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 温暖な七つ島では山でもないかぎり、降雪はない。だが、その日は珍しく雪が降った。

 窓枠や塀の上に白い雪にうっすら覆われる。雪化粧された街はしんと静謐(せいひつ)な雰囲気すらあった。いずれ雪は溶ける。つかの間の光景の中、ルシールはデレクの素材工房へ向かう。


「まあまあ、寒かったでしょう」

「こんな日に降らなくても良いのにねえ」

 デレクの妻アマンダと妹セルマが迎えてくれる。


「粉砂糖がまぶされたようね」

「シュガーポットをひっくり返してしまったの?」

 ルシールの声を聞きつけてリオンが顔を出す。

「ううん。雪に覆われた街がそんな感じだったの」

「迎えに行けば良かった」

 ルシールがコートを脱ぐのを手伝いながらリオンがそんな風に言う。

「大丈夫よ。それほど積もっていないもの」


「雪が降るなんて珍しいけれど、やっぱりこんな日はお湯を使いたいわね」

「みんなそうでしょうね」

 七つ島ではどの島でも区画ごとに割り振られたタンクにボイラー管で水を温めてお湯を作っている。それらが各戸に配管されている。使った分だけまたお湯を作る。だから、大勢が一斉に使うと、お湯不足になる。暖かい土地ならではのシステムだ。

 こんな日はお湯不足が予想された。

「お湯不足になったら、【コンロ】でお湯を沸かして使いましょう」

「そうね」

 タンクで配湯するシステムが出来上がる前はそうしていた。便利さに慣れてしまったら、不便なシステムに逆戻りしがたいものだ。


 雪が降らなくても、冬の朝晩など、水で洗い物をすると手が冷たい。だから湯を使う。

「でもね、なぜかこのときを狙ったように旦那さんがお風呂を使うんですって」

「ああ、お隣の?」

「そうよ」

 料理をしながらアマンダとセルマが世間話をする。

「どうして今なの、っていうタイミングで、なんでもやるんですって」


 隣のおかみさんは何度もみなが使う時間帯を避けろと言ったのだという。

「でも、おかみさんが洗い物をしだしたらお風呂に入るそうなの」

 そして、当然のことながら湯が止まる。すると、被害をこうむったという。

「なんで出ないんだ! お前が使っているからだろう! 俺は湯が必要なの! 風邪を引いたらお前のせいかだからな! お前が風邪をひかせたんだ!」


 おかみさんは何度も繰り返し、自分の世帯だけでなくほかの世帯でも大抵同じ時間に食事をして片付けるから湯を使う。だから風呂の時間はずらせと話して来たのだという。

「そのときは分かったと答えるんですって」

 そして、何度も同じことを繰り返すのだ。

 さらには、それを風呂の湯が出ないとわめいているときに指摘すると怒りに油を注ぐこととなる。だから、別のときに話す。そのときはやはり分かったと答える。そう言って何度も繰り返していると言えば「じゃあ、なんでその時に言わないんだ」と怒る。


「うちの人は辛辣(シビア)なんて言われているけれど、そんな理不尽なことは一度も言われたことはありませんよ」

「あらあら、ごちそうさま」

 そんな風に話しながらも、手は動く。なんなら、アマンダとセルマの位置を変えつつ、料理の過程は進んでいく。


 ルシールは料理を手伝いながら既視感を覚えた。ジャネットに教わってふたつの料理をつくったときと同じだ。今まではアマンダとセルマの指示通りに動くばかりだった。自分で食材から買いそろえ、いちから料理するようになって、ある程度分かるようになったから、「分からない」。この作業がどの料理のどの過程に必要なのかが。


 しかも、今回はジャネットひとりではなく、アマンダとセルマのふたりだ。ふたりの連携は素晴らしい。そして、作る料理の分量は友人たちとの新年祭とは比べ物にならないほど多い。

「おばさまたちは複数の料理を大量に作るのに、手順がこんがらないのね。すごいわ」

「慣れよ、慣れ」

「そうよ。ルシールちゃん、ずいぶん手際が良くなったわ」

 セルマはそう言うものの、ふたりの域には到底及ばないルシールは、指示通りに動くのだった。




「「「「新年祭、かんぱ~い!!!」」」」

 珍しい雪の天候にもかかわらず、その年も大勢がデレクの素材工房に訪れた。

「雪見酒とはこのことか!」

「いやあ、酒が旨いね」

「身体の中から温めないとな!」

 いつもとは違う天候ですらも酒を飲む良い口実となる。外は寒くても、工房の中は人いきれで暑いくらいだ。そうなってくれば、冷たい酒も心地よいものとなる。どちらにせよ、美味しく飲酒するのだった。


「ルシール嬢ちゃん、今年の目標は?」

「もちろん、魔道具師の免許取得よ」

「いよいよだな」

 珍しくアーロンが声を発する。そこには感慨が籠っていて、デレクやローマン、職人たちもそれぞれ頷く。

 思い返せば、彼らはルシールが魔道具師になるために新素材を用いて魔道具の開発をした。


「なあに、がけ崩れでにっちもさっちもいかない中、【通信機】を修理してしまえるルシール嬢ちゃんだ。心配ないさ」

「落ち着いてやればいい」

 力説するローマンに続いて、デレクが淡々と言う。


 職人たちもてんでに話し始めた。

「雪が降らなければ良いなあ」

「キャラハンまでは列車で山越えするのか。降雪があったら運行しない可能性もあるな」

「試験の前日に出発するの? 余裕を見て前々日に行った方が良いんじゃない?」

「それが、」

 実はレアンドリィ総督が船を出してくれるのだと言うと、喧騒が止み、しんと静まった。

「総督の船?!」

「とんでもないものに乗るんだなあ」


 エリーズに確認したところ、レアンドリィ総督夫人と親しくしていることは特に隠す必要もないと言われている。

 それで、職人たちにも話していたが、「我らがお掃除妖精が!」「レアンドリィ総督の妖精夫人と!」「さすがは妖精だな!」「うんうん。妖精どうし、気が合うんだな」と妙な納得していた。

 つい、「エリーズさんにいたずら妖精だと言われていたけれど、信じられないくらいうつくしい方よ」と話すと「想像もつかないや」「いいじゃないか。妖精なんだから」という着地点を得た。


 ところが、デレクからは自分たちや友人たちまでにして、あまり言いふらさないようにと諭された。職人たちにもしっかり釘を刺していた。だから、エスメラルダたちの話は身内の間でのみすることにしている。


「総督の船ともなると、ものすごく速いんだろう?」

「それだけじゃなく、内装も豪華だって聞いたよ」

 豊かな七つ島は総面積はそう大きくないとはいえ、それらを所有する各総督は世界有数の富豪である。しかも島国であるから、船舶技術は高く、器材にはどれほどまでにも金銭を費やしている。


「海を走る別荘なんですって」

 寝室だけでなく、キッチンもシャワールームもあると聞いたと話すと職人たちが熱心に耳を傾ける。


「しかも、モーターの軸が特別な調合の合金なんですって」

「うおおおお!」

「総督の船の合金!」

「どんな割合かなあ」

「実は新素材を秘密裏に使っていたりして」

「いやあ、レアンドリィ総督はそんなことをしないだろう」

「そうだよな。見つけたとしてもさっさと明かして一秒でも早く研究させてその性能を余すことなく引き出させるだろうな」


 となりのペルタータ島の島民であっても、特にカーディフはエイベル橋を渡ってすぐの位置にあるから、レアンドリィ島とは馴染みが深い。さらには、レアンドリィ総督ヒューバートは七つ島の中でも最も人気の高い総督でもある。

 ルシールは実際にヒューバートと接してその理由が分かる気がした。


 リオンはルシールの隣で飲食をしながら、話題に出たヒューバートのことを思い返していた。





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