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そこはコールドウェルでも落ち着いた佇まいの建物が並ぶ、整然とした区画だ。
ジャネットが行きたいけれど行きにくいと言っていた通りだ。ルシールも初めてやって来た。
いつものようにレアンドリィ総督家から差し向けられた馬車から降りたルシールは待つほどもなく、ジャネットを乗せた馬車がやって来た。
「ここがサカラバ通りなのね」
「コールドウェルの高級店が並ぶ通りね!」
ふたりで通りの入り口で囁き合っていると、エリーズとエスメラルダが乗った馬車も到着した。だが、馬車は一台だけではなかった。
「警護があんなにたくさん」
「物々しいわね。お誘いしない方が良かったかしら」
ジャネットが顔を引きつらせるも、元々エスメラルダが新しくできた友人たちと買い物に行きたいと言っていたのだ。夫であるレジティ・レアンドリィ総督は喜々として手配をしただろう。もしかすると、指示を出したのはエリーズかもしれないが。
「お待たせしたかしら」
「おふたりとも、こんにちは。良い天気ね」
エリーズとエスメラルダがやって来た。周囲にはつかず離れず人がついている。
「こんにちは。エスメラルダさん、体調はどうですか?」
エスメラルダの調子が優れず、買い物の日程は延びに延びたのだ。
「今日はとても具合が良いの。日延べしてごめんなさいね」
一見していつもと変わりはなさそうだ。
「お気になさらないでください。気分が優れなくなったらすぐに言ってくださいね」
「そうですわ。カフェもあるし、お買い物は休憩しながらしましょう」
「ありがとう。そうさせていただくわね」
エスメラルダは始終にこやかで機嫌が良さそうだ。
「では行きましょうか」
エリーズの先導についていく。
入った店では下にも置かない扱いだ。ルシールとジャネットはふたりの後ろにまごつきながらついていく。
店内では見るからに責任ある者が案内につく。ルシールとジャネットは声には出さなかったけれど、紹介されるものすべてに「わあ」と目を輝かせて頬を紅潮させた。
そんな様子の若い娘ふたりに、かしこまる店員も好意的な視線を向ける。
「こういう客層を対象にした商品を見る格好の機会ね。うちにもたまにふらりと違う客層のお客さんが来るわ」
だからと言って店をそのお客さん向きにするわけではないけれどと言うジャネットに、ルシールは感心する。
魔道具も高級品だ。どういうものが欲しがられているかを考えるべきかもしれない。筐体もあればいいというものではない。質感、色味、素材、様々な要素で選ばれるのだ。それに、販売する工房自体もみすぼらしければ、ちゃんとしたものを売っているかどうか不安になるだろう。
「若い人たちが意欲的なのって、良いわね」
「ええ。こちらも活力をもらえる気がするわ」
エスメラルダとエリーズはルシールとジャネットを見ながらそう話し合った。
「わたくし、ぜひ新しい若いお友だちとお揃いのものを持ちたいわ」
そう言ってエスメラルダは買ってくれようとするものだから、ルシールとジャネットは慌てて固辞する。自分たちでは到底買えない値段のものだ。
「スカーフはどうかしら?」
「そうね。それに、もうじき暖かくなるから、帽子や日傘でも良いわね」
七つ島はもう温かくなり始め、店頭にはすでに陽射し対策の小物が並んでいる。
「良い色だわ」
「明るいエメラルドグリーンね」
「ヒューバートの瞳の色に似ているわ。わたくし、これをいただくわ」
値段を見ることもなく、エスメラルダはそう言った。そして、ルシールとジャネットにも好きな色を選ぶように勧める。
結局、エリーズも含め、同じデザインのスカーフを持つことになった。
「あら」
エリーズはルシールが瑞々しいパステルカラー調のブルーを選んだことにほほ笑む。
「ルシールがそんな鮮やかな色味のものを選ぶなんて珍しいわね」
「ええと、その、」
ジャネットの言葉にルシールはまごつく。リオンの瞳の色に似ている気がしたのだ。
「たまには、いつも選ばない色を選ぶのも良いわよね」
「そうですね。わたしもそうしようかな」
エリーズが助け舟を出し、ジャネットもその気になる。
「では、わたくしも———」
「あなたは駄目よ」
エスメラルダもまた、その気になるも、慌ててエリーズが止める。
「レアンドリィ総督はきっとエスメラルダさんがこのスカーフを身につけられたら喜ばれると思います」
「そうかしら」
ルシールは先ほど助けてくれたのでエリーズに加勢すると、エスメラルダがおっとり笑う。
「さっきおっしゃったように、「あなたの瞳の色に似ているから選んだの」って伝えたらどうでしょうか」
ジャネットもなんとなく察して言う。
エスメラルダは年下の友人のアドバイスに素直に従った。明るいエメラルド色のスカーフを選んで身につけ、夫に事の次第を話した。
「ずっと機嫌が良くてね。仕事がはかどるよ」
エリーズは夫に感謝された。後にルシールとジャネットに会ったときに礼を言ったエリーズは、ふたりにレアンドリィ総督夫妻の様子を話してくれとせがまれるのだった。
さて、結局スカーフを買ってもらったルシールとジャネットは、それではカフェの代金をもつと話した。
これには、自分ではほとんど支払いをしないエスメラルダはともかく、エリーズが感動した。
「まあ! 友人にご馳走していただくなんて、わたくし、初めての経験ではないかしら」
しかも、年下の友人たちにしてもらうのである。うっかり遠慮するのを忘れてわくわくするエリーズに、ルシールとジャネットもほほ笑ましくなる。
「どこのお店に入りましょうか」
「あそこのカフェはどうかしら」
「可愛らしいお店ね」
華がありかつ上品な店をジャネットが見つけ、エスメラルダも気に入った様子だ。エリーズがすぐに護衛に指示を出し、ひとりが店内に先に入り、内部を確認する。
ドアをくぐると、カフェの中は高級感とかわいらしさが共存していた。
先んじて入った護衛から話を聞いているのか、一向は奥のテーブルに案内される。大きな丸テーブルには椅子が六脚並んでいて、十分な広さがあった。
家具も食器も品があって愛らしい。
「可愛いわね」
「本当に。欲しいわ」
茶や茶菓の味もさることながら、茶器やカトラリーも気に入った。一見して高級品だと分かる。
「そうだわ、ジャネットのお店でも食器を置いてみたら?」
「確かに売れるかもしれないわね。お客さんが可愛いって言ってくれる食器を探して使っているの。実際、欲しいという声もあるのよ」
やってみようかな、というジャネットの声に答えたのはエリーズでもエスメラルダでも、そしてルシールでもなかった。
「うちもそうしようかな」
振り向いたエリーズが目を丸くする。
「あら、トルスティさま」
「こんにちは、エスメラルダさま、エリーズさま。お元気そうでなによりです」
「お久しぶりですわね」
エリーズたちが面識がある紳士はヒューバートより年上の男性で、トルスティと名乗った。エリーズはルシールとジャネットを自分たちの友人だと紹介する。
「実はこのカフェのオーナーをしています。今日はお越しいただきありがとうございます」
そう言いながら自然な動作で空いた椅子に座る。
「まあ、そうでしたの」
「トルスティさまは島外の方で、七つ島の自然を愛していらっしゃって毎年こちらにいらっしゃるの」
「七つ島が好きなのが高じてうっかり店まで持つに至ったんです」
うっかりでこんな高級店を運営することもそうあるまいと思いながら、ルシールとジャネットは笑顔で相槌を打つ。
「こちらのルシールさんは魔道具師見習いで、鳴き声シリーズの魔道具を撫でたらよく反応しますのよ」
「え、見たい!」
エリーズがルシールのことを話せば、思わず、といった態でトルスティが声を上げる。
「今度、工房にいらしたら?」
「いや、それは、」
エリーズの提案にトルスティが控えめに否定する。
「あら?」
小首を傾げるエリーズにトルスティが苦笑する。
「自分の鳴き声シリーズの魔道具が動くのを見たいんです」
エリーズもエスメラルダも不思議そうにする。ジャネットはせっせとケーキを攻略している。
ルシールはなんとなく、トルスティの感覚が理解できた。
「お気持ち、わかります。自分の魔道具が動くと嬉しさと愛しさがひとしおですよね」
「そうなんだよ。ねえ、君、今度、うちにおいでよ。エスメラルダさまは総督が許可しないだろうから、エリーズさまとごいっしょに」
トルスティがあながち冗談ではなさそうに誘う。
「機会がありましたら」
戸惑いつつもルシールがそう言えば、トルスティはしつこくすることなく引いた。
「では、ご婦人方、どうぞごゆっくり」
その後はいわば会場が変わっただけの四人でのお茶会のような感じでたくさんおしゃべりをして美味しいものを堪能した。
すっかり満足した後、ルシールとジャネットが会計台に立ったが、支払いは不要だと言われた。
オーナーであるトルスティからそう言われていると固辞されたが、エリーズたちの知り合いであっても、ルシールとジャネットはそうではない。支払う、不要だ、というやり取りがされる中、エスメラルダが口添えした。
「この場は若い方たちが御馳走してくださるの」
にこやかに言うものだから、会計係も受け取らざるを得なかった。
「エスメラルダさんのああいうところってすごいですね」
「本当ね。強引でもなく、すんなり受け取られるの」
「そうね。この方の特技のひとつかもしれないわね」
ルシールとジャネットに、エリーズも同意する。
「エリーズがご馳走されるのを喜んでいたのですもの」
その機会が奪われなくて良かったわ、とおっとりとほほ笑むエスメラルダに、エリーズは黙り込む。ほんのり頬が赤くなっている。
ルシールとジャネットは思わず視線をかわし、くすぐったい気持ちになった。
実務面ではエスメラルダはエリーズに比べるべくもないが、こういったところで、エリーズはエスメラルダには敵わないのだ。




