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魔道具師協会を出たところで、ルシールは呼び止められた。
「やあ、久しぶりだね」
「エル」
かきあげた前髪が額にふと房落ちかかる。その髪は黄金を太陽の熱で溶かしたような豪奢さで、瞳は神秘的な紫色に輝いている。
エルはひとりではなく、連れがいた。
「彼はイル。僕の右腕だ」
イルはこしの強い癖のある黒髪、青い瞳の美丈夫だ。
そして、彼にはルシールのことを話していたらしい。
「この方があの鳥の?」
「そう。あの鳥が動く姿をまた見せてくれた魔道具師見習いさんだよ」
以前、エルが持ってきた、鳥の彫刻とうつくしいスターブルーの木の実がついた魔道具のことだろう。
「ルシール、雰囲気が変わったね」
エルは意味ありげにほほ笑む。
「そ、そうですか?」
ルシールはまごつきながら、【ピーチュルルの録音機】の設計図を買いに来たのだと話を逸らした。
「先日、工房に行ったときに取り扱っていると言っていなかった?」
初めてエルと出会った際、鳥に関する魔道具を尋ねられた。よく覚えているなとルシールは内心感心する。
「はい。工房主が作れるのですが、わたしはまだ作ったことがなかったので」
【ピーチュルルの録音機】を作ってメッセージを録音して師匠に贈るのだと話すとエルが興味を持った。
「そうか、その魔道具なら、メッセージだけでも残しておくことができるな」
ひとり言を漏らしたエルが自分の分も作って欲しいと言う。
「わたしは魔道具師見習いでして、工房主が作ったものでしたら、すぐにお渡しすることができます」
エルはほほ笑んで首を左右に振った。ふわりと舞う金髪の輪郭がきらきらと輝く。
「君が作った魔道具がほしいんだ」
棚に置かせてもらえないか聞いてみると言うと、必ず買いに行くから一台作っておいて、という。
「いつか会えなくなるかもしれないから、身近な人の言葉を刻んでおきたいんだ。声を忘れないで済むように」
エルの声音が影を帯び、妹を亡くしたと言っていたことを思い出す。
イルがす、と紙幣を差し出す。
「手付金です」
「ええと、」
こういうとき、どうするべきなのか分からず、ルシールは戸惑った。
「受け取っておいて。魔道具を作るにはいろんな部品が必要だ」
残りの代金は商品と引き換えに、と言ってふたりは去っていった。
去っていく様子すらうつくしいふたりを見送りながら、あんなに気軽に魔道具を何台も買えるエルは何者だろうかと考えているときのことだった。
「ねえ、見た? さっきの人、すっごく格好良かったよね」
「見たー! 金髪の人!」
女性のふたりづれがそんな風に話しながら通り過ぎていく。
「ルシール!」
リオンだ。ルシールを見つけて駆けてくる。
女性たちはエルが去って行った方からやって来た。リオンもそちらから走ってくる。
ふと、エルが足を止めて振り返った。リオンの向こうにいるエルと視線が合う。
果たして、女性ふたりはエルのことを言っていたのか、あるいはリオンのことを言っていたのか。
ルシールはふとそんなことを考えた。
設計図を買ったルシールはさっそくシンシアに教わって魔道具の作成に取り組んだ。
「【ピーチュルルの録音機】は魔力に刻み込まれた記録を空気の振動に変えるものよ」
その空気の振動が音として聞こえる。つまりは、人間の耳が感知できる音域で変えなければならない。
だから、この魔道具は高品質なものから低品質なものまでさまざまだ。
「これほど設計図が次から次へと改良される魔道具も珍しいといわれているくらいなの。そして、お客さんが品質を判断する目安はお値段ね」
価格によって音質の善し悪しが一目瞭然である魔道具でもあるという。
つまりは高品質の魔道具をつくりたければその設計図を買わなければならないということで、用いられる素材も違ってくる。
「みんなのメッセージを録音するのなら、低品質のもので充分よ」
気軽に音楽を楽しむのなら、低品質でも十分だが、こだわる者はとことんこだわるのだという。
「お客さんが設計図を持ち込むのよ。これを作ってくれって」
「うわあ」
「すごいこだわりよね」
魔道具と引き換えにその設計図が譲渡されるという珍事もあったのだという。
「代金が設計図」
「いっそ、お客さんが魔道具師見習いになって作ればいいんじゃないかしらね」
個人で楽しむ分には自己責任で作ることができる。ただし、発火による火災を起こしたりなどしたら罪に問われることがある。
「音楽を録音するなら、高低音を考えなければならないの」
音の高低で指向性が違うからだ。高い音はまっすぐ伸び、低い音は発信源を中心に円を描くように広がる。
「ここのところはね、学者さんたちの研究のお陰で分かった事柄よ。考えもつかないわ。音の高さで届き方が違うなんて」
「はい」
学者の研究した事柄が魔道具に取り入れられる。今、ルシールが嵌めている【ウッキウキの手袋】を発明したときのように。
音は空気を震わせて耳に届くほか、物体をも揺らし伝わる。低い音はスピーカーと接触する台や床から伝わる。
「そのほか、高音は低音よりも反射しやすいんですって」
だから、障害物があるとないとでは高音の聴こえ方が違ってくる。
「いろんなことを考えなければならないんですね」
「そうよ。その【ウッキウキの手袋】を発明したときのようにね」
人類が研究してきた事柄をもとに、魔力回路と筐体が作られているのだ。
「シンシアさん、実は、この【ピーチュルルの録音機】を買いたいという方がいて」
ルシールはエルのことを話した。
「手付金を受け取っているの? ルシールはもうお得意さまを見つけたのね」
自分が作った魔道具があるのに、などという悋気を出さずにシンシアは頼もしげにルシールを見やる。その様子に安堵しながら、ルシールは自分の試みを話した。
「筐体にひばりだけでなく花を彫りたいんです」
【ピーチュルルの録音機】は人気商品であるから、ひばりが彫刻された筐体も販売されている。ルシールはそこに花を付け加えたいと言った。
「そうね。デザインによっては影響があるから厚みはあまり変えない方が良いと思うわ。でも、多少追加するくらいなら大丈夫でしょう」
まずは、マーカスに贈る魔道具を作ることにする。
それが完成した後、デレクやアーロンたちにメッセージを吹き込んでもらう。その間、ルシールは市販の筐体をライラの家具工房へ持ち込んだ。
工房主であるライラの両親に挨拶をして、魔道具に彫りを加えてほしいという依頼をする。
「見習いなのに、もう魔道具をつくって販売しているの?」
「すごいのね。うちの子で良いのかしら」
しかし、ライラはやる気満々である。
「なるほど。ここに花を彫れば良いのね?」
「ええ、そうなの。この花を」
「任せて。もちろん、本番に取り掛かる前に、納得するものができるようにお母さんにレクチャーしてもらうわ」
ライラは念願のルシールとの合作に意気込んだ。
「違う、違う! 本物の花よりももっとこうやった方がそれらしく見えるんだよ」
さっそく練習に取り掛かるライラに、工房の先輩らしき少し年上の男性が声をかける。中肉中背で金髪、うすい緑色の瞳をしている。
「なによ、横から口を出さないでよ」
ライラはうるさそうにするも、これは確かに彼女に気がありそうだな、とルシールはこっそり考えた。
相変わらず赤毛をポニーテイルに結ったライラは明るくていつもやる気に満ち溢れていてまぶしいくらいだ。
結構お似合いじゃないかな、とルシールは甘い考えに浸った。
そういう自分こそ、ときおり訪ねて来るオスカーによって、リオンをやきもきさせているのだとは気づかなかった。
船乗りたちもやって来て七つ島を巡る楽しい話を聞くものだから、オスカーはすっかりそういった者たちのカテゴリーの中に入れられていたのだ。
哀れなのは、気づかれないオスカーか、やきもきするリオンか。
ともあれ、ルシールは【ピーチュルルの録音機】を作成し、みなのメッセージを込め、マーカスに贈ることができた。
「今度は魔道具師の免許が取得できました、という報告ができたらなあ」
「来年の頭だろう? 今から勉強したら大丈夫だよ」
「うん、頑張るわ。ペルタータ島に住む人はキャラハンで受験するんですって」
ルシールはリオンと話しながら、幸せだなと感じた。
マーカスに出会ったころ、自分は学校へ上がったばかりの子供で、なにもできなかった。でも、今は違う。自分で魔道具を作ることができるようになった。
「どうかした?」
「ううん。ありがとう、リオン」
ここまでやってこられたのは、みんなのお陰だ。
ルシールは自然と笑顔を浮かべていて、リオンがまぶしそうに目を細めた。




