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テトス山で採取したハーブは持ち帰ることができなかったから料理には使えなかった。木の実はストラップにして友人たちに渡すことにする。
花は栞にしてエスメラルダとエリーズへの土産にすることにした。
「ルシール、心配したわ」
馬車を降りたとたん、レアンドリィ総督の館の玄関で待っていたエスメラルダに抱き締められる。
テトス山でのがけ崩れの一件を聞き、エスメラルダから会って無事を確かめたいという連絡があった。
残念なことに、ジャネットは日が合わず、今回のお茶会は不参加だ。
「仕方がないわ。今は観光シーズンでジャネットさんのお家は忙しいでしょうから」
エリーズはルシールに来訪の礼を言う。
前もって降雨量が多かったから備えがあった方が良いと聞いていて、魔道具を扱う器材を持って行ったのだと話すルシールに、エスメラルダは感心しきりで、エリーズはきらりと目を光らせる。
エスメラルダはルシールの話すことを、どんな風だったかひとつひとつ聞いて「そうなのね」「すごいわね」と言ってくれる。自分に関心を持ってくれる。こんな関係を築きたかったのだと実感する。
母ではないけれど、ルシールが母親に求めたことをしてくれる人だ。
エスメラルダもまた、「お母さん」と子供のように泣くルシールが自分の娘のような気がした。自分を求めているような心境に陥った。
理屈ではない。
自分がこの子を守らなくては、何をおいても、という気持ちになった。
さて、今回のお茶会はエリーズの子供たちも参加していた。
「え、ルシール、その場で必要な素材を採取したの?」
「採取屋リオンって有名だものね。さすがだね」
「それをルシールが加工したの?」
「足りない部品を応用して補ったの?」
「「「「すごーい!!」」」」
四方から次々に驚きと称賛の声を浴びせかけられ、ルシールははにかんだ。
「わたしはわたしにできることをしただけよ」
すごいのはデレクやアーロンたちだ。彼らならもっと上手いやり方をしただろう。ルシールは彼らに教わったことを忠実に守っただけだ。
「うーん、でも、ルシールって魔道具師でしょう?」
メルヴィルが困惑して言う。
「まだ見習いよ」
ルシールは訂正する。あのときは急場だったから免許取得者の確認を経ずに作動させたのだ。本来、見習いはすべきではないことだ。
「それだよ」
「見習いなのに、素材屋の知識があって、加工屋のように加工をしたんだよ?」
「魔道具を扱うには、素材や加工の知識は必要なの」
ただ、魔力回路を作れば良いのではない。それがうまくほかの仕組みを動かせるよう、様々なことを知っておく必要がある。
「ルシールは魔道具に関する様々な知識を持っているのね」
エスメラルダはすごいわ、とほほ笑む。
心からの称賛に、ルシールは顔が赤らむのを感じた。
その隙にメルヴィルら四兄弟はさっと視線を交わし合う。
「どこにでもすごい人っているんだよね」
「あのクリフォードだって伯父上を意識しているからな」
クリフォードはレプトカルパ島の若き総督だ。病弱な父に代わって学生のころから執務に携わっていた。
「そう考えると、伯父上はすごいよな」
「うん」
エスメラルダは夫を手放しで褒められ、形の良い唇を綻ばせる。
「クリフォードさまはどんな方なの?」
「伯母上と同じくらいきれいな人」
ルシールの質問にメルヴィルが即答する。
それはすごい。
エルと同じくらいうつくしい人がエスメラルダのほかにもいるなんて。
ただ、ルシールにとってはリオンが最上でそれ以上はいない。エルもエスメラルダも「リオンと同じくらいうつくしい」という認識だ。
「そして、同じくらいなににもとらわれない」
「頭が良い。でも、好き嫌いは激しそうかな」
「きれいで自由な人だよ」
「———妖精なの?」
口々に述べられる事柄からルシールがそう言うと、メルヴィルが頷いた。
「まあ、そんな感じ」
お茶会は賑やかに進んだ。
色とりどりのお菓子は四兄弟の口の中に吸い込まれていく。
「伯母上の出身島アブレヴィアータは妹君のユーフェミアさまの子供が次期総督だよ」
エスメラルダの兄は夭逝している。エスメラルダもまた、身体が弱かったため、子をなせるかどうか不明だった。
そこで、妹のユーフェミアが婿を取って、その子供が次期総督となることになったのだ。
「でも、ユーフェミアさまの夫のスティーヴンさまはデカリー総督のご長男だったんだ」
なんでも、スティーヴンは引っ込み思案で引きこもりがちだったが、ユーフェミアに一目ぼれして頼み込むようにして婿入りした。デカリー総督の座は弟に託した。ユーフェミアとスティーヴンの子供がアブレヴィアータの次期総督なのだという。
「正統家にはそれだけ重みがあるんだ」
そう話すメルヴィもまた、尊敬するレアンドリィ総督は父ではなく伯父である。
レジティの重み。
ユーフェミアの夫はデカリー島のレジティ継承権を返上した。
クリフォードは学生のころから父を支えていた。
豊かな七つ島で絶大な権勢を誇る総督は、その地位を守るために尽力しているのだ。
メルヴィルはルシールにこっそり呟いた。
「俺がクリフォードのようにできたら、ヒューバート伯父上を早々に公務から解放して差し上げられるのに。きっと伯父上は伯母上とふたりでもっと長い間ともに過ごしたいだろうに」
ルシールはどうしてメルヴィルがしきりにクリフォードのことを気にするのか分かった。
クリフォードは年が近いというのに、すでに実績を挙げている。学生のころからそうだったという。
クリフォードほどにも実力があれば、ヒューバートがエスメラルダの残り少ない時間を共に過ごすことができるのに、という思いがあるのだ。
ルシールはこみ上げてくる感情を抑えるために茶を飲んだ。
エリーズとパトリスもまた、喜びも苦労も分かち合ってきた。
「お祭りで何でも半分ずつにしたがったわ」
「母上、今はそういう話をしているんじゃないよ?」
「でも、父上は母上に大きい方をくれそう」
困惑するメルヴィルに、ほかの兄弟が言う。
「いろいろ食べたいから小さい方がいいと言ったの」
「母上、そこは胸きゅんポイントなのに!」
「父上が可哀そうだよ」
「母上はもっと父上の気持ちを汲んであげて」
「止せよ。父上だって俺たち息子にそんなこと言われたくないよ」
レアンドリィ総督の弟パトリスは兄ヒューバートの補佐をする辣腕家だと知られている。総督も頼りにしていると聞く。
だが、家族の前では形無しである。
「そうしたらわたしの好物だけ大きい方をわたしてくれるようになったの」
「さすがは、父上!」
「デキる男は違うね」
そして、家族からとても愛されている。
ルシールが思わず笑うと、ふと視線を感じた。目をやると、エスメラルダもまたほほ笑んでいた。
「とても仲の良いご家族ですね」
「そうね。そして、その中にはあなたも含まれているわ、ルシール。わたくし、あなたがわたくしの娘のような気がしてならないの」
だから、心配して無事を確かめたいと思うことを許してほしいと言う。
「嬉しいです」
ルシールはそう返すのが精いっぱいだった。
こんなにうつくしい人が母などと恐れ多い。だが、嬉しいのも本心だ。
「ルシールが伯母上の娘だったら、僕たちは従兄弟だな」
「母上も息子ばかりだから嬉しいね」
「でもさ、伯父上は娘ができたら、「どこの馬の骨とも分からん奴に娘はやらん!」って言いそうだね」
「どうかな。自分よりも優れていたら認めてやるとか?」
「それってこの世にいるの?」
一斉にルシールの方を向いた目に、憐みが浮かんでいる。
「僕たちはルシールの味方だからね!」
「でも、僕たちが束になっても伯父上には敵わないんだ」
一所懸命励まそうとする者がいれば、しょぼんと肩を落とす者もいる。ルシールは吹き出しそうになるのを堪えた。
まずもってして、エスメラルダは娘のようだと言ってくれるものの、レアンドリィ総督はそうではあるまいと思っていた。だから、彼らの心配は杞憂なのだ。
「大丈夫よ。ルシールさんの恋人はとても優秀な方だから」
リオンと会ったことがあるエリーズは自信たっぷりに言う。四兄弟が目を輝かせて聞く。
「そうなの?」
「母上、会ったことがあるの?」
「どんな人?」
「父上くらいには———それは無理か」
四兄弟からすれば、伯父もすごいが、父も優れているのだ。
「わたくしも聞きたいわ」
エスメラルダがおっとりと言う。
いつもなら、恥ずかしくなってろくに説明もできないが、今日は四兄弟の家族を尊敬する気持ちに感化されていた。
「彼はリオンと言って採取屋で、そして---」
海みたいな人。温かく、大きく、自由でどこにでも行ける人だ。




