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お姫様の高価な笑顔

作者: 楓蘭 仁

朝起きる

飯を食う

ちょっと二度寝する

また起きる

歯を磨く

顔洗う

制服に着替えて、行ってきまーす


2ヶ月くらい前までの俺の生活リズム(朝編)はこうだった。自分でもまぁーゆったりした流れだったと思っている。このリズムを変に崩さなかったら遅刻なんかせず、余裕で学校に間に合っていたのだ俺は。


そして現在はというと

朝起きる

飯を食う

歯を磨いて顔洗う(スピード強)

はぁ…行ってきまーす…


ここまででも、以前と比べると20分、調子のいい時は30分近くは早い。

……正直、俺は何をやっているんだろう…と、毎朝考えてしまう。

愛用の自転車にまたがり、一気にスピードを上げる。……学校に向かうワケではない。そもそもそこまで真面目に生徒やるつもりもない。

学校とは違う方向に、それなりのスピードで駆ける。ある程度のスピードを維持すれば10分もかからずに今の目的地へ。学校に遅刻するより今向かってる場所に遅刻するほうがどっちかというと嫌だったりする。いろいろ……怖いから。




キキッ!




と、自転車のブレーキの音と共に、


「ふぅ……」


一息つく。時間もいつも通り。これで朝っぱらからいきなり何か言われる事はないだろう。


とりあえず


ピンポーン。


と鳴らして、玄関前に立つ。

………五秒待ってから、


「おはよっす…」


ガチャッと扉を開け家に入る。

ここ2ヶ月で、今の現状はだいたい俺にとっていつも通りになってしまっている。

毎朝同じような時間で起きる事、同じような時間で自転車をこぐ事、着いた家の玄関前で五秒くらい待つ事、そして家に入ると



「………」



無愛想な感じ丸出しのあいつが、玄関につながっている廊下にいる事まで、いつも通りだ。


「…おはよう」


「………」


コクリと頷くだけで、そこから動かない。


「自転車いつもの所に置かせてもらってっから」


「………」


自分の髪を手で軽く整えながら、もう一度頷いた。


「……朝の挨拶は基本とか言ってなかったか?舞香(まいか)さん?」と声をかけてみると


「……ッチ…おはよ」


一度舌打ちして挨拶。この野郎。いや、この女。


「…親御さんは……いつも通りか?」


「………」


質問に返答は無い。と言うことは親御さんもいつも通り朝っぱらから仕事に行っているみたいだ。



「まっ、時間もいつも通りだし、……行きますか」


そう言いながら、舞香の側に歩み寄る。

後ろに立つと、相変わらずストレートでサラサラの、淡ーい栗色の綺麗な髪がそこにある。高さ的には俺の胸の辺り。


「はーいしゅっぱーつ」


いつものやる気の無いかけ声と共に、




俺は舞香が乗った車椅子を押し始めた。

いつも通りに。










ただいま登校中。もちろん自転車で行けるワケがないので、舞香の車椅子を押しながらの徒歩。

………最近寒くなってきたなーとぼんやりと考えてしまう。雪が降るにはまだまだ早いが、吐く息は真っ白だ。うー、さぶ。


「………」


「………」


お互い何を喋るワケでもなく、学校までの距離は着実に縮まっていく。……まだ家を出たばっかりだけど。


不意に舞香が、


「アキ、寒い」


と口を開いた。

ちなみに「章道(あきみち)」だからアキ。それはもう聞き慣れた……そう、聞き慣れたあだ名だ。


「?…あー…えーっと……」


自分の肩に掛けてある通学用の鞄に手を突っ込む。

……てか、なんで女子は寒くても夏と変わらないくらいのスカート丈なんだろう、とか割とどうでもいい事を考えながら、


「よいしょ、………ほれ、無いよりいいだろ」


鞄からそれをひきずり出し舞香に手渡す。


「ショールとかストールとか洒落たもんじゃねーけど……使いな」


そう言ってる内にすでに膝掛けを使用している舞香。すると


「……プラス10点」


小さい声だがしっかりと聞こえた。いやー良かった。


この得点制度は、俺が初めて舞香と登校を共にした時から始まった。










舞香と登校する初めての日。


自分一人だけで登校、というワケではないので、いつもより早めに自分の家を出た俺。正直めんどくさいの一言に尽きる。が、学校一おっかないと評される自分の担任の命令なので従わざるを得ないのだ。だって本当におっかないんだもの。


そうこうしてる間に「中宮(なかみや)」と書いてある表札のある家に着く。


「ここであってるな…っと」


自転車から降り、


ピンポーン。


「おじゃましまーす」


特に物怖じもせずに入る。扉の先で一番最初に見たのはというと、


「………」


明らかに機嫌悪そうに顔をしかめている舞香だった。


「…ん?……準備出来てるんなら行こうぜ。……親御さんは…?」


頭を掻きながら辺りを見回していると






「おっそいわ!!!!」






古風な、時代劇の役者顔負けの声で一喝された。



「!?おおぉ!?な、何?」


ちょっとびびった。そして踏みとどまりながら聞いてみた。


「今日があんたと行くの初めてだから、朝スッゴい弱い私がわざわざ早く起きていろんな準備済ませて、いつも通りの時間に着くように待ってたのに、何!?五分近くも遅れて私のペース乱しておいて、準備出来てんなら早く行こう?ふざっけんじゃないわよ!!それと何!?朝会っておいて挨拶も無いの!?基本よ!き!ほ!ん!!おはようからおやすみまで、国の言葉は違えど世界共通なのよ!!わかってんの!?」


ここまで舞香が話している間に、気づいたら俺は正座して話を聞いていた。無論、最初に真っ先に出た言葉は


「すみませんでした。今日が初めてとは言え本当にすみませんでした」


頭を床にくっつけていた。なんかプライドがどうこうとか考えている暇は全くなかった。


「………わかればよろしい。今日は初めてだからおおまけにまけて、マイナス30点で止めておく」


との事。


「……えとー、質問よろしいですか?中宮さん?」


「許可します。あと、舞香でいいから。…時間の方も考えないといけないので続きは歩きながらにしましょう」


そう言って、とりあえず玄関から出る事にした。







「じ、じゃあ行きますよー」


「早く行きなさい」


「はい、すみません」


一連のやりとりを経てようやく出発。

なんかもう…疲労とか心労が…ハンパじゃないデス…。


本当はできるだけ無言で、ダッシュで学校に突っ走りたいのだが、そんな事したら何言われるかわかったもんじゃないのでとりあえず……


「……あー、さっきできなかった質問とその他もろもろを聞いてもよろしいでしょーか?」


話題提供。


「?構わないけど?」


当たり前じゃない、と言う風に相槌を打つ彼女。


じゃあいろいろ聞くとしよう……




親御さんは朝早く出て、夜遅く帰ってくる。会社に泊まる事も珍しくは無いらしい。今は普通に喋っているが、本当は朝は非常にダメらしく、とにかく本来の朝の自分には早く慣れて欲しい。敬語はダメ。同い年なんだから遠慮なくタメ口を聞いて欲しい。(いや、最初のインパクトが強過ぎて……)と思ったが口には出さなかった。

脚は、治る病気、らしい。

この事についてはそれ以上は何も言ってこなかったので俺もそれ以上は聞かなかった

などなど。


「そう言えば自転車はどこに止めたの?」


と聞かれたので


「交通の邪魔にならないように庭の片隅に置かせてもらった」


と答えた所


「意外と気配りができてる……プラス10点」


わーい10点もらったー。………じゃなかった。もう一つ聞きたかったんだ。


「あー、後、その得点はなんなんだ?ついさっきマイナス30点もらったけど…」


今の所累計マイナス20点。あまりよろしくなさそうな成績だ。


「今後は、しばらくお世話になると思うから。……私からのサプライズ」


「得点溜まったらなんかあんの?」


「50点毎に何かが起こる。プラスならあなたにとって嬉しい事。マイナスなら……うん」


少しだけ頷いて、それ以上は何も言わない舞香。

……地味ぃーに怖い。本当に。


「ま、マイナスについてはまずいい。プラスの方はなんかあんのか?」


しょうがないから前向きに考えるとしようかな。


「……ひ、み、つ♪」


と、ちょっと小首を傾げて、表情はあまり変わらないが楽しそうな雰囲気だった。……不覚にもドキッとしたのは絶対に言うまい。……てゆーか、


「結局なんの情報も無い!?」


自分の顔のすぐ下にある舞香の顔を見ながら言ってみる。


「細かい事はいちいち気にしちゃだめ。……男でしょ?」


俺と目を合わせてそう言う舞香。

……この女、俺をおちょくって楽しんでる。絶対に。


「卒業前には歩けるようになってるから、それまで…ね」


「ああ」


短いやりとりの後


「…そういえば…名前をちゃんと聞いてない…わね?」


「…そうだな」


「中宮、舞香。……次はそっち」


「……上村(かみむら)、章道。どう呼んだって特に気にしない」


お互いの自己紹介を終え、

そう、と短く呟いた舞香。






「よろしくね、アキ」






一瞬。本当に一瞬だけ、今までのイメージを払拭するくらいの、……やさしい雰囲気だった。










そうこうしているうちに2ヶ月が経過していたりする。……いろいろあったもんだ。50点を超えた事が一度だけあったりした…マイナスのほうで。あの時の事は正直あまり思い出したくはない。

理由としては担任が俺にぎゃあああぁぁぁぁぁ…………という事なのだ。キーンコーンカーンコーン……


昼休みのチャイムが鳴る


クラスメートのみんなは立ち上がって各自行動に移りだした。

そんな中で俺も


「…さて、と」


立ち上がり、とりあえず教室を出る。……はずだったが、


「上村君、今、時間開いてる?」


後ろから声がした。

ん?と振り返ってみると、一人の女子が立っている。その女子の後ろには数人の女子が見守る様な形で控えていた。


「その、さ……今日こそ一緒にご飯とか、どうかな?わ、私一人じゃなくて、後ろのみんなも」


と少し慌てている感じで、後ろのみんなの方を見た。


「………」


………どうしよう。どう返事したらいいんだろう……。


少し考えてみようか、と思い至ろうした時




……ヴー、ヴー、……


携帯が鳴りだす、というか震えだす。

ちょっとごめん、と言ってすぐに確認してみる




アキ、遅い。

マイナス10点。これ以上遅れたらマイナス30点。




短く、そして簡潔にまとめられてあるメール。たったこれだけのメール内容なのに、


「……!!!?」


とーっても焦った。


「上村、君?」


そんな俺の様子を不審がる女子達。…嫌な汗を掻きそうになりながら


「すまん!今日も急ぐから!!」


一礼をして、勢いよく教室から飛び出す俺。やばい、ヤバイ、YA・BA・I。

変なテンションになりながらもとりあえず廊下を駆ける。ちくしょーこのやろー。




「うおりゃあぁぁ!」


と気合いを入れつつ、いつもの場所、あいつの教室の前に到着。効果音的には、ズザアァァ、って音が聞こえるんじゃないかってくらいの急ブレーキと、それにともなったスピードだったと思う。


「よし!!セー」


「フじゃない、アウト。マイナス……」


「あ゛ー!ちょっと待って!言い訳はしないけどここまで全力で来た俺を評価して!」


「……マイナス30…の所を、マイナス20点にしてあげる」


あ、危なかった……急いだ理由としては、ただいま累計マイナス40点。今朝の膝掛けの分と、今の全力疾走の分がなかったら完璧にアウトだった……。

ちくしょう、ここ何日か連続で、5分朝寝坊していたから……。それが無かったらこんな思いはしなかったのに……。

と一人でもの思いにふけっていると


「アキ…?……早く行く!」


一瞬、心配してくれてるんじゃないかと思った俺が馬鹿だった。


「…わかったよ、学食か?パンか?」


聞きながら後ろに回り込んで、いつでも行ける体制を整える。


「……ステーキが食べたい」


「……あらステキな考え」


「……あぁん?」


「ごめんなさいごめんなさい。もう言いません」


「はいはい学食にしよっかー。さ、行った行った」


「………」


……理不尽だ。そして超怖い。自分から振ってきたくせに。


「へ、ん、じ、は?」


「……ハイ」


「ん、よろしい♪」


特に表情が変わるわけでもないが、今こいつは絶対楽しんでる。

それだけは雰囲気ですぐわかった。

……てゆーかダジャレひとつで命の危険かよ。






結局お昼ご飯はカレーでしたハイ。

カレーはかれ……やっぱやめとこう。






今日の学校終了まで、後5分。要するに放課後まで後5分。昼休みの事もあるので遅れるわけにはいかない。


「………」


自分の席で腕を組んで瞑想、精神統一中。というかやる事がないのでじっとしているだけ。


……キーンコーンカーンコーン……




放課後を告げるチャイム。

生徒がそれぞれ席を立ち、別々に動き始める。


「……さて、と」


俺も席を立って教室から出る。

……昼休みと全く同じ流れのような気がするのは気のせいだろう。




「………」


ちょっとだけ早歩きであいつの教室へ向かう。べ、別にさっきの事があったから焦ってるってわけじゃないんだからね!

……ダメだ…脳内は変なテンション一色だ。


「あれ?」


実際教室の前に着いてみると、


「いないじゃん、珍しい…」


いや本当に珍しい。あの、ミス・時間厳守がいない。本人の前で言ったらえらい事になるんだろうが。


「……?」


一応教室を覗いてみる。


………いた。相変わらずのすました表情で、黙々と帰り支度を進めている。が、……雰囲気が、いつもと違う気がする……?

手を口に当てて、ちょっと考えていると、


「……!」


俺に気付いたようで、辛そうな顔で自力で向かってくる。


「っおいおい、ったく」


とりあえず近くまで行き、定位置へ。


「…俺の方が早いっつーのは初めてかもな」


ま、あんまり胸張って言う事でもないか、と続けると、


「…ねぇ……アキ」


少し弱々しい、呟きのような声


「……なんだ?どうかしたか?」


やっぱり、いつもと比べて様子がおかしい気がする、……自信はないけど。


「や、やっぱり、なんでもない」


「そうか……?」


少しスッキリしないが、一応返事をすると


「今日はさ、用事が出来たから。放課後は好きにしてていいよ」


思いがけない言葉が返ってくる。が、


「いや…、帰り一人で大丈夫なのかよ?少しの距離でも辛いんじゃねーの?」


と冷静に質問する。


「いーの、たまにはさ、女の子同士で話したい事もあるの」


「また突然だな…。前々から約束してたとか?」


「今日の5時限終わった後の約束」


「本当に突然だなおい」でもまぁ、こういう事もあるんだろうなーと解釈しておこう。


「ま、そう言うんならしょうがないか。女子同士の話に俺なんかは関係ないしな」


ちょっと肩をすくめていると


「関係…ないか、な…?……どうだろ」


小声でそう呟く舞香。


「…どうかしたか?」


一応聞くと


「なんでもない。…ここの廊下でいいよ」


「ん、あぁ。じゃ、またな。……気をつけろよ。なんかあったら……まぁ連絡しろ。対応するかわからんが」


なんとなく頭を掻きながらそう言う。


「うん……じゃ」


「あぁ」


と、短いやりとりの後に俺は昇降口に向かう。一度だけチラッと振り返ると、


「………」


何も言わず、黙って俺を見ている舞香がいた。

……気付かないふりをして、進む。




なんで悲しそうな顔をしているのか、考えもしなかった。




そして、ただいま自分の部屋でくつろぎ中。2ヶ月前と同じ。……まあ一時的に戻っただけだが。一時的でも、これが当たり前の生活。これこそが、俺のいつも通り。




………ワケがわからない。

胸が、イタイ。


何か違う。ものたりない。穴が開いたようだ。




………ほんの2ヶ月。

………少し自由を奪われた2ヶ月。

そんな中での、1日の自由。


「……ワケわかんね」


少しぼやいてみたが、何が変わるわけでもなかった。


当然の事だけど






舞香の家に自転車を取りに行くまで。

自転車に乗って自分の家に帰るまで。

自分の部屋に入るまで。


そして今、ベッドで仰向けになっている、今。

考える事はほとんど一緒。


「……違う。……んだよな、なんか」


頭の中をグルグル巡る。

考えてもパッと答えがでるわけでもないんだけど。


ベッドに転がって、長い時間こうしている。…かもしれない。


そこらへんに転がっている携帯を手に取り、


「……時間って案外経つの早いんだな」


18時30分ちょっと。最近は暗くなるのも早くなってきた。


「………あ」


携帯を手にして初めて気付く。


……メールすりゃいいじゃん。なんで今まで気付かなかったんだろう。

しかし、


「あいつにメール送った事……ねーな」


それも初めて気付く。まぁ、アドレスは知ってるから送れないわけではない。


「………」


えーい迷ってても仕方がない。


カチカチ、カチカチ、と小さな音の後に


「送、信。っと」






もう帰ってるか?






これだけだ。短くて、わかりやすい。

とりあえず返事を待つ事にしよう。




………この待ち時間がなんとも言えない。あいつの性格上、一分もしないうちに返事がくると思っていたんだが……。

チラッと時計を見る。(四回目)

……五分経った。もっと経っていると思ったが実際そうでもない。気になる、と言えば気になる。しかしそれ以上に、


心配


の二文字が頭の中を回っている。

何故あいつが気になるのか、心配なのか、………今日の別れ際の、悲しそうな顔。

全く頭から離れないあの表情。

何故?

何故なんだ?

考え始めて止まらなくなる思考。


久しぶりの女子同士の会話。

俺関連の話、みたいな口振り。

何時になるか、わからない。だから俺を帰らせた。

……思いの外冷静に、パズルが、考えが、組み上がっていくのがわかる。が、特に答えが出るわけでもない事も同時にわかる。

………休憩。考えるの少し休もう。時間がかかろうが、今はメール待ちだな。

大きなため息、もといフゥー、と長めに息を吐く。……とりあえず落ち着くとしよ






ヴーヴー、ヴーヴー……






きた




ガバッ!!と勢いよく、携帯をみる。

待たせるんじゃねーよ……とは口にするもの、心のどこかは安心したのかもしれない。……まぁきっと気のせいだろう。




開いたメール画面


俺は凍りつく






たすけ






三文字。途中までしか打てなかったのかもわからない。今言える確実な事は


俺は今何も考えていない

いや、何も考えられない

ひたすら頭の中が真っ白。どこまでも。


頭は考える事をやめた。

しかしそれと同時に、体が素早く、真っ先に、ほぼ無意識に動いていた。コートを翻して、一気に外に出て、自転車で疾走する。


てか、


「……どこだ……?」


行き先は。


スピードは全く緩めない。ただただ、進む。

行きそうな場所、あいつが、舞香が。最後に別れたのは、




(……ここの廊下でいいよ)


「っ!!学校、か?」


仮に学校だとしても、……何が起こってるのかはさっぱりわからない。


「……クソォ!!」


スピードを、もう一段上げ俺はただ進んだ。






夜の学校、と言っても19時ちょっと前。部活で頑張っている生徒は残っていなくもないはず。

だが、今日に限って静か過ぎる気がする。本当に誰もいないんじゃないかと思ってしまう程、シン、としている。


ガシャアァァン!!!


と、ほとんど乗り捨てる感じで自転車を降りて、走る。




ひとつだけ、電気が点いている一室を目指して。




ダンッ!ダンッ!ダンッ!


かなり荒っぽい音を出しながら、一段飛ばしで階段を上がる。


目的の階に辿り着き、廊下に出る。

明かりの点いている所がすでに目と鼻の先だ。

しかし、そこで生まれる新しい疑問。




なんで舞香の車椅子が、ここにある?




打ち捨てられたかのように、平然と横倒れしている車椅子。


「………」


カツ…カツ…カツ…


呆けたまま、車椅子にゆっくり近づき、しゃがみ込む。

……壊れては、いない。

いや、壊されてはいない。と言ったほうが、言葉としては当てはまるのかもしれない。


「……っ……」


特に感情を込めたわけではないが、つい舌打ちをしてしまった。






ガン!!ガラン!!ガンガン!!!






一瞬、ピクッと反応してしまう。

明かりの先から聞こえる。教室にある物、……おそらく机や椅子だろう……派手に倒れた音。




「もうそろそろ、いいんじゃない?」




同時に聞こえる………女子の声。


狂いそうな程の何かが自分の中を駆け巡り、黙って歩を進め扉の近くで息を潜める。


「いつまでそうすんの?」


「自分の立場わかってる?」


「何とか答えたらどう?」


気が動転してる中、なんとなく聞こえる声。声の判別までする余裕は無いが。


「上村君、独り占めした気にでもなってんの?」


この一言で俺は完全に停止する。

なんで俺が話題に出てくる?

俺関連の事?

原因は……俺自身、だったのか…?

再度パズルが組み合わさる。今の時点でほとんど完成したようなものだったのかもしれない。

……俺は、




「私は、」




また聞こえる声。

だけどこの声は、


「…アキが、好きなだけ…。みんなと一緒で…。アキに迷惑が掛かってる事なんてわかってる。一緒にいる時間がみんなより多い事は……本当に……わかってるつもり。それでも!!」




パァン!!




乾いていて、割と響く音がした。


……もう考える事はしなかった。




バアァァン!!!




教室の扉を思いっきり開く。




「……舞香」


静かに声を掛ける。


舞香を以外の4人の女子達は一様に目を丸くしていたが、


「ア…キ…?」


酷く疲れた様な顔で舞香だけは反応する。


そんな中、特に何も気にせず歩み寄り、


「舞香……、立て…ないか。悪い悪い」


そう言いながらしゃがみ込む。


フゥー……


少し息を吐いて、


「……よし、帰るぞ」


短く、そう言うと


「まっ、てよ……上村君」


一人の女子に呼び止められる。


ッチ、と内心舌打ちをしながら、あぁ?と答える。


「………」


いろんな事でパニクってんのかは知らんが、目も合わせずに黙ってしまう。

……今の俺はそんなに怖いか?

いや、……怖い。だろうな。思いの外冷静だが、怒りの感情は、ある。


「……俺が言いたい事は……今はいい。少しだけど話は聞かせてもらってたから」


「………」


ずっと黙ってる女子グループ。本当は男女関係なく、……手荒な行動に出てしまいそうだった。

とりあえず今は舞香がいるから抑えてはいる。


……少し待っても何も喋ってくれないので俺はまた別の行動に移る。


「……んしょ」


と舞香の腕を掴んだ後、肩を貸す形をつくる。

ちょ、ちょっと、と俺にしか聞こえないような声で反論してくるが今は無視。

ほら、ゆっくり行くから大丈夫だって。

と声を掛けながら少しずつ前に進む。

後一歩で教室から出るという所で


「あー……一応言っておく」


振り向かずに声を掛ける。


「……俺も……」


一息、溜めて




「こいつが、いいんだ」


ごめん、な。と続けて俺と舞香は教室から出た。一言も話さず、ゆっくり進みながら。







途中で車椅子を回収し、昇降口に到着。


「やばい、帰るのめんどくさい……」


今、自転車は学校にあり、舞香の車椅子もここにある。舞香を家まで送った後、自転車を取りにまた学校に来なければいけない。

……しょうがないか。背に腹はなんとやらだし。


「……行く、か」


フゥ、と覚悟を決めて舞香の車椅子を押し始める。




「…ア、キ?ちょっとさ…」


舞香が口を開く。


「……ん?何だ?」


とりあえず止まって耳を傾ける。


「車椅子…ここにおいて、アキの自転車で帰ろ?私後ろに乗るから、さ?」


と提案される。…いやいや


「お前家で不便じゃね?」


まぁ俺は楽だけど。


「今日はお母さん帰ってくるから…別に大丈夫よ。言い訳くらいなら全然出来るし」


「…お前がそれでいいんなら、別にいいけどな」


そう言った後、俺はまた肩を貸して外に出た。

よかった……思いっきり乗り捨てた割に自転車壊れてなくて……。




「あ〜、寒っ。超寒っ。」


「………」


後ろに舞香を乗せ、自転車を漕ぐ。付き物が取れたように、さっきまでのもやもやが無い。


「そういえばお前寒くねーの?」


制服の舞香に聞くと


「今は、大丈夫。アキがあったかいから」


そう言って、ギュッとお腹に回してる腕の力が強くなる。


「………」


正直、あれだ。背中にくっついているあれが気にならないと言えば、俺は大嘘つきだ。


「……ありがと」


小さくて、ぼそっとした声が聞こえた。


「………」


今は何も言わないでおこうかな。


「後、今胸の事考えてたでしょ」


「!!?そ、そんなことナイヨ!?」


「声上擦り過ぎ」


いきなりペースを乱された。チクショ、いい気分だったのに。


「……いいよ別に」


「は、はい!?」


「今は別にいいから。ちょっとしたお礼。…しばらくはマイナスポイントも加算しないであげる」


……な、なんか裏があるんじゃないか?と、思うくらい優しい雰囲気を纏う舞香。助けたのは俺なのになんでか恐縮してしまう。


「ま、マジでか?」


一応確認。


「……何よ?…なんならもうちょっとサービスしてあげるけど?」


そう言うと舞香はお腹に回してる腕を離して、


「……ん」


俺の背中に全身を預けた。


……心臓がえっらい事になっている。自転車のスピードも少し下がる。




「……ま、舞香…?」


「何?」


ゴクン、とつばを飲む。


「おま、お前さ……」


「……うん……」









「………重いな」









スパアァァン!!!


言った瞬間見えたのは右目に迫ってくる手のひらだった。




「うっぎゃあぁぁぁ!!?」


痛い!!右目が痛い!!


「ムードってものを考えなさいよ!このバカがぁぁぁ!!!」


キレる舞香。


「てっめぇ!何しやがる!?人の急所躊躇なく狙ってくんじゃねーよ!!」


対抗する俺。


「マイナスしないっては言ったけど暴力ふるわないとは言ってないでしょうが!!それと女の子に重いとか言ってんじゃないわよ!!デリカシー無さ過ぎなのよ、あ!ん!た!はぁ〜!!」


ゆっくり運転してる俺のほっぺたグイングインする舞香。

痛い!痛いよ!?本当に超痛いよ!?


「事故りゅ!事故りゅひゃらやめへ!!ほんほうにふいまへん!!」


夜の戸張に


ぎゃあぁぁぁ……


と悲鳴がちょっと響いた。

……ここら辺に住んでる皆さんすみませんでした。






自販機の前にて、ちょっと休憩。あれだ、ほっぺたを夜風に当てて冷やしたい。


「あーあったかい」


ココアを飲む舞香。

自販機の近くにあるベンチに座って休憩中。


「……ふあぁ〜」


ダランとベンチに身体を預け俺も休憩。つい欠伸が出てしまう。


コトン


と隣から音が聞こえる。ベンチに缶を置いたらしい音。


「……ちゃんとお礼言わせて、アキ」


急に真面目な声が聞こえた。

あ?と舞香のほうを見てみると


「……ありがとう。助けてくれて」


案外そっけないけど、だいぶ恥ずかしがってるのがわかる。


「い、いいよ別に。なんか俺が原因でもあったみたいだしさ」


そうだ。原因は俺だ。それなのに舞香に被害が及んでいるんだから。……思い返すとやはりいい気分にはなれない。


「後俺が案外モテてる事もわかったしな」


今なんとなく思った事をスラスラっと口にする。




「……アキ」


「な、何だ?」


スッ、と俺の手に自分の手を重ねる舞香。

じっと、ただただ俺の目を見る舞香の目。


「アキの事、好きな人結構いっぱいいるんだよ?……私も……その中の……」


少しずつ顔が近づいてくる。そのまま止まらず、




……ヒトリ




耳元で直に聞こえた声。

……ゾクリと全身に何かが走る。




「……帰ろっか。アキ」


少し満足したような表情で舞香は俺の顔をうかがった。


……いつもと態度も、雰囲気も違う。

そんな舞香の手を


キュッ、と握り、グイッと引き寄せる。優しく、包み込むように、舞香を抱きしめた。


「ア、キ…?」


恐る恐る、という感じで俺を見上げる舞香。


「やっと、わかった」


そうぼやいた後




「俺、側に舞香がいたほうが充実してるみたいだわ……。気付くのにえらい時間かかったけどさ……」


一呼吸溜め、


「俺の側に、いてくれ。舞香」


俺は告白した。

今、目の前にいるこの女の子に。


「……気付くの、遅いよ。アキ……」


そう言って抱きしめ返してくれる舞香。


「……遅かったからマイナス10点」


………ん?


「……おい。なんで、マイナス?しかも」


マイナス50点目だったりする。


「あちゃー、どうするアキ?何かプラスになる事しないと、ね?」


楽しそうな雰囲気の舞香。


「……はぁ…全く」


俺は顔を近づける。


舞香はそっと目を閉じ、





ココアの味も、あった。でもそれ以上に、甘い……とても甘い何かを感じた。少し長めの……口付け……






「……ん」


目を開ける舞香。


「プラス200点。ってか?」


ちょっと笑ってそう話しかける。


「ダメー。……ま、100点くらいならいいかな?」


「おっ?じゃあプラス50点になったな。何があるんだ?」


げっ、そういえばそうだ。と、反応する舞香。


「…んー……そうだ…」


「あん?」


両手を俺の顔に添え、






本日二度目の、口付け。

今度は少し短めだった。





「……お前さ、これだったら俺らキスの嵐になっちゃうんじゃね?」


ちょっと考えものだなこれ。


「その時は……」


んー、と少し考えて、




「その時じゃない?」







そう言って、

俺に初めて屈託の無い笑顔を見せた。


この笑顔を見るまで、なかなか険しい道のりだったと思う。










Fin

ノリ書き上げたちょっと実話シリーズ第9弾。やっと書き終わりました。長かったです。ダラダラのグダグダですみません。

ここまでいざこざがあったかどうかは知りませんが似たようなカップルがとある所にいました。あの2人の仲の良さ見習いたいものです。

他の作品のアクセス数がかなり伸びていて、とても嬉しいです。見てくれる人がいるだけでも報われる気がします。

それでは、ご評価、ご感想お待ちしております。あたたかい目で見守ってください。長々と、失礼します。

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[良い点] 爆発しろ [気になる点] 爆発しろ [一言] 爆発しろ末永く
[一言] お久しぶりでございます。覚えているでしょうか。以前一度感想を書かせていただいた者です。 突然、お邪魔してすみません。 拝読させていただきました。 アキと舞香の掛け合いがいいですね。ほのぼの…
[一言]  こんばんは。こちらでは始めまして、可嵐です。  ついにわたくしめも春休みに突入し、ゆっくりとコメントできる時間が手に入りましたので、お邪魔します!  一応、他の短編も一通り読ませていた…
2010/02/05 01:27 退会済み
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