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 リオンが泊まりがけでの採取に出かけた。

 ひとりで食事を作って食べ、皿を洗う。洗濯物を干す。掃除をする。

 寂しい。

 みんな、リオンといっしょにやっていた。予定がない休みの日はずっと共に過ごした。仕事の日もやって来た。ふたりでやったらあっという間に終わることも、ひとりでやると時間がかかる気がした。


 リオンはいろんなことを知っていて、なにかするたびにあれこれ話してくれた。それがないと、なんだかすべてが味気ない。

 ぽっかり空いてしまったのは予定ではなく、ルシールの心だ。


「ひとり暮らしってこんなに寂しいものだったかしら」

 家を出た当初は色んなことが初めての連続で、慣れるのに精いっぱいだった。ようやく馴染んできたころ、リオンと付き合い出した。その後、エリーズが訪ねてきて、エスメラルダと知り合い、交流するようになった。友人たちと会う時間も必要で、なにかと忙しかった。


 ひとり暮らしを始めて一年が経つ。

 家に縛られていたころはいつも息苦しかった。今はいろんなことが充実している。

 リオンにいろんなことを支えられていると思う。


 不在を寂しがるよりも、自分ができることをやるべきだ。

 来年は年明けに魔道具師免許取得試験が控えている。だから、ひとりのときは魔道具の勉強をすることにした。素材や加工についても知識を得る。学ぶことは果てしなく多い。


「本当に【グオオの冷蔵庫】を作ってしまおうかな。あ、そうだ」

 勉強のほか、練習がてらちょっと手の込んだ料理をしてみるのも良いかもしれない。

「パエリアを作ろう」

 パエリアは、米と野菜、魚介類、肉を使った煮込み料理だ。

 ルシールは図書館へ行ってレシピを調べ、市場でエビやムール貝、サフランや野菜などを買い込んだ。


 まずはムール貝の殻の汚れを洗い落とす。髭のようなものは足糸(そくし)というのだと店の人から教わった。それを口の開く方へ引っ張って取り除く。

 アランやルイスから聞いた通り、開いている貝や殻が割れているものは捨てる。


 ボウルに張った水にサフランをつけ置く。

 海老を殻付きのまま背ワタを取りのぞき、水気をふきとる。


 フライパンにオリーブオイルをひいてみじん切りしたニンニクを炒める。

「香りが立ったらみじん切りしたタマネギを加える、と」

 タマネギが透き通ったら米を加える。水切りしたサフラン、塩を加え、平らにしてエビとムール貝を並べて沸騰したら蓋をして弱熱でしばらく加熱する。

 熱を止め、赤パプリカを並べ入れて蓋をして蒸らす。

「仕上げにパセリを散らすのね」


 さて、出来上がったパエリアを早速食べてみた。

「米に芯が残っていて硬いわ」

 なのに、全体的に水分が多い。

「べちょっとしている」

 ふんだんに魚介類を用意したというのにいまひとつな出来栄えだ。ルシールは肩を落とした。せっかく作ったのだから、とすべて食べきった。


「量が多かった」

 いつもふたり分作っていたから、分量を見誤ったのだ。だが、これを残して後でまた食べる気にはなれなくて、頑張ってしまった。

「苦しい」

 そして、なんだか気持ち悪い。


「リオンがいないと、駄目ね、わたし」

 ひとりで料理したらこんなにもできないのだ。いや、ふたりで調理しても失敗することはあった。だけど、芯が残っていた、水分が多いと話し合うことすらコミュニケーションのひとつで、楽しいやり取りの一環だ。


 翌日もまだ調子が悪く、魔道具工房へ出勤した際、シンシアに心配された。

「ルシールあなた、元気がないというより、顔色が悪いわよ」

「実は、」

 失敗作のパエリアを平らげたら気分が悪くなったのだと話すと笑われた。

「そんなことしょっちゅうあるわよ」

 シンシアはいまだにたまに料理を失敗すると話す。クラークはそんなとき、黙って食べるという。

「作ってもらっているのですもの。文句は言わせないわ」

 強い。


「ルシール、これから忙しくなるんだから、そんなこと言っていられないわよ?」

 一年で最も魔道具が売れるのは九月。次いで三月だ。

 八月に卒業した学生が新社会人となるに際してひとり暮らしの準備をする。

 十月と四月は職場での異動するタイミングでもある。それで前月から、早ければ前々月から売れ始めるのだ。

 そのため、魔道具工房では、夏になればよく出る魔道具の作成に取り掛かる。


「魔道具は高価よ。だから、あまり買い替えたがらないの。だから、この時期にどれだけ売れるかでその工房の一年間の売上高に影響するのよ。今年はルシールもいるし、じゃんじゃん作りましょう!」


 幸い、ルシールもよく出る【冷蔵庫】、【コンロ】、【洗濯機】、【掃除機】、【オーブン】を作ったことがある。特に【冷蔵庫】と【コンロ】、【洗濯機】は必需品である。

「掃除なんて箒と塵取りがあれば良いし、いまだにかまどを使っているおうちもあるしね」


 魔道具を作るルシールはシンシアに質問された。

「【冷蔵庫】の中に霜はなぜつくのか」

 シンシアに出された課題に答えを出すべく、ルシールは工房のカウンターの裏側で【冷蔵庫】の設計図を広げていた。


【冷蔵庫】は冷たい空気を生み出すのではなく、食品から熱を取り去る仕組みだ。

<吸熱の冷媒>が液体から気体に変わるとき、周囲から熱を奪う。そして、冷気は庫内に行き渡る。

 気体となった<吸熱の冷媒>を圧縮し、放熱器へ送る。<吸熱の冷媒>の持つ熱は放熱器から冷蔵庫外へ出される。そして、<吸熱の冷媒>は冷えて液体に変化するのだ。

 圧縮機に魔力回路と繋がるモーターが付けられている。そのほか、圧力調整機が付けられた蒸発機がある。


「霜になる原料、素材は水分ね。もととなるものがなければ霜はできないわ」

 では、霜をつきにくくするにはどうするか。湿気を飛ばすのだ。

「ファンがその役割を果たしているのね」

 ルシールが導き出した答えは正解で、後からシンシアに、「後継機を発明した魔道具師が設計したファン付きのものが一斉に広まったのよ」と教わる。


 さて、出された課題の答えが出たルシールは鳴き声シリーズの魔道具の設計図を広げた。

【グオオの冷蔵庫】だ。

 白くてぽってりしたお腹のツードアが主流だ。上部には半円の耳がついている。ときおり、グオオと音がする。間取りによっては、夜、寝ているときに聞こえてき、びくっと起こされてしまうのだという。


「自分で使うものの前に工房に置くものを作るとは思ってもみなかったわ」

 このときばかりは、作る端から売れるので大型の魔道具も作成する。


 マーカス魔道具工房でも夏の大売り出しは忙しかった。第六学年時の夏はすでに工房をたたむことが決まっていたから、新しく作らず、修繕も引き受けず、在庫を売り出すだけにとどめたが、第五学年時の夏には中古品の修理やメンテナンスを引き受けた。

 だからこそ、ジャネットの親の店の魔道具のメンテナンスをすることができた。


 第六学年の夏前に魔道具をつくり、マーカスの確認を経て売っていた。

 そのため、「ルシールの初めてつくった魔道具を売った代金」で新年祭りの代金とした、というのは間違った認識なのだが、誰も気づいていない。


 設計図を所持しなくても弟子が所持する設計図を基に動作確認を始めとする各種要点を抑えて置けば良い。ただし、売り出すのは弟子の名前でとなる。そうなれば、高価なものだけあって、長持ちするものを買いたい客からそっぽを向かれがちになる。


 ルシールは店番と魔道具作りに合わせて、素材屋や加工屋へお使いに出る機会が増えた。切りが良いところまで作ろうとすれば帰宅は遅くなり、食事を作るのも億劫になった。それを見越したのからか、クラークの帰って来る時間まで居残っているからか、シンシアに夕食に誘われ、ごちそうになることもあった。


「最近、リオンと会っている? たまに市場に顔を出すけれど向こうも忙しそうですぐに行ってしまうって、おかみさんたちが寂しそうにしているよ」

「採取屋は今が稼ぎ時だものね」

 クラークの言葉に、シンシアがフォローの言葉を添える。


 寂しい。

 仕事をしているときは考えずに済んだけれど、改めて思えば、冷たいものがひたひたと押し寄せる。




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