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料理は前菜から始まって一の皿、二の皿、デザートと続く。エスメラルダは一の皿がスープで、二の皿も少量だ。
「今年で卒業するから、早いうちに総督府の仕事を知って行こうと思う」
十七歳になったメルヴィルが新年の抱負を語る。
「今年で最終学年になるから、今のうちにやれることをやっておこうと思う」
十六歳になったオーガストはこの一年で背が伸び、兄よりも身体が大きい。
「今年で専門科に分かれるから、その準備かな」
十四歳になったダライアスがのほほんと言う。
「今年で卒業するメルヴィル兄さんのフォローと、最終学年になるオーガスト兄さんのスケジュール調整と、なによりダライアス兄さんが専門科の希望提出を忘れないように目を光らせる予定だよ」
十三歳になったしっかり者のスチュアートがつらつらと話す。
「スチュアート、自分のことは?」
「それは大丈夫」
父パトリスが眉尻を下げると、スチュアートはさらりと言ってのけて食事を続ける。
「スチュアート、頼りになるぅ!」
「ダライアスは自分できちんと管理なさい」
すかさずエリーズが指導する。
友人たちや、加工屋や素材屋、採取屋たちとの新年祭とは違うものの、レアンドリィ総督一家の新年を祝う催しも賑やかだった。
各島の総督とその家族たちが集まる新年祭というのはどんなものか想像もつかないが、聞いて良いものかどうかわからず、口には出さなかった。
そんなルシールの心情を察してか、メルヴィルたちが話してくれた。
「大体、どこでも毎年趣向を凝らすよ」
「見栄張りってのでもないけれど、やっぱりほかの島の総督にはしっかりアピールしておきたいもんなあ」
「各島の特色が出ているよな」
「最近は南北大陸のものも取り入れているね」
誰かが話していたらほかの者たちは食事をし、それを順番に繰り返すことで途切れることなく会話が進む。
「ルシール、クリフォードと会ったって本当?」
「クリフォードっていつもはっきり言わないもんなあ」
「思わせぶりってやつ?」
「ルシール、意地悪されなかった?」
「「「「大丈夫だった?」」」」
四兄弟はこのときばかりは手を止めてルシールを一斉に見る。
「意地悪されていないわ。心配してくれてありがとう。ただ、」
「ただ?」
「本当にエスメラルダさんに匹敵するほどにうつくしかったわ」
ルシールはしみじみと、ろうたけた美貌を思い返す。
「びっくりするよね!」
「小さいころから知っている俺たちでも久しぶりに会うと呆然とするからな」
「今年もすごかったよな」
「デカリー総督と同じく総督になって初めての新年祭だっていうのに、堂々としていたもんなあ」
デカリー島新総督は昨日三十二歳になった。クリフォードとは十三歳差である。その年齢差を感じさせない振る舞いをしたのだという。
ルシールは以前工房に来たときの様子から、さもありなんと思った。長年勤める総督たちを前にしても、泰然とした態度を崩さなかったのだろう。
「そうなんだ。今年の所信表明は伯父上の次にすごいことを言っていたよ」
やはり、彼らは「伯父上が一番」なのだ。
「クリフォードが総督に相応しいというのは一目瞭然なのに、アレックスはいつもの通り突っかかっていたよな」
「うん。それで、いつもの通りにやりこめられていた」
「クリフォードと同じ十九歳には見えないよ」
「十七歳のアルバートの方が年上に見えるもんな」
「メルヴィル兄さんも勝っているんじゃない?」
「それ、褒めている? 全然嬉しくないんだけれど」
「うーん、ごめん」
褒め言葉になっていないことは発言者も認めてしまった。
アレックスというのはステルリフェラ総督の長男だ。アルバートはロエオスリアナ総督の長男でクリフォードの従兄弟だ。
各島の総督家のことは一応島民の知識として持っているが、四兄弟の口から直接聞くと、雲の上の人ではなく、ルシールと同じ人間なのだなと感じる。
「みんな誰かの従兄弟同士なんだけれどね」
「アレックスは同じ歳だからってなにかとクリフォードと張り合おうとするんだ」
「でも、足元にも及ばなくて、大体いつも相手にされていないんだ」
「即座に一刀両断されているよな」
「なのに、懲りないよなあ」
あの怜悧な美貌の持ち主クリフォード・レジティ・レプトカルパに一刀両断にされてなお突っかかっていくというステルリフェラ総督の息子の気持ちが分からない。
ルシールなら早々に遠巻きに眺めるに留めるだろう。
「懲りないって言ったら、クローディアとグレンダだよ」
「あのふたりもいつも張り合っているもんなあ」
クローディアはステルリフェラ総督の長子で、グレンダはロエオスリアナ総督の長子だ。確か、グレンダはステルリフェラ総督の長男アレックスと結婚したはずだ。義理の姉妹となっても、張り合うものなのだろうか。
「でも、あのふたりはどっこいどっこいの良い勝負じゃない? 同じ歳だし」
「それがさあ、グレンダがクローディアの弟のアレックスと結婚したじゃない?」
「ああ、だからクローディアが焦っているのか」
「でも、クローディアはクリフォードの婚約者だから」
四兄弟はさっと視線を交わし合う。
アレックスはどうあがいてもクリフォードに敵わない。
「クローディアはさっさとクリフォードと結婚してしまいたいんだよ」
「そうすればすべてひっくり返るって思っているんだろうな」
「結婚相手がすごいからって自分もすごいわけじゃないんだけどな」
「でもさ、クローディアはグレンダとの競争心からだけじゃなく、クリフォードにぞっこんだよ」
クリフォードの美貌、知性ならば当然のようにそれも当然に思える。
「昔からそうだったよな」
「うん。もうべったりで、さすがのクリフォードがうんざりしていた」
あのクリフォードを辟易させるとは。ルシールはこみ上げる感情を、料理を口に押し込むと同時に呑みこんだ。
「グレンダの方も押しに押して早々に結婚したんだよね」
「きっとさあ、次はどちらが先に子供を産むかってので張り合うつもりじゃない?」
「ああ、それで急いだんだ」
「グレンダもクローディアも年齢もそうだけれど、外見もどっこいどっこいだからなあ」
「どちらもそこそこ美人だよね」
「ただ、クローディアは鼻や唇のパーツを気にしているらしいよ」
「あー、クリフォードがあまりにも美しいからなあ」
ルシールはクローディアの気持ちが分かる気がした。ルシールの恋人リオンもうつくしく、その隣に立つことにいまだに引け目を感じることがある。それでも、リオンは自分の隣にいて欲しいと何度も言う。言葉だけでなく、視線で、態度で熱を示してくれる。だから、その手を取ることを躊躇しないで済んでいる。
けれど、クリフォードはどうだろう。メルヴィルたちはうんざりしていると言っていた。ならば、その態度に熱は加わらないのではないだろうか。一方的な熱意は受け取る者がいなければ、どこへ行けばいいか分からず、彷徨うのではないだろうか。
ルシールがべつのことを考えていると、視線を感じた。メルヴィルたちが見ていた。
「ルシールよりも美人だけれど、俺はルシールの方がきれいだと感じるよ」
「分かる。話し方だとか仕草とか」
「あとは話す内容とか行動とか。総合的なものだよな」
「うん」
「あ、ありがとう」
つっかえながらも、四兄弟から向けられる好意に礼を言う。
メルヴィルたちから今日も泊まって行けと引き留められたものの、さすがに二泊もするのは厚かましく思え、帰ることにした。
エリーズの手配で手土産としてハチミツパウンドケーキをもらった。翌日食べても、ふわふわしっとりとしていて、ハチミツの甘味とコクを堪能した。
帰る間際にエスメラルダがルシールが髪を結ってくれたのだとヒューバートに話した。
ヒューバートはルシールの手を取って礼を言う。
「君がいてくれてよかった」
存在するだけで喜ばれることを噛みしめていると、「今度ふたりで揃いの髪飾りをつけるのはどう?」とヒューバートが言い出すものだから、慌てて固辞した。髪に飾るのもそら恐ろしくなるようなアクセサリーを贈られてしまいそうだ。
「そう? じゃあ、免許取得にキャラハンへ行くときに船で送って行こう」
ルシールは列車で行こうと思っていた。魔力で動く列車だ。実は乗ったことがないので、楽しみにしていた。
「そうしてもらいなよ」
「船の方が速く着くよ」
ペルタータ島の東中央に位置するカーディフは西南のキャラハンまで結構な距離がある。途中、山があるので、迂回するか越えなければならないからだ。
メルヴィルたちが口々にヒューバートの提案に賛成するのを聞きながら、ちくりと胸が痛んだ。
ヘンリクが送って行ってやると言っていたのだ。知らなかったとはいえ、盗難騒ぎに巻き込んだからか、ヘンリクもタルモも最近、姿を見せない。約束は無効だろう。ルシールもあんなことがあった後で送ってもらおうとは思えなかった。
ルシールがべつの思考に囚われていると、ヒューバートはカーディフの港で待っているようにと言う。
ありがたく好意を受けることにした。なにしろ、総督の船に乗ることができるのだ。列車はほかに乗車する機会はあるだろう。
「密漁船を軽々と追い越してしまう船なのね」
ルシールが高揚しながら言うと、メルヴィルたちが口々に説明した。
「動く別荘とも言われているくらいだよ」
「快適だよ」
「キッチンもついているよ」
「え?! そうなの?」
ルシールが驚くと、四兄弟はそれは序の口だと言う。
「シャワールームもあるよ」
「寝室もある」
「便利な魔道具も完備されているよ」
ボートよりも少々大きい程度の予想だったが、まったく違うようで、ルシールは戸惑うばかりだった。




