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「前にアランやルイスと食べた料理を作ってみない?」

 リオンがそう言った。

 ルシールは採取屋として忙しい時期なのだからと思うのだが、リオンのファンを自称する女性たちとの一件があって、気を使ってくれているのだと分かる。


 それに、ルシールは最近少し痩せたというのもあるのかもしれない。シンシアが工房の仕事が立て込んでいるせいかと気を揉んでセーブしようとしてくれたが、忙しい方が気がまぎれるので都合が良かった。


 女性たちにちゃんと話すことができなかったことが悔やまれた。そして、それ以上にあんな風に四方八方から悪意を向けられて、怖かった。

 仕事に没頭することで食事がおなざりになっていた。帰宅したらなにをする気にもならず、入浴後に寝てしまうことが重なった。


 リオンに気遣われ、それではいけないと思い、頷いた。

「良いわね。鶏肉のトマト煮込み(カチャトーラ)とムール貝の香草パン粉焼き(グラティナータ)ね」


 さっそくふたりで市場へ出かけ、材料を買って来る。

 鶏肉に塩をまぶして置いておく。

「この水分が臭みの原因なんだって」

 水分を拭きとりながらリオンが言う。

 そして、塩コショウし、小麦粉をまぶして両面を焼く。


 ルシールはその間、タマネギとピーマンを炒める。

「タマネギは繊維を断つようにして切ると早く熱が通るんですって」

 市場で買い物をするとなにかしら教えてくれる。

 トマトとみじん切りしたニンジン、赤ワインを加え、ローズマリー、ベイリーフを入れる。

「ここに鶏肉を入れてしばらく煮る、と」


「じゃあ、次はムール貝ね」

「すにで口が開いているのは捨てるんだって言っていたな」

「割れている貝もね」

 ムール貝の汚れを落とす作業を手伝おうとするルシールに、リオンがやっておくから、ニンニクをスライスとみじん切りのふた通り用意してくれという。

 スライスの方はオリーブオイルと白ワインと共にムール貝を蒸すのに加える。


「蒸しても開かない貝も捨てる、と」

「あ、ムール貝から出た汁は使うから」

 詰め物の方にみじん切りしたニンニクとパン粉、カットしたトマト、おろしたチーズ、パセリを混ぜる。

「ここにムール貝の汁を加えるんだって」

「ムール貝の汁にかなり塩分が含まれているからしっかり味がつきそうね」

 ムール貝に詰め物をし、オリーブオイルをかるくふりかけ、【モウモウのオーブン】で焼く。

「モウモウ」という鳴き声を聞きながら、サラダをつくる。砕いたナッツをトッピングにし、キウイフルーツを使ったソースをかける。


「リオン、なにか飲む? ビールと白ワインを冷やしてあるけれど」

 ムール貝を食べるときには白を、鶏の煮込みを食べる時には赤を出すべきなのだろうかとルシールは首を傾げる。

「ありがとう。じゃあ、ワインをもらおうかな。ルシールも飲む?」

 鶏の煮込みの様子を見ながらリオンが聞く。

「ううん。———やっぱり少し飲もうかな」


 ワイングラスはふたりで選んだものだ。そうやって少しずつ増えていった。リオンと再会するまでは必要最低限のものしかなかったが、ふたりでいろいろ手に取り、揃えて行った。ジャネットにアドバイスをもらって買ったものもある。


 最初のころは、結婚することができなかったことから、ひとり暮らしをちゃんと成り立たせないといけないと思っていた。仕事と家事とをしっかりやらなくてはと思えば思うほど空回りして、結局は料理まで手が回らなかったのだ。


 でも、リオンが返品不可だと言ったから。

 なんでもいっしょに楽しもうとしてくれたから。

「これから先もそうしていきたい」

 ルシールが言うと、リオンが目を見開き、<海青石>の色の瞳を潤ませた。

「うん。俺も。この先もずっと」


 ふたりはたくさん食べ、飲んだ。

「いつかびっくりシリーズの食材を料理に使ってみたいわ」

「ルシール、君、案外、大胆だったんだね」

「なにごともやってみるべきかと思って」


 いつまでも自分の物を壊されるのではないかと怯えている子供のままでいてはいけない。今度こそ、きちんと自分の意見を述べられるようになりたいと思う。




 シンシアが言った通り、親子でやって来る客が増えた。


「あのねえ、全部買いそろえたらいくらかかると思っているの!」

「でも、ぜったいにこれは必要だって!」

【冷蔵庫】、【コンロ】、【洗濯機】、【掃除機】の主要四種の魔道具の値段をこわごわ聞いた親の方は予想よりも安価だったらしく安堵した様子を見せた。


 この時期によく出るものだからと、季節限定のセット価格で販売することにしたので、大分安く買える。すでに備え付けられていることを加味して、【コンロ】をはぶいた主要三種のセット価格も用意している。

 セット価格で販売するために、この四種を重点的につくっていた。シンシアはなかなかのやり手で、ルシールは学ぶことが多い。


「最新モデルだったら、そりゃあ目玉が飛び出ちゃいますよ」

 シンシアが笑って言うのに、なるほど、と客が頷く。高いものは手が出ないけれど、安さにも理由が分からないと不安になるもので、わきまえた工房主はさり気なく説明を含ませる。

「でも、ちゃんと動くし、このモデルで十分です」


 さて、生活を便利にするのに必要な魔道具ではあるが、子供の方は別のものに目を付けた。

【ニャーニャの害虫捕獲機】である。

「だって、ネズミや黒い悪魔がでたらどうするのよ!」

 おそらく、黒い悪魔は黒虫のことだろう。名前を呼ぶことすら嫌なくらい嫌っているのだ。それは、ほしいだろう。


「しかも可愛いし」

「たまに猫の鳴き声が聞こえてきますよ」

 客の言葉に、ルシールは思わず言い添えた。

「絶対にこれがいい!」

 子供の方が俄然その気になるが、母親は渋面だ。


「では、こういうのはどうでしょう。【掃除機】をやめて【ニャーニャの害虫捕獲機】にするというのは」

 シンシアは特別に魔道具を入れ替えてセット価格にしても良いと言った。柔軟な対応に、ルシールは感心する。これこそが、工房主の腕前というものだろう。


「そうねえ。でも、あんた、ちゃんと掃除する?」

「うーん」

 シンシアの提案に母親はそれも良いかもと思いつつ、懸念がぬぐえず、当の本人の娘は自信なさげだ。

「掃除をしないと、【ニャーニャの害虫捕獲機】がほこりまみれになってしまったり、うまく害虫を取れなくなるかもしれませんよ」

 なにより、不衛生だと害虫が増える一方となるだろう。

「掃除するわ!」

 ルシールの言葉に、子供の方が力強く宣言した。


 結局、【冷蔵庫】、【洗濯機】とともに、【ニャーニャの害虫捕獲機】が売れた。

「ルシール、なかなか上手いわね」

「シンシアさんこそ」


 主要四種の魔道具のほか、【ニャーニャの害虫捕獲機】や【警報装置】も売れる頻度が上がっていた。

「盗難騒ぎがまた起き始めたからね」

「それにしても、本当にお子さんのために魔道具を一度に何台も買われるんですね」

 ルシールは家を出るとき、身の回りの物のほか、両親からわずかな金銭を渡されただけだ。身ひとつでなかっただけましだと思っていたが、今のようなことを目の当たりにすると、羨ましく思えた。


「用意できるお家とそうではないお家があるわね」

 家を飛び出て恋人といっしょになったというシンシアもまた、思うところがあるのだろう。


 ドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 少し前までは一日に何度も鳴り、在庫がなくなるのではないかと部品の残数を数えたりもしたが、最近では少し落ち着いてきた。

 だから、立て続けに珍しいなと思った。


「わたしたちは市庁舎の者だ」

「聞きたいことがある」

 シンシアよりも年上の男性ふたりは探るような目つきでルシールたちを見ながら、身分証を提示した。

「なんでしょうか」

 シンシアが身構える。


「去年末あたりから、島外の船乗りが来なかったか?」

「さあ、わたしは知りませんが」

「もしかして、ヘンリクさんとタルモさんのことでしょうか」

 それまでシンシアにやり取りを任せていたルシールが声を上げた。


「そのヘンリクとタルモというのは?」

 工房へ持ち込まれた魔道具を修理したことを話す。

 市庁舎の人間に風体を聞かれて思い出す限りのことを伝える。

「その後も何度も来ているな?」

 そう言われて、なんらかの確証があってやって来たのだと悟る。だとすれば、嘘を言うのは悪手だ。

「はい。年明けにも何度かいらしています」

「なんの用事で?」

「魔道具の調子はどうだとか、世間話をされて行かれます」

「わざわざやって来て世間話を?」

 そう言われると、不自然なような気がしてくる。だが、気の良さそうな彼らがなにか別の目的があってやって来ていたとは思えなかった。


「この近くに来るついでに寄っているだけじゃないでしょうか」

 シンシアがそう助け舟を出してくれたが、市庁舎の人間はまったく信じていない様子だ。


「どんな話をしたんだ?」

「魔道具の話です。特に船の艤装に用いられる魔道具の」

 いざ思い返してみても、引っかかることはない。

「あ、」

「なにか思い出したのか?」

「そう言えば、先日、預かってくれと言われて、」

 その日、リオンのファンを自認する女性たちとのいざこざがあって、それどころではなくなり、すっかり失念していた。

「ああ、そうだったわね」

 シンシアも夏の大売り出しの忙しさに取り紛れて忘れてしまっていたようだ。


「なにを?!」

「どんなものだったんだ?」

 市庁舎のふたりが気色ばむ。

「中身は見ていません」

 ルシールはふたりの剣幕に驚く。


「ルシール、これだけ経って引き取りに来ないのだったら、ちょうど良いから、この人たちに相談に乗ってもらいましょうよ」

 詰問を受けていたルシールは逆手を取って彼らに押し付けようというシンシアに、さすがは工房主、逞しいと妙な感心をした。


 ルシールが頷いたのを見て、シンシアは【警報装置】を解除し、棚から包みを取り出してカウンターに置いた。

 市庁舎のふたりはさっと目配せし合って包みを解いた。

 中からは【通信機】が出て来た。

「あら、これ、」

「【通信機】だ。最新モデルのな」

 戸惑いの声を上げるシンシアに、市庁舎の人間が意味ありげな目つきをする。

「最新モデルの、」

 ルシールは呆然と繰り返した。【通信機】は魔道具の中でも高価な部類に入る。最新モデルともなると、天井知らずの値段がつく魔道具だ。


「刻まれた番号も間違いありません。盗難の届けが出ているものです」

「これを預かったのはそちらの女性だな。いっしょに来てもらおう」

 ルシールを見ながら市庁舎の人間が冷たい声で言い渡した。



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