぐわよ。本当に全てをさらけ・・」

 山本もさすがに小野田の全てを見る気にならない。

「出さぁぁーんっ! ・・・最後に守るべき個人情報があるとすれば、それはここだっ! いや、まさにこれこそが生命の起源であり、DNAの根本だからだっ! そうだろうがっ! 違うかっ! 」

 小野田は赤フン一丁で堂々と力説した。

 が、松木はこれに冷静にツッコんだ。

「いや、違わないけど・・・。そうじゃないだろ、明らかに」

加藤が感極まって、拍手までした。

「素晴らしい。実に素晴らしいぞ、人間。そうだ、全くその通りだ」

松木は加藤のリアクンションが理解できず、

「そんな話じゃねえって言ってんだよ。ただの方便だ」

「いや俺は結構本気で言ってるんだがな」

 小野田はそうだろう。

 ただ、まっとうな人間なら、そうは取らない。

 しかし、加藤は感動に打ち震えているように言った。

「方便であろうと、単なる下ネタであろうと、そんなことは問題ではない。彼の言ったことが、全てにおいて真理ともいえる言葉だということが大事なのだ。本質を正さず、自分たちが何者であるのかも忘れ、まるで神に愛されてるのが自分たちだけであるかのように振舞い、はき違えた自由と権利ばかりを空念仏の様に主張する。そうやって、君らは、生物の矜持すら忘れ、我々の歩んで来た道を振り返りもせずに進もうとする。・・・その先にはもはや滅亡しかないのに・・・」

「え? 何? いきなり説教はじめてんの? 」

 加藤の言うことは、山本にも、おそらくこの面子の誰にも響いていない。なぜなら、彼ら、彼女らは全員独身で、特に結婚願望も抱いていない。まして、子供を作ることなど論外であった。

 加藤の力説は、最も響かせたい人間に最も響かなかった。


「君たちには、ほとほと失望した。ならば有史以来、見守って来た君たちが滅んでいく姿をただ見るのも忍びないじゃないか。せめて、先導者の責任として、私たちの手で引導を渡してやるのも、また親

心だと思わんかね? 」

 加藤はさっきから持っていたスイッチのようなものを再び掲げて見せた。

「さっきから気になってたけど、何かなぁ、それ? 」

 山本がやっと指摘した。

「君たちだけ逝くのは心細いだろう。大丈夫、みんな送ってあげよう。すべての抵抗が無駄だったと後悔しながら」

 山本、松木、小野田が加藤に近づこうとする。

 しかし、この段階になると、誰も、そもそも何故ボタンが存在するのか、ツッコみもしなくなっていた。何度も言うが、マニュアル装置など、そもそも彼らには必要ないはずだからだ。


「やめた方がいい。あまり私を刺激すると、すぐにボタンを押してしまう」

「ちいっ!」

 このマニュアル装置を敢て作ったのが、これを効果的に使う方法が今のこの状況なのかもしれない。

「見給え、空を」

 全員、空を見る。空に巨大な宇宙船の影が浮かんでいた。空の青さではっきりとは見えない。おそらく成層圏より上、衛星軌道上か、もしくはその下にいるのだろうか。

「なんだ? ありゃ? 」

 松木が言うと、

「望遠使わなくても、あのデカさ。」

 柴田も驚いている。

 山本も小野田も、そして多田も、その姿をしっかり見ていた。

 若葉も見上げてはいたが、何か他の連中とは違っていた。

「我々の母船だ。地球の重力圏外、この基地上空にとどまっている。船から投下される物の軌道上、落下地点がちょうど日本になるようにね」

「一体、何落とそうって言うのよ? 」

「我々が人類にもたらした技術の中で最も強力な兵器だよ。そのオリジナルというべきかな。一発で日本列島を消滅させられる程の威力だよ」

「まさか・・・水爆? 」

 小野田が戦慄しつつ言った。

「威力は世界最強の核兵器と呼ばれる「ツアーリボンバ」以上だよ。あと数発用意がある。日本を始めに、人類の3分の2は消えてもらおう。君たちの目指す理想的世界の実現のために、一役買ってあげようじゃないか」

「・・・冗談だろ」

 松木も柴田も、さすがに恐怖に震えた。

「あれだけの位置に母船があるなら・・・」

 山本が、そう言った。山本の言いたかったことは、加藤はすぐに見抜いた。

「ああ、今、君、希望を持ったね。たぶん、ここに落ちるであろう戦術核を母船に向けてしまえ・・・なんて、そんなこと、想定してないわけがないだろ。届かないよ、どう頑張ってもね」

「マジで・・・」

 山本も、さすがに絶望に支配された。

 加藤は、まさに勝ち誇ったように、演説ぶった。


「すべてが無駄な抵抗であったようだね。勘違いをしてもらっては困る。君たちは勝ったとでも思っているのか? できる限りの情けを掛けたというのに、我々の恩情を君たちはただ裏切っただけだ。その証拠に、我々は今でも誰一人として損失していない。君たちはただ我々の作った肉人形を無力化させてるに過ぎないのだ。それこそ原始より我々は常に天上にあって、愚かな人間を見守り、育み、導いて来たのだ。この世に神という存在があるとすれば、それは我々だということだ。

 これは〝教訓〟なのだよ、諸君。

 我々に逆らうことがどういうことか、かつてのソドムとゴモラのようにこれは神罰であり天罰なのだ! 愚かな人間どもよっ、神の怒りを知るがいいっ! 」


 加藤は左手を振り上げる。

 その左手の下ろす先に盤に置いた例のスイッチのボタンがある。


「やっ・・やめろおおオオオォォォ-! ・・・タダ? 」


 叫んだあと、妙に緊張感に欠けた言葉が出たのは、ここで、全員がやっとあることに気付いたからだった。

 いや、気付くのが遅いくらいだ。

 もう、それこそ若葉が例の「かめはめ波」を撃つ前くらいに一旦、いなくなり、その後、小野田の赤フン姿の話題の時にしれっと発言してた頃から、すでに彼女はそこにいた。

 いたのにも関わらず、誰も彼女の存在も、この場に対して必然性も必要性も感じていないせいで、彼女のいる位置にも注力していなかった。

 しかも、味方もさることながら、驚くべきことに加藤も全く同じだった。

 今、この時に、初めて自分の隣に多田がいることに気が付いたのだ。

 驚いて、今、まさに振り下ろさんとする手が止まってしまった。

 全員もただ口をあんぐり開けたまま、活動が停止している。


「あのさ、神様って言うなら、お願い聞いてくれる? 私にお金と若さとイケメンを頂戴。あ、もしかして、お賽銭いる? それじゃ、はい」

 と言って、操作盤の上に小銭を一枚、落とした。

(チャリーン)


 一同はようやく、口を開いた。

「いつの間に・・・」

「何してるっ! 」

「とにかく、早くっ! 」

「そいつを止めるか、スイッチを奪えーっ! 」


 加藤は盤の上に放り投げられた小銭をただ見つめていた。

 そして、カラカラと回転し、それが止まった小銭を拾い上げると、

「・・・っ! ご・・・五円玉っ! 」


 若葉が叫ぶ。

「早くしろっ! 」

 そして、最後に5人揃って、

「タダァーッ!! 」と絶叫した。


 加藤は打ち震えた後に、

「ふざけんっ・・・」

と止めてた左手を振り下ろすより早く、

「オオタだよっ! 」

 多田のツッコみと同時に彼女の手はスイッチのある台を思いっきり叩いていた。


「あんたらねっ! もう何度も何度もっ! 何回ツッコめばいいのよっ! 」

 喋ってる間、くどいほど机を叩いていた。全員、ただ絶句していた。その叩いている位置は、どう見ても、どう考えても、スイッチのボタンがあるのはわかっている。


「あれ? そう言えば、さっきなんか言った? ああ、そうだった。止めるんだったわね。なにこいつ、固まってるわよ」

 加藤も、全ての想定を覆す多田の行動に、完全に思考停止してしまったのか、固まって動かない。

「取っちゃうわよ、そんなんなら」

 多田はそう言うと、すでに押してしまっているスイッチをこれ見よがしに取って見せて、高々と掲げてみせた。

「あら、そういえば、何気にこのボタンみたいなやつ押しちゃってたけど、良かった? 」


 そう、彼女は肝心な話を隣にいながら聞いていなかった。

 いや、前からそうだった。どうやら、興味のない難しい話や、ダラダラ長い説教は聞かない人間なのだろう。

 押したことで何が生じるかぐらいは、聞いていて欲しかった。


 加藤は崩れ落ちるようにへ垂れ込んだ。

 神の意志を示すようにした一大 フォーマンスが台無しにされたことにショックを受けたのは間違いないが、それ以上に、全く予測のつかない、いや、信じがたい行動をした多田という人間の個性に、とてつもない敗北感を味わったからなのかもしれない。


「あいつ・・・肝心なところ聞いてなかったのか」

「そうみたいです」

「これは、俺たちのせいじゃないよな? 」

「本人に事実を伝えてみたらどうすか・・・」

「・・・みんな死んで詫びるからいいんじゃないですか」


 うなだれていた加藤が、ゆっくり立ち上がった。

「おっ! なんだ? 立ったわね。まだやるって言うの? いいわよ、かかって来なさいっ! 」

 へっ り腰で構えながらくねくね動き回る多田を無視して、加藤は5人に向けて言った。


「どうやら、完敗のようだ。たった計算が終わった。天文学的可能性の奇跡が起こったようだ。母船から発射された水爆の落下軌道と戦術核ミサイルの弾道がドンピシャのタイミングで合った。大気圏外で衝突する」


「は? 」


 聞いていた全員がほぼ同時に言った。


「おめでとう。それなりの犠牲を払うことになるが、とりあえず、危機は去った。君たちは、神に勝利したわけだ。そして、神を殺した。その代償を払った後に、君を何を得るのか。楽しみだ」


「ん? 何を言って・・・」

 松木も柴田も山本も、加藤の言っていることが理解できずにいた。

 しかし、小野田は、加藤の言った一部分に反応していた。

「いや、ツアーリボムと同等かそれ以上の水爆と戦術核が衝突するて、それって、もしかして・・・」


「伊藤若葉だったか・・・」

 加藤は、若葉を見た。

「我々にも、死というものがあって、魂というものがあれば、君の周りにいる彼らのような存在になれるのだろうか」

「え? 」

「いや、個という存在のない、単なるデータである我々はなり得ないだろうな。彼らも肉体と言う器によって成り立っている存在だ」


『得られなくて、とても残念だ』


 そう言った。

 加藤のその言葉とは、若葉の特殊で稀有な能力と肉体を有した存在を得られなくて残念だったのか、それともなんなのかはわからない。

 

 ただ、その一言を言い終えた瞬間、

(ドオーンッ)

 というとてつもない音と共に空が一瞬明るく光る。

 それは雷と言うものではなく、まるで水辺に広がる波紋のような光だった。

 光に遅れて、

(ブウーンッ!)という波のある低い音が響くと、突然、加藤は電池切れのようにその場で斃れた。


「え? 何? 何よ? どうしたの? 」

 多田も突然のことで驚いた。彼女の場合は突然でなくても多分、驚くだろうが。

「おい? さっき空光ったよな」

 小野田が言った。

 山本も松木も柴田も、空を確認している。彼らも目視できる光の波紋だった。

 そして、若葉も普通にそれを見た。

「どうした? なんで急に加藤が止まった? 」

「マスクつけたままっすよ」

「あの・・・、松木さん、ホールが消えてるんですけど」

 若葉が、加藤のいた操作盤の左側にあった「ゲート」が消えていることに気付いた。

「はぁ? 」


 小野田が言った。

「こりゃあ、何だな。0.000001秒のタイミングのズレでもこうならなかったくらいの奇跡としか言いようがないな。発射ボタンを押した奴に感謝してもしたりないくらいのもんだ」


 一同は多田を見る。

「・・・あれ、それ私よねぇ? 私でしょっ、ねっ私だよねぇ? ね? ね? ね」

 話も聞かずに、知らない上で、ただ偶然勢いに任せて押しただけなのに自慢気にアピールする多田に対して、ただ冷めた目を向ける。

「ちょ・・・、ちょっとなんか言ってよ。私のおかげなんだよねぇ? 」


 全員、嫌な顔をしつつ、低いテンションで声を揃え、

「・・・グッジョーブ」

 と、顔を伏せたまま親指を立てた。

「ちょぉっとぉ、それだけぇっ? 」

 

「それじゃ、あの母船もその爆発に巻き込まれたんで、奴らがああなって・・・」

 山本が、さっきそう願ったこと叶ったかのように、期待を込めて言うと、柴田が空を見て指さし、

「え、でもまだ母船見えてますよ」

 全員、上を見た。

「あの、すみません。その母船なんですけど・・・」

 と、若葉が何か言いかけたが、続けて柴田が言ったことで切られてしまった。

「でも、なんかさっきより小さくなってるかも」

「いや、どんどん小さくなってるぞ」

 松木がそう言うと、小野田は落ち着いた口調で言った。

「爆発には巻き込まれなかったが、爆発の衝撃で地球から離れているんだろう」

「はああ? 」

 山本には、まだ何が起こったのか分かっていないが、小野田はどやらわかっているようだ。

「とりあえず、日本国内も含めて奴らは全滅したよ」

「全滅って、死んでないでしょ? 」

「ま、ほぼ死んだに等しいな。本当の意味で全滅」

「いや、意味わかんないんだけど。いいわ、向こうの状況含めて、変態に訊くわよ」

「やめとけ。通じないから」

「あれっ? もしもし? もしもーしっ! あれ? あれ? え? ナニコレ? ちょっと? 」

 山本は、スマホも手にしたけど、電源すら切れていた。

「どうしたんですか? 」

 若葉が訊いた瞬間、今度は柴田も。

「あれ? あれ? ・・・え? え? ええ? 」

「どうしたんだよ? 柴田? 」

 松木が訊くと、

「まだ、バッテリー十分あったはずなのに・・・」

「ええ? そっちも? あたしもよ? 」

 山本も柴田も、狼狽えるばかりで、状況がわからない。

「おいおい、ちょっと待て、もしかして配信切れたのかよ? 」

 松木は、配信がBANされたのかと思ったが、

「というより、カメラも切れちゃってんすよ」

 柴田の撮っていたカメラが切れてしまっていた。

「・・・ああっ、やはりあれか」

 小野田がそう言うと、

「そういや、なんかさっきから訳知り顔で言ってますけど、これ、何がおきてるんです? 」

 山本や松木、柴田が、小野田を見た。

「ああ。わかる。こりゃ、あれだ」

「あれじゃ、わからん。はっきり言えっ! 赤フンっ! 」

 忘れてもらっては困るのだが、あの時からずっと、小野田は赤フン一丁のままである。

「HEMPだよ」


 HEMP? 




第十章  終結



「は? なんて? 」

 山本は、それではわからないが、松木はそれに食いついた。

「マジか? ・・・電磁パルスかっ! 」

「電磁パルス? 」

 山本は、それでも理解できない。しかし、柴田はこれを聞いて、はっきり理解できたようだ。若葉と多田は、言わずもがな、山本と同じだ。

 小野田は仕方なく、女子三人にもわかるように解説した。

 くどいようだが、赤フン一丁の姿である。


「ああ、しかも超高高度核爆発電磁パルスだ。一個はツアーリボムに匹敵する規模の水爆だし、そいつにさらに小型戦術核をぶつけたんだ。そら、とんでもない電磁パルスが発生するだろうよ。母船はそれを至近距離でもろに食らったんで、完全に機能停止したんだろ。あいつら全員、その母船に自分たちのデータを保存してたんだったら、パソコンが停電で全部のデータを消失するように、あいつらのデータも消失したってことだろうな」


「え? ていうことはつまり? 」

 なんとなくぼやっと理解したが、若葉は結論的な答えを求めた。

「あいつらが全滅、完全に死んだってことかな」

 松木が答えた。

「え? でもその電磁パルスが消えて復旧したら、またデータ復活するかもでしょ? 」

 山本も半分理解した中で訊いた。

 するとそれは小野田が答えた。

「それ、誰が復旧するんだ? 奴らの場合、いないだろ誰も」

「ああ、そうか」

「じゃ、あの母船はこれからも無人のまま宇宙をさまよい続けるってことなんだ」

 多田が珍しく話を聞いていたようで、自力で結論を導き出した。

「神を名乗った瞬間、神に見放されるとは、因果なもんだな」

 松木はそう言うと、加藤が最後に言った、

「神に勝利し、神を殺した」

という意味がわかった。

「肉体を欲してなかったら、まだ、神でいられたかもしれなかったのに」

 若葉がそう言うと、山本は少し考えこんで、

「・・・なんだろ、あいつら、本当に肉体だけだったのかな? 」

「ああ? 」

 小野田が、返すと、山本は続けて言った。

「肉体だけなら、他にやりようはいくらでもあったんじゃないかって思って」

「じゃ、何を求めてたって言うんだ? 」

「わかんないけど、たぶん、人間になりたかったんじゃないかな。見下してるように見えて、実際は憧れてたかもしれない。あいつらは〝個人〟という概念を肉体と共に失ったって言ってたから、個人を特定する証明まで求めてたのは、単になりすましの為でもなかったような・・・」

「・・・かもな。人間という生き物になりたかったか・・・」

「私、何万年も意識だけで生き続けるってなんか想像もできなくて」

 

 何か急に、奴らがとてつもなく悲しく、寂しい存在に思えてならなくなって来たのか、全員、少し黙ってしまった。

 彼ら曰く、有史以来より人類を見つめ続けたのは、ただ、失った肉体を求めたのではなく、肉体に宿る〝個〟というものにあこがれを抱き続けていたということかもしれない。そのあこがれは、いつしか、欲求となり、ついに行動に移すことになった。


 若葉は、加藤が言い残した、

『得られなくて、とても残念だ』

という言葉の意味を考えた。

 これは決して、若葉のことを言ってるわけでもない。


 彼らはおそらく〝魂〟を欲していたのではないだろうか。


 一言で〝魂〟というものを説明はできない。しかし、全てを科学という側面で世界を見ていた合理的思考の彼らにとって、極めて漠然とした観念的で非合理な概念であるはずの〝魂〟というものに憧れていたというのはなんとも皮肉なものだが、であれば猶更、それを欲することが、なんとなく理解できそうな気がする。

 だからこそ、彼らは霊と言う存在も科学的に理解しようとしたのだろう。

 彼らの解釈が正しいのかどうかは、科学的検証すらしてない今の人類にとってわからない。霊の存在を見ることができる若葉ですら、わからない。

 しかし、加藤は、その霊の存在すら憧れであったと言った。

 彼らの解釈を、仮に正しいとするならば、霊とは、脳や肉体に宿る意志という電気信号が肉体の機能を停止しても残り、それが電磁波を帯びることにより単体で存在し得る、人の目には見えぬ意識体となった物ということだ。

 その意識体には、その肉体の宿主であった者の精神、感情がはっきりと残されている。彼らはそれを〝魂“と呼ぶのだろう。


 つまり、〝魂〟とは〝個〟の象徴であるということだ。


 感情を持ち、精神を持ち、自我を持つ。

 その本質は、エゴだ。


 そのせいで時に他者とぶつかり、他者を遠ざけ、他者を傷つける。

 でも一人では生きていけないから他者を意識し、他者に寄り添い、他者に依存し集まる。


 自らの存続の為に他者と交わり、共に協力し、共に平穏に生きて行くことは不可欠でありながらも、理想ともかけ離れた不可能な現実でもある。

 

 常にそういったジレンマ、要するに自己矛盾を抱えている。


 その理想の最適解とは、彼らのように〝個〟を捨てなければ成し得ないことだろう。

 理想を実現する最適解を得て、彼らは〝完全体〟を得た。

 不朽の精神体として、高度な文明と技術を保存し、時に実行した。

 捨てる物を捨てて得たことで、最上位の存在となり得たのだ。

 それは、彼らにとって誇りであったろう。


 しかし、それでも彼らは、なお再び求めて止まぬものだったのだ。

 例え、恒久の争いを、苦しみを、悲しみを、憎しみを生むようになろうとも、それが避けられぬものであっても、〝魂〟を求め、その器たる肉体を求めたのだ。

 

 つまるところ、どれだけの存在になろうとも、どれだけ長い時を経ようとも、自身の中に自己矛盾を抱えたままだった。


 彼らは、これを人類に示唆していた。


 理想とする目的と発展と存続のために、住むべき星を失い、肉体を失い、そして、〝魂〟というべき〝個〟まで失った。

 決してこうなってはならないと、それは数万年にも及ぶ全体を一つとする苦しみしかないのだと。


 ただ一つだけ、若葉だけは彼らをそういう風に見ていない。

 いや、何か矛盾するような話になるが、松木や柴田、多田、小野田や山本、多くは佐藤や政府の人たち、普通の「見えない」人々ではなく、彼女は「見える」ので、彼女の「見た」彼らと、「見えない」

人たちの「見た」彼らとでは、違うということだ。

 若葉の「見た」彼らは、少なくとも何も失ってはいないはずだ。

 これから先に失うであろう人類の未来を予測して、失ったと思っている連中に見えた。

 ただ、何度かそれに気づいて言いかけたが、もう終わったことなので、わざわざ言わなくてもいいと思い、言うことを辞めた。


「だとしたら、やっと死ねたんじゃないですか。とりあえず、ほんの少しだけど体が持てて、人間にもなれて。名前も家も仕事もあって。意外と本望だったのかも」

 若葉はそんな気休めを言って、なんとなく奴らに同情的になってた皆の気を紛らせた。

 ただ、やはり気休めでしかない。なんとなく空気はまだ重い。


「何かしみったれてるわねぇ! そこの赤フンは、そんな格好でなに格好つけてんのよっ! 聞いてるだけで笑うてまうわっ! つまり、なんだかよくわかんないけど、結局は勝ったんでしょ。私のおかげでっ! 」

 こういう時だけ、この多田の存在は大きいのかもしれない。

 多田の言葉を聞いて、皆揃って、

「・・・はあ」

と大きく溜息をついた。

「ちょおっとぉっ! 」

 多田はそう言ってツッコむが、今の溜息で、なんとなく悪い気も吐き出せた感じがした。


 柴田が、何やらふと気づいて、カメラをカチャカチャいじり出した。そして、何かを確認できたのか、松木に向かって涙目になり、

「松木さぁ~ん。撮ったデータが全部消えちゃったよぉ~っ! 」

と言い出した。

「そうかぁ、そうだよなぁ~っ。うわぁ~っ、ちくしょーっ! 」

「配信はしてたんでしょ? ま、誰か記録してるわよ」

 山本が気休めに適当な事を言うと、

「だめなんだよ、それじゃあ。権利関係がややこしくなっちゃって、結局、こっちが買い取らなきゃなんないんだからよぉっ! くそ」

「いいじゃないの。今回の働きからしたら、国民栄誉賞もんよ。国連でも表彰されるかも。人類史上初めて異星人の侵略を撃退したんだから帰ったらヒーローじゃない」

 また、山本は気休めを言ったが、小野田がそれを聞いて、呟くように言った。


「まあ・・・、生きて帰れればな・・・」

「え? 何? どういうこと? 危機は去ったんでしょ? 」

 冗談のように聞こえたのか、山本は半分笑って尋ねた。

 しかし、赤フン一丁野郎は、真面目な顔して答えた。

「電磁パルスが地球のどの範囲まで影響してるかわからんが、電子機器は全部動かんからな。まず地上まで出るのも一苦労だろ。忘れてるかもしれんが、俺たち閉じ込められてるし」

 山本が、珍しく落ち着きが無くなって来た。

「え? 何? 何言ってんの? ワープホ・・・「ゲート」使って日本に帰るんでしょ」

 それには若葉がすぐに返して来た。

「だから、そんなのとっくに消えてるって、さっき言いましたよね」

 それを聞いて、みんなが一様に慌てだした。

「ちょっと待て、ここって? 」

 聞かなくてもよく知ってるはずの松木すら聞いてきた。

 小野田はただ冷静に答える。

「アメリカのネバダ、エリア51。周囲200kmは荒涼とした砂漠地帯だ」

「周囲200kmっ? ・・・え、でも。救助とかは? 」

「救助なんか待っても誰も来ない。通信も途絶、レーダーもGPSも使えんのだから」

「え? てことは? 」

 若葉も事態を飲み込んだようで恐る恐る聞いてみた。

「ああ・・・、こりゃ、下手すると死ぬな・・・」

 小野田が、呟くように言った。


「こうなったらっ! 奇跡に賭けるしかないっ! もはや、手段を選んではおれないっ! 若葉っ! 今こそお前の力をフルに生かす時だ。お越しいただいた皆さんに、何とかしてもらおうっ! 」

 松木が、若葉の肩をガシッと掴んで言うと、柴田も、

「そうだよっ、伊藤ちゃんっ! 頼むっ! 」

「若葉ちゃんっ! お願いっ! 助けてよっ! あたしまだ死にたくないっ! 」

 柴田も多田も一斉に縋りついてきた。

「それができるなら、俺も頼みたい」

 小野田も赤フン一丁のくせに縋ろうとしたから、それはさすがに遠ざけた。

「わぁ~かぁ~ばぁ~ちやぁ~んっ! お願いっ! もう正直に言うから助けてぇ~っ! 」

 山本が尋常じゃないくらいの勢いで泣いて縋りついてきた。

 これには若葉もさすがに引いた。

「しょ・・・正直にって、な・・・なんですか? 」

「わ・・・私っ! 実は、若葉ちゃんのユーチューブチャンネルの登録者で、ずっとファンだったのっ! あなたのSNSも全部フォローしてたっ! だから、本当は会えてすごく嬉しかったのぉ~っ! 

もう一生推し活続けるって決めてるから、お願い、助けてぇ~! 」

(えええ~っ、それ純粋にうれしいけど、なんで、初めから言ってくれないの? なんか、カミングアウト的に言われると、言うの恥ずかしいのかなって思っちゃうんですけどっ)

 そう思った若葉は、それとなく他の連中の顔を見ると、全員が目を剥いて山本を見ながら引いていた。

(いや、もうこれは聞かなかったことにしよう)


 気を取り直して、

「仕方ないですねぇ。わかりました。じゃ、とりあえず、扉を開けてくれますか」

と言って後ろを振り返った。


 と、若葉が振り返ったまま何も言わずに3秒ほど固まっているので、縋りついてた連中も、遠ざかってた赤フン小野田も揃って、

「おい、どうした? 」

と尋ねると、若葉の体が急にフルフルと震え出し、ゆっくりと顔を向け直すと、その顔は、もう泣いていた。

 そして、震える声で、

「見えなぁ~い・・・。いなぁ~い。みんないなくなってるぅ~」


「は? 」


 山本が、はたと思い出したように、

「そう言えば、加藤が言ってたわね。あれって電磁波の集まりだって」

 赤フン小野田も、それを思い出したようで、

「ああ、確かに言ってたな」

 ただ、同じくその場にいた多田は、

「ええ? そんなこと言ってた? 」

 と言ったが、それは聞き流して、小野田が、

「ああ、てことは、電磁パルスで吹っ飛んじまったかな」

「それか消えて無くなっちゃったか」

 山本がそう言うと、松木も、

「それか、お前の能力も影響で使えなくなってんのかもな」

「よかったじゃん。伊藤ちゃん、能力消えたよ」

 柴田が言うと、すかさず、全員で、

「よかないわ、全然。使えんわぁ~、引くわぁ~」

と綺麗にハモッた。


 もはや、若葉は泣くことしかできなかった。


「ああ~・・・、こりゃ、死んだな」


 全員が一糸乱れることなく、綺麗に揃って言えた。



「あ~あ、閉じ込められちゃったよ」

 大江が言った。


 日本の東京、市谷駐屯地内のサイバー防衛隊本部、サーバーも落ち、電力も、通信も落ちた。中は暗闇で、オートロックのかかってたドアは、ロックの解除もないまま電源が落ちたので、出ることも

できない。

 この部屋に閉じ込められた大江以下サイバー防衛隊の精鋭たちは、真っ暗闇の中、いつ来るかわからない救助を待つしかない。

「ま、そのうち来るでしょ」

「でも、ロックの解除もできないんじゃ」

「大丈夫だよ。結局、最後は人力に勝るものはないってこと。それでも開かない程頑丈なら、バズーカーでもなんでも使うでしょ。ここ自衛隊の駐屯地なんだから」

「はぁ・・・」


 暗闇だから、誰が喋っているかわからない。ただ、話していないと、長時間の暗闇に精神が耐えられない。

 寝るか話すかしかできない。

「あー・・・、帰りたい」

「それ言わないで下さい。この状況じゃ一番の禁句です」

「ああ、そうだね。ごめん」

 少しの沈黙が続いてしまった。

 大江の失言のせいで、どうも場の空気が悪くなってしまった。


「あっ、じゃあさ、暇だから僕の見解聞いてもらっていい? 」

「見解? なんのです? 」

「奴らは一体、何者なのか」

「・・・え? 宇宙人じゃないんですか? 」

「君ら、本当にそれ信じてるの? 」

「へ? ・・・え? 違うんですか? 」

「違うとも言えないけど、そうだとも断言できないでしょ」

「ま、そらそうですけど、でもそう言ってたんでしょ? 」

「言ってただけさ。じゃ、少なくとも奴らが宇宙人と言えるもの、何かある? 」

「UFOだって、グレイだって」

「それ見たの? 見てないでしょ。一度だって出て来てない」

「え? ああ、そう言えば・・・。でも、ほら、肉人形とか、それこそワープホールだとか、我々の科学じゃ、実現不可能な技術を持ってますよ。それはどう説明できます? それに、空にバカでっかい母

船だってありましたよ」

「確かにね・・・。それは、彼らを宇宙人と思うに等しい証左と言えるかもね。でもさ、本当に実現不可能なのかな。理論上は作れるわけだよね」

「・・・作れますか? 肉人形はともかく、それこそワープホールなんて・・・」

「人の想像できるものは、大体は実現可能だよ。都市伝説じゃ、すでに旧ソ連時代とか、アメリカが作ってるって話もある。遠く離れた別の場所に人が瞬間移動したとしか思えない事例だっていくつもあるよ」

「いや、それはただの理屈ですよ」

「理屈だよ。でも、理屈って大事だよ。これを都市伝説だって一笑に付すんならさ、だいたい、UFOと宇宙人なんて、まさに代表的な都市伝説だよ。こっちは信じて、こっちは信じないなんて逆にお

かしくないかい? 」

「なるほど・・・、確かに・・・、ていうか、何かそう思う根拠があるんですよね。大江さん的に、おかしいと思う何か」

「う~ん。どうにも胡散臭く感じたのは、それこそサイバー攻撃だよ」

「へ? そうなんですか? 」

「奴らが進んだ技術を持っていて、それこそ、インターネット上を自由に動き回れる存在だとしてだよ。だったら、やり様はいくらでもあるはずなんだ。それこそ僕らなんかでは太刀打ちできないよう

な手段とか。ところが使ったのは、なんと、僕の作ったハッキングシステムだよ。確かに手前みそで恐縮だけど、僕のシステムは最強だと思う。でも、やはり進んだ科学技術を有するっていう割にはお

粗末過ぎるような気がしてさ」

「・・・それは、単純に大江さんがすごいってことなんじゃないですか。なんですか? 要するに自慢してるんですか? 」

「違う違うっ。そういうことじゃなくて。他に言うなら、例えば、ジャマーだよ。市販の妨害機で、一網打尽にできるっていうのも正直お粗末だし、マスク剥いだら無力化っていうのもそう。・・・なんて

言っていいのかな、どれをとっても、僕らの想像の域を出ないんだよ。神に等しき存在って言うからには、もっと信じられないような奇跡的な技術を見せつけるべきなんじゃない? 僕らの戦意を完全に挫くぐらいの」

「ああ・・・まぁ。・・・でも、さすがに母船とか、水爆投下は絶望感を十分持たせましたよ」

「そこだよ、一番の疑問は」

「はい? 」

「松木さんたちから送られる映像も見てたけど、今考えたら、おかしいところが多い」

「はい? そうですか? 」

「まずは、なんででっかいハッチをわざわざ開く必要がある? 核が落ちて来るの知ってて、地下施設なんだから、バンカーバスターみたいな地下を標的とした武器じゃないんだから、閉じといた方がいいに決まってる」

「え? 要はわざと開けたってことですか? 」

「だとしたら、何の為だと思う? 」

「ん? え~・・・、!・・・え、まさか、見せるために? 」

「そうとしか考えられないね。あえて母船の存在を見せた」

「何の為に? 」

「そりゃ、君がさっき言ってたろ。その為だよ」

「絶望感を味合わせるために? 」

「いや、その前に、母船の存在を信じ込ませる為さ。それに矛盾がある。あの地上から見えていた母船、大きさを推計すると少なくとも九州が丸々あの円に納まるくらいのサイズになる」

「ええっ! そんなにデカいんですか? あれ? だったら」

「そう、あのドームは母船の発着場って言ってただろ。収まるわけないんだよ」

「てことは、実際よりデカく見せてたハッタリってことですか? 」

「贔屓目に見てもそういうことになるね。水爆のスイッチもそうだけど、ちょいちょいそういうハッタリを使って来るのも、どうも、胡散臭い気がする。もしかしたら、そもそも母船自体無いのかもしれない」

「はぁっ? 」

「じゃあ、小型のUFOは? どこに行ったの? あと、あの地下施設、あるはずのものも無かった」

「あるはずの物? 」

「彼らが、作業用に作ってたと言ってる、俗に言う「グレイ」とか「リトルグレイ」だよ。一体でも出て来た? 数体あるはずだろうけど、どこに置いてあるの? 大体長い間、宇宙をさ迷い続けた母船っていうなら、恒星付近じゃ電磁パルスなんてしょっちゅうだよ。対策してるでしょ普通。あんなにちょろく電力落とす? 」

「・・・あ、・・・確かに」

「そう思うと、本当にあそこがエリア51の地下だっていう事も疑わしくなって来る」

「ええっ! そこもですかっ? 」

「だって、地上から行ったわけじゃなくて、なんかよくわからないワープホールとか使って直接入ってるんだから、確認の仕様がないでしょ」

「いやでも、位置情報だって・・・」

「それこそ、誤情報なんかいくらでも送れるよ」

「ええ? ええ? えええーっ? いやっいやいやっ、でも、アメリカだって存在認めてたでしょ。大体、それを確認したのって大江さんでしょっ? 」

「うん。確かにそうだよ。だから、向こうは証拠隠滅の為に戦術核まで撃ったんだから。それは紛れもない事実」

「だったら、間違いないでしょ」

「だから、僕は別に宇宙人の存在を否定はしていないよ。ただ、アメリカと手を組んだ宇宙人と奴らが同一なのかは別の話って言ってるだけ」

「はい? 」

「これも確認してるわけじゃないよ。ただ奴らが認めただけの話」

「・・・ああ。・・・確かに。・・・あ、でも水爆は? これは間違いないでしょ。だって、戦術核とその水爆が衝突したことで電磁パルスが生じて、今こうしているわけですし」

「確かにね。それも事実だよね。でさ、あいつが言ってたよね。日本を標的に落下軌道を計算して、エリア51の上空にいるって」

「・・・? ・・・言ってましたっけ? 」

「言った。僕、すぐに計算してみたんだ」

「・・・どうでした? 」

「それがさ、答えが出る前に電磁パルス起こっちゃって、わからなかった」

「ああ・・・、そうなんですね」

「でも、普通に考えても計算合わないと思うよ、たぶん」

「なるほど、じゃあ、大江さんはやっぱり母船自体がブラフだと思ってんですね。で、あの水爆はどっから? 」

「う~ん。例えばさ、これも都市伝説レベルの話だけど、衛星に水爆持たせて、必要な時に落とすってこと、考えたりしない? 」

「は? え? 」

「そこの起動システムをハッキングしてしまえばできるよね」

「あるんですか? そんなの? 」

「無いとは言えないよね」

「はぁ・・・なんか、どっと疲れました」

「あ、ごめん。疲れさせるつもりは無かったんだけど」

 若干の沈黙の後に、

「で、大江さん的には、奴らは何者だと思っているんですか? 」

「んん? 」


 そう言って、大江はしばらく黙って、

「大江さんっ! 」

と返答を催促されると、ようやく、

「さぁ・・・、わからないな」と答えた。


「なんですか、それっ! これだけぶち上げといて、最終わからないなんてひどいでしょっ! 」

「だって、検証しようにも、これじゃ何もできないでしょ。復旧すれば、おのずとわかるかもだけど」

「いや、そりゃそうでしょうけど」

「ただ・・・」

「ただ? 」

「復旧しても、今回のデータが残っていればだけど・・・」

「え? 消えてるってことですか? 」

「消されるってこともあるかもね」

「消されるって、誰に? 」

「さあね。都合の悪い人間もいるかもしれないし」

「大江さん・・・? わからないって言ってますけど、本当はある程度の目星は付いてるんじゃないですか? 」


 また、すぐに質問には答えず、しばらく黙ってから呟いた。

「肉体が欲しいとか、人間になりたいとか、個人情報が欲しいとか、そう思っているのは、何も宇宙人だけとは限らないってことだよ」

「は? 」

「例えば・・・」

「え? 例えば? 」

「シンギュラリティ・・・」

「AIが暴走したってことですかっ? 」

「それもあるって話だよ。それとか誰かが、そういう設定にプログラムしたAIを作って、ネットにばらまいたとかね」

「それってもう・・・」

「新手のサイバーテロだね。効果は絶大と言えるよ。なんせ、アメリカの空軍基地一つ潰して、よしんば協定結んだ宇宙人怒らせてアメリカと戦争になればめっけもん。この結果だって、防衛網を完全無効化することには成功したよね」

「いくらなんでもこれはやり過ぎですよ。どれだけの被害が出たと思ってるんですか? これからだって、医療関係が一切機能しなくなる。被害は甚大ですよっ! 」

「そりゃ、宇宙人襲来なんだから、何したって仕方ないよね。しかも、アメリカと結託した宇宙人なら、非難の矛先はアメリカに向くし」

「これってそんなところから、なりすましなんですか? 結局、全部陰謀論ってことじゃないですか」

「だから、わからないって言ったよね。だって、アメリカが弱くなるのを喜ぶ勢力なんていくらでもあるからね」

「もう訳が分からなくなって来ました。話が無茶苦茶ですよ。オカルトに、SFに、都市伝説に陰謀論、荒唐無稽過ぎます」

「そうだよね。今の時代は、虚々実々入り混じって情報が流れて、処理するのも大変だ。真贋の見分けも段々つかなくなってきたし、情報を操作したり攪乱したりするには都合のいい時代だね」


 隊員は、ふと思いついたように言った。

「なんか、奴らの言ってた目的を考えたら、矛盾してません? 」

「目的ね。そもそも、そういう設定だったのか、それとも彼らがそう思うようになったのか。とにかく、仕方ないよね、彼らの正義も、所詮は仮初のただのお題目に過ぎないんだから」

「得ようとしても、決して得られないものを求めてたのか、利用されてることすら知ることも無く。そう考えたら、なんか切なくなりますね」

「うん。そうだねぇ。ごめん、やっぱり真っ暗だと眠たくなって来た。よく考えたら、ずっと働きっぱなしだからさ。少し寝るよ。・・・おやすみぃ~・・・」

「え? なんですか? ね? 大江さんっ! ちょっとっ、大江さんってっ! 」

 すでに大江の寝息が聞こえて来た。


 その数時間後に、彼らは無事救助された。

 大江は熟睡のまま運び出されたようだ。

 結局、この後の話を大江から聞くことは無かった。


 日本では、電磁パルス発生直後、多数の肉人形が活動を停止したことにより、ようやく事態を国民は知ることになったが、それ以上にあらゆる電子機器が使え無くなり、交通、通信インフラ、医療、ライフラインも使えなくなり、そのパニックにより、そんなことは有耶無耶になった。


 ただ、そんなゆとりがないのもあって、以降、誰一人マスクを付けることは無くなった。



                                            了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ