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本日二回目の投稿です。
学校は十月に前期、四月に後期が始まる。三月と九月はまるまる長期休暇となる。
ルシールは昨年十月に入学したばかりで、先日の新年で十一歳になった。七つ島では全員が新年にひとつ歳をとる。誕生日は各々生まれた日に祝う。
十歳の十月に入学し、七年間学び、十七歳の八月に卒業する。成年は十八歳だ。
学校で文字や算数のほか、歴史などを習う。歴史はこの七つ島だけでなく南北の大陸についてもだ。
三学年までは基礎を学び、四学年からは専門分野に分かれる。
まだ学生になったばかりのルシールは学校が終わったら毎日のようにマーカスの魔道具師工房へやって来た。家にいたくないというのもあったが、工房には新しい世界を覗き込むわくわくとした高揚感があった。
ルシールはマーカスの手伝いをしながらあれこれ聞き倒す。「これはなに?」という子供特有のなになに攻撃に、マーカスは丁寧にひとつずつ答えてくれた。根気強い人だ。そして、魔道具師は根気強くなければならない。
そのうちルシールは敬語も使わなくなった。
マーカスの工房はとにかく部品や器具が多くて、ルシールはあるべき場所に片付け掃除をする。中でも、鳴き声シリーズという動物の鳴き声にちなんだ魔道具を好んで手入れした。
【コケコッコの時計】、【ホウホウのランプ】、【パオーンの掃除機】などだ。
鶏の姿をしていたり、ランプに嘴や翼がついていたり、長い鼻と大容量の身体があったりする。
手入れをして声を掛けて撫でてやると、嘴や金属板に象嵌された羽、ちょろりと出た尾が動く。
「あ、動いた!」
「鳴き声シリーズにはたまにそういうこともあるからなあ」
「へえ、面白いのね」
母が動物嫌いで家でペットを飼えないルシールは喜んで手入れをした。声を掛け、そっとなでる。そうするとどうしたことか、良く動くような気がする。尻尾や耳、ひげ、模様などがふるふると震えるのだ。
そのうち、どういう仕組みで動くのかに興味を持ち始めた。質問の質が変わって来たことに気づいたマーカスはルシールに丁寧に答えた。
ねじ、歯車、滑車、クランク、カムといった部品。
コンパス、分度器、直線定規、ナイフ、鋏、鋸、サンドペーパー、ペンチ、ボール盤、クランプ、槌、目打ち、秤といった器具。
最初は同じ形をしているもの同士で集めて片付け、徐々に使いやすいように用途に応じて並べて行った。
「なんだか、工房が整頓されているね」
「掃除が行き届いているなあ」
やってくるお客さんがそう言うのに、マーカスは「小さなお手伝いさんの尽力でね」と答える。
その日、ドアベルが鳴った後、「本当だ。きれいになっているな」と言って入って来たのは成人したかどうかの若い男性だった。七つ島では十八歳が成人の歳となる。
すらりとしたその人は金茶色の髪で同色の眉頭がやや下がり気味で、その下の瞳が透明感のある明るい緑がかった青、<海青石>の色だ。
海の色だ、とルシールは思わずじっと見つめた。
「君がマーカスさんの新しいお手伝いさん?」
その印象的な瞳を向けられ、ルシールは飛びあがりそうになった。同時に、お客さんたちが話していることを知っているのだなと不思議に思った。
「さすがはリオン。耳が早いな。この子はルシールと言うんだ。ちょっと手助けしてもらっているんだよ。うちの鳴き声シリーズの魔道具にも気に入られていてね」
「へえ。じゃあ、耳や尾が動くんだ?」
「高確率でね」
「そりゃあすごい」
リオンが感心する。
ルシールがなんのことだときょとんとしていると、本来の役割とは関係のない部分が動くのは珍しいことなのだと、マーカスが教えてくれる。
「ルシールは学校には入学しているのか? その年でもう魔道具師を目指すのを決めたの?」
「ううん、そういうわけじゃないの、です」
格好良いお兄さんに話しかけられてルシールは箒を持ったまま、もじもじする。
リオンは笑って、「ふつうにしゃべって」と言った。
リオンは最終学年で採取屋を目指しているのだという。それで素材屋で見習いを兼ねてお使いなどをしていると説明した。とても大人びているが、まだ成人には一年あるのだ。
マーカスとも対等にあれこれ話している。
ルシールの兄は四つ上だが、まったく違う。比べても仕方がないし、ルシールが言うのもなんだが、大人と子供のようだった。
「じゃあ、デレクさんにそう伝えてくれるかい?」
「ああ。ついでにアーロンさんのところにも寄るよ」
「急がないでいいからね。そうそう、お駄賃だ。ルシールといっしょにそこのお菓子屋さんでおやつを食べるといい」
マーカスはリオンに貨幣を握らせると、ルシールから箒を受け取った。
「ありがとう、マーカスさん。行こう、ルシール」
リオンは言って、ルシールの手を握った。
え、あれ、どういうこと?と思っている間に、ルシールはリオンによって連れ出されていた。
第一学年はお昼過ぎには授業が終わる。まだ夕暮れの気配は遠い。
「ルシールはどんなお菓子が好きなんだ?」
「ええと、ハチミツ?」
まだ事態が呑み込めていないルシールは疑問形で答える。
リオンはハチミツを扱う店にルシールを連れて行った。
「フルーツのハチミツ掛けがあるよ。なににする?」
内海に位置する七つ島は温暖な気候で一月でもフルーツが採れる。
「ええと、じゃあ、クルルンベリー」
答えてから気が付く。
「あ、でも、わたし、お金を持っていない」
「さっき、マーカスさんがくれたよ」
クルルンベリーの木の葉で作ったカップにフルーツが盛られ、上からたっぷり蜂蜜がかけられている。
「あっちで食べよう」
リオンに促されたのは小さな広場のベンチだ。街には街路のところどころにこうした広場があり、たいてい樹木が植えられている。
クルルンベリーはちょっとばかり酸味がきつかったが、たっぷりかかったハチミツといっしょに掬って口に入れると、ちょうど良い甘酸っぱさになる。
「蜜蜂ってさ、何万回というものすごい回数、蜜をとってくるんだって。そうして集めたものが今ルシールが食べているハチミツ」
そう聞くと、ちょっと悪い気がしてくる。
「人間も同じだよ。いろんな人間が苦労して行った恩恵をほかの人間が受けている。採取屋が大変な思いをしながら集めてきたものが、素材屋を通してマーカスさんのような魔道具師に吟味され、加工屋の手で加工される。そうして、便利な道具を作る素材となる」
世界はそうやって回っている。採取屋、素材屋、加工屋が経済の基盤を支えている。
「採取屋ってそんなことも知っているのね」
「実はこれ、じいさんの受け売りなんだけれどな」
「すてきなおじいさまね」
「おじいさまっていうのはなんか違う気がする。とんでもなく偏屈でさ」
そう言うも、表情からはとても尊敬しているのだということが分かる。
「採取屋や素材屋は動植物について知っておく必要があるって耳にタコができるほど聞かされているよ」
採取屋は売れ筋を採取しようとする。だが、常に売れるものが採取できるとは限らないし、欲しがっている者を探すのは困難だ。たいていは採取するだけで手いっぱいである。
そこで、採取物を素材屋に販売する。
素材屋はさまざまな採取屋から買い取った採取物を店に並べて売る。あるいは、加工屋などから必要素材を依頼され、採取できそうな採取屋を見つけて依頼する。採取物売買の仲立ちをするのだ。
素材屋は様々な採取屋や加工屋などとの伝手を持つ必要がある。採取屋を引退した者がそれまでの経験を活かし、素材屋になることが多い。店を構え在庫を抱えることになるのでお金を貯めておく。
ほかの素材屋とも連携を取り、物品を融通し合ったり情報をやり取りする。
リオンは顔見知りが多いようだ。ベンチに座っている間にいろんな人に声をかけられる。
「おや、リオン、デートかい?」
「可愛いだろう?」
大人の人にからかわれても、さらりとそんな風に返せるのがすごいなあ、とルシールは感心しきりだ。
それ以降も、ときおりリオンといっしょにおやつを食べるようになった。
※<海青石>の色はターコイズブルーです。