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何度目かに肌を重ねたとき、ふとリオンがルシールから視線を逸らした。なんだか気まずげな感じだった。
ルシールには心当たりがあった。
最近、なんだか太ったような気がするのだ。
リオンとよく食事に出かけるし、エリーズやエスメラルダから何度も誘いを受けて食事をしに行っている。そのどれもがとても美味しく、たくさん食べている。
忙しく働いていると空腹になるものだから、ついぺろりと完食する。
それがいけなかったのだろうか。
リオンの方がよく食べるが、上半身どころか全身ごつごつしている。筋肉の束に覆われている感じだ。第一、太ももも二の腕も硬い。
そんなことを思いながら、朝食にハチミツ塩バタートーストを出す。
「美味いな」
「採取屋は身体を使うから高カロリーでも良いのよね」
ルシールは単なるバタートーストにしておいた。
「ルシール、ハチミツをかけないの?」
「うん」
そう言ったのに、リオンはフルーツとヨーグルトにハチミツをかけて差し出した。
美味しそう、食べたい。でも。
葛藤するルシールの気持ちを知ってか知らずか、リオンは爽やかに笑って言う。
「「びっくりレモン」すら、きっとこうやって食べると美味しいよ」
その言葉に釣られて、うっかり美味しく食べてしまうのだった。
「ルシール、あのね」
「そうじゃないわ」
「あなた、胸が大きくなったのよお」
久々に集まったジャネット、ライラ、ネリーたちが呆れたり面白がる表情を浮かべている。
「そ、そうなの? でも、胸だけが大きくなることってないわよね?」
「ちょっと触るわよ」
ジャネットが断りを入れたものの、返事をする前にルシールのウエストを両手でつかむ。
「細いわ」
「本当だわ」
「やだあ、この子、すごくスタイルが良いわあ」
ジャネットたちは真顔で言い合った。
「「「そして、胸が大きい」」」
見事に声が重なる。
そうなのだろうか。ルシールは確かに胸が小さいことを気にしていた。だからといって、胸だけが大きくなることなど、あるのだろうか。
「彼氏がいるならそうなんじゃない?」
「そうなの?」
「揉まれていたら大きくなるというのは本当かしらあ?」
友人たちの言葉に心当たりがあって、ルシールは沈黙する。
「へえ?」
「そうなんだ?」
「そうなのねえ?」
とたんに、友人たちがにやにやする。
なんだろう。話していないのに、全部筒抜けになっているような気がしてならない。
ルシールは自分の言動によって察せられているのだとは気づかずにまごついた。
「あ、あの、それで、その、下着が合わなくなって、」
「合うサイズを選ばなきゃだめ。形が悪くなるわよ」
ジャネットにそう言われてルシールは青ざめる。そんな怖ろしいことが起きるというのか。
「じゃあ、今から買い物に行きましょうよ」
「ほかにも服とか小物とか見たいわあ」
ライラとネリーも乗り気になる。
ルシールは最近になってようやくコールドウェルにやって来るようになった。それまではなんとなく家族の手前、気兼ねしていた。だが、何度も総督家の館に行っているうち、だんだん慣れてきたのだ。馬車で送り迎えをしてもらっているが、知り合いに会っても気にしなくても良いように思えてきた。
だから、人が集まる商店街でも行く気になった。
買い物をした後、入ったレストランが個室しか空いておらず、そこへ案内された。人目がないことを良いことに、胸の形が崩れないための胸筋を育てる運動を四人でやった。
真面目にやったあと、誰からともなく笑いだす。
とても楽しかった。
なんでもないことで友人たちと笑い合う。いつまでもこんな時間が続くと良い。
「ねえ、ジャネット、ほら、新年祭のときに言っていた料理を教えてくれるというの、」
リオンが来たとき、なにを出せば良いのかいつも戸惑う。リオンは笑って、買いに行こうという。気にしなくていいと。
でも、せっかくキッチンがあるのになにもしないというのもつまらない。今どきの賃貸物件ならではで【コンロ】は備え付けられてある。そういえば、シンシアが【モウモウのオーブン】は使い勝手が良いと言っていた。魔道具作成の練習がてら、自分で作ってみるのもいいかもしれない。
それに、たぶん、ルシールはそう不器用ではないと思う。魔道具を作るのと料理を作るのとは大きく違うかどうかも分からないけれど。
「ああ、言っていたわね。いつでも良いわよ」
後日、ジャネットがルシールの家へやって来た。
「食材も調理器具も足りないわ。買いに行きましょう」
ジャネットの大活躍のお陰で便利な調味料からちょっとした調理器具まで揃う。ふたりでコールドウェルの市場で買い物をしているのが不思議な感じがしたが、とても楽しかった。
「橋を渡るだけで大分雰囲気が変わるのね。売っているものも違うわ」
「あ、「びっくりレモン」があるわ。これ、とんでもなく酸っぱいんでしょう?」
七つ島特有の香辛料の一種を見つけ、ルシールはジャネットに指し示す。
「それがね、」
ジャネットが顔を近づけてきつつ声を潜める。
「実は、とんでもなく甘いレモンが混じっているらしいの」
衝撃の甘いレモン、と表現されるという。
「そうなの?」
真面目な表情のジャネットにルシールは目を丸くする。
「そうなのよ」
と言いながら、ジャネットは上半身を元に戻す。
「でも、見分けがつかないの」
「え、じゃあ、」
「そうなのよ。どれが甘いか分からないの」
どんな目利きでもね、とジャネットはため息をつく。
「シンシアさんが【モウモウのオーブン】は使い勝手が良いと言っていたから、いっそ自分で作ってしまおうかな」
「良いわね! わたしは圧力鍋とか作ってほしいな」
「圧力鍋は魔道具ではないわよ」
「そうなんだ?」
圧力鍋は中の圧力を高くすることで温度を上げる。
「だから調理が早くできるの」
「圧力で?」
「そうよ。水は100℃で沸騰するでしょう?」
「うん」
圧力鍋の中では120℃で沸騰する。
「つまり、中の水や食材の温度を高くすることができるから、早く調理ができるの」
「どうやって圧力を高くしているの?」
「蒸気のお陰よ」
蒸気を逃がしてもいけないが、圧力をかけすぎても爆発を起こす。
「爆発するの? 圧力鍋ってそんなに怖ろしいものだったの?!」
ジャネットが目を見開いて驚く。
「安全弁があるから大丈夫よ」
そんな風に話しながら買い物をし、料理をした。下ごしらえのちょっとしたコツや具合の見定め方などを教わる。
「荷物まで持ってくれてありがとう」
食材だけでなく鍋などの大きな調理器具まで買ったものだから、ふたりで大荷物を抱えることになった。なお、絶対に必要だからと言って、ジャネットはカトラリーや食器をもうひとり分揃えるように言い、ルシールは素直に従った。
「ううん。なんだか、良いわね。足りない物を買いそろえるのって。わくわくする」
「うん。わたしもそう思っていた」
ひとりでも楽しかっただろうが、ジャネットとふたりだから、より一層気分は高揚した。
いろいろ教えてくれて付き合ってくれたジャネットになにかお礼がしたい。
ふと、高級店に行ってみたいと言っていたことを思い出す。ルシールも行きにくいが、エリーズがいっしょなら心強い。それに、エスメラルダも買い物に行きたいと言っていた。
エリーズに相談してみると、快諾された。
「結局、わたくしもあの方に甘いのよね」
苦笑しながらそう言って、警護の手配をする。
ただ、エスメラルダが少々体調が優れないということだったので、四人で買い物に行くのはもうしばらく後のことになった。




