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 温かくなって心も軽くなる。何かしようと言う気になる。

 五月一日というのは、陽光が新緑を透かし、その梢を涼風が吹き渡る爽やかな季節だ。

 五月祭りは晴れ渡り、大勢の人々で広場や街路はにぎわった。


 ルシールはリオンとともにフルーツジュースを買って、互いのものを味見し合った。


 各小広場や路地に屋台が出ている。島独自の料理のほか、南北大陸の料理もたくさんあった。串焼き肉やサンドイッチサイズのカルツォーネを手に食べ歩きをする者もいる。それらを買い求める者の中には、ひと目で島外の人だとわかる風貌の人もいた。


「珍しいものが手に入ったんだ」

「ハムスター似の(トニ)好きの富豪が今年もやって来たらしいよ」

「どこそこのとある地方でははやり病が深刻だ、近寄らない方が良い」

「怖ろしいことだね」

 あちこちで花開く噂話も島のことだけにとどまらず、南北大陸のことまで飛び出て来る。


「賑やかね」

「うん。すごい人出だな」

「はぐれたらどこで待ち合わせするか決めましょう」

「そうだね。でも、その前に、はぐれないように手を繋ごう」

 そう言ってつないだ手は少し荒れているような気がした。採取に行けばささくれどころではなく、切り傷や擦り傷を作るのだろう。

「ああ、ごめん。どこか引っかかった?」

 硬くとがったささくれにでも当たったのかとリオンが心配する。


「ううん、子供のころもこうやって五月祭りに連れて来てもらって手を繋いだな、って思い出していたの」

「あのころは背が低くて、ルシールが人ごみに紛れたら絶対に見つからないって心配したなあ」

「あのころはお掃除妖精なんて呼ばれていたものね」

 そして、その妖精つながりで、エスメラルダなどという雲の上の人と出会うことになった。

「ルシール、君、今もそう呼ばれているよ?」

「え? そうなの?」

 マーカス魔道具工房も畳んでしまったのだから、「マーカス魔道具工房のお掃除妖精」もまたいなくなったのだとばかり思っていた。


 そんな風に話していると、リオンがふと視線を遠くへ流した。つられてそちらを見ると、エルがいた。遠目では神秘的な紫色の瞳は見えないが、黄金が太陽の熱で溶けたような金色の髪はすぐに分かる。なんとなく、リオンはエルの向こう側を気にしているような感じがした。黒髪のイルが付き添っていたので、もしかすると同行者を確認していたのかもしれない。


 不思議なことに、エルが立ち止まって露店を眺めているのに、イルが先に行ってしまう。仲たがいでもしたのだろうか。だが、そうだとしたら、連れ立って祭りにはやって来ないだろう。


 そんな風に思っているとリオンがつないだルシールの手を引く。

「カッサテッラがあるよ」

 リオンはエルたちとは別の方の店を指さし、ルシールを連れて行く。カッサテッラは甘いラビオリである。


 エルとイルをじっと見つめていたことに気づかれたのだろうか。

 エルはルシールが気を回して妹が好きだったという花を魔道具に彫ったことに感謝しているだけなのだが、リオンが避けたいのならそうしようと思った。


「カッサテッラのお店がいくつもある」

「こっちのはパイ生地で向こうのはパスタ生地を使っているみたいだな」

 あるいは、ラードを使ったり、オリーブオイルを使ったり、油脂を使わないこともある。


「リオンはこっちね」

 マルサラ酒や白ワインを香りづけに加えているという店もあった。ルシールはフィリングに柑橘系ピールのハチミツ漬けを選んだ。

 半月形のお菓子を食べ歩きする。


 小道に入ると影になっていて、とたんに涼しさを感じる。

「ここに入ると広場が暑かったのが分かるわね」

「人の熱気もすごかったものな」


 小道にもぽつぽつと露店が出ている。そのせいで道がとても狭くなっている。露店と買い物客との隙間にふと見知った姿を見つけた。ひょろりと背が高い。

 タルモだ。こちらはヘンリクはおらず、ひとりだ。

 露店の影に見え隠れする。

 なにかの包みと紙幣を受け取っている。紙幣はポケットにねじ込む。

 なにかが引っかかり、ルシールは目を凝らして見つめた。


 タルモは露店の向こうで包みを受け取った。店員からではない。それに、商品を受け取ったにしては、金銭も受け取るのはおかしい。

 とっさにタルモに包みを渡した男性の顔をよく見ようとした。細く吊り上がった目、薄い唇をしている。あとは紙幣を渡す手、親指が短いように思えた。


「ルシール、どうかした?」

 あまりにも凝視しすぎたのか、リオンがけげんそうな声を出す。

「え、ううん、」

 視線を逸らした一瞬のうちに、細目の男性はいなくなっている。タルモも背を向けて小道の向こうに行ってしまっている。

 声をかけるかどうか迷ったが、こんなところで大声を出して呼び止めてどうするのか。


 回れ右をして小道を出て元の小広場に出る。

「リオン、ルシールちゃん!」

 声を掛けられて振り向くと、陽気な採取屋が人の隙間を巧みに縫ってやって来る。


「アランさん」

「久しぶりだな。ひとりか?」

 同じ採取屋のリオンも久々に会うらしい。


「さっきまで連れがいたんだけれど、友だちに会って連れて行かれちゃったよ」

 アランは肩をすくめる。

「俺も誰かいないかなって探していたところ」

 友人知人のひとりふたりは見つかるだろうと思ったが、さすがに祭りを楽しむ恋人たちの邪魔をしようとは思わない。なのに、当の片方が誘ってくる。

「じゃあ、わたしたちと回る?」

「嬉しいけれど、邪魔したらせっかく稼ぎ時に休んだリオンに申し訳ないから」

 にやりと笑ってリオンの内情をばらしにかかる。


「そう言うアランも恋人とのデートのために今日は休んだんだろう?」

 リオンは眉をひそめて反撃する。ルシールは内心、やはりアランにも恋人がいるのだと考えていた。性格も容姿もよく、腕の良い採取屋だ。なによりさりげない気遣いができる。とてももてるだろう。


「そうなんだよ。なのに友だちの方を選ぶんだものな」

 大げさに肩を落としてみせたアランはぱんと手を打ち合わせた。

「そうだ。親父たちも市庁舎前広場で出店しているんだよ。そっちに行ってみない?」

「そうなの?」

 市庁舎前広場は人が多すぎるから行かないでおこうとリオンから言われていた。


「そうなんだよ。今年は工房は店員とおふくろに任せて親父が出張っているんだよ。行こう行こう」

 ふたりの背中側に回って押し出すようにしてアランは歩く。


「アーロンさんところも午後から工房を閉めて祭り見物をするって言っていたから、きっと会えるんじゃないかな」

 リオンは苦虫を噛み潰したような顔をする。だからこそ、市庁舎前広場は避けたのだ。せっかくの休みだというのに、ルシールを加工屋の職人たちにとられてしまう。


 広場はたくさんの露店が様々な色と模様の日よけ布の軒を連ねていた。その間に出来た道には人がごった返している。

 なんでも売っていた。肉、魚、貝、香辛料、花、鉱物、衣料品、日用品、細工物やすぐに飲食できるものまであった。

 アランはひと際大きな露店にルシールとリオンを引っ張って行った。




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