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山小屋の中にはディックのほか、男女がひとりずついて、けが人を横たえられるようにスペースを作っていた。おそらく、ルイスが指示したのだろう。
「テトス山は駆け出しの採取屋しか来ないから、リオンがいたのは僥倖だ」
「がけ崩れが起きたっていうのにラッキーもなにもないけれどな」
ルイスの言葉にリオンが肩をすくめる。
「まあ、そうだな」
ルイスはリオンの言葉に苦笑する。ふたりはとても落ち着いており、こういった非常事態にはとても頼もしく感じた。
テレンスもそうだ。彼はけが人の具合を診ながら言う。
「ルディルは傷薬に、コリジバは解熱に、ビルーチャは消毒に用いることができます」
つい先ほど採取したハーブだ。ルシールはかばんからそれらを取り出してテレンスに渡した。
「はん、こんな料理に使われるようなハーブを採取したってのか」
ディックが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ああ、そうかい。あんたはけがをしても応急処置をされなくていいっていうんだね?」
応戦したのは小屋の中にいた女性で、テレンスを手伝っていたラナと名乗った人だ。
「はあ? なんでだよ」
「当たり前でしょう? 文句をつけられた相手になんで自分のものをあげなくちゃならないのよ」
ラナはディックが元々のルシールの連れではないことを察して言う。
「けが人にそんな非道な真似をするのか?!」
「けが人ってのは、なめた口をきく免罪符じゃないんだよ!」
声を荒げるディックに一歩も引かないどころか、一歩二歩前へでて相手をたじたじと後退させた。
「ルシール、ちょっとこっちへ来てくれ」
ルイスやほかの者たちと情報交換をしていたリオンに呼ばれたので、ルシールはそちらへ向かう。
小屋にはけが人を含め十一人もの人がおり、狭く感じられた。
「まずはけが人への応急処置、通信、そして水と食料の確保だ」
「けが人はテレンスさんとラナさんに任せておくとして、通信がな」
ルイスが腕組みし、リオンが見下ろす先に、魔道具があった。
「【通信機】ね」
見るからに年代物で使い込まれているが、手入れは行き届いていない。
「それが、先ほどから連絡を取ろうとしているのですが、動かないんです」
気弱そうな三十前後のジェフという名の男性が困り果てた様子で言う。
「はぁぁぁ?! 【通信機】が作動しない? 壊れているっていうのか? どうするんだよ! どうやって助けを呼ぶんだよ!」
ラナから逃げ出したディックが会話を聞きつけて騒ぎ出す。
「もう、このおじさん、うるさい」
二十代半ばの女性が鼻に皺を寄せて言う。ルシールたちと途中から合流した男女の片割れでエリという名だ。男性の方はリックと名乗った。
「なんだと?!」
「ちょっ、ちょっと、エリちゃん、」
リックが慌てる。
「あたし、お腹空いたあ」
エリはリックに甘えた声を出す。
「どいつもこいつも、甘っちょろいな!」
ディックは怒り心頭でうろうろと意味もなくうろつき回る。
「ルシール、この【通信機】を修理できないかな」
リオンはルシールが見習いだということを知っていて言うということは、こういった緊急事態においては免許取得者でなくても認められているということなのだろう。
「やってみる」
ルシールは頷いた。
「修理って?」
ルイスが怪訝そうな顔をする。
「ルシールは魔道具師見習いなんだ」
「なにかあったときのために、一応、魔道具を扱う器具を持ってきたんです」
まさか、本当に役に立つとは思わなかった。
「デレクさんは本当に千里眼ね」
ルシールは小さく呟く。
デレクがテトス山は最近、降雨量が多いと言っていた。それががけ崩れの一因かもしれない。
ルシールが器具を取り出し、リオンは【通信機】をテーブルの上に置いた。ルイスがテーブルの上を片付ける。
ねじ回しで【通信機】を開く。【ウッキウキの手袋】を填めて内部を改める。
「誰も【通信機】が壊れているのに気が付かなかったのかよ。なんでそのままにしておいたんだ。採取屋協会に報告していないのかよ?」
ディックが誰にともなく文句を言う。
「大体、魔道具師見習いに修理なんてできるものか! 【通信機】って難しい構造なんだぞ?! 余計壊れたらどうするんだよ!」
「どうせ壊れていて誰もなんともできないんだろう? なら、見習いでも少しでも可能性がある方にかけるべきじゃないか?」
リオンが口を開く前にルイスが言う。ディックはふんと鼻を鳴らしたものの、それ以上は言わなかった。
【通信機】が送受信する魔力において、必要なものを通過させて不要なものを阻止する必要がある。
特定の魔力のみを通過させる物質をフィルターとして用いることで、それ以外のものを除外することができる。
あるいは特定魔力を除外することもできる。
ここにおいても、魔力の種類、特性を特定することがとても重要になってくる。
送受信に対応する魔力の素材を用いる。
そうして特定の魔力に載せられた情報を読み取る。膨大に入り組んだ情報から必要なものを精査することなく、ノイズがない情報を読み解くことができる。
万物が持つ魔力どうしがそれぞれ反発しあったり誘引しあうため、遠方まで届くとはいえ、ほかの魔力に邪魔をされることは無数にある。
遠方まで届く魔力を利用してそこへ音声信号を乗せ、発信する。受信側ではその魔力を受け取り、音声に変換し、スピーカーで聞こえるようにする。
受け取る際、無数に飛び交う魔力から選び出さなければならない。
ここで、魔道具に刻まれた番号が登場する。魔道具の【通信機】としての番号と、その【通信機】個々としての番号、このふたつが連なったものが「連絡先番号」となる。この番号へ向けて発信する。
そして、受信機はこの「連絡先番号」が乗せられた魔力を受け取る。
ところが、「連絡先番号」がない情報が送られることがある。
自治体からの一斉連絡や、今のような災害時を想定した場所に設置された【通信機】へ向けたものだ。特定魔道具ではなく、その地域にある【通信機】に情報が届くように発信される。
「部品を交換する必要があるわ」
やはり手も足も出ないのではないか、と言おうとしたディックを、リオンが視線で黙らせた。
ディックはリオンやルイスよりも年上だが、強く出られない様子だ。
ルシールは【通信機】の修理に必要となる代替品を口にした。
デレクに主要部品の代替品となる素材を聞いていた。加工の仕方をアーロンやローマンから教わっていた。ドムからコツを伝授されていた。
「きちんとした修理にはならないけれど、緊急対応で一度か二度使うのなら十分だわ」
各自一定品質一定規格のものが作られ売られている。
だが、同じような性質を発揮する素材がある。不格好でもそれを使えば信号を刻み込まれた魔力の波を捕らえられるかもしれない。
ただ———。
「じゃあ、採取して来るよ」
「でも、外は危ないわ」
採取すれば良いのだとしても、今は危険でそれができない。
「大丈夫。もっと危険なこともあるから」
リオンもルイスも平然としている。
「おいおい、ちょっと待て。なんでそんなこと知っているんだよ。第一、この小娘が言っているのが正しいなんていう保証はないだろう?」
「それは————」
カーディフの、いや七つ島きっての素材屋、加工屋たちがことごとく教え込んだからだ。そして、ルシールはそれらをきちんと取り込み自分のものにしている。
「ちょっと、やめてよ」
「ほら、みろ。みんなそう思っているんだ」
ラナが上げた声にディックが我が意を得たりとにんまりする。
「あんたに言っているのよ。ルシールさんは自分ができることをやろうとしているだけじゃない。それのなにが悪いって言うのよ」
「はあ? なんで俺が責められなきゃならないわけ?」
「あんたが空気を悪くしているからよ。黙っていて!」
「なんだと?! 俺は女だからって容赦しないぞ」
言い争いをするふたりにリオンが割って入る。
「俺も彼女たちに賛成だ」
「俺もこっち側」
ルイスも加勢する。
とたんに、ディックの勢いがしぼむ。
「気にしないで、ルシール。俺が君に任せると決めたんだ」
自分が責任を負うというのと同時に信頼を示すリオンの言葉に、ルシールは頷いた。
「それでなにが必要なんだ?」
<陽光石>と<月光石>、そして、<緑輝石>、<青輝石>、<赤輝石>、<黄輝石>、<紫輝石>とルシールは次々に素材名を挙げた。
「<陽光石>と<月光石>は色の指定はある?」
「ううん。どの色でも大丈夫よ」
リオンの質問にルシールが答える。
ディックほどではないものの、ジェフは果たしてルシールが言うような代替品を揃えることができるのか、見つけてきたとして、加工工房に持ち込むことなしに魔道具に利用できるものなのかと懐疑的だった。ただ、分別があったため、口に出すことはなかった。
「<陽光石>と<月光石>はどこにでもあるだろうけれど、<緑輝石><青輝石><赤輝石><黄輝石><紫輝石>なんてここいらじゃ見たことないぞ」
「いや、ある。見つかりにくいだけで。ただ、<紫輝石>と<黄輝石>はないんじゃないかな」
腕組みして唸るルイスに、リオンが言う。
「そのふたつはなくてもなんとかなるわ」
「分かった。探して来るよ」
「俺も行く」
ルシールの言葉にリオンが頷き、ルイスも手を挙げた。
なんとかなるかもしれない。小屋の中に希望が灯った。




