強面騎士団長様とストーカー令嬢
城内の薄暗い回廊を一定の規則正しいリズムで男が歩いている。
守りに特化したその城は、城だと言うのにきらびやかさは極一部のみ。石畳でできた床は他の者が歩けばコツリとなる音も、男が歩けば僅かな音もしない。
気配をあまり感じさせない男ではあるが、彼を見た瞬間、周囲の時はいつも止まる。悪い意味で。
「カイザー、もうちょっとその仏頂面をどうにかしなよ。第一や第二に比べりゃ劣るかもだけど、第三でも騎士団長ともなれば引く手あまただろ? ほんの少しでも愛想よくしたら、選り取り見取りだって」
「お前には関係ない」
「そうだけどさ。リルが心配してんだよ。可愛い妹に心配かけんのは良くないぞ」
「リルハートには俺から言っておく。妹に近付くな。お前が近付くと孕む」
「いくら俺だって、友人の妹には手を出さないって」
「友人? お前が副団長という立場上、話す機会が多いだけだ」
「はいはい。カイザーはあいも変わらずツンデレなんだから。ほら、笑って笑って!」
(笑うまで付きまとってきそうだな……)
カイザーの眉間のシワはどんどん深くなり、これ以上深くならないほどに刻まれた。舌打ちまでされても、副団長のアスラムは全く気にした様子はない。
カイザーは自身が笑うことと、付きまとわれること、この場でアスラムを話せなくなるほど痛めつけることを頭の中で天秤にかけた。
(このまま付きまとわれるのは、邪魔だ。痛めつけるのは簡単だが、雑務が増える。一度すれば、二度と言わなくなる……か。この馬鹿を追い払うのが優先だな)
「後悔するぞ」
「何を? 笑顔は人と人を繋ぐ素晴らし──」
ビキリ、とアスラムの表情は固まった。
副団長という地位につけるだけの実力を持っており、目の前で仲間の腸を引きずり出されても、首と体がバラバラにされても、動揺せずにヘラヘラと笑みを浮かべたまま戦い続ける。カイザーとは別の意味で騎士たちから恐れられているアスラム。
その彼の顔から笑みを奪うほどの破壊力が、そこにはあった。
「うわっ!! 怖すぎだろ。笑顔って、もっと友好的なもんだよな? 少なくとも、相手に命の危機を感じさせるもんじゃないだろ。あれか? 目が怖いのか? うーん。目だけの問題じゃないか。とにかく、カイザーの笑みを見たら、死人が続出する。間違いない。とんだ兵器を発見しちまったぜ」
(ま、無理に笑う必要はないよな。うん。人間、自分の感情に素直なのが一番だよな!!)
バシバシとカイザーの肩を叩き、再び笑みをアスラムは浮かべた。だが、それも一瞬のこと──。
「人に笑みを作らせておいて、兵器とは失礼極まりないと思わねーのか?」
「えっ!? そんなこと言って──」
「建前と本音が逆だ」
「へっ? あは……あはははは……。ま、気にすんな。世界は広いんだ。一人くらい、カイザーの笑顔をかっこいいという令嬢……。いや、人間……。うーん、生き物もいるさ!!」
慰めているんだか、貶しているんだか。
アスラムは、ぐっと親指を立てて胡散臭い笑みを浮かべると、カイザーの前から逃亡した。
「生き物って、いくら何でも言い過ぎだろ……」
自身の笑みの凶悪さを知っているカイザーは、小さくため息を溢すと共に呟いた。
そして、視線をとある方向へと向けた。
その方向では──。
「んはーーーー!!!! かっっっっこいいぃぃぃぃぃ!!!! ねぇ、エルマも見た⁉ カイザー様の微笑み‼!! よだれ出そう。鼻血出そう。尊死しそうなんだけど‼‼」
「ちょっっ、痛いから叩かないでちょうだい。そもそも、私は双眼鏡で覗きなんてしてないんだから、見えるわけないでしょう?」
「そっか。そうだよね。ということは、カイザー様の微笑みを見られたのは、私と副団長様だけってことかぁ。えっ、つまり副団長様の記憶を抹消すれば、さっきの微笑みは私だけのものってこと?」
「アディル、落ち着いてちょうだい」
呆れたように、アディルの付き添いで一緒に城に来ていたエルマは言った。けれど、興奮しきっているアディルにエルマの気持ちは届かない。
「分かってるわ。カイザー様を盗み見ているのは、私だけとは限らないものね。大丈夫、分かっているわよ。ライバルがたくさんいることくらい」
(第三騎士団長様をお慕いしているのは、アディルしかいないと思うわよ)
真剣な顔をして両手で握りこぶしを作っているアディルに、エルマはもう一度ため息を溢し、口から零れそうな言葉をのみ込んだ。
「はぁ……。カイザー様、今日も最強にかっこよかったぁ……」
「それは、良かったわね」
何を言っても無駄なことを知っているエルマは、同意することもなく、一五〇センチに満たない自身より低い位置にあるアディルの頭を撫でた。
「今日のカイザー様はもうすぐ訓練場の側を通るはずなの。そこで、話しかけに行ってくるわ。エルマも来る?」
「私は遠慮しておくわ」
(騎士団長様のお側なら、安全でしょうしね。怖いからとか、決してそんな理由じゃないわよ!! うん。怖いわけでは……って、あれ? 今日のカイザー様って言ったよね?)
アディルの言葉に引っかかりを感じたエルマは、恐る恐る口を開く。
「ねぇ、どうして騎士団長様の予定を知っているの?」
「ふっふっふ……。それはね、統計を出したからよ‼」
「……えっ?」
「カイザー様の一日の行動、通る通路、食べたものまで、知っている範囲で記録しているの。もちろん、その情報を無駄になんてしないわ。何曜日はどこを通りやすいとか、パーセンテージを出しているのよ。そして、今日の確率は九五パーセントを超えていて、遭遇率がものすごく高いんだから! しかも、すぐに鍛錬はされないし、定例会議までの時間も余裕があるという、カイザー様には珍しいスキマ時間ってわけ!!」
「えっ……と、それってストーカーなんじゃ……」
「ストーカー?」
キョトンと首を傾げるアディルは可愛らしい。
飛び抜けて可愛い顔立ちというわけではないが、身長が低いことや、くるくると変わる表情、纏う雰囲気がとにかく可愛いのだ。
良く言えば、可愛い。悪く言えば、幼い。そのせいで、合法ロリなどという不名誉な二つ名で呼ばれていたりする。
幼女趣味の男性に狙われたことも少なくない。
そんなアディルが心配で、エルマは今日も今日とて、カイザーの観察のお供をしているのだ。
本人は必死で否定しているが、恐怖の対象であるカイザー観察について来てくれるエルマのことを、アディル自身は恋のライバルなのではないかと、少し心配していることも知らずに。
そして今日、エルマの悩みの種は一つ増えてしまった。
(まさか、アディルが立派なストーカーだったなんて。そうなんじゃないかって思うことはあったけれど、信じたくなかった。被害者だったアディルが加害者になるの? しかも被害者は、最強ではあるけれど最凶、無慈悲で冷徹、優しさなど微塵もないと噂の騎士団長様。その噂の全てが真実じゃないのは知ってるわ。実際、アディルが話しかければ、言葉数は少ないながらもお返事をくださっていたもの。けれど、それはご自身がストーカーをされているなんて知らない状況なわけで……)
さぁ……と血の気が引いたような気がした。
(このままだと、アディルの命はないわ……)
そう確信したエルマは、何としてでもアディルに恋を諦めさせようと決心した。
はじめましての方も、他作を読んでくださった方も、こんばんは。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
私が得意とする暴走系ヒロインものとなります。
よろしくお願い致します!