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 湯気の立つ鶏肉のトマト煮込み(カチャトーラ)は鶏肉のほか、玉ねぎとピーマンがたっぷり入っている。

「鶏肉が柔らかいわ」

 口の中でほろほろと崩れる。トマトの酸味が鶏肉の脂と絶妙な調和を生み出している。


「この甘さはニンジンかな」

「え、そう? ニンジンなんて入っている?」

 リオンが言うのに、アランが深皿をスプーンで探る。

「みじん切りしているんじゃないか?」

「よく分かるな」

 リオンの言葉にルイスが感心する。

「最近、たまに料理を手伝うから」


 話しながらも、若い採取屋たちは健啖ぶりを発揮し、あっという間に皿を空にする。グラスの中身もすぐになくなり、ボトルが新たに注文される。

「それ、ルシールちゃんの家で?」

「そうだよ」

 リオンはムール貝の香草パン粉焼き(グラティナータ)に取り掛かりながらさらりと答える。


「良いなあ。彼女といっしょに料理して美味しいものを食べるなんて」

「アランも彼女がいるだろう?」

 ルイスがリオンに白ワインを注いでやりながらにやにやする。

「彼女も俺も実家暮らしだからさあ」

「それなら、料理する機会はないか。俺も恋人がほしい」

 アランとルイスが話す傍ら、リオンがルシールに向けて言う。


「ルシール、ムール貝の香草パン粉焼き(グラティナータ)は難しそうだけれど、鶏肉のトマト煮込み(カチャトーラ)ならできそうだから、今度、作ってみようか」

「そうね」

 こうしてリオンと共に外食をして自分たちで作れそうなら料理してみる。くすぐったく、とても楽しい。


「ムール貝はそう難しくないよ」

 ふたりの会話を聞きつけてアランが言う。

「そうそう。でも、調理前から開いていたり割れている貝は捨てた方が良いよ」

「蒸しても開かない貝もな」

 ルイスも加わり、さらにアランが言い添える。


「ふたりとも、詳しいのね。さすがは採取屋ね」

「うーん。俺は必死で勉強中って感じかな」

 ルシールが褒めると、ルイスが苦笑する。

「ルシールちゃんの採取屋の基準はリオンなんだろうけれど、それって大分異質なんだよ。リオンはどっちかというと、素材屋に近いから」


 アランは採取屋でも、物を知らない者は多いと言う。素材屋になるには相応の知識と情報が必要だ。特定のものしか扱わないとしても、膨大な量の知識となる。狭い範囲でしか採取しない採取屋にはなれるものではない。


「そうなのね。だったら、アランさんもルイスさんも物知りな採取屋なのね」

 ふたりもリオン寄りの採取屋なのだと納得するルシールに、アランとルイスが顔を見合わせる。

「にやついてるぞ、ルイス」

「お前もな、アラン」


 ルイスが何度目かでグラスを空にして息を吐き出す。

「「お掃除妖精」がカーディフの素材屋と加工屋から好かれる理由が分かった」

「親父も骨抜きだからな」

「それに関しては、想像もつかない」

 ルイスが真面目な顔をしてアランに返す。


「ルシール、デザートはなににする? アランのオゴリだから、遠慮しなくていいよ。俺はワインを頼もうかな」

「もちろん、ルシールちゃんは好きなのを頼んで。リオンは遠慮しろ!」

 前者は柔和な笑顔でルシールに向け、後者は眦を吊り上げリオンに向けた。


「稼いでいるだろう、採取屋アラン?」

「お前ほどじゃないけどな、採取屋リオン」

 不敵な笑みを浮かべるリオンに、アランが挑発に乗る。

 ふたりのにらみ合いを他所に、ルイスが全く関係のないことを言う。


「いや、俺、「閉じ込められた中、自分が採取をしてきたもので、魔道具師が魔道具を修理して助かる」なんていう、劇の題材になりそうな経験、初めてしたわ」

「劇的とはまさにこのことだよな」

 つい今しがたの睨み合いはなんだったのかというほど、変わり身早くアランが頷く。


「カーディフの素材屋や加工屋が可愛がる「お掃除妖精」って、それこそ想像もつかなかったけれど、実感した。いや、すごかったわ。俺、あのとき、うんともすんとも言わなかった【通信機】から音声が聞こえてきて、鳥肌が立った」

 ルイスはあのとき、最悪のことも想定したのだという。


「実はさ、いろいろ教えてくれた採取屋の先輩が同じような事件に巻き込まれて亡くなったことがあってさ」

「ルイス」

 リオンが名を呼ぶことで制止する。

 リオンたち採取屋は自然を相手にすることから、いつ災害に巻き込まれるかわからないという心構えを持っている。だが、ルシールは違う。


 リオンもそうだが、アランにもルイスにも、なにかあれば、と嫌な想像をしてしまう。つい先日、カーディフから近場のそれほど高くないテトス山でもがけ崩れがあった。その際、ルシールはとっさにどうすれば良いのかわからなかった。ただただリオンの言葉に従っていただけだ。


「ああ、ごめん」

 飲みすぎたかな、とルイスが苦笑する。

「そうそう、先輩と言えば、不思議な出来事にあったって言っていたことがあるよ。魔道具がらみでさ」

 ルイスが話題を変えたことで、ルシールは安堵した。


「なんだったかな。そう、確か、魔道具師が魔道具を分解して、外からじゃなくて中に直接魔力を流したら不思議なことがあったって言っていたな」

 はっと息を呑む。隣のリオンを見上げると、視線が合った。


「ルイス、その話を詳しく聞きたい」

「ああ、そう? ちょっと待って。今、思い出すから。ええと、」

 催促するリオンに、ルイスはワイングラスをテーブルに置いて考え込む。


「不思議なことってどんなことか言っていた?」

 アランが記憶を掘り起こす手助けをする。

「そうそう。過去のことが見えたって」

 ルイスが語るには、その先輩が直接経験したのではなく、魔道具師から聞いた話なのだという。


「持ち主が、過去の出来事だって言っていたんだって」

 だが、それは中断された。

「なんかすごいバチッて音がして痛かったらしい」

 ルイスの言葉に、ルシールとリオンは顔を見合わせた。

「あ、そうそう。その魔道具師はふだん、手袋状の魔道具を使っていたって。なんか、ちょっと前に発明されたもので、それができたから魔道具師になることができたんだって。ルシールさんもそんな魔道具を使っていたよな」


 リオンに目線で話していいかと聞かれ、ルシールは頷いた。

 そこで、リオンはマーカスやシンシアのことには触れず、自分が【ブヒヒンの荷車】の「抱える」ものを見聞きしたという話をした。

「トラヴィスさんがなあ」

「そんなこと、あるんだなあ」

 アランもルイスも、すっかり酔いが醒めたかのように真面目な顔つきになる。


 ルイスが先輩から聞いたその魔道具師はルシールと同じく保有魔力が魔力流れの堰とも言える部品と反発が起きたのではないだろうか。

 ルイスはふたりの話を信じると言った。

 なぜなら、その持ち主も人が変わったようになったと先輩が言っていた。その日を境に、生き生きとしだした。きっと、同じくなんらかの鬱屈を解消することができたのだろうと。


「<閃く菫青石>と反発する魔力の持ち主のものが魔力貯留器に残っていた魔力と合わさったとき、魔道具が「抱えて」いたものが具現化するのではないかしら」

「ああ、なるほど。魔力貯留器に残っていなかったら反発するばかりだものな」

 ルシールの言葉に、アランが腕組みをしながら二度三度頷く。


「わたしのほかにも、魔道具が「抱えて」いるものを具現化させることができる人がたくさんいるかもしれないわね」

 ルイスが先輩から聞いたその魔道具師のように。


「不思議だな。」

「ああ。でも、まだ魔力はすべてが解明されているわけではないから」

 そういうこともあるのかもしれない。


「それにしても、リオンはトラヴィスさんから自分を越えたって言われたのか」

「すごいな」

「ああ、すごい」

 アランとルイスはしみじみと言う。

 ふたりは同世代の中でも抜きんでた資質を持つリオンが、偉大な近親者に認められようともがいているのを知っていた。ほかの誰にどれほど称賛されても納得することができない。


 採取屋の中にはそんなリオンを傲慢だと言う者もいた。

 誰からも一目置かれる素材屋デレクを父に持つアランだからこそ、リオンの気持ちは分かった。そして、世話になった先輩が恩を返す前に亡くなってしまったルイスだからこそ、取り返しのつかないことがあるということを思い知っていた。


「よし、乾杯だ!」

 ふたりもまた、大切な友人であるリオンの心の憂いを取り去ったルシールに大いに感謝した。


 付き合いの短いルイスは、しかし、テトス山でルシールのただならない力を見せつけられた。

「ふたりはお似合いだな」

「ただ、それが分からないやつらもいそうだよな」

 安定した精神、穏やかな性質で容姿と腕の良いリオンは男女ともに人気があるのだ。

「だから、俺がリオンのハニーちゃんを喧伝し回っているんだろう?」

「そうそう。アランがリオンのハニーちゃんってよく言っていてさ。あのリオンがぞっこんだって」

 そう言えば、ルイスがテトス山でそんなことを言っていた。


「元々は、ハチミツのお菓子が好きだからそう言い出したんだよ。それを聞いていたやつが勘違いしてそのまま広まったんだ」

「だからその呼び方やめろって」

 肩をすくめるアランに、リオンが鼻に皺を寄せる。

「いいじゃないか。結局はリオンのハニーちゃんなんだろう?」

 アランがにやにや笑う。揶揄っているのだ。ルイスが笑い声を上げる。

 リオンはアランだけでなくルイスにも好かれている。それが分かっただけでも、今日、いっしょに食事をして良かった。





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