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初夏の五月祭りは北の大陸では重要な意味を持つ。春を迎える時期であり、種まきをする頃合いでもある。寒く暗い冬から一転、暖かく明るい季節を迎える喜ばしい祭りだ。
冬でも花が咲く温暖な七つ島ではそういった意味合いはないものの、やはり、五月祭りは執り行われる。ちょうどそのころウォータースポーツが盛んになり、観光客も増える。この祭りを目当てにやってくる者もいるくらいだ。豊かな七つ島では美味しいもの、うつくしい光景、そして楽しい催しといったさまざまな事柄で南北の大陸の人間を惹きつける。
さて、エルはその五月祭りの前にやって来て、【ピーチュルルの録音機】を故郷に送り、無事に家族にメッセージを吹き込んでもらえたと話した。
「みんな君が作った魔道具を見て喜んでいたよ。きっと妹も好んだだろうと言ってね」
故郷には父と兄、そして弟がいるという。
「兄弟仲は良くてね。特に弟が兄も僕のこともとても好きなんだ」
「エルがいなくて寂しがっているんじゃないですか?」
「うん。いつ戻って来るのかってそればかり言っていたよ」
ため息交じりに笑うエルは本当にやさしい顔をしていたので、ルシールもつられて唇をほころばせた。そんなルシールをエルは熱心に誘う。
「家族も喜んでくれたから、そのお礼がしたいな」
「代金はちょうだいしましたし、喜んでいただけたのなら、それで十分です」
「そんなことを言わずに、なにか美味しいものを食べに行こう」
エルが小首を傾げると、黄金を太陽の熱で溶かしたような髪がさらりと流れ落ちる。わずかに細めた目は不思議な紫色で、思わずため息が出そうな美貌だ。
けれど、ルシールが一番うつくしいと思うのは海の爽やかな青色だ。
リオンが困るというのなら、ルシールはそうしたくはない。
「ごめんなさい」
「そうか。僕も好きな人が嫌がることはしたくないな」
さらりと好きな人と言われ、ルシールはまごつく。唇をただ開閉するルシールにほほ笑んだエルは彼女の襟元に視線をやった。
「きれいな石だね」
ルシールはそのとき、リオンからプレゼントされたブローチをつけていた。
「ありがとうございます」
ちょうどリオンの瞳の色を思い出していたから、伏し目がちになって礼を言う。
「じゃあ、これでお暇するよ」
食い下がることなく、引き際よくエルは去って行った。開いた扉の向こうにイルが控えていた。それを見て、ふとエリーズが侍女と護衛を連れていたことを思う。エルもまた、身分がある人なのだろうか。そうであってもおかしくはない。というよりも、今まで気づかなかったが、おそらく、そうなのだろう。
そのすぐ後に、オスカーが姿を現した。
先日のようにエルとかちあわなくて良かったとこっそり胸をなでおろす。
「また現れたんだ」
「窃盗団ですか?」
「そうだ。くれぐれも、君も気を付けてくれよ」
「はい。ありがとうございます」
わざわざそれを伝えに来たのかと思っていると、オスカーがもの言いたげにする。思うところがあるが、どう言えば良いのか分からないという風情に、ルシールは急かすことなく待つ。
「君は、その、」
「はい」
オスカーは口ごもりながら、意を決したように尋ねた。
「先だっていた若者のどちらかと付き合っているのか?」
「はい。青い瞳の男性がリオンというのですが、わたしの恋人です」
ルシールはいまだにリオンを恋人だというのがなんだかおこがましい気がする。だが、この場はきっぱりと言い切らなければ、という気がした。
「そうか、」
少しオスカーは気落ちしたような感じがした。
「リオンといえば、もしかして、採取屋の?」
「はい。ご存知なんですか?」
「素材の新発見をした採取屋だというからね。しかも、駆け出しのころにしたんじゃなかったかな」
「そうなんです」
そして、その新発見した素材で魔道具を開発し、ルシールを魔道具師見習いにしてくれた。
ルシールの嬉しそうな表情を見て、オスカーは苦笑する。
「君が素晴らしい恋人を持ったようで良かった」
そんな風に言われて、ルシールはまごつきながらも礼を述べた。
「え、ええと、はい、ありがとうございます」
「観光客が増えて、中にはよからぬことを考える者も混じっているだろう。くれぐれも気を付けて」
「はい。オスカーさんもお仕事頑張ってください」
「ああ、ありがとう」
後日、会ったネリーもまた、窃盗事件が起こり、窃盗団が活動を再開したものかとコールドウェルの市庁舎もピリピリしていると話した。
リオンは暖かくなって本格的に採取屋の仕事が始まった。
「しばらくしたら落ち着くから、そうしたら、約束していた通り、いっしょに採取に行こう」
そう言っていた。ルシールはいっしょに採取に行くのを楽しみにすることで寂しさを紛らわせた。
ルシールもルシールで仕事や魔道具師免許取得の勉強に忙しい。料理の練習もしたいし、自分の家で使う魔道具も作りたい。折に触れてエリーズやエスメラルダからも誘いを受ける。
そうこうするうち、五月祭り当日を迎えた。
「観光客が増えたとしても、そうそう魔道具工房が忙しくなることもないのよ」
だから、祭りの見物に行ってきても大丈夫だとシンシアは言う。
リオンといっしょに行こうと話していたが、採取から帰っているだろうか。
「もしかしたら、帰って来られないかもしれない」
ふと声に出して言ってみたら、本当にそうなるような気がして慌てて口を閉じた。
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
「久しぶり、ルシール。変わったことはない?」
「リオン! お帰りなさい」
待ちわびた姿を見て、思わずルシールの声が弾む。リオンはわずかに目を見開いた後、細める。唇に笑みが刻まれる。
「会いたかったよ」
まるで、ルシールの代弁をするかのようにそう言う。
「わ、わたしも、」
リオンのようにさらりと本音を言えない。もっとちゃんと伝えたいのに、気恥ずかしさが邪魔をする。
リオンはカウンター越しに腕を伸ばしてハグする。まるで、分かっているよとでも言うかのようだ。そして、すっかり馴染んだ体温、体格、匂いに安堵した。
「あれからオスカーとあの美貌の主に会った?」
「それってエルのこと? 【ピーチュルルの録音機】を引き取りに来た人?」
「うん、そう。エルっていうのか。偽名っぽいな」
「え、そう?」
思いもよらないことを言われ、ルシールは思わずリオンを振り仰ぐ。ちょうど良い角度だと言わんばかりでリオンがキスする。ルシールは思わず俯いた。
「そのエルとオスカーに会った?」
「え、う、うん」
「やっぱり」
長く息をついたリオンをちらりと見やれば、眉間をぎゅっと寄せて目をつぶっている。
「で、でも、ちゃんと断ったわ」
「誘われたの?」
リオンの声質は変わったわけではない。だが、なぜかルシールは不安を掻き立てられた。
「うん、食事に。そ、それに、オスカーさんにはリオンは恋人だって話したし」
なぜ自分はこんなに必死になって弁解のようなことをしているのだ、とルシールは思った。でも、ここでちゃんと言っておかなければならないような気がしたのだ。
「そうなの? 嬉しい」
リオンが破顔したので、間違っていなかったと安堵する。そんなルシールにふたたび軽く唇を重ねた後、リオンは身を離した。
「工房は忙しい? 出られそう?」
「うん。シンシアさんが行って来て良いって言ってくれたわ」
「じゃあ、行こうか」




