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レプトカルパ島の総督クリフォードはルシールが働く魔道具工房を単独で訪ねた。
最近、レアンドリィ総督夫妻と親しくする者の人となりを確かめようとしたのだ。正確にはエスメラルダが娘のようにかわいがる存在をヒューバートが容認していたからだ。それに値しない相手ならば、愛妻家であるヒューバートは妻から遠ざけようとする。なのに、しなかったということは、それに見合う価値がある人間だということだ。
あのヒューバート・レジティ・レアンドリィがそうみなした者。
クリフォードは大いに興味を抱いた。
足を運んで正解だった。
「やあ、待たせたね」
黒髪、エメラルド色の瞳の長身の男性が入って来て気さくに挨拶をする。クリフォードの父親と友人であるヒューバートとは生まれたころからの付き合いだ。
「いいえ。突然伺ってすみません」
クリフォードはつい先ほど隣島で会った女性のことを思い出していて、待たされたという気にはならなかった。それに、自分で言った通り、急にやって来たのだ。なのに、こうして時間をつくることができるのは、さすがはヒューバートである。
クリフォードは物心ついたころから父親に繰り返しヒューバートの称賛を聞いてきた。それが沁みついているというのもあるが、事実、ヒューバートは傑物だと総督の地位について改めて実感する。
クリフォードは対面のソファに座ったヒューバートと情報交換をした後、切り出した。
「ここに来る前に寄り道して来たんです」
ヒューバートの温かく輝く宝石のような目を見る。
「あなたの瞳の色に似ているけれど、少し明度が下がりますね」
クリフォードの言わんとすることをヒューバートは悟り、面白そうな顔つきになった。
「わざわざ会いに行ったのかい? 君が?」
気まぐれで気位が高いクリフォードは興味がないものには指一本動かさない。
「あなたの「翡翠」がどんなものかを確認しようと思いまして」
「どうだった?」
「総督の威に怯えない」
威に鈍感なのではない。畏れつつも過剰に反応しない。
総督の威を知らぬようではいけない。
総督の威に怯えるようでもいけない。
総督の威を利用できなければならない。
しかし、それは濫用となってはいけない。
「猫のようだと言われましたよ」
「猫? 君が? そうだね。言い得て妙だね」
自由で気まま。しなやかでそっけない。そして、魅力的。
ヒューバートが次々に挙げながら実に楽しそうに笑う。
気に入っているとすぐにわかった。ヒューバートは安定した精神の持ち主でいつも穏やかだが、今は心から楽しげだ。クリフォードの前ではそんな風な様子を見せるというのは自尊心をくすぐる。
けれど、それだけに、先だって件の女性が市庁舎の人間に拘束されたというのはいただけない。
「本当に預かっただけでなにも知らないようですね」
「そうだよ。彼女に預けたタルモという副船長もまた、騙されていたみたいだね」
件の女性の口から出て来たタルモは正式な手順を踏んで七つ島にやって来る船の副船長だった。だから、すぐに当局は彼に接触することができた。
彼が魔道具工房に預けたものが盗品だったと聞き、蒼ざめたが、そのころには疑惑を抱いていたのだろう、納得した様子だった。
タルモはほかの船乗りに協力を持ちかけられたのだと話した。
財宝の在り処を示す重大なキーアイテムで、ほかの競争者に奪われないよう、一時預かったのだという。それを一度目に預かったのが五月祭りのときで、二度目を依頼された際にはさすがにおかしいと思い始めた。だから、断ったものの、無理矢理受け取らされたのだという。中身は魔道具だったから、たくさん置いてある工房に預けようと思ったのだと話した。
「なぜ、一度目のときにおかしいと思わなかったのでしょうね」
クリフォードは小さく鼻を鳴らした。そんな生意気な態度ですら優雅なのだから、猫に似ているというのは実に言い得て妙だとヒューバートはおかしく思う。
「そう言ってやるなよ。だって、君、財宝の在り処を示すキーアイテムなんて言葉を出されて心動かされないなら、船乗りじゃないよ」
そして、そのくらい突き抜けてあっけらかんとしているのが船乗りだ。そうでなければ、周囲になにもない大海原へ旅立とうなど考えもしないだろう。思慮深いというのは考え過ぎるということに繋がる。無鉄砲でないとなし得ないこともあるのだ。
ヒューバートの言葉に、クリフォードはそんなものなのかな、と小首を傾げる。聡明な者にありがちで他者の行動に不足を見出すものだが、クリフォードには不条理に思えることすらあった。
「なんでも正しいやり方、効率の良さで物事を判断するものではないということさ。人類はそれまでとはまったく別のやり方、考えもつかなかったこと、一見無駄に思えることをやって発見や発明をし、世界の姿を明らかにしてきたのだから」
「失敗からまったくべつの発見があるというのは分かりますけれど」
タルモは魔道具を預けた後、話を持ちかけた船乗りを探していたのだという。
そのタルモは当局から事情を聞いて仰天した。
まさか、魔道具が盗品で、それで預けた者が拘束されるなど夢にも思わなかった。
「その様子から彼は利用されただけだろうと判断したらしい」
そして、事実、どれだけ尋問を重ねてもその船乗りのことしか分からなかった。
「窃盗の罪をなすり付けようとしたというところでしょうか」
「だろうね。副船長の船のほかの船員たちはなにも関わっていない。財宝うんぬんが本当かどうか、まずは確かめようとしたというところかな」
そして、今はレアンドリィ島とペルタータ島とで協力し合ってタルモを陥れた船乗りを探しているところなのだという。
「海に出られたらどうしようもありませんね」
「うん。だから、網を張って辛抱強く待つほかないな」
半年以上に渡り、そしてふたつ島において起きた窃盗事件は島外からやって来た船乗りたちの仕業だったのだ。
「それで、その副船長は「窃盗団はお宝を示すのではないかということで、鳥と宝石がついた魔道具を探していた」と話したのですよね」
「そうなんだよ」
クリフォードが鋭い視線を向けると、ヒューバートは泰然と足を組み替えた。




