呪われた王子様を救えるのは、呪われた私だけでした。
生きることの全てが大変だった。
魔法が全てであるこの世界で、私は全てを無効化にしてしまう。
極彩色に包まれたこの世界で、真っ白な髪と灰色の瞳。
私は、世界から拒絶されていた。
城下町の片隅で生まれ、捨てられ、孤児院で育てられた。何にも触るな、何にも近寄るなといわれながら。
ただそこにいて、誰も触りたくないもの、触れないものを処理するためだけの存在。
それでも、多少の役には立っていたから、生きてこられた。
「全く。なぜ呪いなんてものがあるんだろうねぇ」
孤児院の院長はこの言葉を毎日必ず言う。これは、私のことを思ってではない。
「十八を過ぎても行き先がないなんてね。迷惑な話だ」
「すみません。院長と神の寛大なる御心に感謝しています」
謝り、感謝し、やっと食事をもらえる。
孤児院は十六歳になると出ていかなければならない。年齢制限がある。だけど私は魔法に触れられないどころか打ち消してしまう。
外の世界では生きていけないし、何をやらかすかわからない。だから、生活し慣れている孤児院にいるしかなかった。
無駄飯喰らいなのだと、毎日罵られなければならなかった。
院長は、優しさで私を生かしていたわけでない。ただ単に、神の教義に『無辜の魂を粗末にするべからず。反するものには厄災が降り注ぐ』とあるせい。
「――――え?」
「だから、王城だよ。王城に呼び出されたんだよ。あんた」
「なん……で?」
「知らないよ。あんたの噂を聞いて面白がってるんだろ」
王城から届いたという手紙には、私の名前『クレア』と、王太子殿下の話し相手になるようにと書かれていた。
王太子殿下は『静黙殿下』と呼ばれ、話すことが出来ないと聞いたことがある。筆談しかされないのだとか。
――――そんな人の話し相手?
院長から、子どもたちを養子に出すとき用の服を着せられた。綺麗で清楚な白いワンピース。
みんなこれを着て喜んでたっけ。私は一生着ることがないだろうと思っていた服。こんな形で着ることになるなんて思ってもいなかった。
「いいかい? 呪い持ちのあんたを今まで育ててやったんだ、報酬をもらったら全部孤児院に渡すんだよ。その金でここの子たちが美味しいものを食べれるんだ。本望だろう?」
「はい。わかっています」
院長の懐に入るだけだということも、よくわかっている。
それでも、ここから抜け出せる可能性があるのであれば、少しでもチャンスを掴みたいというのが正直なところだった。
王城からの迎えの馬車は、とても豪華なものだった。貴族専用らしい。
しばらく馬車に揺られながら、役人だという人から説明を聞いた。
王城内での事は一切他言しないこと。
王太子殿下に気に入られなければ、この仕事には就けないこと。
質問は一切許されないこと。
王城に到着したら頭から袋を被せること。これは、私にブラインドの魔法が効かないから。
「奥の生活区画までの道を、一般人に知られては不味いので」
「わかりました」
普通の人は戸惑うだろうなと思った。でも私は良くも悪くも命令され慣れているし、疑問を持つことは許されなかった。言われたようにやって怒られないのなら、それでいいと思った。
王太子殿下に気に入られるかは、ちょっとよく分からないから保留。
「ではこれを」
「はい」
頭から真っ黒な袋を被り、役人さんに腕を引かれて歩いた。なるべく人のいない道を通っているから、安心してほしいと言われた。
よくわからずに首を傾げていると、今の格好は犯罪者というか、処刑台に向かうような格好だから、変に噂されるかもしれないらしい。
なるほど。絞首刑って、こういう風にされて移動するのかと変に感心した。
「着いたぞ。中に入るんだ」
そう言われつつ頭から袋を取られた。眩しさに数回瞬きを繰り返してから、目の前にある重厚な扉をくぐった。
部屋の中に入ると、そこには姿絵などで見覚えのある青年がいた。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。
極彩色から弾き出されている私と同じで、色のない王太子殿下。
役人さんが話しかけると何やら筆談をしたあと、部屋にいた使用人たちを下がらせた。役人さんは、何かあったらお呼び出しくださいと殿下に礼をして出ていってしまい、部屋には殿下と私の二人のみ。
「あ……えっと……クレアと申します」
さっき侍女のような人がしていた礼を真似してみた。
確か、耳は聞こえているんだよね? さっき役人さんは普通に話しかけてたから。
顔を上げて王太子殿下を見ると、視線が合った。
「――――げ」
「はい?」
――――へ?
いま何か声が聞こえた気がした。
キョロキョロと辺りを見回したけれど、室内には王太子殿下と私しかいなかった。
ということは、声を発したのは王太子殿下?
ジッと殿下を見つめると、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「っ………………服を脱げ」
「え……っと…………承知しました」
なぜか分からないけれど、そう命令された。王太子殿下の命令だから従うべきなのだろうと思い、ワンピースの胸元のボタンに手を掛けて二つ外したときだった。
「キャッ!?」
駆け寄ってきた王太子殿下に、ガシリと両手首を掴まれた。これでは服が脱げないのだけれど?
「くそっ! やはり嘘じゃないか……服は脱がなくていい!」
――――脱がなくていいの?
「あの……」
「なんだ!?」
恐る恐る話しかけると、怒ったような焦ったような声で返事された。
色々と気になる。なんでそんな命令をしたの? なんで止めたの? そもそも、なんで話せるの?
「本当に脱がなくていいのでしょうか?」
「は?」
「いえ、命令には従いますし、他言は致しません。出来れば何のために脱ぐのかを知りたいです」
「は!?」
私の背中には、幼い頃に鞭で打たれ続けた痕が今でも残っている。
鞭で打つのは私の汚れを払うためなのだと、院長が言っていた。
たぶん、違うのだろうけど、そうすれば食べ物がもらえていたから、打たれていた。
ある日、背中の傷が化膿し生死の境を彷徨ってからは、打たれなくなった。
鞭の痕は醜い。
だから、背中を見せずに済むのならそれが良い。
性的な奉仕をしろと言うのであれば、服を着たままでお願いしたいと伝えると、王太子殿下が数歩後退りして、右手で顔を覆い、両方の蟀谷を抑えるようにしていた。
「待て……孤児院は、そういうことを子どもたちにさせていたのか?」
「そういうこと?」
「せっ……性的奉仕だ」
「いえ。流石にそこまでは……たぶん」
私は人に触れることも関わることも許されていなかったので。子どもたちを遠くから眺めているしか出来なかった。子どもたちも、私に関われば鞭打たれると知っているから、関わって来なかった。
ただ、庭園で楽しそうに遊ぶ子どもたちは、院長に怯えはするものの、明るい笑顔の子が多かったから、たぶんそこまではしていないだろう、という予測しか出来ない。
「いい噂は聞かなかったが、酷いな」
「でも、食事はちゃんと与えてくれますから」
「お前は死ねと言われれば従い――――っ、しまった!」
王太子殿下がハッとしたように口を塞いだ。死ねというような、少し酷い言葉を使ったから? 残念なことに、そう言われるのには慣れている。院長はもっと酷かったから。
「流石に従わないとは思います」
「…………は? え? いや、まさか?」
「えっと? どうされました?」
数歩下がっていた王太子殿下が、恐る恐るといった雰囲気で目の前まで戻って来られ、また両手首を掴んできた。
「っ…………服を脱げ」
「結局、脱ぐのですか? では手を離していただけるとありがたいのですが」
「脱ぐなっ!」
「え……どっちですか?」
「っ、埒が明かないっ! すまない酷いことを言う」
王太子殿下がとても焦っているけれど、理由がわからなさすぎて、どう対応していいのかわからない。
「死ね」
「…………すみません、ちょっと、本当に意味がわからなくてですね? 説明をしていただけると、とてもありがたいのですが」
「きかないのか?」
「何がでしょうか」
本当に、説明をして欲しい。
院長が命じることは、大体の理由がわかるから気にもならなかった。でも、王太子殿下の命令は、なんというか脈絡がなさすぎて、流石に気になってしまう。
「命令が効かない!」
「え? キャッ!?」
急に手首を解放されたかと思ったら、なぜか歓喜した様子の王太子殿下に、きつく抱き締められていた。
どうしたのかと聞いても答えてもらえず、これはいよいよ性的奉仕をしなければならないのかもしれないと、こっそり覚悟を決めた――――。
「っ、なんでそうなる!」
落ち着きを取り戻した王太子殿下と向い合せでソファに座り、色々と話した。
王太子殿下は、生まれながら言霊の呪があり、声にそれが勝手に乗ってしまい、相手を従えさせてしまうらしい。だから、ずっと筆談をしてきたと。一人の時しか言葉を発せなかったそう。
「発狂しそうだった……」
現在二十五歳の殿下。
幼い頃に呪が発覚してから、人前で話さなくなったそう。話せるのに会話が出来ないというのは、本当に苦しかったんだろうと思う。
孤児院に魔法が一切効かない娘がいるという噂を聞いて、呼び寄せてしまうほどに。
「何も効かないのか?」
「効きませんよ。攻撃も治癒も、魔道具も」
「っ、クレアの方が大変じゃないか……」
どちらが、というのはないと思う。それぞれ大変だったんだろうし、心から疲れたと思うときもあっただろう。今回みたいに、もう耐えきれないとヤケを起こしたりもあるだろう。
「クレアは強いな」
「そう、でしょうか?」
ただ色々と諦めているだけだと思う。
人と比べることの虚しさは、嫌というほどよく分かっているから。
「クレア……本当に私の話し相手になってはくれないだろうか?」
「それは構わないのですが」
いったい何を話せばいいのか分からない。世間話とか言われたら更に困ってしまう。だって、世間と隔絶するように暮らしていたから。
王太子殿下は、それでもいい。
ただ、側にいて欲しいのだと言った。
「何も話さなくてもいい」
「……話相手なのにですか?」
「あぁ。本当に求めていたのは――――」
◇◇◇◇◇
懐かしい夢を見ていた。
生きることの全てが大変だった頃の、まだレジナルド様と知り合ったばかりのころの、夢。
「どうした?」
「王太子殿下。貴方をそう呼んでいた頃の夢を見ました」
ベッドで私を抱きしめていたレジナルド様が瞳を大きく見開きました。
「それは……酷く懐かしいな」
「はい」
話さなくてもいいから側にいてほしいと言われ、意味がわからなかったあの頃。
今なら分かる。ただ側にいてくれるだけで、心が休まることを。
あれから十年もの月日が経った。
レジナルド様と身体の一部が触れ合っていれば、お互いの呪が打ち消されるのだと気づいたのは出逢って一年ほど経った頃だろうか。
くだものを剥いていたら、軽く指先を切ってしまった。魔法の治療さえも効かないから布で止血するのだという話になり、レジナルド様が私の手を取り、治療魔法を掛けた。無駄と分かっていても、せめて心だけでも癒されてほしいと言って。
結果は、予想外なものだった。魔法が発動したのだ。
シュルリと消える傷を見て、心底驚いた。ふわりと消える痛みを知って、感動した。魔法とはこんなに凄いのかと。
その後、レジナルド様が私に触れている間は、レジナルド様の呪が消えることも分かった。誰に何を言おうとも、効力を発揮しなかった。
当時の国王陛下にそれを報告すると、私たちのことが国民に知らされ、瞬く間に噂が広がっていった。すると、『奇跡の出逢い』、『最強の二人』と持て囃されるようになった。
それから間もなくして、孤児院の悪事が公となり、院長は逮捕。孤児院は解体されることとなった。
王太子殿下の婚約者になる事態にまで発展したのは、本当に予想外ではあった。
お互いに淡い恋心を抱きつつあったたものの、『結婚』という言葉を受け入れるには本当に時間がかかった。
心が決まった、と二人で当時の国王陛下に報告すると、心から喜ばれた。「大切な息子をよろしくお願いします」と頭を下げられてしまったときには、背筋が伸びる思いだった――――。
「本当に懐かしいな」
「はい」
「しかしなんでまた、そんな夢を……」
「もしかしたらこの子が見せたのかも?」
大きく膨らんだお腹をゆっくりと撫でる。
お互いの呪が子どもにどう影響するか分からず、踏み出せずにいた。それでもやはり愛しい人の子どもは欲しい。二人で幾度も話し合ったのち、授かった大切な命。
「何が起ころうとも、私が守る」
「はい。私もです」
「最強の二人がこう言っているんだ、安心して産まれてきなさい」
レジナルド様が優しい笑顔でそう言い、ゆったりとお腹を撫でてくださいました。
未来がどうなるか分からない。
でも、きっと大丈夫。
未来は明るく、世界は美しい。
だから、いつでも産まれてきてね。
―― fin ――
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
書き終えてみて、時間があればがっちり練り込んで長編化させてみたい作品だなぁという気分です(*´艸`*)むふっ。
あ! ブクマや評価などしていただけますと、作者のモチベーションに繋がりますので、ぜひ!
何より笛路が大喜びして小躍りしますですヽ(=´▽`=)ノわはーい♪