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若い採取屋どうしで集まり交流する。付き合いがあるのでリオンも参加することがある。
「リオンが北の大陸から帰って来ているなら声を掛けろって女の子たちがうるさいんだよ」
「そうそう。最近付き合い悪いってこっちが詰られるんだぜ?」
「情報収集が終わったら絶対に教えろって脅されたんだよ」
そんな風に言うように、情報交換や勉強会の後の食事会や飲み会に同年代の女性が来ることが多い。
「ねえ、今年はウォータースポーツしないの? やろうよ!」
「バーベキューでも飲み会でも良いし」
「せっかく採取から帰って来たのなら、勉強ばっかりしてないでさあ」
リオンはそういった催しに参加したことはあるものの、今はほとんど顔を出さない。
「北の大陸からようやく帰って来たのに、付き合いが悪いぞう」
語尾を甘ったるく伸ばしながらボディタッチしようとするのをかわす。露出が高い服装をした女性は自信ありげで、リオンがさり気なく距離を取るのに、面白くなさそうな顔つきになる。
採取屋は情報が大事だ。もともと、そんなに付き合いが良かったのではないリオンが、より一層悪くなった。その原因は知られていた。
恋人ができたらしい。
誘いをことごとく断られ、採取屋仲間たちは口々に恋人を紹介しろというが、リオンは上手くいなしていた。
ほかの採取屋から誘われたものの、お目当てがいないのでリオンのファンを自認する女性たちだけで行きつけの店で飲むことにした。そこで出てくるのはリオンと交流できないことだ。もともとつれない男だと言われていたが、姿を見ることも声を聞く機会も減ってしまった。
「なんかさあ」
「ねえ」
「つまんないわねえ」
「そうだろうね」
浮かない気分を少しでも晴らそうとグラスを次々に空にしていると、会話に入ってくる者がいた。
「え、おじさん、誰?」
気味悪そうな目を向けられた男は愛想笑いをする。そうすると鉤鼻に皺がよっただけで、機嫌が悪いだけのようにも見える。
「さっき、採取屋どうしで交流していただろう? 俺も採取屋さ」
「でも、あれって若手の集いよ?」
女性はひとりならすぐに席を立っただろうが、今は複数の仲間といっしょにいる心強さからそう返す。
「まあ、まあ、そう言わずに。お嬢さん方はリオンのことをよく知っているんだろう?」
「そうよ。わたしたちはずっとリオンを応援していたんだから」
なのに、ぽっと出の女が恋人だなんて。やっていられない。
女性たちの言葉に、男は声を潜めた。とても重要なことを教えてやると言わんばかりだ。
「知っているかい? リオンの恋人って地味な魔道具師見習いだって」
「え? そうなの?」
「あまり根を詰め過ぎてもいけないわ。明日の休みはしっかり休養してちょうだい」
シンシアの言葉にそれもそうだと頷き、ルシールは疲れていたけれど、久々に料理をしようと思い、市場へ向かった。
良い職場に恵まれた。こうやってよく見て声を掛けてくれる。エスメラルダに対する心情とは異なるものの、シンシアにも感謝していた。
【冷蔵庫】の中身を思い返しながら買い物をしていると、声を掛けられた。
「久しぶりだな、ルシール」
褐色の髪、茶色の瞳をした二十代後半の理知的な男性だ。
「オスカーさん。本当に、お久しぶりです」
カーディフの市庁舎で働くオスカーだから、仕事の一環で来たのかと思えば、もう退庁したという。
「五月祭りの後始末も終わったし、次は秋の催しに向けての準備の狭間というところだな」
相変わらず忙しそうだが、まだ余裕がある時期らしい。
「仕事が終わったら料理するのもおっくうでね。今から食事に行くんだけれど、いっしょにどうだ?」
「自炊をしようと思って」
ルシールはそんな風に言って断った。
恋人がいるのにほかの異性とふたりきりになることを避けるということもあったが、料理の腕を上げておきたいのだ。
リオンといっしょに台所に立つのは楽しい。ただ、リオンもまたルシールと同じ頃合いに料理を始めたというのに、包丁さばきはルシールよりも上手い。魚をきれいに骨から外す三枚おろしもなんなくやってのけていた。
「どうしてそんなに上手なの?」
「うん? 取引先の料理店の厨房に入ることもあってさ。魚をおろすのを見たことが何度かあるんだ」
何度か見ただけでできてしまうのだ。
リオンが仕事で不在の間に少しでも料理技術の差を埋めておきたい。そうでないと、ルシールの家の台所で家主が足手まといになりかねない。
ところが、話を聞いていた店の人が気を回して言う。
「返品には応じるよ。今売ったばかりだしね」
「いいえ、いいんです」
「そうか。だったら、この男前に振舞ってやるのかい?」
余計な口を挟んだことから、オスカーに悪いことをしたとでも思ったのか、店の人がそんな風に聞いた。
「え、そんな。ほかの人にご馳走できるような腕前ではないので」
つい先日、パエリアを失敗したばかりだ。思い出したら気持ち悪さも蘇った。無理して食べきるのではなかった。
「わたしは君の料理を食べてみたいけれどな」
「お腹をこわしたら大変なので」
ルシールはどう言ったものかと困惑する。現に、今、作った本人も思い出して気分が悪くなるくらいなのだ。
それに、手料理云々だけでなく、恋人でもない異性を、自分ひとりしかいない家に上げるなど、決してしない。それは浮気されたルシールだからこそのこだわりだ。どれほど嫌なことか知っているから、自分を大切にしてくれるリオンにそんな思いをさせたくない。
「じゃあ、上達したらぜひ。そのときは料理に合うワインを手土産にしよう」
オスカーはそれ以上しつこくねだることはなく、冗談ともつかないことをスマートに言い、手を軽く上げて立ち去った。
「なんか、悪かったね。これ、おまけだよ。持って行って」
店の人が小魚を手早く葉で包み、差し出す。
「気を使わないで下さい」
「いいの、いいの。小さいからさっと炙って塩を振るだけでもいいし、揚げても美味しいよ」
「へえ、いろんな食べ方ができるんですね」
焼くにしろ揚げるにしろ、頭も内臓もとらなくて良いなどと食べ方を聞くうち、結局、ありがたくもらうことになった。
さて、採取から戻って来たリオンはこの顛末を見聞きしていた市場の人間から聞いた。
「そういやあ、リオンの恋人がこないだここで買い物しているとき、男前に食事に誘われていたけれど、断っていたよ」
「あれは市庁舎の偉い人だよ」
ほかの人が口を挟む。ふだんからいっしょに買い物をするから、リオンとその恋人という認識は出来上がっていた。だから、そのときは口出ししないでいたものの、きっぱりと断っていたことに、リオンびいきの者たちは胸がすく思いだったのだ。
話を聞いたリオンはすぐにオスカーだろうと予想をつける。
「ほかの人に食べさせるような料理の腕前じゃないって言っていたよ。お腹をこわしたら大変だって」
意味ありげな目つきをされ、リオンは笑って軽く受け流す。
「ああ、俺は胃腸は丈夫なんだ」
それで、「ご馳走できないほかの人」に恋人であるリオンは含まれないのだと分かる。
後日、リオンはルシールと買い物に行ったとき、とある店の前で「この小魚をおまけでもらったの。さっと炙って塩をふるだけでいいと聞いたのでそうしたんだけれど、美味しかった」と聞いた。
「揚げても美味しいんですって。頭も内臓もとらなくても良いそうよ」
「じゃあ、今日は揚げてみる?」
トマトソースでも、柑橘系の果実を絞っても美味しそうだ。どうせならどちらも用意しようと言い合う。
「いらっしゃい。お姉さん、この間の」
ふたりの話がまとまったところで店員が声をかけて来る。ルシールのことを覚えていたらしい。
「はい。先日はありがとうございます」
「いいよいいよ、お陰で今日こうしてまたお買い上げいただくんだからね!」
商売上手な店員にルシールもほほ笑む。
ルシールとリオンが代金と引き換えに魚を受け取って立ち去った後、店員はふたりを見送りながら言う。
「ははあ、あんな色男といっしょに料理するんだから、あの男前の誘いを断るってものだよなあ」
「あれは採取屋のリオンだよ」
店員の言葉にほかの店から声がかかる。
「男前からの誘いをちゃんと断るんだから、良い恋人だよ」
店員はうんうんと二度三度頷く。
「だろうね。だってさ、見たかい、あのリオンの顔」
「見た! もう、可愛くてしかたがないって顔だった!」
リオンと顔見知りの年配の女性たちからどっと笑い声があがる。
「いつもどんなに可愛い子や美人に言い寄られても涼しい顔で受け流していたリオンが!」
「どれだけ口説かれても、泣き縋られても、ほかに恋人がいてもいいとか、ひと晩だけでもいいとか言われても、平然と断っていたリオンが!」
「いっしょに買い物もして料理もしている風だものねえ」
「当たり前のように荷物を持っているし、彼女に財布を出させないし、彼女が話題に挙げたものを買おうとするし」
「それより、見た? 彼女がほかの人にぶつかりそうになったらさりげなく引き寄せるの。紳士的だわあ」
「わたし、別のところで彼女にキスしているのを見たことあるよ!」
黄色い歓声が上がる。
「ありゃあ、あれが採取屋のリオンか。あのお姉さん、すごいのと恋人なんだなあ」
色男はあちこちで注目の的となっている様子で、女性たちの噂話は尽きない。
一方、噂の当人たちは家に帰りついて料理に取り掛かっていた。
「このくらい?」
店の人に聞いた揚げ物のソースを作るのに、複数調味料をボウルに入れる。結局、ソースは三種つくることになった。
「もうちょっとかな」
ふたりでひとつのボウルを覗き込みながら話し合う。
ふと視線を上げれば、ちょうどリオンもそうした。同じタイミングで、やや前かがみになっていたリオンと額がぶつかりそうなほど近くにいた。ルシールが思わず後ろに身体を引こうとした瞬間、ほほに柔らかくて温かい感触がした。リオンが唇を軽く押し当てたのだ。
目を丸くすると、ルシールと同じくらいリオンも瞳を見開いていた。
「あ、ごめん、つい」
ルシールは咎めるよりも、思わず笑い出していた。
本当に無意識で、という感じだった。
「うん。危ないから料理中はやめてね」
「はい」
リオンはくすぐったそうに笑いながら返事をした。




