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「完成したわ」

 四角い箱の前面にひばりの紋様が彫られ、両側にスピーカーがついている。

 ルシールはエルに依頼された【ピーチュルルの録音機】をシンシアにチェックしてもらった。

「うん、大丈夫ね。初めての受注生産、おめでとう」

 シンシアに言われて初めて気が付いた。指名採取と同じく、特定の魔道具師にほしい魔道具の作成を依頼することがある。


「見習いで請け負うなんて、なかなかないわよ」

 シンシアはそう言うも、ルシールにこの魔道具を作ってくれと言ったエルは魔道具師としての腕を買ってくれたとはなんだか思えないでいた。


 おそらく、エルが持ってきた魔道具の装飾が動いたからだ。青い実の色味が鮮やかで、愛らしい鳥が浮き彫りされた魔道具、それをルシールが撫でたらまばたきし、羽根が動いた。

 それは無銘の鳴き声シリーズの魔道具だった。スターブルーのまばゆいばかりの青さと彫られた鳥がとても愛らしかったのとを覚えている。

【ピーチュルルの録音機】とは違って、ただ一曲の歌だけ奏でるものだった。


 そんな魔道具を持つエルは【コケコッコの時計】をこの工房で買い、さらにルシールが作った【ピーチュルルの録音機】が欲しいと言った。

 言ってしまえば、それら魔道具は生活する上でどうしても必要なものではない。なのに、高価な魔道具を次々に手に入れるエルとは一体、どういう人間なのだろう。


 すれ違う人が振り向くようなまぶしい美貌の持ち主だということと、島外の人間でありながら、グランディディエリ群島語を流暢に操るということ、そして、妹を亡くしているということくらいしか知らない。


 そのエルが魔道具を引き取りにやって来た。

 ルシールは奥の部屋から出してきた【ピーチュルルの録音機】をカウンターに置いた。


「この花は、もしかして、」

 すぐに気が付いたエルに、ルシールはその表情をうかがう。

「勝手ではありますが、妹さんが好きだったというシルセスの花を添えました」

 真顔になっていたエルはふっとやさしい笑みを浮かべ、そっと花を撫でた。

 やさしい仕草になぜか胸が締め付けられるような気がしたのは、その花を好きだったという妹はもうすでにこの世にないと知っているからだ。彼女を(しの)んでいるのだろうか。


 余計なことをしてしまったかもしれないとルシールが思ったとき、エルが顔を上げた。ルシールを見つめる目に熱がこもる。

「君に頼んで正解だった」

 そう言いながら、ルシールの手を握った。大きな手だ。まるで熱を分け与えられているかのようだ。そして、上品かつ底知れない紫色の瞳に見つめられると、意識が絡めとられて動けなくなる。


「ルシール、君は素晴らしい魔道具師だね。君はこの先、どんな魔道具を作って行くのか、楽しみでならないよ。ぜひとも僕の傍で作り続けてほしい」

 それはどういうことだと聞く前に、ドアベルが鳴った。ルシールははっと我に返る。反射的にドアに視線を向ければ、そこにはリオンが立っていた。

 その<海青石>の色の瞳はまっすぐにルシールとエルに向けられている。


「おや、君は、」

 こぼれ落ちた呟きに、エルはリオンを知っているのだろうかとぼんやり考える。

「先日、魔道具師協会の前でルシールといたね」

 なるほど、確かにリオンに呼び止められたときを、エルは見ていた。合点がいくルシールはリオンの視線を感じた。それを辿ると、エルに握られている自分の手に行きついた。慌てて手を引き抜く。

「そんな風にされると傷つくな」

 やや眉尻を下げれば、飛びぬけた美貌にどこか可愛らしさが加わる。


「ルシール、お客さん?」

 言いながら、リオンはゆっくりとカウンターに近づいて来る。

 そして。

 妙な三角形が形成された。カウンターの中のルシール、外のリオンとエルを各点にしている。


「そうなんだ。ルシールに魔道具を作ってもらってね。今、出来栄えに感激していたところだよ」

 リオンの問いに答えたのはエルだった。リオンが眉をひそめる。

 ルシールは妙に張り詰める空気感を覚えて戸惑う。リオンは温かい人柄で誰にでも好かれるし、エルは物腰穏やかで丁寧だ。なのに、なぜか緊張感が漂っている気がした。


 ふたたびドアベルが鳴り、工房の扉が開いた。ルシールはほっとする。しかし、それは早合点というものだった。


「いらっしゃいませ」

「久しぶりだな、ルシール」

 そう言って入って来たのは二十代後半で褐色の髪、茶色の瞳が理知的な男性だ。

「オスカーさん」


 カーディフの市庁舎に務めるオスカーは、以前、工房に魔道具を持ち込んだ。ルシールとシンシアに背中を押され、長らく会っていなかった弟に会いに行ったことで、困窮しているのを助けることができたと感謝された。シンシア曰く、その若さですでに役職付きの男前、だそうだ。


「年末年始は忙しくてなかなか来られなかったが、変わりないか?」

「はい。お仕事は落ち着かれたのですか?」

「鳴りを潜めているが、いつまた騒ぎが起きるか分からないな」

 そう言いながら、オスカーはカウンター前に立つ男性ふたりに目をやる。

「来客中なら改めようか」

「工房に用事があるのではなく、ルシールになにか用でもあるんですか?」

 オスカーの言葉に、ルシールではなく、今度はリオンが口を開いた。


 おかしい。

 緊張感を打破してくれるものと思った来客なのに、よりいっそう空気が重くなった気がする。

 ルシールはまごついた。


 なにより、リオンだ。

 いつも軽やかで爽やかな彼が、重々しいというか、そう、威圧感がある。こんなのは初めてのことだった。

 思えば、リオンはいつも温かく、ルシールにやさしかった。十一歳のときからだ。そのころの六歳差というのはとても大きい。なのに、リオンは面倒くさがることなく、ルシールに丁寧に接した。


 さて、ルシールが回顧に浸っている間、妙なみつどもえが出来上がっていた。

「商品に満足されたようで良かったですね(受け取ったのなら、どうぞお引き取りを)」

「そうなんだよ、彼女は実に素晴らしい魔道具師だ。期待以上の魔道具をわたしのために作ってくれたんだよ(そう、ほかでもない、わたしのためにね)」

 リオンは笑顔で追い払おうとし、エルがほほ笑みながら「わたしのために」のフレーズを強調する。


「君は客ではないのか?(なんで留まっているんだ?)」

 オスカーはリオンを不審げに見やる。


 繰り広げられる会話はそれ以上の意味合いを含んでおり、ルシールは気づかなかったが、男性三人にはそれぞれ伝わっていた。


「俺はルシールを誘いに来たんです。あなたは?(最近姿を見ないと思っていたのに、まだルシールのことを諦めていないのか)」

「ルシールに話があって来たんだ(誘いに来た? もしかして、こなをかけているのか?)」

 リオンは年末にルシールと食事をする姿を見たのを思い出し、オスカーはこの少し年下の男前がルシールにちょっかいを出しているのかと不快に感じた。


「僕も素晴らしい魔道具のお礼にルシールにご馳走しようと思っているんだ(おやおや、ルシールも隅におけないな。こんなに容姿に優れ、能力がありそうな者たちから求められているなんて。負けたくないな)」

 エルも参戦する。


「ルシール、みんなでお昼に行ってくる?」

 複数の人間の静かな言い争いに気づいて顔を出したシンシアが、面白そうにそう言った。


 結局、エルに魔道具を渡して代金を受け取り、オスカーにはなんの用件か尋ねたところ、暖かくなってきたことによる窃盗事件の再発への注意喚起をされた。

 ルシールはエルとオスカーを送り出した後、シンシアに断ってリオンと昼食に行くことにした。


「あんなにすごい美男たちに誘われているんだから、みんなで食事に行ってきたら良かったのに」

 シンシアは残念そうに言うも、そんな怖ろしいことをできるはずがない。


「俺の恋人が、異性からも同性からも人気がありすぎて困る」

「はいはい、ごちそうさま。ゆっくりしてきていいわよ」

 大げさに肩を落として見せるリオンに、シンシアはからからと笑った。


 工房を出たリオンはルシールの手を握り、眉尻を下げる。

「ルシールの魅力は俺が一番知っているからね」

 飛びぬけた美貌の持ち主に手を握られていたり、以前からルシールに気がありそうなオスカーがまた姿を現したものの、ルシールは迷うことなくリオンを選んだ。

 魅力的な恋人はリオンを大切にしてくれる。

 ああ、キスしたいな、と思うものの、人目がある。ここはルシールの職場の前で、彼女は気にするだろう。ルシールに嫌な思いをさせたくないので、リオンは我慢するのだった。





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