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「エリーズさんはパトリスさん———パトリスさまと、」

「さんづけで構わないわよ」

 敬称を呼び変えようとしたジャネットに、エリーズが言った。

「はい。パトリスさんとどうやって知り合われたんですか?」

 相思相愛ではあるが、エリーズはアブレヴィアータ島に住んでいた。レアンドリィ島に住むパトリスとどうやって出会ったのかとジャネットは不思議に思った。


「ヒューバートはエスメラルダが学生のころに婚約したの。その婚約者に会いに行くとき、パトリスもついてきて、わたくしを見かけたらしいわ」

「あら、では、エリーズさんが学生のころから」

 エリーズはエスメラルダよりふたつ年下だ。


「そのとき、わたくしや妹のユーフェミアの使ったカトラリーを持ち去ろうとする方がいらしたらしくて、それをエリーズが咎めたそうなの」

「え、やだ、気持ち悪い」

 ジャネットが鼻に皺を寄せる。思わず本心が口から滑り出た。

「本当ね」

 ルシールも眉をひそめる。


「ユーフェミアさまもとてもうつくしい方でね。エスメラルダともども、学校では高嶺の花という存在だったの。でも、ちょっと行き過ぎた行為でしょう? 学校の備品を盗むことでもあるしね。それで、止めようとしたのだけれど、怒りを買うことになってしまったの」

 ブスのひがみだやっかみだと言われ、しまいには暴力を振るわれそうになったとき、止めに入ったのがパトリスだった。


「え? エリーズさんが不器量?」

 ルシールはきょとんとした。エリーズは三十代半ばであってもうつくしく瑞々しい。十代半ばならなおさらだろう。

 そのよく分からないという表情から心底そう思っていることは明白で、エスメラルダはより一層ルシールのことを好きになる。


「エリーズさんもきれいだけれど、比較対象がエスメラルダさんなら、そう言えると思ったのかもしれませんね。自分の顔はどうなんだって、思いますが」

「ふたりともありがとう。パトリスもそんなようなことを、もっと厳しい口調で言っていたわ」

 ジャネットが言うと、エリーズがほほ笑んだ。


 エリーズはエスメラルダとその妹に憧れていた。学校にいる生徒はほとんどがそうだっただろう。

 だから、勝手な思惑で気味の悪い真似をする者が許せなかった。でも、もっとやりようはあった。拙いやり方をして招いた最悪な結果から助けてくれたのがパトリスだ。


「それから、なにかと話しかけてくるようになったの」

 パトリスは言った。

「総督の権力が絶大な分、その重圧はすさまじい。でも、君といっしょにならそれを乗り越えられる。兄はきっとひとりでも采配を振るうことができるだろうが、自分はそれを支えたい。兄と彼が妻に迎えたいエスメラルダ嬢のために力を貸してほしい」

「わたくし、傍流の出だからと断ったの」

 エリーズの淡々とした声音に、ルシールとジャネットは息を呑んだ。雲の上の人たちのできごとに声もない。


「そのとき、パトリスはショックで寝込んでしまったそうよ」

 エスメラルダがヒューバートから聞いたのだと、ため息交じりに笑う。


「ヒューバートは可愛い弟のために、総督たちへ向けて、総督家どうしの結婚を繰り返していては血が濃すぎるとおっしゃったの。だから、アブレヴィアータ総督家のような身体が弱い者が生まれてきてしまうのだと」

 エスメラルダはそう言うも、元々、ヒューバートは折を見て徐々にほかから血を入れて行くことを提唱しようとしていた。なぜなら、総督本家に生まれて来る子供たちは身体が弱い者が多かったからだ。


 エスメラルダには兄がいた。しかし、成人となる前に亡くなった。彼もまた病弱だったのだ。だから、エスメラルダの父母は長女に対して過保護になった。幸い、妹のユーフェミアは健康で、アブレヴィアータの次期総督は彼女の子供が継ぐことになっている。


「でも、どうしてもこの豊かなグランディディエリ群島を南北の大陸から守るためには、総督家を守る必要がある。だから、傍流家との結婚を推奨するとおっしゃったの」

 つまり、レアンドリィ総督夫妻とその弟夫妻はどちらも相思相愛の夫婦なのだ。


「わたくしはパトリスやエスメラルダに頼りにされて嬉しい。ただ、自分では力不足だと思っているの。どうしたって、ユーフェミアさまのようにはいかないわ」

 それでも。

「わたくしは、自分らしくやっていくしかないと思ったの。幸い、パトリスもヒューバートもなにかと気に掛けて下さるの」


 強い。

 総督の弟をして、重圧はすさまじいと言わせるものなのだ。元々、総督家に近しい家柄ならそれ相応の教育を受けて覚悟を持つことができただろう。けれど、エリーズは違う。それでも、やっていこうと決意し、事実、やってのけている。


「わたくしはそれでいいけれど、息子たちが大変ね」

 エリーズには四人の子供たちがいる。いずれも男子でまだ学生だ。


「特に長男はクリフォードさまという傑物が近い年齢に存在しているから、気にせずにはいられないみたいなの」

 クリフォードというのはレプトカルパの若き総督だ。つい先日の新年に成人を迎え、すぐ後に総督になった旨が公布され、七つ島中を驚愕させた。彼は学生時代から病がちな父を支え代理で執務を執っていたことから、レプトカルパ総督府では特に混乱は起きていないという。

 そう、レプトカルパの前総督もまた身体が弱い。ヒューバートが提唱したことは、だからこそ、各島の総督らに受け入れられたのだ。


「わたしたちよりひとつ年下ですね」

「それはもう、やり手のようですね」

 ルシールやジャネットは自分たちよりも年下の総督誕生に驚くほかない。総督というのは実に大変な地位なのだ。そんなすごいことを年下の人間がこなしているなど、もう想像を絶する。


「若いのは外見だけで、中身はアブレヴィアータ総督を彷彿させる老獪(ろうかい)さよ。しかも、エスメラルダに匹敵するほどの美貌の持ち主なの。総督家の方々って見目麗しい人間ばかりで嫌になっちゃうわ」

 アブレヴィアータ総督はエスメラルダの父で、気難しく老獪だと言われている。


「パトリスも格好良いのよ。わたくしはヒューバートが一番だと思うけれど」

「パトリスがあまり褒めないで欲しいって言っていたわ。兄の悋気(りんき)が怖いって」

 思いもかけず、様々な総督の話を聞いて、ルシールはため息をついた。


「ルシールさんの恋人もとても男前でしょう?」

 エリーズが悪戯っぽく笑う。

「エリーズさん、会ったんですか?!」

 ジャネットが飛びつくように尋ねた。


「ええ。ルシールさんを訪ねに行ったとき、偶然会っていっしょに食事をしたの」

「そうなんです。格好良すぎてわたしでは勿体ないというか、その、女性に人気があって、」

 見た目だけでなく実績もあり、性格も良い。ルシールではまったく釣り合わない。だから、恋人だという実感が乏しい。


「そんなことはないわよ。だってね、女性に言い寄られてもまったく(なび)かなかったもの。逆に恋人のことをのろけまくって撃退していたわ」

 エリーズは心の中で「やっちまえ!」と思っていたことや、「いいぞ!」と快哉を上げていたことはおくびにも出さずにそう言った。なお、パトリスは彼女のそんな部分に大いに惚れこんでいる。「猫を被っているときも被っていないときも、それぞれの可愛さがあって良い」と臆面(おくめん)もなく言ってのけては兄に片眉を跳ね上げさせている。


「え、そんなことがあったんですか?」

 ルシールは思わず赤くなる。

 ジャネットなどは口を両手で覆って声なき悲鳴を上げている。


「まあ、とても素敵ね」

「そうね。ヒューバートがエスメラルダに言う風にさらりと伝える感じね」

 おっとり小首を傾げるエスメラルダに、エリーズはしらりと返す。だもので、ルシールは真っ赤になって俯き、ジャネットはうっかり総督家の館だということを忘れそうになるのだった。


 エスメラルダはルシールが鳴き声シリーズの魔道具に触れたら動くというのをしきりに不思議がった。

「ルシールが魔道具を扱うのを見てみたいわ」

「見られるとやりにくくないかしら」

 工房に行けずじまいだったエスメラルダがそう言うのに、エリーズが心配する。

「大丈夫です」

「では、またぜひいらして。そのとき、魔道具を扱ってちょうだい」


「窃盗団については聞いているかしら? 年始からは事件が起きていないそうだけれど、くれぐれも気をつけてね。ジャネットさんもよ」

「はい。ありがとうございます」

「気を付けます」

 帰る間際、年長者たちはしきりに年少者のことを心配した。なんだかそれがとてもくすぐったい感じがした。





いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。


エリーズは婚約後に淑女教育を受けました。

その前は市井の子供と何ら変わりなく、なんなら喧嘩っぱやい女子でした。パトリスはそんなところに惚れこんでいます。

「いけいけ! とどめだ!」



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