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 青い瞳、こしの強い癖のある黒髪の美丈夫がシンシア魔道具工房に来店した。

「いらっしゃいませ、イルさん」

 エルが自身の右腕と言った男性はひとりだった。


「お久しぶりです。がけ崩れが起きたときにテトス山におられたとか。エルがとても心配されていました」

 エルは忙しく、代わりに自分を遣わせたのだという。


「ご心配ありがとうございます。この通り、元気です。それにしても、よくご存じですね」

「エルから探し物をしていると聞かれていると思いますが、その一環でいろいろ情報が入ってくるのです」

 そこまでは淡々と話したイルは、目を眇めた。とたんに、ルシールは重圧を感じた。視線ひとつでこんな風に威圧できるなんて、イルは、そしてエルは一体どういう人間なのか。そういえば、なんの用事で七つ島にいるのか聞いたことがない。彼らはどんな仕事をしているのだろうか。


「エルはあなたに心を開かれているようだ」

「そうなのでしょうか」

 確かに、エルは何度か工房に足を運び、魔道具を買った。ルシールが作った魔道具を欲しがりもした。それはたぶん、あのうつくしいスターブルーの木の実とともに魔道具に彫られた鳥が動いたからだろう。だが、鳴き声シリーズの魔道具が動くことはままあることだ。なにもルシールが撫でたときに限ったことではない。


「エルはずっと他人のために働き続けられている。諦めることを自分に許されない。わたしたちはずっとあるかどうかわからないものを探し続けているのです」

「それはどういう、」


 ルシールという名の魔道具師見習いは戸惑う風を見せた。

 それはそうだろう。この平穏でまどろみのなかにあるような島で生まれ育った彼女にとって、想像もつかないことだ。

 けれど、かの方はそれこそに惹かれたのだろう。

 なにも知らず無垢で穏やかで純粋。理想そのもののように見えたかもしれない。故郷が欲するそのものだ。

 だからこそ、大切にしたい。そのままでいてほしいと願っている節すらある。

 彼女には事情を知られたくないだろう。

 だから、決定的なことを言えず迂遠になる。


 イルは思い出す。

 かの方は、至宝の瞳に決意を宿して言った。

「自然は強い。様々な手法で嵐や乾きをやり過ごし、「その時」を待つ。そうして訪れた機会を逸さず、生命を育み、次代を残し、連綿と繋いできた。わたしたちはそれを見過ごしてはならない。わたしたちが生き残るためにも」


 イルとしては、自分なりにこの魔道具師見習いを認めていた。

 かの方の類まれな美貌に圧倒されつつも、それだけで判断しようとはしない。かの方自身を見定めようとしている。なにより、かの方の誘いに乗らなかったという。

「断られてしまったよ」と恥ずかしそうにかの方は言った。少しばかり悔しそうな、でも満足げな様子もあった。容易に手に入らないからこそ欲しくなる。(なび)かないところが心くすぐるのだろう。


 だから、これはイルが勝手に気を回したことだ。指示されていない。

「どうか彼の支えになってください」

 そう言って、イルは工房を立ち去った。


 ルシールはエルが背負うものがなんなのか、気にかかった。




 食材に寄って調理法は変わる。

「ブロッコリーは蒸すのが良いけれど、トマトは炒める方が良いんだって」

 リオンは採取先ではともかく、日常的に料理をすることがないという。実家暮らしの男性ならばそんなものなのだろう。ルシールの家にやってくるようになって、様々な知識を拾い集めてきた。意識すれば、さすがは採取屋、素晴らしい知識を披露する。


 食材によって調理法を変えるのは、栄養素を引き出すためだ。ブロッコリーはグルコシノレートを、トマトはリコピンを引き出すのに、それぞれ蒸し、炒める。


「サヤインゲンは酸性のトマトソースで煮ると、水で煮るよりも時間がかかる」

 そう話しながらリオンのすり鉢ですり潰す速さ。ルシールよりも力があるのだと分かる。


 スープやソースの材料であるスープストックやグレイヴィーソースストックを自分でいちからつくろうとすれば、時間がかかりすぎる。ふだんはレストランやストック屋を利用するが、ルシールの休みのその日は雨で、リオンも仕事がなかったので、グレイヴィーソースを作ってみることにした。


 鶏肉や牛肉、豚肉のグレイヴィーや野菜ベースのグレイヴィーなどさまざまにある。

 鶏の首肉や内臓、牛肉や豚肉の脂肪と骨からはそれぞれの肉のグレイヴィーがつくれる。

 肉のかわりにキノコなどのうま味成分が豊富な野菜と植物油を使えば、野菜のグレイヴィーがつくれる。


 今回は、自家製の七面鳥のストックを使う。みじん切りのタマネギを数時間かけて煮込む。

「みじん切りしたタマネギは丸ごとや四等分したのを短時間だけ煮込むのとは雲泥の差なんだって」

 タマネギのみじん切りは細かければ細かいほど、風味が豊かになるという。

「泣いた分だけ美味しくなるってことか」

 リオンが言う通り、タマネギの細胞が壊れる際に出る酵素が催涙性の化合物を生成し、ゆっくりと時間をかけて弱火で調理すると豊かで濃厚な風味を生み出す。

 小麦粉と脂肪でつくったルーでとろみをつける。


 できあがったソースは味わい豊かなものとなった。ベルベットのような滑らかな舌触りに、思わず味見したルシールとリオンは顔を見あわせて目を見開く。


 別の日はリオンが魚醤というものを手に入れてきた。

「塩気が強くてコクと甘味があるんだって。これはそうクセが強くないって言っていたよ」

 リオンが採取から帰って来る日はお腹が空いているだろうからと牛肉を用意した。

「牛肉の内部温度を低く保って調理すれば、より柔らかくジューシーに仕上がるんですって」


 アブレヴィアータ島でよく食べられるという料理も作った。

「アヒージョ?」

 ルシールは初めて聞く料理だ。七つ島はひとつの大きな島みたいなものだけれど、その中でも特色があるのが面白い。


「オリーブオイルとニンニクで煮込んだ、酒のつまみみたいなものかな?」

 イカとジャガイモ、ミニトマト、ニンニク、輪切りにしたトウガラシを入れ、塩コショウとオリーブオイルを加え、加熱する。

「これだけ?」

「そう。簡単で美味しい素晴らしい料理だな」

「キノコやベーコンを入れても美味しそう」

「ワインが飲みたいな」

 ルシールもリオンのご相伴にあずかった。


 食べながらべつの食材の話をする。

「びっくりシリーズっていつでも取れるって」

「びっくり!」

 いろんな意味でびっくりさせられる。


 別の日には、以前、テトス山で見かけたルディルやコリジバをリオンが採取して来た。

 ルディルは魚やチーズ、ヨーグルトの香りづけにし、コリジバはパスタやトマト料理に使った。





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