3
グランディディエリ群島は大きな七つの島と小島とで形成される。七つ島は北に三つ島、南に四つ島並んでいる。
レアンドリィ島は北の中央に位置する。
今年の新年祭に総督らが集まったのは南東に位置するロエオスリアナだ。船でぐるりと北上して西に戻って来るのだが、果たしてヒューバートたちは今日中に戻って来ることができるのかと思っていた。
「朝早くにロエオスリアナを出たら夕方には着くよ。列車でも行けるけれど、途中で何度も停車して待ち時間があるから、船の方が速いんだ」
実際に夕方に戻って来たメルヴィルがそう言う。
総督とその弟家族をエスメラルダとともに玄関ホールで出迎えたルシールは、エリーズたちと挨拶をかわす。
それぞれコートを脱ぎながら四兄弟はルシールに語り掛けて来る。
「ルシール、新年おめでとう」
「友だちとの新年祭はどうだった?」
「料理を教わって作ったんだけれど、二種類の料理を同時につくったの。手際が良すぎてなにがなんだかわからなくなったわ」
「へえ、そうなんだ?」
半日かかって移動したというのに、元気いっぱいな四兄弟とあれこれ話していたが、なごやかだったのはここまでだ。
「わたくしにも持ってきてくださったの。とても美味しかったわ」
「「「「ええー!!」」」」
エスメラルダの言葉に、異口同音で「「「「食べたかった!」」」」と言う。
「各島の総督とそのご家族たちとご馳走を食べて来たんでしょう?」
自分がつくった拙い料理よりもよほど美味しかっただろうとルシールはきょとんとする。
「料理は豪華だったけれどさあ」
「やっぱり、食事は楽しくなくちゃね」
「いっしょに食べる人って重要なんだよ」
「なにより、ルシールがつくった料理を食べてみたい!」
四人が言う向こうで、ヒューバートが執事から、エスメラルダが常になくよく食べていたと聞いて相好を崩す。
「なにをいただいたの?」
ヒューバートはエスメラルダを抱き寄せながら聞く。
「アクアパッツァとサーモンのエスカベッシュよ。それとエビチップスも。わたくし、はじめていただいたわ」
軽い食感が楽しくて手が止まらなかったと言えば、ヒューバートはそれは良かったと、頬やこめかみにキスをする。
エスメラルダの言葉をまた聞きつけた四兄弟が声を揃える。
「「「「エビチップス!!」」」」
四兄弟はエビチップスを食べたことがあるらしいが、その機会はあまりない様子だ。
「ご用意しております」
すかさず返事をしたのは執事だ。こうなることを予想して先回りして用意しておいたのだろう。
「さすがは、ティモシー!」
「でも、俺、ルシールがつくったのも食べてみたかったなあ」
「ねえ、今度、俺たちにもつくってよ」
「でも、持ってくるの、大変じゃない?」
「おしゃべりするのなら、サロンへお行きなさい。ルシールさんをこんな寒いところに引き留めていてはいけませんよ」
エリーズが口を挟んでようやく一同は移動する。
先頭をしっかり者の四男スチュアートが歩き、次に活発なのにのほほんとした三男のダライアスが続く。ルシールはメルヴィルと連れ立って廊下を進む。その後ろを、兄よりも大きい次男オーガストが続く。
ヒューバートの所有する高速艇についてメルヴィルから聞くうち、いつの間にかサロンに到着していた。
「「「「エビチップス!!」」」」
テーブルには陶製の器にこんもりとエビチップスが盛られていた。
「ルシールさまがお持ちになったものと同様、香辛料を振りかけてございます」
執事の言葉に、メルヴィルたち四兄弟は目を輝かせる。
さて、エスメラルダたちも加わって、九人でテーブルを囲んだ。
「今度、煮込み料理を鍋ごと持って来て!」
「そうね。鍋ごとじゃないと、足りないわね」
ダライアスの言葉にルシールはそれでもこの人数ならひとり一皿しか当たらないのではないかと心配する。
「そのときは仕事を切り上げて帰って来るよ」
ヒューバートもまた、エビチップスに手を伸ばしながらそんなことを言う。
「エスメラルダさんは召し上がったことがなかったそうですが、ヒューバートさんはあるんですか?」
総督に対して名前をさんづけで呼ぶのはまだ抵抗がある。だが、呼ばれる側のヒューバートは「新鮮だね」とにこやかだ。
「うん。そのときどきによっていろんなエビの味がして季節感を知ることができるよね」
「兄上は今でこそ控えているものの、市井によく出ていたんだよ」
それこそ、総督の座についてからも、視察と称しては島内を巡ったのだという。
「外洋船が入港したときちょうど港にいるからって積み荷を検品して密輸品を摘発されたこともあるんだよ」
「総督がわざわざ積み荷をご覧になったんですか?」
「ああ。不作だと聞いていた穀物類の名前が焼き印された木箱がたくさん搭載されていたから、これはおかしいなと思って、こっそり釘抜きでこじ開けてみたんだ」
ヒューバートは悪びれることなく、おあつらえ向きの道具をそこいらに放り出しているんだもの、使いたくもなるよね、と笑う。
「きっと神さまがヒューバートに荷を検めよという啓示を下さったのね」
「そうとしか思えないようなタイミングで放り出されていましたわね」
エスメラルダはおっとりと、エリーズはこの方はこういう絶好の機会を与えられることが多いのだと、それぞれ言う。
「中からは七つ島では許可されていない薬品が出てきてね」
いわゆる中毒症状を引き起こす薬物だという。
「少なくとも我がレアンドリィ島では不必要なものだよ。一日しっかり働いた後、美味い食事と旨い酒があれば十分だ」
そう言って薬物を押収したヒューバートは港で働く者たちに振る舞い酒をしたという。
「大抵、そういう振る舞い酒は樽が渡されるだけなんだ」
人々は総督から酒を下げ渡され、有り難く頂戴する。
「でも、伯父上は違うんだよ」
「伯父上はほかのみんなと同じように、樽の前にジョッキを持って並んだんだ」
「それで、いっしょに呑んだんだって」
「そうやってレアンドリィ総督と酒を呑んだってことが、レアンドリィ島民は誇りなんだよ」
大切な記憶であり、励みになる。辛いことや悲しいことを乗り越える原動力ともなる。
そんな風にいっしょにひとときを過ごす総督は自然と島民に愛され、尽くしたいと思われる。
「いっしょに酒を酌み交わしてする話でしか聞けない意見というものがあるからね」
だから、振る舞い酒は良い酒にするようにしているんだ、とヒューバートは片目をつぶってみせる。自分も旨い酒を呑みたい。せっかく島民たちと呑むのだから。
「伯父上は密猟者を高速艇で追いかけたこともあるんだよ!」
「あまりに速すぎて追い越しちゃって、密猟者がそれに気づかなかったんだよ」
「華麗なターンを決めて足止めしたんだって!」
「同時に上がった水しぶきで密猟者たちをびしょ濡れにしてやったんだ」
四兄弟がきらきらと目を輝かせながら口々に言う。素晴らしい連携で話の筋が明白で、さらには臨場感もある。
少年たちの心をわしづかみにする冒険譚だ。仕事ができるということ以外にも、ヒューバートは四兄弟の尊敬を集めているのだ。
「メルヴィルたちが話した密猟者と出くわしたときはちょうど新しい船を造ったばかりで、試乗していたところだったんだよ」
総督の造った新しい船。試乗。ルシールは思わず気になることを口にした。
「その高速艇のモーターの魔力回路は、素材はやはり、特別なものを使っているのですか?」
「巨大な<斥晶石>でモーターを動かしているんだ。軸に使われている素材が特別な調合の合金でね」
ヒューバートはルシールの質問にも的確に答えてくれる。
「ヒューバートは総督にあるまじき無茶をなさるでしょう? だから、側近たちは大変なの。でもね、」
その側近のひとりと言っても良いだろうエリーズがため息交じりに言い、途中で言葉を切る。
「側近たちはことごとくヒューバートに心酔するがあまり、彼の能力についていけるように切磋琢磨しているの」
「それは、」
ルシールが思わず口ごもる。
「そうなの。とんでもなく能力の高い人たちが大勢いらっしゃるのよ」
わたしはついていけないわ、とエリーズがふたたびため息をつく。
レアンドリィ島は七つ島の中でも目覚ましい発展を遂げていると聞くが、その理由が分かった気がする。
「なにを言っているんだ。君はとてもよくやっているよ」
「パトリスのおっしゃる通りよ。公務とこの館のこともしっかりしてくれているわ」
「そうですね。それにメルヴィルたちはこんなに素晴らしい人たちなんですもの」
パトリスやエスメラルダが言うのに、ルシールも賛同する。
「ありがとう」
エリーズが面はゆそうに礼を言ったとき、誰かの腹が鳴った。
「エビチップスを食べたら、お腹が空いていたのを思い出した」
えへへ、と笑ったのは次男のオーガストだ。
「準備が整いました。みなさま、ダイニングルームへお越し下さい」
タイミングよく執事が現れ、夕食が始まる。
いいね、ブクマ、評価、誤字脱字報告、ありがとうございます。
ようやく次男以下の名前がでました。
固有名詞が増える一方でなるべく出したくないのですが、
「さすがは執事!」というのはあり得ないので、
執事も名前がつきました。




