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最近、立て続けにルシールの休みの日に予定が入っていて、会うことができなかった。
聞けば、以前リオンも会ったエリーズと、彼女の義理の兄の妻、つまりはレアンドリィ総督夫人と会うのだという。
身分ある人だとは思ったが、まさか、ルシールが総督夫人と既知を得るとは思いもよらなかった。
「総督夫人がエリーズさんの話を聞いて魔道具工房に興味をお持ちになったようなの」
それでお忍びで近くまでやって来たときにルシールと出会ったのだという。
「なんにでも興味津々で子供のような方なの。とてもきれいな方よ」
ルシールは翡翠色の目を輝かせて話した。
彼女は気に入られるだろうという予想通り、次の休みの日も、その次の休みの日もレアンドリィ総督夫人とエリーズとの約束があるという。
リオンは以前、恋人に採取に出かけて会えないことへの不満を言われて気分が悪かったことがある。だから、ルシールも彼女の都合があるというのは頭では理解できる。
しかし、リオンは不安だった。
年末に市場でルシールがオスカーと話しているのを、リオンは見た。
内心とても面白くなかったが、その場で追及する愚を犯さなかった。
日を改め、それとなく聞けば、単に報告を受けていただけだという。ルシールはシンシアが親身になって自分の経験談を話したからオスカーも解決できたのだという。それもあるかもしれない。
でも、オスカーのルシールを見る視線、接し方を見ているとルシールにも感謝していると同時に、それ以上の感情も抱いているように思える。
「そうなんだろうけれど、でも、それだけじゃないよ?」
リオンは言葉選びに気を配った。浮気をされたことがあるルシールに、誤解を受けないように好意を向けられていること、自分は気が気ではないことを伝えるために。
「え、それはどういうこと?」
ルシールは不思議そうに尋ねた。
「ルシール、君は俺がほかの女性にもてるって言うけれど、君も好意を寄せられている。俺はそれが気にかかるんだ」
「そんなことはないと思うんだけれど。それに、前の休みもそうだったし、次の休みも本当にエリーズさんたちと会うのよ?」
「うん。分かっている。ただ、俺が君を独占したくて焼きもちをやいているだけだ」
リオンは真っ赤になったルシールに、次の次の休みの日の約束を取り付けた。
きっと、アランが聞いたなら腹を抱えて笑い、デレクなら呆れて片眉を跳ね上げたことだろう。だが、リオンは余裕綽々の恋をしたいわけではない。ようやく手に入れたルシールの恋人という立場を離さないように力を尽くす。
なにより、リオンは採取屋だ。暖かくなれば本格的に動く。そうなれば、今のようにルシールと会うことができなくなる。
「そうなったら、来年の魔道具師免許試験の勉強をしておくわ」
ルシールはそう言う。彼女はそうだろう。恋人が傍にいなくても、魔道具関連のことに打ち込む。
リオンは自分ばかりが好きなようでなんだか悔しいような、焦るような心地になる。
だから、ようやくルシールとデートができた日、とても楽しかったというのに、最後の最後で雨に降られて残念な気持ちになった。
ルシールを家まで送る最中のことで、ふたりで走った。だが、唐突な雨はすぐに雨脚が強くなった。
「濡れちゃったね」
「すぐに風呂に入った方が良いよ」
七つ島では一区画にひとつタンクがあり、その中でボイラー管が水を温めてお湯を作る。それらが各戸に行き渡り、使用される。そして、使った分だけ水がタンクに入り、ふたたびお湯を作る。
この給湯システムは一戸にひとつではなく、一区画にひとつだ。だから、大勢が一斉に使うと、お湯不足になることがままあった。暖かい気候だから堪えることもできたが、やはり冬は寒い。そして、七つ島でも山など標高が高い場所では雪がちらつくこともある。
「お風呂を張って来る」
慌てて奥に引っ込むルシールに向けて、リオンは名残惜しい気持ちを感じつつ声を張る。
「じゃあ、俺は帰るね」
「雨宿りして行ったら?」
ルシールが浴室から顔だけ出して言う。
ルシールが風呂に入っている間、じっと待つことができるだろうか。
「いや、今のうちに————」
言い差すリオンを嘲笑うかのように、外を強く打ち付ける雨音が聞こえて来る。
「泊まっていく?」
「待って、それ、意味をわかっている?」
リオンは勢いよく振り向いた。ルシールが目を丸くしている。
「ああ、ごめん、言い方が悪かった。あのね、好きな人といっしょに泊まったら止まらないんだけれど」
それが分かっているのか、と言う前に、ルシールは頷いた。
その瞬間、リオンの意識が切り替わった。
守りたい、ルシールのペースを尊重したいという気持ちからくる制止が外れ、触れたいと愛でたいという感情に突き動かされた。
瞬時に距離を詰めてきたリオンを見上げながらルシールは「でも、あの、」と困ったような顔をした。
リオンは触れようとした手をぐっと握りしめることで、衝動をつぶす。
「わたし、その、」
ルシールは消え入りそうな声で「胸が小さくて」と言った。
リオンはため息交じりに笑う。
リオンからしたら「そんなこと」だ。だが、ルシールにとっては重要なことなのだ。だから、意思のすり合わせは必要だ。
「容姿もスタイルの良さも、ほかの誰かのが良いんじゃなくて、ルシールが良いんだよ。君が欲しいんだ」
抱き寄せて頬に両手を添え、何度も角度を変えて口づける。より深くなる角度を探すように顔を動かす。
舌を絡め合うにつれ、体温が上がり、ルシールは頭がぼうっとしてなにがなんだかわからなくなってくる。
間近で濃く感じる確かな質感、熱量、匂い。リオンのそれらは慣れ親しんでいて安心するものだった。なのに、ひそめた眉から濃く漂うリオンの色香に酩酊する。
リオンが身を離した後も、ルシールは高まる鼓動に戸惑うばかりだ。
風呂場に行ってバスタブの蛇口をひねってお湯を止めたリオンは、戻って来ると絶妙な力加減で抱き寄せ、ルシールを抱え上げた。
「寝室はどこ?」
先に風呂に入るのではないのかと尋ねると「待てない」と笑顔で言い切られた。
「もうずっと待っていたんだ」
ベッドにゆっくり横たえられ、腕や脚の裏、軟らかい部分をそっと撫で上げられる。やさしく辿る指先に、徐々に熱を感じていく。
ルシールにとってはすべてが初めてのことで、でも、リオンとともになら安心することができた。そして、やさしいのに激しく、リオンの熱を思い知らされた。
二度目にルシールの家に泊まったリオンがぽつりと言った。
「俺も家を出ようかなあ」
採取屋稼業は、家を空けることも多いから、実家にいるのが楽だと以前に聞いたことがあるが、意見が変わったようだ。
「じゃなかったら、俺、ルシールの家に入り浸りそう」
枕に頬をつけたままルシールを見上げる眼差しに色香を感じ、ルシールは視線を逸らした。
そんなことを思い出しながら、待ち合わせ場所のカフェでリオンを待っていた。
なぜ、そんなことを思い出したのかと言えば、隣の席の若い女性ふたりの話し声が聞こえてきたからだ。声高に話しているから聞こうと思わなくても耳に入って来る。
「寝たらもう自分のものだと言わんばかりの態度よ」
「分かる。ものすごく変わるよね。なんか、上から目線というか、態度が悪いというか」
ルシールは思わず、愕然とした。
自分はとても大切にされている。眼差しが溶けそうに甘く、常に気を使ってくれる。以前よりも一層そうだ。
そんなことを考えていたら、カフェの窓からリオンが足早にやってくるのが見えた。その足の長さから大きなスライドでぐんぐん近づいてくる。向こうも気づいた様子で、手を軽く上げる。
扉を開けてカフェの中に入って来たリオンを、となりの席の女性ふたりは口をつぐんで注視している。
「ルシール、ごめん、遅くなった」
リオンはすらりとして立ち姿だけでみずみずしく雄々しい。
「う、ううん。なにか飲む?」
「いや、場所を移そう」
先に会計をしてくる、というリオンに、ルシールは立ち上がってコートを着る。
リオンが会計台に行ったとたん、隣の女性たちが囁き合う。
「すごい格好良い」
「ねえ。でも、」
そこで声を潜める。
ルシールがリオンの後を追おうとしたら、少し声量が上がった。
「でも、物好きね」
「ねえ。釣り合わないわ。スタイルもそんな、」
ルシールは気にしていることを言及され、思わず足が止まりそうになる。
「ルシール?」
リオンに呼ばれ、そちらへ向かう。
リオンは耳ざとく女性たちの会話を聞きつけていた。
ようやく手に入ったのだ。異性だけじゃなく同性も惹きつける人で自覚がなく、やきもきさせられる。だからといって、今までの経緯を知るリオンは、ルシールの行動を阻害したくない。そんな葛藤を抱いているというのに、なにも知らない第三者は勝手なことを言う。
リオンは女性たちの方を見てほほ笑んだ。男前の笑顔に女性二人はぽうっとなる。
そして、リオンはルシールにキスした。
固まるルシールに飛び切りの笑顔を向け、「行こうか」と言って腰を抱いて出て行った。
見せつけられた女性ふたりは呆然としたまま動けないでいた。
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リオンがやきもきしていますが、この先も続きます。
でも、やきもきできるだけ幸せなのだと思います。
「「「ノンセンチメンタルジャーニー!」」」
さて、ストックが乏しくなってきましたので、この先は隔日投稿とさせていただきます。
今後ともお付き合いいただけると幸いです。




