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 やみくもにやるのではなく、その仕組みを知る必要がある。

 ルシールはリオンの考え方に感化され、マーカスに魔道具についてより詳細に知りたいとねだった。


 マーカスは魔道具師もまた、素材について知っておく必要があると話す。

 その道具の内部の仕組みがなんの役割を果たすか。

 それによってどんな強度の素材がどんな角度でどの長さでどの位置に必要か。それらがどう動くことでどう動きを伝えるか。

 仕組みによって生まれる摩擦熱や使用される部品の重さ、運動によってかかる負荷を考える必要がある。使用する素材が変わって来るし、補強や逃げの構造を考える。逃げの構造は隙間を持たせることだ。


「オートマタの前にからくりの仕組みから知ると良いだろうなあ」

 マーカスはそう言って、木板にすらすらと書き込みを入れ、削ったり穴をあけて部品を作った。あっという間の手早さだ。


「ドーナツのようなワッシャー、のぞき穴がふたつついたクランク、オールみたいなボーン、そして、小さなお日さまの形をした歯車」

 ルシールは木製道具の温かみ、きれいに角を取りていねいにやすりをかけることで生み出す、丸みを帯びたやわらかさに夢中になる。


 滑車、クランク、歯車はモーターの回転運動を上下の運動に変えたり、上下の運動を左右の運動に変えたりする。

「こういうものを動かす仕組みを機素と呼ぶんだよ」

 その動く仕組み、機素の組み合わせまでもデザインされたオートマタ。


「複数のねじは対角に締めていくんだ。隣同士のねじをまず締めたら、力が集中してしまうからね」

 マーカスはちょっとしたコツも教えてくれた。


「ほら、見てごらん」

 輪っかの中にはめ込まれたいくつもの球体が沸騰するお湯の中に入れられたみたいに、振動している。

「魔力を感知して動いているんだ」

 マーカスは魔力で働く内部機構の仕組みを知る必要があるといって、メカニズムの知識も授けてくれようとした。それはまだ十一歳になったばかりのルシールにはとても難解だったけれど、理解できなくてもせっせとノートにメモを取った。


 このノートは実は魔道具で【ンメェェのノート】という。マーカスがくれたのだ。

 あれ、こんなの書いたっけ、ということが付け加えられる。案外、それが本質を表していて、そこからヒントを得ることもあるという。

 読まずに食べられることはないが、ごくごく稀に白紙の一部が齧り取られていることもある。


 鳴き声シリーズの魔道具は機能性よりも遊び心に要点を置いているとマーカスは言う。

「とくにこの【ンメェェのノート】なんかは魔力を動力にする必要はない。お遊び要素に魔力を使用するシステムを組み込んでいるんだ」


 驚いたことに、鳴き声シリーズは製作者はばらばらなのだという。その鳴き声を発する動物にちなんだ特性を持つ魔道具で、特殊な能力を持っていることが多い。それを面倒くさく思ったり、逆に面白がったりする者がいる。

「いつも心にちょっとした余裕を持つように、ということさ」

 そう言ってマーカスは片目をつぶってみせた。

 マーカスの話したような意味を込めて、物作りに携わる者は多い。食べるものがなく汲々とした時代は終わった。多少苦しくても余裕を持つ。そんな気概の表れである。


 万物は魔力を持つ。

 保有魔力の性質はそれぞれ違ってくるが、同種ごとの系統がある。人間、動物、植物、鉱物によって異なる。

 人は種類の違う魔力を組み合わせることによって別の性質を持つ魔力を生み出すようになった。

 その発見以来、人はあらゆる魔力の組み合わせを調べてきた。素材と分量、それらに干渉するエネルギーによって異なるのだから、膨大な情報だ。


「魔力同士が反発し合うこともある。例えば、この<斥晶石>だ」

<斥晶石>が帯びる魔力は大抵の他魔力と反発する。その性質を応用して、魔道具に内臓され、モーターを動かす動力とされているとマーカスは説明する。

「この羽の部分に<斥晶石>が取り付けられているんだ」

 マーカスがその羽に親指と人差し指で囲うようにして近づけると、羽が激しく回りだした。

「そら、指に魔力を込めたら<斥晶石>が反発してこんな風に羽が回るんだよ。

 この回転がモーター軸に伝わり、モーターを回転させるのだという。


 魔力同士が干渉し合うこともある。

 親が子どもに「リチノの実と<カラン石>を近づけではいけない」と教えるのはこのせいだ。リチノの実と<カラン石>が持つそれぞれの魔力によって、実と石をひとつの容器に入れて棒きれでくるくる混ぜるだけで有害な魔力を発するのだ。

 旅人が密閉容器にこれらふたつを入れて持ち歩き、狼に出遭ったら合せて混ぜて投げつける、というのは古来からの身を守る手法でもある。


 ルシールはふたたびリオンに会った際、「本当にやるの?」と聞いてみた。

「実は案外有効手段なんだよ、これが」

 リオンは肩をすくめてみせる。ルシールはわくわくとした目で見上げる。

「でも、街中でやろうなんて思うなよ?」

「うん」

 確かにその通りで、でも、しょんぼりと肩を落とす。

「浜辺とか人気がないとこもだめだぞ。あれは最終手段ってやつだ」

「生き延びるための切り札ね」

 ルシールは神妙な顔で頷く。

「そうさ」

 そんなやり取りに、わくわくした。採取屋の世界を垣間見た気がしたのだ。


 リオンはたまにマーカスの工房に顔を出した。特に用がなくても、「なにか用はある?」と逆にマーカスに尋ねる。

「採取屋はそうやって情報を集めるのも重要なんだよ」

 誰がなにを欲しがっていて、誰がどんなものを持っているか。それを知っているだけで、商売ができる。


「どっちかって言うと、これは素材屋の領分だけれどな」

 採取屋はゆくゆくは素材屋になる者が多いのだという。

「ゆくゆくなの?」

「そう。それだけ、素材屋は動植物やその価値について詳しくないとやっていけない。それに、伝手がなければ話にならない」


 リオンはそのとき言わなかったけれど、あちこちに出向いて素材を採取してくる採取屋はどうしても加齢によって続けるのが難しくなる。ちょっとした動きの鈍さが命取りになる。怪我などで引退を余儀されなくなることも多い。


 採取屋の中には適当に捜しに行ってある程度のものを見つけてくる者もいる。あるいは手に入りやすいもののなかで高額で売れるものばかりを採取してくることもある。

 だが、指定採取のような特定のものを一定量、納期を守ってさらには品質の高さを保持するのなら、知識が必要になって来る。

 そういった採取屋は素材屋や加工屋、魔道具師たちからも重宝される。


 マーカスは魔道具に用いる素材や加工についても知る必要があるから、リオンに色々教わると良いと言って、ふたりに貨幣を握らせて送り出す。少し足を延ばした店でおやつを食べることもある。


 ルシールは目移りして散々迷っても、結局はハチミツ菓子を食べることが多い。

 ハチミツそのものを売っているお店もあり、黄金色、ピンク、オレンジ、朱色、アイボリー、琥珀色とさまざまで瓶詰めされ、観光客の土産物にもなっている。島民も好んで食べる。

「七つ島には花も固有種がたくさんあるから、観光客はそれが珍しいんだって」

 ハチミツオートミールクッキーを齧りながらリオンの話に耳を傾ける。素朴な味わいでいくらでも入りそうだ。


 七つ島を管轄する各総督府が手つかずにしておくのはもったいないとして、素材採取を推奨している。

 魔道具師と同じく採取屋も素材屋も免許取得が必要だ。

「総督府は七つ島固有の動植物が密猟されるのを警戒しているんだ」

「密猟」

 不穏な響きに背筋がぞくりとする。


 ふとリオンが苦笑して手を伸ばしてルシールの口元を拭った。きっと、クッキーのかすがついていたのだろう。

 オートミールクッキーはおいしいけれど、ぼろぼろこぼれるから、と心の中で言い訳する。もうルシールは世話を焼かれなければならないくらいの子供ではないのだ。それを受けるのはふたつ年下の妹に譲っている。


「七つ島は豊かでのんびりしているから」

 だから、こっそり狩りをしようという者もいるのだろうか。

「でも、総督が大きな力を持っていて、それを対外的にも発揮している。大丈夫だよ」

 七つ島それぞれを管轄する総督は、ほかの場所では国王のようなものだという。


「世界的に魔力供給に規制をかけたのもこの七つ島の総督が先駆だって」

「そうなの?」

 動力の一種である魔力。万物が有することから、人間が供給できる。家庭用の小さな魔道具などであれば、人が魔力供給することで使用することができる。

 大きな装置ともなれば、それだけ魔力を必要とする。結果、労働力を提供する奴隷と同じく、人から魔力を搾り取り、動力源としようとした。

「身体を動かして働くのとどう違うんだ?」

 無理な魔力供給は寿命を縮めることにつながった。

 今では全世界的に規制が設けられている。

 抜け道はいくらでもあるし、貧しい者たちは動力源として魔力供給して金銭を得るという。




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